6

いろはちゃん、高校に。

「恭ちゃん、起きて? 恭ちゃん?」


 うつらうつらと耳に届くは色葉の無邪気な声。


「んー、んんっ……」


「恭ちゃん、起きてよー」


 身体を揺さぶられている。まだ眠いが、もう朝……なのだろうか?


 恭介はゆっくりと目を開けて、


「ふぁっ!」


 目の前の色葉の姿に一気に眠気を吹き飛ばされる。


「色葉……お前、戻ったのか?」


「えへへ」


 にへらと笑う色葉は恭介の手を取り、言う。


「恭ちゃん、一緒にガッコーいこ?」


 彼女の身は今、東雲高校指定の制服に包まれていたのである。




 トーストにスクランブルエッグ。


 テーブルに並ぶは、今日の朝食のメニューであるが、それらを胃の中に放り込む前に、確認することがあった。


「え~っと、色葉は……その……戻ってませんよね?」


 恭介は背筋をぴんと伸ばして真向い座る人物――里緒奈に問い掛けた。


「ええ、戻ってないわね?」


 さも当然のように彼女は言うと、湯気の立つコーヒーカップに口をつけ、傾ける。


「それでどうして……色葉はまだ無理でしょ? 学校に連れてくなんて?」


 恭介の右隣の席を陣取り、腕を絡めてにこにこしている色葉。

 里緒奈は色葉を連れてきて、今日から高校に通わせると言ってきたのである。


「仕方ないでしょう。本人が行くと張り切っているのだから」


「えっ? そうなのか? 色葉?」


「うん。いろは、恭ちゃんと一緒にガッコーにいくの。それでね、恭ちゃんといっぱいおベンキョーするの」


「いやいやいや。無理だぞ、色葉――り、リオ姉?」


 恭介は再び里緒奈に向き直り、


「今の色葉が高校の授業内容についていけるわけないでしょ? このままだと出席日数が足りなくなるかもしれないからって、何を考えているんですか?」


「心配ないわ。学力はあなたより上だもの」


「へっ?」


 詳しく訊けば、里緒奈が色葉の学力をチェックしたら、普通に高校の授業内容についていけるレベルと判明したらしい。


「で、でも……学校に連れていって、何かやらかしたら、元に戻った時、色葉が恥を掻くことになりますよ?」


 初めて幼児退行して幼女色葉になった時、彼女は恭介にパンツを脱がさせ、おしっこを拭かせたりしていた。

 もしそんなことをしでかし、元に戻れば、それこそ一生引きこもりかねないダメージを負うかもしれないと恭介は考えたのだ。


「そこは恭介くん、色葉が恥を掻かぬよう、あなたが責任もってフォローなさい」


「んなこと言われても……」


「お願いするわ、恭介くん。色葉には、高校だけは卒業しておいてもらいたいの」


 いつ色葉が元に戻るかわからない。戻ったらすぐに普通の生活が出来ようにという里緒奈の配慮か、幼児退行したままでも、恭介や色葉の友人にフォローをしてもらえば何とか高校は卒業できるという算段だろう。


「でも、ここで無理しなくても……」


 色葉は頭もいいし、高等学校卒業程度認定試験を使えば例え高校を中退しても大学を目指すことはできるし、ここで無理して通わせるべきか、甚だ疑問ではあった。


「そうね……けど、高校に行かせれば、色葉を元に戻すきっかけになるかもしれないでしょ?」


 里緒奈は、高校に色葉を行かせ、刺激を与えて記憶を呼び戻そうという考えであるらしかった。


 しかしそう上手くいくのだろうか……?


「恭介くん、顔を上げて、わたしの目を見て」


 色葉を高校に連れていくべきか熟考していると、里緒奈が言ってきた。


「……は……い? なん……すか?」


 恭介が真っ直ぐに向けられた正面の里緒奈と目を合わせた瞬間である。


「ひんっ!」


 恭介は小さく悲鳴を上げて、ガタッと椅子を揺らして腰を引かせた。


「どうしたの、恭ちゃん?」


 色葉が不思議そうに小首を傾げて訊いてくる。


「い、いや……な……何でもないよ?」


 里緒奈は表情を一つ変えずに、テーブルの下でぴんと恭介の股間に向けて伸ばしていた足を引っ込めて、


「恭介くん。色葉のことを頼めるのなら、ご褒美を上げるわよ?」


「ご、ご褒美……ですか?」


 と、恭介は股間をガードしつつ、訝し気に訊き返した。


「ええ、例えば恭介くんを全裸のうえ正座させて、罵りながら、その股間についている粗末なもの足で踏みつけてあげましょうか?」


「は、ははっ……」


 恭介は身が引き締まる思いで、


「り、リオ姉、そーいうのはご褒美とは言いませんから?」


「あらっ? でもこの間は――」


「こ、この間っ!」


 恭介は冷や汗を掻きつつ、バンッ! とテーブルを叩いて、


「確かにこの間、色葉に刺激を与えたら、元に戻りかけた気がそこはかとなくします! 高校に連れて行くのはよい手かもしれません!」


 と、話題を反らし、色葉の件を承諾したのだった。

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