そっ閉じ

 ガタン。


「?」


 その物音に、恭介はハッとして振り返った。


「はてっ?」


 視線の先にあるのはクローゼットだが、クローゼット内部に、崩れて物音が立つような代物があったろうか?


「あっ! もしかして……あれか?」


 近所で天井裏にハクビシンが住み着いて困っているという話を最近、耳にしたばかりだった。


 物音がしたのはクローゼットではなく、天井裏からであったのだろうか?


 恭介は立ちあがり、クローゼットの取っ手部分に手を掛けた。

 クローゼット内部に天井裏に繋がる天井板がついているわけではないから天井裏の確認をしようと思ったのではない。物音がしたのが聞き違いではなかったか確認しようと思ったのである。


 そして恭介はクローゼットを開けて――


「…………」


 目を点にし、そっ閉じした。


「え、え~っと……」


 心臓が激しく波打っている。

 恭介は取っ手をつかんだまま、何かの見間違いだろうか自問する。

 いや、見間違いではなかった。


 確かにクローゼットの中で、色葉はすやすやと寝息を立てて眠っていた。


 果たして彼女はあんな肌色率が極限に達した状態で、ナニをしていたというのだろうか?


 使用済みのティッシュを回収にきたはいいが見つからず、そうこうしているうちに恭介が戻ってきてしまい、クローゼットに隠れ、そのまま眠ってしまったという感じだろうか。

 正直、こうしてまだ自分のことを思っていてくれているようだとわかったのは嬉しい。


 しかしどうしてこんな格好で……?


 せめて服を着ていてくれれば起こすことも可能だが、全裸ではそうはいくまい。

 どちらにせよこのままでは色葉が起きた際、外に出られずに困ってしまうだろう。


 時間帯的に部屋から外すわけにはいかない。下手に部屋から消えていたら、色葉が目を覚ました時、不審に思うかもしれないからだ。


「ね、寝たふりでもしとくか……」


 とりあえず恭介は、ちょっと早い時間だけれど、消灯してベッドに横になることにした。


 彼女が目を覚ました際、いつでも出て行けるように……



          ◆



「えっ?」


 色葉は目を覚ますと、あまりの闇っぷりに戸惑いを覚える。


「あ、そうか……わたし……」


 すぐに思い出す。

 ここは恭介の部屋のクローゼットの中である、と。


 光がまったく届かなかったのはそのせいで、色葉は恭介がオナニーをするのを待っている間に、そのまま寝入ってしまったのである。


「……どのくらい寝てたんだろ……?」


 クローゼットを僅かに開けてみれば、恭介は既に床に入った状態のようで、明かりも常夜灯に切り替えられていた。

 とりあえずばれなかったようで色葉は安堵に胸を撫で下ろす。


「服……着ないと」


 色葉は手探りで下着を探す。


「え、え~っと……パンツは……あった」


 こんなところにショーツは置いたろうか? まあいい、早く着替えないと。

 そうしていそいそと服を着用していく。


「起きて……ないよね?」


 色葉はクローゼットの扉を静かに開けて、極力音を立てぬように中から出る。

 ベッドで寝息を立てる恭介の顔を確認する。


 ぐっすりと眠っているようだ。


「恭ちゃん……嫌だよ……」


 色葉は夢で見た恭介と結愛の行為が鮮明に思い起こされ、切ない気分となる。


「恭ちゃんのおちんちんを結愛さんに渡したくないよ……」


 結愛に取られるくらいならば、いっそのこと……



          ◆



 色葉を発見してから二時間ほど経過したろうか。


 恭介は眠れないでいた。それもそのはずで、自身の部屋のクローゼットの中に、全裸の幼馴染ちゃんがいるのであるから色々な妄想が捗りまくって、一向に眠気が襲ってこなかったのである。


 ガタ、ゴト。


「!」


 突如、クローゼットの扉が開かれる。どうやら色葉が目を覚ましたらしかった。


 まだ全裸のままなのであろうか?


 ペタペタと忍び足でこちらに迫りつつあるのがわかる。


 そして立ち止まる。


「恭ちゃん……」


 何をしているのか、一向に部屋を出て行く気配がみられなかった。


「!」


 何を思ったのか、色葉がベッドの上に圧し掛かってきたようで、マットレスが色葉の体重で沈み込む。

 目と鼻の先に色葉の体温を感じる。


「恭ちゃん……切ないよ……」


 今にも泣き出しそうな、本当に切なげ声音であった。


 恭介は、そこまで彼女を追いつめてしまったのだろうか?


「恭ちゃんのおちんちんは誰にも……渡したくない……よ」


 心の叫びを訴えるように言ってくる色葉。


 もう、真実を語るべきなのだろうか?


 色葉への恋心は消えて何ていない、と。


「……恭ちゃんを結愛さんに渡すくらいなら、いっそわたしが……」


 色葉の嗚咽。


 そして――


 恭介の頬に何かがポタリと垂れてきた。


 涙。


 どうやら色葉は声を押し殺し泣いているようだった。


「……色葉……」


 心が痛んだ。


 寝たふりをしている場合ではない。もうすべてをここでぶちまけよう。


 恭介は意を決し、両の瞼をゆっくりと開けて――


「…………」


 その光景に、今開けたばかりの瞼をそっ閉じしたのだった。

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