脅迫

「おはよー、瀬奈く~ん?」


 誰かを待っているのであろうか、下駄箱の前にクラスメイトの依子が立っていて、登校してきた恭介に挨拶してきた。


「おう、おはよ」


 上履きに履き替え、依子を置いて教室に向かおうとすると、なぜか歩調を合わせて依子が恭介の隣を歩いてきた。


「えっ?」


「な~に?」


 と、にこやかに訊き返す依子。


「あ、いや……誰か待ってんのかと思ったから」


「そうだよ~、聞きたいことがあったから~、瀬奈くんを待ってたんだよ~」


「んっ? 俺を? 何で?」


 依子とは基本的に接点がなく、過去にそんな事例もなく、不思議に思って訊いた。


「うん、えっちってどんな感じなのかな~って、思って……聞かせて~?」


 目を輝かせてせがんでくる依子に恭介は眉根を寄せる。


「な、何を言ってんだ、朝っぱらから? なぜそれを俺に訊く?」


 ばりんばりんの童貞の恭介にそんなことを語れる度量はないし、そもそも依子とはそんな軽々しく下ネタを言い合える仲でも何でもないのだが、一体、何のつもりなのであろう?


「だって~、昨日トイレでしてたでしょ~、その感想を聞きたくて~」


 恭介は目を丸くし。どぎまぎとなりつつ、訊く。


「はっ? な、何の……こと?」


 どういうことだ? 昨日、見られていたのだろうか?

 すると依子は案の定、


「昨日ね~、わたしも~、公園のトイレで用を足していたんだ~」


 やはりである。

 恭介は緊張に頬をピクつかせつつ、

 

「だ、だから何だよ……?」


「うん。瀬奈くんの声がするな~と思って~、トイレから覗いてみたら~、瀬奈くんと一緒に~、女の子がいるのを見ちゃったの~」


「なっ……」


 全身から汗が噴出するのを感じていた。終わった。結愛に迫られ、あの時の自分はどうかしていたとしか言えなかった。


 個室で結愛を抱えた恭介だったが、そこでおしっこをするには狭く、的から外れてしまうということで、つい個室から出て、小便器に向かって、


「し、し~、し~、し~……」


 ――と。


 悔やんでも悔やみきれない。


 まさかあんな場面を目撃されていようとは……


 恭介の方は脱いでいなかったが、傍目から見たら、モノだけ露出させ、繋がっているように見えなくはなかったろう。

 恭介は引き攣った顔を見られぬよう、ぷいっと依子から背けた。


「な、何のことやら……人違いじゃね?」


「え~、そんなことないよ~、写真だってほらここに~」


「わーっ!」


 恭介は携帯電話に納められたその証拠画像を見せようとした依子の手を慌てて押さつけた。

 まさか写真まで隠し撮りされていようとは……もう言い逃れができぬ。


「ご、ごめん……あ、謝るから……黙ってて! 誰にもこのことは言わんでくれ!」


 特に色葉に知られてしまったらことだ。依子は色葉と仲がいい。直接色葉の耳に入ることはもちろん、回り回って色葉の耳に入ることだって十分あり得る。よって誰にもこの事柄を漏らすわけにはいかなかったのである。


「うん。黙ってるよ~、けどその条件として~、えっちの感想を教えて~」


 どうにもそこにこだわってくる依子。


「い、いや……だからあれはそういうんじゃくて……」


 依子にはすべて見られている。


 もう包み隠さず話し、彼女の信用を得て、これ以上の拡散を防ぐことに従事するしか手はない……恭介はそう思った。




「――と、いうわけで、俺は正真正銘童貞だから……わ、わかってくれたか?」


 何で依子にこんな説明をせにゃならんのか……屈辱である。


「そっか~、そ~いうプレイ……だったんだね~?」


「ぷ、プレイ言うなし。た、ただ……おしっこの補助をしてただけだから」


 いや、よくよく考えれば、そっちの方がアブノーマルで不自然な行為なのでは……?


 普通にエッチをしていたと通していた方がいいような気がそこはかとなくしてきた恭介だったが、


「と、とにかく……だ? このことは誰にも……」


「うん。言わないよ~」


「しゃ、写真も……」


「消しておくよ~」


「た、頼むぞ、マジで……」


 今は依子を信じるしかない。


 心から祈る恭介であった。



          ◆



「おはよー、色葉ちゃん」


 色葉は依子の笑顔を見て、ぎくっとする。


「あっ……お、おはようございます、依子さん」


 果たして、昨日送られてきたあの画像には、何の意図があったのであろうか?


 仮に間違えて色葉に送ってしまったのであれば触れずにおくべきだろうが、依子がちゃんと色葉に向けて送り、何らかのリアクションを求めているのであれば、何と答えるかべきなのだろう?


「きれいなバナナ型で、色といい艶といい、健康な証拠ですね?」


 とでも言えばよいのだろうか?


 とにもかくにも依子がその話題に触れてこない限り、徹底的にスルーするのが得策だろう。


 しかしそれは依子が許してはくれなかった。


「ねえ、色葉ちゃ~ん? 昨日送った画像、ちゃんと見てくれた~?」


 と、いきなりその話題を振ってきたのである。

 どうやら色葉宛てに送ったのは間違いないらしかった。後は何が目的か、である。


「は、はい……み、見ましたよ?」


 と、依子の顔色を窺いつつ色葉。


「えへへ、さっきね~、瀬奈くんに怒られちった~」


 いきなり恭介の名前が出て、小首を傾げる。


「ど、どうして今、恭……瀬奈君の名前がでるんですか?」


「昨日の写真ね~……瀬奈くん、見られたくなかったみたいで~」


「えっ? どういう……」


 恭介が見られたくない画像であったということは……


「あ、あれって……瀬奈君の……だったのですか?」


「うん。そだよ~、偶然公園のトイレで見かけて、瀬奈くんがトイレから出て来たところを撮っちゃったんだ~、瀬奈くんだってわからなかった~?」


「わ、わかりませんよ!」


 排泄物の見分けがつくわけがない。


 おちんちんであれば毎日、頭の中でぐるぐる回っているので一目で判別できると思うが……

 仮におちんちん畑にずらっと一万本のおちんちんが並んで生えていたとしても、その中から恭介のおちんちんを見つけだす程度の自信はあったのだ。


 だが排泄物は別。


 しかしおちんちん畑で恭介のおちんちんを見つけたらどうしようか?

 それなら摘み取り育てようか?


 恭ちゃんのおちんちん。


 毎日お水をあげたなら、素敵な花が咲き、さぞや美味しい実がなろう。


「はぁ~、恭ちゃんのおちんちんの実から朝一番に絞ったおちんちん汁が飲みたいよぉ~……」


 と、それはともかく、そもそもなぜ依子はそんなトイレで流し忘れた画像を撮影し、色葉に送ってきたのだろうか……?


 もしかして色葉の恭介に対しての想いを知っての行為か? 確かに恭介のことは何でも知っておきたい。しかし色葉は排泄物に欲情するような変態的嗜好の持ち主ではなく、至ってノーマルな性的嗜好の持ち主のため、例え恭介の排泄物でも興味は湧かなかった。

 ちなみにここでいう排泄物は糞尿のことであり、精液は別。精液は命を紡ぐ尊いものであり、愛情を注ぐべき対象。いや、愛情を注ぐというか、子宮に直接注がれたい。


 とにかく排泄物に興味がなかった色葉であるが、恭介の画像コレクションの末端に加えておく必要があるかもしれないな、とは思った。何しろそんな画像、二度と手が入らぬかもしれぬからだ。


 だが画像は昨日、削除してしまった。


「依子さん? そ、その画像ですが……まだ所有されていますか?」


「う~ん、持ってるよ~、瀬奈くんに言わたし~、これから消しちゃうけどね~」


 と、依子が携帯電話を取り出し、画像を削除しようと操作し始める。


「ま、待ってください!」


 色葉は慌ててそれを制止し、


「その画像、もう一度、こちらに送ってもらってよろしいですか?」


「え~、なんで~?」


「つい削除してしまったのですが、ちょ、ちょっと改めて確認したいことがありまして」


「確認って~? なにを~?」


「え、え~っと……」


 色葉は目を泳がせつつ、少し考えて、


「健康状態を……そう ! 色や艶で……瀬奈君……最近、調子悪そうでしたから……」


 と、口から出まかせを言ってみる。

 しかし、さすがに無理があったろうか? 


 依子は不審そうに色葉の顔を覗き込んでいて、


「そ~いうの、あの写真でわかるの~?」


 色葉は表情を引き攣らせつつ、


「え、ええ……わたし、そういうのを勉強してますから!」


「ふ~ん、まあいいや~」


 納得してくれたのかよくわからないが、依子はそう言うと携帯電話をゆっくり操作して、


「送るけど、ちゃ~んと消しといてね~、瀬奈くんに怒られちゃうから~」


「はい、ありがとうございます」


 間もなく着信。

 色葉は依子から送られてきた画像を確認して、


「えっ?」


 目を丸くさせた。


 そこに映し出された画像は、昨日見た排泄物の画像ではなかったのである。


「よ、依子さん、これは……?」


「え~、二人が男子トイレから揃って出てきたときの写真だよ~」


 色葉は眉をひそめる。


「ふ、二人……で? ふ、二人でって、どういうことですか?」


「うん、なんかね~、トイレでエッチなプレイしてたんだって~」


「え、えっちなプレ……」


 その言葉に凄まじい衝撃を受ける色葉。


「でも色葉ちゃ~ん、瀬奈くんにそのことは口止めされてるから~、わたしが言ってたって、言っちゃダメだからね~?」


「…………」


「……色葉……ちゃん?」


「……えっ? な、何ですか?」


「どうかしたの~?」


「い、いえ……あ、ありがとうございました」


 半ば茫然自失の状態で答える色葉。


「う~ん、じゃあ、その画像も確認したらちゃ~んと消しといてね~」


「は、はい……」


 がっくりと項垂れ、自身の席に着く色葉。

 果たして、トイレでエッチなプレイとはどういった内容なのだろう?


 おちんちんは結愛に見せたのだろうか? それともおちんちんを……


「いやだよ、恭ちゃん……恭ちゃんのおちんちんはわたしだけのものなのに……」


 恭介から色葉への恋心を奪ったのは自分自身であるが、それが起因して大切なものを完全に奪われかと思うと、泣きたい心境になった。

 しかし依子はちょっと抜けたところがある娘だ。もしかしたら何かの勘違いかもしれないし、恭介のおちんちんはまだ穢れていないかもしれない。


「そうだよ……きっと何かの間違いだよ」


 色葉は恭介に確認を取るまでは、自分をしっかりと持とうと思った。


 しかし、仮に恭介のおちんちんが既に穢れていたら、果たして自分はどういう選択をすればよいのだろうか……?

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