命中

 瀬奈? お前……木下依子のこと好きなのか?」


 朝倉が恭介にそう訊いてきた。


「はっ? な、何でそうなるんだよ……?」


「いや、今日、ずっ~と、木下のこと見てなかったか?」


 とりあえず恭介はそれを否定したわけだが、朝倉は、相も変わらず周囲をよく見ていやがるな、と思った。

 実際、その通りで、恭介は依子の挙動が気になって仕方なかったのだ。

 人の口に戸は立てられぬ。昨日のトイレの一件が、依子の口から誰か一人にでも伝われば、一気に広がり、色葉の耳に届いてしまうかもしれない。


 そうなれば終わりである。よって、直接色葉と依子が会話している段になると気もそぞろとなった。


 しかしよくよく考えてみれば、恭介がトイレでそんなことをしていたと話しても、誰がそんなことを信じようか? また、発信元が依子であれば、尚更に彼女の戯言ということで済ませることができるのではなかろうか?

 ただしそれは、あの画像さえなければ……の前提ではあるのだが。


 依子はしっかりとトイレでの写真を削除してくれたのだろうか? 


 恭介は帰る前に、確認することにした。


「き、木下……さん? ちょいといいかな?」


 依子が一人のところを見計らい、恭介は声を掛けた。


「な~に、瀬奈く~ん?」


 にこにことした笑顔で返す依子。


「あ、ああ……あの画像だけど……ちゃんと削除してくれたんだよな?」


「う~ん。消したよ~」


 ホッと胸を撫で下ろす恭介。


「そ、そっか~……マジ……だよな?」


「消したよ~、色葉ちゃんは知らないけど~」


「んっ?」


 恭介は目をパチクリとさせて、


「色葉が……何だって?」


「色葉ちゃんにだけ見せてあげたの、あの写真」


「………っ!」


 恭介は一瞬息が止まった。


「……な、何でや!」


「だって~、色葉ちゃんがキューピット役だったんでしょ~、だったら知る権利があるかな~って思って~、大丈夫だよ~、色葉ちゃんにしか見せてないし~、色葉ちゃんにも誰にも言っちゃいけないって~、言い含めておいたから~」


「……ん、んな、アホな……」


 開いた口が塞がらなかった。よりにも寄って、一番知られてはいけない色葉に対し、ピンポイントで知らせているとは……


「大丈夫だよ~、色葉ちゃんには二人がうまくやっていたって、伝えておいたから~」


 まったく大丈夫ではなかったが、


「さ、さよけ……あ……ありがとよ」


 これ以上依子を責めてもどうにかなるわけではない。

 恭介はげんなりとした気分で、そう答えた。


 とりあえずもう顔を上げられない。

 もし近くに色葉がいて、目が合ってしまったら、更に気まずくなりそうな気がしたからだ。


 恭介は教室で少し気分を落ち着かせてから帰宅することにした。




「ただいま~」


 恭介は意気消沈しつつ帰宅。部屋のドアを開ける。

 と、同時に尻ポケットに入れていた携帯電話が振動した。


「……誰だよ、こんちくしょ~……?」


 正直、今は誰とも会話を――ああ、色葉だった。

 出る気がしない。


「でも、出ないわけにもいかねーしな……」


 このタイミングで電話を掛けてきたということは、恭介の帰宅に気付いて掛けてきたということだろう、そう思って恭介は顔を上げて窓の外を見てぎょっとする。

 色葉が自分の部屋の窓際に立ち、携帯電話を耳にあて、恭介が出るのを待っている姿が見受けられたのである。


 恭介は深呼吸をし、ちょっとばかしの間を開けてから、緊張した面持ちで通話ボタンを押した。


「もし……もし?」


『恭ちゃん?』


 色葉の声音は明らかに低くて、


『ちょっと話があるんだけど……そっちへ行っていい?』


 と、そう訊いてきた。


 今までであれば勝手に恭介の部屋に上がり込んでいた色葉であったが、今の微妙な距離感のせいか、わざわざ確認を取ってきたのである。


「は……話って?」


 恭介が結愛をしー、しー、している写真を色葉は見ていた。どう考えてもその件についてと思われたが、敢えて訊いてみる。


『うん、そっちに行ってから……話す』


「わ、わかった……」


 もう腹を括るしかないな、と恭介はそう思った。



          ◆



「お、お邪魔……するね?」


 色葉はいつもの通りに屋根伝いに恭介の部屋へ訪れ、そのままベッドの上にぽむっと腰掛ける。


「恭ちゃんのお部屋にくるの……いつ振り……だっけ?」


「さ、さあ……どうだったかな?」


 正確に言えば毎日使用済みティッシュを回収しに忍び込んでいるので昨日振りである。

 しかしそれをカウントせず、奪われた記憶の部分を考慮するとややこしくなるので、答えは濁しておくことにし、


「……で、話って?」


 と、あくまで平静を装いつつ恭介は先を促した。


「う、うん……昨日、恭ちゃん、結愛さんとデートしてたよね? その時の写真を依子さんに見せてもらったんだけど……」


「あ、ああ……木下に聞いた。け、けど、その……全然、やましいことはしてるつもりはね~から」


 結愛がそうした方が、おしっこが出やすいとのことで、あくまでおしっこの補助をしていただけで、これっぽっちもやましい気持ちが……まるっきしなかったと言えば嘘になるけれども、そういう体で色葉には通すことにした。


「そ、そう……だよね?」


 色葉は表情を引き攣らせつつ、


「結愛さんとは恋人同士だもんね? どんなプレイをしていてもただの幼馴染のわたしにとやかく言われる筋合いないよね?」


「えっ? いや……そういうこっちゃなくて……」


 ダメだ。どう取り繕うと、画像を見られてしまった以上、申し開きのしようがない。

 色葉にはアレが一種のプレイとして見られているらしかった。


「恭ちゃん?」


「えっ?」


「……最後までその……しちゃったの?」


 恭介は苦笑する。


「ま、まあ……」


「最後まで……出し切ったの?」


「んっ?」


 なぜそんなことを訊いてくるのだろう? おしっこは途中で止まらないだろう。それとも女性の場合、おしっこは止めることが可能なのか?


「ああ……全部……最後まで……したよ?」


「うまく……いったの?」


 やたらこと細かく訊いてくる色葉。


「う、うん……ちゃ……ちゃんと、的に収めて」


 色葉はカッと目を見開いて、


「ま、的にって……! えっ? 命中……したってこと?」


「命中? ま、まあ、な……こぼさずに全部……うん……」


 小便器にしたので、何とか床にこぼさずに済んだ。

 個室の洋式トイレでしていたなら、びちょびちょになっていた気がする。


「こぼさずに一滴残らず注ぎ込んで……」


 すると色葉は表情を青ざめさせて、


「ひ、ひどいよ……!」


 と、頬に大粒の涙を伝わせた。


「えっ? い、色葉……?」


 色葉の涙にあたふたとする恭介。


「きょ、恭ちゃんのばか~っ!」


 べしんっ!


 色葉は、恭介の頬を平手打ちにし、その勢いのまま窓から屋根を伝い、自身の部屋に戻ると、窓を閉め、カーテンを引いた。


 恭介はぶっ叩かれた左の頬を押さえ、ただただ呆然と、カーテンで閉ざされた色葉の部屋を見詰めていたのであった。




          ◆


  

 色葉はわっと泣き出し、ベッドに突っ伏した。


「ひどいよ……結愛さんに、全部注ぎ込むなんて……」


 受精しても構わない。その覚悟だったのだろうか。命中したということは、つまりそういうことなのだろうけど……


「わたしだって受精したいのに……恭ちゃんの精子で着床したいのに……」


 しかし恭介の気持ちは、完全に結愛に向いている様子であった。


 自身の恋心を奪ったのは間違いだったのか。

 もしあの時、催眠術を使って恋心を奪っていなかったら、今頃ぶち込まれ、注ぎ込まれていたのは自身の子宮にであったのだろうか?


「恭ちゃん……切なくて、子宮がきゅ~んとするよぉ~……」


 切ない時はオナニーに限る。


 とりあえず色葉は、オナニーすることにした。

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