マットレス

「しゅうく~ん……今どこ~? 大変なの~」


 依子は緊急事態につき、弟の脩に電話した。


『えっ? 大変って……なに?』


「今から公園までこれる~?」


『うん。いけないこともないけど……何が大変なの?』


「うん。すっごいのが出たの~、流す前に見にきて~」


『はっ? ね、姉ちゃん? なに言ってんの?』


「しゅうくん大好きでしょ~」


『ちょ……誤解を招くようなことは言わないでよ、姉ちゃん』


「でもしゅうくんさ~、昔、大きいのでたらお姉ちゃんに報告してきてたよ~?」


「い、いつの話だよ? ガキの頃の話だろ? そんなの見に公園までいくわけないだろ?』


「え~、じゃあ~、流しちゃってもいいの~?」


『い、いいよ。用がそれだけなら切るから。じゃあ』


「あっ……」


 電話を切られた。


「…………」


 ワンテンポ遅れて、依子は気づく。


「ああ~、女子トイレだからか~」


 女子トイレに入れないため、脩は諦めたのである。


「写真だけ撮っておこ~」


 パシャリ。


 依子はそれを撮影してから、水で流した。


「いいぞ、九条……今、外に人いないから」


 外から男の声が耳に届いてきた。


「あれ~、この声って~……」


 聞き覚えのある声だったので、手を洗う前に出口から顔をちょっとだけ覗かせてみる。


「ああ、やっぱり瀬奈君だ~」


 クラスメイトの恭介だった。

 しかし妙だった。彼はしきりに周りの様子を窺っていたのである。


 とりあえず彼に声を掛けようとした瞬間、


「はへっ?」


 男子トイレから、ふわふわとした髪型のお人形さんみたいな可愛らしい女の子が出てきた。

 何で男子トイレから女の子が? 

 しかも見覚えがある。あれは聖泉女子に通う色葉のお友達の女の子である。


「ああ、なるほど~」


 あの二人はお付き合いしているのだろう。

 カラオケボックスとかでそーいうことをするという話は聞いたことがあるが、そのお金すらないので、おトイレでしていたのである。


「これは色葉ちゃんにも報告しないとな~……」


 彼女がこの間訪ねてきたのは色葉に恭介との仲を取り持ってもらうためにきたのかもしれない。

 であればキューピット役の色葉に、二人がうまくいっていることを報告してあげるべきと考えたのである。


 依子は二人の写メを撮り、画像を添付して色葉のケータイに送信した。



          ◆



「依子さん、何のつもりかしら?」


 色葉は依子からのメールに困惑をしていた。

 トイレから出てきたとのことだけれど。


 排泄物の画像を送られてきてもどうしていいのやら。


 こういった冗談に付き合っている気力は今の色葉にはなかった。

 しかし色葉にこんなものを送ってくる理由がよくわからないし、もしかすると誰かに間違えて送っているのだろうか? 仮にそうだとしたら、送った相手と依子とはどういう間柄なのであろうか?


 謎は尽きないが、とりあえず色葉はその画像を削除し、携帯電話を無気力に放り投げた。


「恭ちゃん……」


 恭介がいない彼の部屋の窓を見て呟く。

 恭介は結愛とデートに出かけてしまった。


「恋人同士なのだし、今度の休み遊びにでかけたら?」


 二人をデートに行くよう促したのは色葉自身であった。

 しかし恭介が今頃、結愛にせがまれて、おちんちんを見せているのではないかと思うと、気が気ではなかった。


「恭ちゃんのおちんちんはわたしだけのおちんちんなのに……」


 おちんちん ああ、おちんちん おちんちん。


「恭ちゃん、切ないよ……わたし、どうすればいいの……?」


 恭介のおちんちんを想像していたら、身体か火照ってきてしまった。


「よし……」


 色葉はおもむろに立ち上がると窓伝いに恭介の部屋に侵入し、全裸になった。

 切ない時はオナニーに限る。


 デートでしばらくは帰ってこないので、安心して全裸でオナニーができる。


「恭ちゃん、借りるね?」


 色葉はかかっていたワイシャツを手に取り、素肌の上に着込んだ。


「はぁ~、こんなのじゃなく、直に恭ちゃんの温もりを感じたいよ……」


 色葉は切なげに呟くと、彼がいつも使用しているベッドをじーっと眺めつつ、


「マットレスに入れないかな……?」


 そうすれば毎晩、恭介の温もりを感じながらオナニーができる。


「…………」


 ポンポンとベッドパッドが敷かれただけのマットレスの弾力性を確認し、


「……無理……だよね……?」


 いや、巧く中身をくりぬいて、マットレスと一体化すれば……


 とりあえず今日は、マットレスになりきってみることにして、ベッドに大の字に寝転がった。


 目を閉じて、呼吸を整える。


 そして自身がマットレスであると言い聞かせる。



 色葉はマットレスになった。




 就寝時間。


 恭介は色葉の上に全体重を預け、横になってきた。

 恭介の背中の温もりと感触が伝わってくる。


 彼が寝返りを打った。


 彼の唇が、すぐそばに……


 色葉はベッドパッド越しにキスを交わす。

 聞こえる彼の寝息と鼓動。愛おしい。愛おしくてたまらない。


 色葉はマットレスとして、彼を包み込む。


「きゃっ! 恭ちゃん……だ、ダメだよ……!」


 恭介は寝相が悪く、パンツがずり落ち、おちんちんが露出していた。



「!」



 何だかんだで色葉は、彼を夢精させることに成功した。


 マットレス冥利に尽きる幸福であった。

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