自己嫌悪
「おかえり、恭ちゃん? 結愛さんとのデートは愉しかった?」
恭介が帰ってきたのがわかると部屋に訪ねてきて開口一番、色葉はそう訊いてきた。
「ああ……まあ……」
歯切れ悪く答える恭介。
「早かったけど……結愛さんとは何してたの?」
「何って……映画見て……ファミレスで飯食ってきただけだよ?」
「ふ~ん、おちんちんは見せたの?」
「はっ?」
「結愛さんにおちんちんは見せたの?」
「見せるわけ……何を言ってんだ、おまいは……?」
「見せてないならいい」
言うと色葉は携帯電話を取り出した。
しかし恭介にそれを向ける前に、恭介の携帯電話から着信音が流れる。
すると色葉は少しだけ顔を不快そうに歪めて、
「さっき別れたばかりなのに……結愛さん?」
「いや、違う。知らない番号」
恭介は通話ボタンを押して、
「もしもし――」
『恭介か? 約束通りに電話してやったぞ。休日だというのにな』
「あれ? 雪菜先生っすか」
その瞬間、携帯電話を手にしていた色葉が顔をしかめる。
「何で俺の番号を知ってるんすか?」
『知っているものなにも、お前からかけてきたんだろ?』
母が雪菜の番号を知っていたので、教えてもらってかけたのである。
「えっ? 俺の記憶って……はいっ? 何の話です? 何でこれから学校に?」
『恭介? お前は何を言っている? 会話のキャッチボールをする気がないのか?』
「えっ? 今は……色葉と一緒ですよ?」
『志田と一緒? ふむ、志田に悟られないように、ということか?』
どうやら雪菜は察してくれた様子で、恭介は「はい」とそれに頷いて返して、
「色葉に説明? はいっ? 何の……はい? 色葉に代わればいいんですね? はい、わかりました」
と、携帯電話を差し出し、色葉を見やる。
「わたしに」
「そう、よくわからないんだけど、色葉に代わって欲しいのだとさ」
「う、うん……わかった」
色葉は恭介から渋々といった様子で携帯電話を受け取った。
「はい、わかりました。恭ちゃんは責任をもってわたしが学校まで送り届けます」
色葉は神妙な顔つきでそう言うと、携帯電話を恭介に返してきた。
「お、おう……雪菜先生、何だって? 学校にって……どういうことだ?」
恭介は電話の内容を予め把握していた。
しかし知らない振りをし、色葉に訊いた。
雪菜が色葉に伝えたのは恭介に催眠術をかけっぱなしにしていたせいで、脳に負荷がかかり、今後脳に記憶異常が起きる可能性があり、早急に催眠術を解く必要があるという内容。
事前にそんな感じの内容を伝え、色葉を納得させて欲しいと雪菜に頼み込んでおいたのだ。
この様子であれば、色葉の説得は成功した模様であった。
「恭ちゃん……結愛さんのこと……好き?」
「えっ?」
「別れ話はしてくれたの?」
「い、いや……できなかった」
何だかんだで切り出せなかった。
泣いている彼女に、そんな酷なことはできなかった。
「付き合っているんだものね? 好き……だよね? 昔から可愛いって……エッチなビデオをみて九条、九条って、何度も名前呼んでいたもんね?」
「えっ? ああ……そ、それは……まあ……ははっ……」
もう忘れてくれないかな。
「恭ちゃん……ごめんね?」
なぜか謝ってくる色葉。
「どうした? 急に?」
色葉は黙ったまま魔法のガラケーを恭介に向けてパシャリ。
催眠状態に陥る恭介。
「消去。結愛さんとの思い出……」
「!」
「そして、結愛さんに抱く恋心を」
一瞬、躊躇したものの、
「……は……い……」
とりあえず恭介はそう答えていた。
◆
「やあ、お二人さん。待っていたよ」
恭介が色葉と一緒に休日の学校に訪れると、ミスター・エムが待っていてくれた。
「それじゃあ、はじめようか?」
そんなこんなで滞りなく、無事に予備催眠にあった状態を、色葉の前で解いてもらうことに成功した。
その際、エムに言ってもらった。
「色葉君。次はないよ?」
「えっ?」
「今回は先輩に頼まれたから手を貸したまで。次は協力することはないってことさ。何か過ちを犯しても人から記憶を奪えば何をしてもでぇじょぶだ、とは今後思わないように。いいね?」
それに色葉は神妙な顔つきで頷いた。これで今後、色葉は無茶なことはしてこないはず。
「帰るか、色葉……何しにここまできたかようわからんけど」
恭介はどことなく元気がない色葉の隣を歩き、そのまま一言も口を聞かぬまま、家路についた。
「ごめん、恭ちゃん……」
家の前につくと、ぽつり、色葉が言った。
「えっ? な、何が?」
「ううん、何でもない……」
色葉は無理に笑ったような寂しそうな笑顔を作ると、
「じゃあ、また明日ね、恭ちゃん?」
「ああ、また明日……」
色葉は一度も振り返らぬまま、自宅に駆け込んでいった……
◆
「わたし……最低だ……」
恭介から結愛への恋心を奪ってしまった。
もし自分がそんなことをされたと知ったらどう思うだろうか?
もし恭介への想いがすべて消されたら……
「ごめん、恭ちゃん……結愛さん……」
自己嫌悪が半端なかった。
「おかえりなさい」
「……ただいま……」
「あら、色葉? どうしたの~、ごはんは~?」
「今日はいい」
小さく答え、自室に直行した。
食事が喉を通りそうにないほど、色葉はひどく落ち込んでいた。
どれほど落ち込んでいたかというと、雨の日も風の日も、マラソン大会で疲労がピークに達している時も、風邪で熱が三九度ある時も、修学旅行に行った時も、どんな時も最低一日三回は恭介でオナニーしていた色葉であったが、今日の夜は二回しかできなかった。
それほどひどい落ち込み方だった。
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