ふりーず
「ををっ!」
その夜、恭介にも、世界的にも喜ばしいニュースが飛び込んできた。
行方不明になっていた航空機が第三国で発見されたのである。
そして次の朝、新聞を見てみると、こんな見出しが一面を飾っていた。
『ミスター・エム氏、テロリストを催眠術で鎮圧!』
どうやらエムの活躍で、乗客乗員、全員の命が救われたということで、完全に英雄としてニュースやネットでは取り扱われていた。
いろいろ忙しくなり、こちらに時間を割いてくれるかは怪しくなってきたが、雪菜の命令は絶対のようであるし、今は信じることにする。
恭介の中で、既にシナリオは出来上がっていた。
最近、時間と記憶が飛んでいるような気がすると雪菜に相談し、雪菜がエムを呼び寄せ、かかったままになっていた催眠を解いてもらったことにし、その内容を色葉の耳に入れてもらうという作戦である。
我ながら完璧なシナリオであると思う。
これで下手な演技とはおさらばだ。
恭介は、意気揚々と家を出たのであった。
◆
「お、おはよう、瀬奈君」
恭介の顔を見ると、どこかぎこちない様子で、はにかんだ笑顔を見せて挨拶をしてくる結愛。
「おはよー」
毎朝一緒に登校するようになった結愛だったが、まだ恭介の前に立つのは緊張するらしかった。
しかしどうしたものだろうか?
色葉といろいろあって、真実を言うタイミングを逃したままになっていた。
彼女との仲を終わらすのは正直惜しいと思えるほど、なんだかんだで彼女と一緒にいる時間が楽しくなってきている恭介だったが、それは結愛を騙してできあがった仮初の時間。
いずれ真実を告げなくてはならなかった。
しかしいつ、どのタイミングで真実を語ればいいのだろうか……?
結愛とは次の日曜に映画にいく約束もしているのだけれど。
「そ、それで瀬奈君……見る映画だけど――」
そこで結愛がフリーズした。
「九条?」
「……えっ? な、何……かな?」
「お前、たまにそうなるけど……大丈夫か?」
結愛は時折、フリーズすることに最近気づいたのである。
何かの病気であったらことだが。
「な、何のこと……かな?」
結愛は顔を真っ赤にして訊き返してくる。
「九条……お前、たまに固まらないか?」
「か、固まる? き、気のせいじゃない……かな?」
慌てて否定する結愛に不審そうに小首を傾げる恭介。
「そんなことはないと思うが……」
まあ、とにかく今は色葉の暴走の件を片付けるのが最優先事項であった。
◆
その夜も色葉は訪ねてきた。
ことが始まる前に、恭介は布石を打って置くことにする。
「色葉、俺、最近変なんだわ」
「変って?」
「んー、時間の感覚がな。十五分くらい経ったかなー、って思って時計見ると、一時間経過とかざらでよ、誰かに時間泥棒されてんのかなー、って思うくらいなんだわさ」
「ふーん。それってどんな時?」
「最近、こーして色葉がまた部屋に訪ねてくれるようになったじゃん。そん時が多い気がする」
「へー、嬉しいな。それってわたしと一緒にいると時間の感覚が麻痺しちゃうくらい楽しい時が過ごせてるってことだよね?」
「うん、俺も最初、そう思ったんだが……それにしちゃあ妙かなって。んで、昨日、雪菜先生に相談したんだわ」
「えっ! 何で!」
と、声を荒げて色葉。
「何でって……心理的な現象ならいいんだけど、病気とかだったら嫌じゃん? 多分気のせいだし病院いくほどでもねーような気がして……んで、保健の先生だから何か知ってねーかと思って」
「それで……雪菜先生、何か言ってたの?」
「うん、次の日曜に保健室にこいとさ。航空機が見つかった祝いに治してやると」
「…………」
それですべてを察したのだろう、色葉は神妙な顔つきになった。
「どうした、色葉?」
「ううん、何でも」
「おかしいよな? 本当に治せるならすぐ治してくれってのに。何か準備でもあったんかね?」
さすがに今すぐエムを召喚するのは無理ということで、次の日曜日になったのである。
結愛とのデートと重なってしまったが、まあ午前と午後に分ければなんとでもなる。
「雪菜先生、言っていることいつもいいかげんだし、いかなくていいんじゃない? 時間が早く感じたり遅く感じたり、極々普通のことなんだし?」
「いや、行くよ。念のため。もしかしたら治るかもしれないし」
「そう……治ると……いいね?」
色葉は少し落ち込み気味に言うとすっと携帯電話を掲げて、
パシャリ。
「予備催眠を解いちゃうなんて……もう、できなくなっちゃうのか……」
色葉は嘆息しつつゴミ箱を漁り、丸められたティッシュを拾い上げる。
するとそのまま鼻にあてがい、目を閉じて大きく息を吸い込んでから、
「むっはぁ~……」
満ちたりし表情で、息を吐き出した。
「よし、とりあえずオナニーしよ!」
きた。
恭介は静かに息を呑み込む。
催眠術にかかった振りをしつつ胡乱な瞳で色葉の痴態を観察し続けるのは正直キツい。
キツいけれど我慢しなければ色葉が傷つくのは目に見えていたため、いろんな部分で耐えなければならなかった。
「はぁ~、にしても恭ちゃんの前でもうオナニーできなくなっちゃうのか……つらいなぁ~」
予備催眠が解かれるということはそういうことなのである。
「仕方ない。今日は四回くらいするか……」
「!」
色葉のそんな宣言に、思わず声が出そうになるのを何とか堪えた恭介であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます