ダミーだこりゃ
「雪菜おば……先生、早急に色葉から携帯電話を回収してください!」
「何だ? 朝っぱらから騒々しい奴だな」
心の底から迷惑そうな顔で雪菜。
恭介は登校すると、すぐさま保健室に押しかけたのである。
「志田の奴ならさっききたぞ。しかし何をそんなに慌てている?」
「色葉……きたんですか? そ、それで……携帯電話は?」
「戻ってきたぞ。ただし、見るも無残な姿になってな」
「み、見るも無残って……何すか、それ?」
雪菜は机の引き出しからそれを取り出し、机の上にポンと置いて、
「こうなった」
そこにはぐしゃった携帯電話が一つ。
「な、何があったんすか、これ? 何があったらこんなになるんです?」
「車で轢き逃げされたらしいぞ」
「ええっ! 轢き逃げって……色葉に怪我は……! 無事だったんすか!」
「だから慌てるな。さっき普通にきたと言ったろ? 車に轢かれたのは携帯電話のみだ」
色葉は、エムの携帯電話をイジッていたら車道側に落してしまったらしく、そのまま携帯電話の上を乗用車が通過したとのこと。
色葉は雪菜に平謝りしていたそうで、弁償するとも言ったが、ミスター・エムは稼いでいるし、そもそも使っていない携帯電話だから弁償しなくてもよいとそのまま返したところであったという。
「そうでしたか……」
とにかくよかった。これでもう、昨晩のような出来事は起こらないだろう。
恭介は何となしに、昨晩、色葉が見せつけてきたそれを思い起こす。
目と鼻の先に広がるブラックホール。
初めて見る深淵に、目が釘付けとなった。
そしてその後の彼女の痴態を思い出し、自然と股間に熱が集まっていくのを感じていた。
色葉が帰った後、恭介は彼女の痴態を思い出し、一人で何度もフィーバーしたのであったが、どうやらまだおさまりがついていないらしかった。
「ああん?」
雪菜は恭介を頭の天辺から足の爪先まで見るように視線を行ったり来たりさせて、
「お前ちょっと、ちんちん出してみろ」
「な、何すか、藪から棒に!」
「おまえ、勃起してね?」
なぜにバレたし!
「……し、してませんが!」
「いんや、してるな。わたしの溢れ出るエロスにあてられたか?」
「はっ? ゆ、雪菜おばさんで勃起するわけがないじゃないっすか!」
「んだと? どういう意味だ、こらっ!」
言うと雪菜はがしっと股間を鷲掴んできた。
「ちょ! 今、変に刺激されたら!」
すると雪菜はサディスティックな笑みを浮かべ、
「刺激されたら、どうなるんだ、ああん?」
と、面白がって言ってきた。
「瀬奈、お前が遅刻とか珍しいな?」
教室に入ると、朝倉が声をかけてきた。
「ああ、ちょっといろいろあってな……」
一時限目には間に合ったが、朝の学活に遅れてしまったのだ。しかし遅れた理由が、トイレでパンツを洗っていたとはさすがに言えない。
というか、二日連続で、学校でパンツを洗う羽目に陥るとは思ってもみなかった。
よく絞ったつもりだが、パンツがまだ湿っている。はいているうちに乾くかもであるが、とほほのほ、である。
「色葉ちゃ~ん、ありがとねー」
依子が何か色葉に礼を述べているのが耳に届いてきた。
「いえ、こちらこそ。借りた携帯電話を壊してしまって申し訳ありませんでした」
「んっ?」
恭介はその色葉の返答に軽く眉をひそめ、二人の会話に更に耳をそばだてた。
色葉はどうやら依子の携帯電話も壊してしまったらしい。
しかしこの短期間で二台も、しかも他人の携帯電話を破損させたというのが、妙に引っ掛かった。
エムの携帯電話と一緒に、落として車に轢き逃げされてしまったということなのだろうか?
「ううんー、ちょうどスマホに買い替えようと思っていたとこだし、中も無事だし、全然いいよー、本当に全額出してもらわなくてもいいからー」
どうやら色葉は新しい携帯電話の購入資金を全額だか半額だかは知らないが、いくらか負担する形で話がまとまっている様子であった。
しかし借りた携帯電話を破損させるというのは、どういう状況なのだろうか?
もしかして、それが偶然ではなかったとしたら……
たまたまエムが使用した携帯電話が依子の携帯電話と機種が一緒で、ダミーとして依子の携帯電話を壊して雪菜に渡した、とか……
いや、考えすぎだ。
まさか、色葉がそんな真似をするわけがないだろう――そう思いたかったわけだが、そのまさかだった。
「こんばんは、恭ちゃん?」
その日、風呂から上がって自室に戻ると、昨日と同様に、彼女はベッドに座って恭介を待っていたのである。
そして彼女は再びそれ――壊れたはずの魔法のガラケーを恭介に向けてきた。
「恭ちゃん……わたしね……もう我慢できないよ」
恭介の前で乱れる色葉の痴態は、より過激さが増していたのであった。
◆
「雪菜先生、い、いますか~?」
「んっ? ああ……」
雪菜は少しだけばつが悪そうに、
「昨日はすまなかったな。勃起してたからちょっとからかうだけのつもりだったのだが……まさかあんな簡単に……」
「い、いえ、その話はもう……ははっ」
「正直わたしで勃起してくれたのは嬉しい。だがまた勃起したからといって、それを理由に毎日こられるのは……困る。勃起の処理は自分でしてくれ」
「きょ、今日はしてませんから。っていうかすいません。もう忘れてください。お願いですから」
「勃起してないのか? これからするのか? 勃起? わたしでするのか? 勃起?」
「何回言うんです!」
もはや勃起という単語を口にしたいだけではなかろうか。
「とにかく雪菜先生、もう一度、ミスター・エムに連絡とってもらえませんか?」
恭介は、昨日雪菜に渡した破損した携帯電話がダミーであったことと、これまでの経緯を簡単に伝え、
「そういうわけでミスター・エムには携帯電話の回収ついでにかかったままになっている予備催眠を解いてもらう……といいますか、解いたとことにして、そう色葉に伝えといてもらいたんです」
「なるほど~、志田がね~」
「協力してもらえますか?」
「お断る」
「な、何でです? 頼みますって!」
「……お前、ニュースは見ていないのか? 航空機が行方不明のやつ」
「知ってますよ。忽然と消息を絶ったやつですよね?」
ニュースがそればっかりになっていたので、普段ニュースを見ない恭介の目にも、自然と飛び込んできていた。
ちなみに航空機はハイジャックされたとか、墜落したとかいろいろ説は出ているが、未だ不明。
「あんな大きなものがいまだ見つからないとかびっくりですし、安否は気になりますが、今それが何の関係があるんです?」
「乗っていたんだ。滿雄は。そこに」
「えっ? 滿雄って……ミスター・エムがですか?」
「そうだ。だから……連絡は取れん。残念ながらな」
「そ、そんな……冗談……っすよね?」
「人の生き死ににかかわることでそんなくだらん冗談が言えると思うか?」
「……す、すんません……」
素直に頭を下げる。
これ以上お願いできる雰囲気ではなさそうだったので、そのまま保健室を後にする。
教室に戻る道すがら、携帯電話のニュースサイトで調べてみたら、本当だった。ミスター・エムは、消息不明機に搭乗しており、現在は航空機とともに行方不明中となっているということであった。
「こんばんは、恭ちゃん?」
その夜も、色葉は恭介の部屋に訪ねてきていた。
そして次の日も、また次の日も、色葉は催眠状態に陥っていることになっている恭介の前で痴態を晒した。
色葉は自身の欲求に抗うことなく、やりたい放題に恭介の前ではっちゃけ、その内容は、次第にエスカレートしていった。
催眠術が嘘だとは口が裂けても言えないような、バレたら彼女が一生家に引きこもりかねないような、普通の恋人同士でもそんなことはしないと思われるような痴態の数々であったりした。
もはや引くに引けないこの状況。
何らかの打開策を見つけるまで、恭介は何としても催眠術にかかっている演技をし続けるしかなさそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます