素直になって
「およよ、朝倉……」
「おいっす……」
恭介が挨拶するも、一点を見つめ、こちらに顔を向けもせずに朝倉。
「何見てんだ?」
「ああ、今日の志田が何かエロいつーからよ」
「エロい?」
色葉を見やる恭介。
言われてみれば今日の色葉は、瞳を潤ませ、頬も上気し、全身から艶っぽさを滲ませているような気がしないでもない。
「佐々木の言う通りだわ。股間を疼かす何かしらエロスが出とる。お前もそう思わんか、瀬奈よ?」
「いや、エロスってか、多分、熱でもあるんじゃないか?」
恭介には、色葉がどこか無理をしているように見えたのである。
おそらく風邪ぎみなのだろう。
「んっ?」
一瞬、色葉がこちらを見てこちらに微笑みかけたように見えた。
まあ、気のせいだろうけど……
色葉が自身に微笑みかけるわけがない。そう思ったのだ。
しかしそれは気のせいではなかったらしい。
それはその日のお昼休みのこと。
「ねえ、恭ちゃん、この後、ちょっとだけ時間もらっていい?」
と、色葉がにこやかな表情で、そう声をかけてきた。
「えっ?」
色葉の様子に眉をひそめる恭介。
あの日以来、色葉は恭介に笑顔を向けてきたことはなかった。
それにいつもなら呼び捨てにもかかわらず、以前のように〝ちゃん〟付けとは。
やはり今日の色葉は、どこか様子がおかしかった。
「ご飯食べた後、校舎裏にきてもらっていい?」
「校舎裏? 何でさ?」
「恭ちゃんに伝えておかないとならないことがあるから」
「伝えたいこと? ま、まあ……いいけど? お前……体調悪いんじゃないのか?」
「ううん、大丈夫。ありがと。じゃあまた後でね」
バイバイと手を振り、どこかおぼつかない足取りで自身の席に戻っていく。
やはりどこかおかしい。
そして入れ替わるように購買でパンを購入してきた朝倉が戻ってきて、コーヒー牛乳から突き出たストローから口を外し、
「志田の奴、どうしたん? 何の用だって?」
「ああ、ちょっと……な」
「ふ~ん……まあ、ええけど」
朝倉が、訝しがりながら言った。
恭介は妹が珍しく作ってくれたお弁当を、味もよくわからぬまま一気に掻き込むと、少し離れた席でわいわいと女子グループの中で愉しげに昼食を取る色葉を横目に、教室を後にした。
校舎裏で色葉を待つ恭介。
どうにも今日の色葉は様子がおかしかったが、来るのだろうか? というかわざわざ呼び出してまで何の用件だろう? 結愛に手を出したら許さないとかその辺だろうか?
それともこの間投げつけてきたパンツを返してくれという催促とか?
しかしあれは一度使用しているから、洗ったとしても返すのは憚られる。お金で弁償するべきか。
「きょ、恭……ちゃん?」
色葉は右手で腹を押さえ、左手は壁で自身の身体を支え、歩くのが辛いように、ふらふらとした足取りで姿を現した。
「お、おい、大丈夫かよ?」
慌てて色葉に駆け寄る恭介。
色葉は額に脂汗を掻いており、かなり調子が悪そうだったが、
「うん、心配ないよ」
と、無理に笑みを作ったように言った。
「……具悪いなら早退するなり、保健室いくなりしろよ?」
「う、うん、心配してくれてありがと、でも本当に大丈夫だから」
どう見てもそう見えないが。
「で、用件って?」
わざわざこんなところまで呼び出した理由。
恭介の部屋には二度と訪れたくないとか、教室では話しづらい内容、もしくは恭介と話しているところを他のクラスメイトに見られたくないとか理由はその辺だと思われるが。
「うん、あのね、恭ちゃんに謝りたくて」
恭介は眉をひそめる。
「謝る? 俺に? 何を?」
「うん、今まで恭ちゃんにつらくあたってきたでしょ?」
「まあ……な」
しかしそれは全面的に恭介に非があるのだから仕方ない。潔癖な彼女にあんな姿をみせてしまったのだ。罵られ、嘲られて当然だ。
「ごめんね、恭ちゃん? わたしのこと、嫌いになっちゃったよね?」
「そんなことは……むしろ謝らなきゃならないのはこっちの方だし……嫌われて当然なことをしたわけで」
「ううん、恭ちゃんは悪くないよ。部屋でその……してただけで……そのごめんなさい。今更厚かましいお願いだけど、今までのこと、全部水に流してくれる? 元の幼馴染に戻ってくれる?」
しおらしく色葉。
「いや、俺は元より……けど俺はお前の人生を壊しちまって……」
「わたしの人生を壊した? それ何のこと、恭ちゃん?」
「聖泉女子に落ちたのって、俺のせい……だろ?」
「ああ、そのこと気にしてくれてたんだね?」
色葉はくすくすと小さく笑って、
「聖泉女子に落ちたのはわざとだよ?」
「わざと? 何だよ、それ?」
「だって聖泉女子には恭ちゃんがいないでしょ?」
「はっ?」
そりゃそうだ。女子高に恭介が通えるはずがない。
「恭ちゃん? あの日……受験前日のあの日、恭ちゃんの部屋に何をしにいったかわかる?」
「あんまあん時のことは思い出したくないんだが……相談があるとか言ってなかったっけ?」
「うん、相談っていうか……告白……なんだけどね?」
「えっ? 告白って……ええっ!」
と、驚きを隠せない恭介。
もしかして、両想い……だった? 少なくともその時までは?
「もしあっちにいったら初めて離れ離れになるし、そうなったら恭ちゃんに彼女できちゃうかもと思ったら不安になっちゃって……その前に、て……そしたらあんなことになっちゃって……」
色葉は頬を赤らめて、
「初めて見る恭ちゃんで……まともに顔も見れなくなっちゃって……このまま高校別れたら、ずっと話せなくなる……そう思って……受験の日は答案、すべて白紙で出したの」
「白紙って……じゃあ、聖泉女子は俺のせいで落ちたんじゃなく、俺のために落ちたってこと……なのかよ?」
「うん。それで運よく第二次募集で恭ちゃんと同じ学校になれたんだけど……恭ちゃんの前に立つとなかなか素直になれなくて……恭ちゃんを邪険にしちゃったのは照れ隠しというか……その……ごめんなさい」
「いや……それは……わかったけど……告白の下りっていうのは……? つまりは……?」
色葉は「うん」と笑って涙ぐみながら頷いた。
「わたし志田色葉は、ずっと恭ちゃんのことが大好きでした」
「…………」
まさかとは思ったが、あまりの衝撃に言葉を失う恭介。
その沈黙が彼女を不安にさせたらしく、
「ごめん……やっぱり迷惑だったよね? わたし、恭ちゃんに散々ひどいことして……やっぱし結愛さんの方が素直で可愛いし、結愛さんを選んじゃうよね?」
「あ……いや……そうでなくて、俺、ずっと色葉に嫌われていると思い込んでたから……」
恭介は息を大きく吸い込み、
「俺は――」
真剣な顔つきで自身の気持ちを伝えた。
すると色葉は手で口を押え、へなへな崩れ落ち、ぺたんと地面に腰をつけた。
「お、おい? 大丈夫かよ?」
恭介はその反応に、どうしていいかわからずに訊いた。
「えへへ、大丈夫だよ?」
色葉は涙ぐみながらも笑顔で答えて、
「あれ以来、恭ちゃんの顔まともに見れなくなってて少し気を張ってたから……恭ちゃんの答え訊いたら気が緩んじゃったみたい?」
「じゃあ、わたしたち両想い……なんだよね?」
「う、うん……でも俺……九条と付き合うって言っちゃて」
「……うん……」
落ち込んだように顔を俯かせる色葉。
こんなことになるとわかっていたら告白なんて受けなかったのに。
どうすべきなのか?
そもそも結愛と付き合うことにしたのは色葉のことを吹っ切るためではあったが……
だからといってそんなことを理由に結愛に、「はい、さよならね」と告げるのは男として最低な気がした。
いや、そもそも結愛が恭介を好きだというのは勘違いからきたものであるし、騙して付き合っている時点で最低なのだろうか?
「俺……お前に嫌われたと思って九条に……だから……その……俺は……」
「ごめんね、恭ちゃん…………」
色葉はそう言って、校舎の壁に手をつき、立ち上がり、
「今更、こんなこと言っちゃって……」
と、それと同時に、色葉のスカートのポケットから、ポロリと何かが転がり落ちた。
「んっ?」
恭介はコンクリートの地面を転がり、自身の足に当たって止まったスイッチのついた、何かのリモコンのようなそれを拾い上げる。
「あっ!? ダメ、恭ちゃん、それ返して!」
と、慌てて言ってくる色葉。
「ああ……」
しかしこれは何なのだろう?
恭介は何の気なしにスイッチをめいっばいにスライドさせた。
その瞬間だった。
「ひゃっ!」
色葉が腹を押さえてうずくまった。
「えっ? だ、大丈夫かよ? やっぱり具合、悪かったのか?」
「ち、ちが……ああっ!」
涙目で顔を赤くした色葉は恭介の足にがっしりとしがみついてきた。
「お、おいっ?」
色葉はガタガタと身体を震わしている。
やはりかなり体調が悪かったらしい。
「……も、もう、ダメ……我慢……でき……」
「えっ?」
色葉は大粒の汗を流し、唇をぎゅっと噛み締める。
「ああ……み、見ないで! 恭ちゃん! み……い、いやぁ~っ!」
その瞬間、色葉の足元からコンクリートの地面に、じゅわぁーと大きくシミが広がった。
「えっ? お漏……らし?」
色葉はおしっこを漏らした様子であった。
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