いろはちゃん

 恭介は表情を引き攣らせて、濡れた地面のシミと彼女の顔を交互に見やる。


「こ、これは……お、お漏らし?」


「いやっ! い、言わないでっ!」


 色葉は恥ずかしそうに、両手で顔を覆った。


「え、え~っと……」


 こういった場合、どうするのが紳士として正しい対応なのだろうか。やはり慰めの言葉とかかけてやるべきなのだろうか。


「ま、まあ、あれだ……」


 恭介は言いかけた途中で、ふと自分たちの仲はそんなじゃなかったことを思い出す。そうだ。そもそも昔はそんなことさえ冗談に転化して、笑い合えた仲であったのだ。


「色葉……恥ずかしいな? 高校生にもなってお漏らしとか……」


 ちょっとだけ色葉をいじめて、フォローする。それでいいはずだ。


 色葉は顔をハッとさせて、


「きょ、恭ちゃん……ひどい!」


 そしてポロポロと目から涙を溢れ出させた。

 本泣きである。完全に選択肢を誤った。


「いや、違う! 違う! 冗談!」


 恭介は慌てて、


「俺だってお前に一人しゅっぽっぽを見られたんだし、まあ……お互いさまってことで!」


 その言葉に、色葉は更に表情を青ざめさせる。


「お、お互い様……?」


 明らかに様子がおかしかった。


「んっ?」


「い、いや……み、見ないで! わたし、恥ずかしくて、死んじ――」


 そこまで言うと、色葉ふっと気を失ったようになり、座ったまま横に倒れる。


「お、おい、どうした、色葉!」


 恭介は慌てて肩を支え、抱き起し、彼女の名前を懸命に呼びかける。


「色葉? おい、起きろ、色葉!」


「んっ、んんっ……」


 気を失っていたようになっていた色葉が、ゆっくりと目を開ける。


「んー、おはよー、恭ちゃん?」


 先ほどまでの出来事が何もなかったように、色葉は目をこすりながら言ってきた。


 その様子にホッと胸を撫で下ろす恭介。

 色葉はキョロキョロっと辺りを見回して、


「うー、あれ? おうちじゃないの? 恭ちゃん、ここどこー?」


 完全に寝ぼけたような彼女の反応に恭介は眉をひそめつつ、


「どこって……学校の校舎裏……だろ?」


「ガッコー? ガッコーって、らいねんからいろはたちがかよう、しののめ小ガッコーだよね? なんでいろはガッコーにいるの?」


「んっ? あれっ?」


 何か雲行きが怪しくなってきやがった。


 東雲小学校は恭介たちが通った小学校であるが、今なぜその名が出てきたか不明であった。

 また、一人称が〝わたし〟から〝いろは〟に変わっているのにも引っ掛かった。


 これではまるで、色葉だけ時が遡っているみたいではないか。


「冗談……だよな?」


 色葉は顔をしかめてスカートをさわさわすると、


「うー、なんかべたべたしてきもちわるい」


 言うと座ったままスカートをばさっとめくり上げた。


「ちょっ!」


 慌ててそっぽを向く恭介。


「うー、きもちわるいからぬぐー」


 色葉は立ち上がるとがさごそやり始めた。


「な、ま、マジで脱いでんのかよ?」


 やはり普通じゃない。


「あれっ? 恭ちゃん? へんだよ?」


「な、何がだよ?」


「これ見て?」


「だから……何が――」


 恭介は色葉の言葉に振り返り、


「ぶはっ!」


 思わず吹き出していた。


 色葉は濡れたパンツを足首までずり下げたまま、スカートをめくりあげ恭介に見せつけてきていたのである。


「い、色葉……スカートを下せ」


 恭介は再びそっぽを向いて、言う。


「でもへんだよ? いろはのここ、ママみたくなってるの? なんで?」


「い、いや……いいから……そういうの……よしなさい」


「うん。わかった」


 恭介は色葉にスカートを正させてから、再び向き直った。

 屈託のない彼女の無邪気そうな笑顔。


 やはりこいつは演技じゃなさそうだ。


 色葉はお漏らししたショックからなのか、幼児退行しているらしかった。


「恭ちゃん? いろはのムネ、なんかママよりもぐらま~になってるよ?」


「そ、そうだね? パンダのパジャマ、破っちゃうよね? ってか、色葉ちゃん? 揉むのは止めようか?」


 色葉はなぜか一心不乱に揉みしだきはじめていたのである。


「え~っと、色葉ちゃん? とりあえず保健室にいこうか?」


 自分一人ではどうにも対処に困り、養護教諭の雪菜に助けを求めることにしたのである。


「ほけんしつ~?」


「あー、いいや、とにかく――」


 恭介は色葉の手を取ろうとして、あることに気づく。

 色葉は濡れたパンツを足首にひっかけたままであったのだ。


「い、色葉ちゃん、パンツ、脱ごうか?」


 色葉はそれに「うん」と元気いっぱいに頷いて、


「恭ちゃん、脱がせてー」


 両手を伸ばし、甘えるように言ってきた。


「えっ? 自分で脱げるよね?」


「いやー、脱がせてー」


「え、えー」


 そんなこと言われても。


 そんな時だった。


「え~、マジ受けるわ~」「そうそう、あの唇お化けが……」


 遠くで微かに聞こえてくる女生徒たちの話し声。

 こっちに向かってきているのか?


 もしそうだとしたらヤバい!


 パンツがずり下がったこんな場面を見られたらどうなるか、迷っている暇はなかった。


 恭介はパンツの両の端っこを、つまむようにして持って、


「じゃ、じゃあ色葉ちゃん、右足からぬぎぬぎしようか?」


 色葉の濡れたパンツを脱がせてやったのだった。

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