告白

「いってきます」


 翌朝、色葉が自宅を出ると、家の前で恭介が立っていた。


「うっ……」


 色葉はビクンと身体を震わせ、立ち止まる。


 ふいに現れるなんて卑怯だ。


 まだ心の準備ができていなかった。いつものように頭の中で卑猥な妄想がぐるぐる回り、身体が火照り、濡れてくる。オナニーしたい。


「な、何よ……何であんたがこんなとこに……?」


 カッーと熱くなった顔を背けて、言う。


 彼の顔を直視できない。オナニーしたい。


「ごめん、俺の顔、見るのもイヤだよな?」


 違う。そうじゃ、そうじゃない。 


「わ、わかっているなら、とっとと私の前から消え失せなさいよ」


 照れ隠しとして思ってもいないことが口から出てしまう。オナニーしたい。


「ああ……その前に、昨日のこととか……謝罪させてくれ」


 謝罪。そうだ。色葉も恭介に謝り、元の関係を取り戻そうとしていたのだ。

 悪いのは自分なのに、恭介は謝ろうとしてくれている。それに便乗して色葉も、


「し、仕方ないわね、結愛さんと付き合わないと約束して、心を入れ替え直すというなら仲直りしてあげないこともないわよ」


 と、言ってしまえば、昔のようないい関係の幼馴染に戻れるかもしれない。


「すまない。色葉……」


「ふん、し、しかたな……」


「お前が俺のことを嫌っているのはよくわかっている。だから徹底的に無視してもらって構わない」


「……はいっ?」


「今後一切、俺からは話しかけないし、なるべくお前の視界に入らないように努力する」


「えっ? 恭……えっ?」


「ただ俺たちは隣同士だし、学校もクラスも一緒。周りに人がいない時はともかく、どうしても顔を合わせる機会はある。だからそんな時は最低限、話そう。少なくとも周りが不審な目で見ない程度に」


「だ、だから勝手に……」


「じゃ、そういうことで俺は先にいくから!」


 恭介はそれだけ言うと、色葉の答えも聞かず前を駆け出した。


「な、何でよ……」


 色葉はそれを呆然として見送った。




「おはよー、色葉ちゃ~ん」


 ぷんすかぷんの色葉に、その間の伸びた依子の挨拶は耳に届いていなかった。


「な、何なのよ、あいつは……人の気も知らないで」


 仲直りをしようと思っていたのに、これではこちらから話しかけ、頭を下げなくてはならない。

 今の色葉にはとてつもなくハードルの高い行為だというのに。


 そしてその恭介だが、先についているはずだと思ったが、教室に姿はなかった。


「色葉ちゃ~ん? どうったのー? ご機嫌斜め~?」


 視界にぬっと突如湧いた依子の顔。


「あ、依子さん、おはようございます」


 今気づいたようにいつもの笑顔に戻して、色葉。


「色葉ちゃん? 心ここにあらずなのー?」


「い、いえ……そんなことないですよ? あ、おはようございます、亜美さんも」


「おはよ、ねえ、昨日の可愛い子……さっきみかけたよ」


「えっ? 結愛さんをですか? どこでですか?」


「下駄箱で。何かうちの制服着てたよ? そっくりさんじゃないと思うけど……色葉に会いにきたんじゃないの?」


「い、いえ……わたしにじゃなく……」


 おそらく結愛は恭介に告白をしにきたのである。


「すみません、ちょっと出てきますね」


「あり? どこいくのー?」


 と、依子が訊いてきた。


「おトイレです」


 説明するのが面倒なので、とりあえずそう答える色葉。


「あ、じゃあ、わたしもー」


「い、急いでるので、先にいきますね?」


「えー、待ってよー。そんなに急いで……おっきい方?」


 色葉は頬を赤く染めて振り返り、


「ち、違います!」


 それだけ言って、ダッと駆け出し依子を振り切るように教室を出たのだった。


「あんな大きな声で。まったく、依子さんは……」


 おそらく周りの男子の耳にも入っていた。

 あまり時間がかかると本当に大きい方と思われてしまう。


 色葉は急いで下駄箱に行って確認。恭介の下履きがなかった。


「どこへ? でも告白するとしたら人気のない……」


 思った通り、校舎裏でビンゴ。二人の姿はそこにあった。


「じゃあこれからよろしくね、瀬奈君」


 と、恭介に右手を差し出す結愛。


 えっ? もう告白して……


「うん。まあ……よろしく」


 恭介は若干照れた仕草で、結愛の手を取ったのだった。

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