使用済みティシュ
「勉強会……終わったのか?」
色葉の部屋の明かりがついたのでわかった。
いつもより帰りが遅い。勉強会やらをしていて帰りが遅くなったらしい。
別にストーカーまがいのことをしているわけではないが、彼女とは家が隣通しで、恭介の部屋の真向いが彼女の部屋なので、大体の帰宅時間を把握していたのだ。
子供の頃は、屋根を伝って互いの部屋を行き来していたりしていて、友達と遊んでから家に帰ると、窓の扉がガラガラッと開いて、
「おかえり、恭ちゃん?」
な~んて出迎えてくれるのは日常茶飯事だったが、それはもう遠い過去の記憶。
あの高校受験前日の出来事さえなければと、悔やんでも悔やみきれない。
「はぁ~、ミスター・エムみたいに人の記憶操作できりゃな……」
点けっぱなしにしていたテレビには、今人気の催眠術師ミスター・エムが有象無象のタレントを思うがままに操る姿が垂れ流しになっていた。
ミスター・エム氏は催眠術を使って、自分の名前を忘れさせたり、とある数字を言えなくしたり、自由自在に人の記憶を操作し、観客を沸かせてみせていたのである。
こんな力があればあの時の記憶をすっぽり消せるのに……と、恭介はそう思ったのである。
まあそんなありえないことを考えてみたり、色葉の部屋の窓を眺めていても事態は一向に好転しない。
いっそ高校も違って、遠くに住んでいればよかったのだけれど、何だかんだで毎日顔を合わせなければならないこの状況は、辛すぎた。
「恭介~、ナニしてるの? とっととお風呂、入っちゃいなさ~い」
階下より母の声。
恭介はその声に深いため息を漏らしつつ、ベッドからむっくりと起き上がった。
風呂上り。恭介は自室のドアを開け、固まった。
ベッドに色葉が腰を掛けていたからである。
「な、何で……お前が……?」
「何? 文句あるの? だったらカギをしっかりとかけときなさいよ」
「……いや……だって……」
色葉がこの部屋に訪れるのはあの受験の前の日以来振りであった。
「ねえ、恭介? あんた、結愛さんのこと……どう思う?」
「結愛さんって……九条結愛のことか?」
「そうよ。どう思う?」
九条結愛――少し引っ込み思案で内気な性格をした超絶可愛いい中学時代のクラスメイト。
「……どうと言われても。俺、嫌われてたから」
中学時代、掃除の時間。
恭介は転んだ拍子に手にしていた花瓶を傾け、彼女に頭から水をぶっかけてしまったのである。
それで結愛は激おこしてしまったらしく、それ以来、恭介の前に立つと顔を真っ赤にして逃げてしまうようになってしまったのである。
「そうよ……ね? でも、あんた、結愛さんのことを考えながら……」
色葉はそこで言葉に詰まったように頬をほんのりと朱色に染めて、
「そ、その……お、おっ……おっ!」
「おっ?」
「お、おちんちんイジってたじゃない!」
「ぐはっ!」
瞬間、全身から嫌な汗が噴き出すのを感じていた。
まさかバレていたとは!
声に出てしまっていたから仕方ないとはいえ……恥ずかしすぎる。
「そ、それでも結愛さんに特別な感情を抱いていないというの?」
「い、いや……あれは……女優さんが九条に似ていたから……ははっ」
しどろもどろになりつつ答える恭介。
「ふーん、そう。今日ね、その結愛さんに会って相談を受けたのよ!」
「……相談?」
「ええ、あんたに告白しようと思うってね」
「はっ? まさか……俺、九条には徹底的に嫌われてたんだが?」
「でも事実なんだから仕方ないでしょ?」
「何でだよ、何で俺になんか?」
「知らないわよ、結愛さんがあんたみたいな変態に好意を寄せる理由なんか……!」
ひどい言われようである。
「いい、恭介? もし結愛さんに告白されても絶対に断わりなさい! 純真な結愛さんに、あんたみたいな変態、近寄らせないから!」
「へ、変態、変態って……そ、それについてだけど……謝らせてくれ」
「何よ、変態?」
「すまん、恨まれて当然だよな?」
「はっ? 何言ってんの?」
「だって聖泉女子に落ちたんは、俺のせいだろ? だから、すまなかった。この通りだ」
恭介は深々と頭を下げる。
本当なら、色葉も結愛と同じ聖泉女子に通っているはずであったのだ。
あんなことがあり、受験に集中できなくなり落ちてしまったのは、確実に恭介のせいであったのだ。
「ただ……あれは……男だったら誰でもしてる行為で……ノックもせずにいきなりドアを開けられて――」
「何? わたしが悪いって言いたいの?」
「そ、そうじゃねーけど……その……ごめん」
「ふん、そんなに好きなら今ここでしてみせなさいよ? さっきだってしてたんでしょ?」
「べ、別に……してねーよ?」
「嘘つきなさいよ!」
言うと色葉は、足元にあったゴミ箱を蹴り倒し、ゴミ屑や丸められたティッシュを部屋に散乱させた。
「これは何? こんなゴミ箱を妊娠させる勢いでしといて、してないはないでしょ?」
「ううっ……」
「ほら、してみせなさいよ? 好きなんでしょ? それともあれ? オカズとかなきゃダメだったりするの? だったら……」
色葉は言うと、立ち上がってスカートの中に手を入れ、そのままショーツをするりと下まで下げる。
「えっ? 色葉? お、おまい……何を……?」
色葉は足首に引っかかったそれを足から引き抜き、
「これで早くしてみなさいよ!」
脱ぎたてのショーツを恭介の顔にぺしっと投げつけてきたのである。
恭介はショーツを拾い上げると、驚いたように色葉を見上げる。
「何よ、変態? 変態なら変態らしく、いつもしているように、とっととして見せなさいよ?」
「……色葉……」
恭介は無表情に静かに立ち上がり、
「も、もう、いい……かな?」
色葉はビクッと身体を震わし、一歩後退った。
「な、何よ? 怒った……の?」
恭介は色葉の問い掛けに、無言で自身のパンツを下した。
「きゃっ! な、何してんのあんたは?」
「お前がしろって言ったんだろ?」
挑発のつもりでしていたのか、本当にパンツを脱いで露出させるとは思っていなかったのだろう、色葉は背けた顔を真っ赤に染めていた。
「このパンツを使ってすればいいんだよな? じゃあ――」
「や、やめさないよ、変態!」
「うごふっ!」
色葉は恭介の腹に蹴り入れ、
「もー、ばっかじゃないの! サイテー! 死ね!」
すごすごと肩を怒らせ、入室した時と同じように、窓を通って帰っていた。
恭介はそんな彼女を見送りつつ、
「これで、いいんだよな……」
腹を押さえ、身体を蹲らせながら、寂しそうに呟くように言った。
中途半端に関係の修復を信じて過ごすより、徹底的に嫌われてしまった方が、諦めがつくというもの。
そう、これで色葉との関係は完全に絶ち消えたのである。
「何でだろ……これでいいはずなのに……」
自然と涙がポロポロと溢れ出てくる。
恭介は色葉の温もりがまだ残るショーツを握りしめ、そのままナキニーした。
◆
「仲直りしたかっだけなのに、なんでいつもこうなっちゃうのよ」
後悔し、枕に顔を埋める色葉。
本当は、謝るつもりだった。結愛に告白され、付き合ってしまう前に、今までの関係を修復させようと思っていたのだ。
しかし部屋に満ちた恭介の匂いで興奮し、それを悟られまいと平静を装おうとした結果、頭が混乱し、あんな憎まれ口を叩いてしまったのである。
「とりあえず、落ち着こう……」
色葉は恭介のゴミ箱からくすねてきた使用済みティシュをポケットから取り出し、匂ってみる。
「んはぁ~、恭ちゃんの匂いだ……」
次第に精神が安定してくる。
「よし、オナニーして寝よ」
心機一転。
明日こそはきっちりと謝ろう、そう色葉は心に誓った。
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