車内・恭介

「んっ? んんっ……」


 恭介はポケットに入れていたスマホのバイブレーション機能により気持ちの良い夢の世界から無理やり帰還させられた。

 動く窓の景色。隣にはスマホに目を落とす色葉。

 恭介はキャンプ場に向かう車に乗り込みそのまま寝入ってしまったのを思い出した。

 そしてジャージのポケットからスマホを取り出そうとしたその時である。


「!」


 フルMAXな状態でそれを露出されていることに気づいたのである。

 慌ててジャージのズボンを引き上げ、引きつった表情で隣の色葉を見やるが、彼女は何食わぬ表情でスマホに目を落としたまま。

 再びスマホのバイブレーション。慌ててポケットから取り出すと、そこには色葉からのメッセージが表示されていた。


『おちんちん出す夢見てたの?』


「えっ……」


 確かにえちちな夢を見ていた。パンツも下りていたかもしれない。しかし夢でパンツを下したからといって現実でも下したことは今まで一度もない。だが今日はいつもと異なり座りながら眠るという特殊な条件なので今までないからと言って今回もとは限らない。

 が、どちらかというと隣に色葉が座っているということの方が今回の事件の大きなファクターな気がした。

 そんなわけでパンツを下したとは色葉なのではという疑念を彼女に投げかけてみる。


『わたしがそんなことすると思うの?』


 色葉は常識人である一方、おちんちんに関してだけは途端にアホの子になる性質を持っていた。


『まあ否定しても水掛け論になっちゃうからどっちでもいいけど……そんなことより大きな問題があるんだけと』


 色葉は否定も肯定もせず続ける。


『実は……恭ちゃんのガチガちんちん、結愛さんに見られたかも?』


「えっ? 結愛って……」


 何んとなしに顔を上げて助手席を見やると、そこには見覚えのある姿が……


「あ、瀬奈君……お、おはよ」


 バックミラー越しにばっちりと視線が交錯した結愛が挨拶してきた。


「えっ? おは……えっ? 何で?」


 あたふたする恭介に里緒奈がことの経緯を説明してくれた。

 キャンプに素人だけでは不安ということでキャンプについて詳しい彼女に急遽同行してもらうことになったとのこと。

 結愛の趣味がキャンプであるなんて一度も聞いたことがなかったが、それよりなにより結愛のそわそわした態度が気になった。

 この反応である。おろらく完全に見られていたに違いない。

 どうやって言い訳すればいいんやと恭介が顔面蒼白にしていると、色葉から更にメッセージか入った。


『結愛さんにはわたしから上手く言っておくね』


 眠っている間に脱ぐ癖があるということにされそうであるがもうどすれば正解か分からないので致し方なし。

 ここは色葉を信じ、任せることにした。

 そして一行は、食材などの買い出しのために大型スーパーに立ち寄ることになった。


「あの……わたし……ちょっとおトイレに」


 車を駐車スペースに止めるや否や、結愛はそそくさとスーパーのトイレに向かった。


「あ、じゃあわたしも……」


 その後を追うように色葉。

 結愛に変なものを見せつけてしまったかもと気が気でない恭介は、そんな二人の背中を不安げに見送る。

 今は色葉が上手くやってくれるのを祈るしかないのである。


「それじゃあ二人を待っててもアレだから恭介くんはこのメモのここからここまでを見つけてきてくれるかしら」


 言われて里緒奈から買い出しのメモを受け取る。


「あ、はい……わかりました」


 恭介は店内に入るとカゴを手に取り、立ち止まる。

 初めて入るお店なので位置関係を全く把握していなかったのである。

 それを察してか里緒奈が言う。


「多分、その辺ね。案内板とか出てるから適当に探してみて。じゃあよろしくね」


 そして二手に分かれて店内を散策する。

 そうこうしているうちに、結愛とは話はついたのか、色葉だけこちらに戻ってくるのが見えた。


「い、色葉? どう……だった?」


「うん。どうごまかそうかと思ってたんだけど結愛さんは何も見てないって言ってた」


「何も……見てない?」


「うん。だからごまかす必要もなくなった」


「そうか……そう……なのかな?」


 はてさて言葉通りに捉えていいものかどうか。

 見たけれど何も見てないということにしたのか、それともそれが男のモノであると理解できなかったとか。

 本物を見たことがなければそれだと脳が理解できない可能性だってあるはずなのだ。


「わ、分かったよ。ありがとう色葉。とりあえず俺は見られてない体で接してみるよ」


「そうだね。早く買うもの探して二人と合流しようか」


 色葉は先に里緒奈と会って二手に分かれていることを把握しており、結愛の方は里緒奈と店内を回っているらしかった。

 そんなわけで二人はメモ用紙の品を探して買い物かごに放り込み、里緒菜たちと合流した。

 その際、結愛からは車内でのそわそわした様子が消えていつも通りの彼女に見えたので、恭介は意を決して声を掛けてみることにする。


「い、いやぁ~、けど驚いたなぁ~、結愛ちゃんってキャンプとか詳しかったの?」


「えっ? そんなには……先生に誘われて……黙っててゴメン……よろしくね、二人とも?」


 微笑みながら言う結愛にホッと胸を撫で下ろす恭介。

 やはり普段通り。

 結愛はこのスーパーの駐車場に到着するなりトイレに駆け込んだ。

 きっと尿意を催してそわそわしたにだけに違いない。


 恭介はそう思い込むことにして、結愛とはいつも通りに接することに決めたのであった。




 そして一行を乗せた車は目的地のキャンプ場に到着する。


 キャンプといっても恭介たちが寝泊まりするのはトイレやシャワー付きの水回りもしっかりとした一戸建てのコテージであった。


「結構いいとこね。二階に寝室が二部屋あるから片方が色葉と九条さん、もう片方がわたしでいいかしら?」


 恭介は里緒奈の言葉に小首を傾げる。


「えっ? 俺は……?」


「恭介くんは一階のリビングで。寝袋があるからこれ使って」


「マジすか?」


「不満? わたしの隣で寝たいの?」


 恭介は少し考えてから、


「ああ、やっぱりいいっす。寝袋で」


 何か面倒くさそうなのでそう答えた。


「あ、ゴメン、瀬奈君……わたしが急遽参加することになったから……だよね? どうしよ。わたしが寝袋でもいいよ? 色葉ちゃんと先生が同じ部屋になってもらって」


「あら、九条さんが気を使うことないわ。ねえ、恭介くん?」


「はい。俺は全然寝袋で大丈夫っすよ」


「あ、そうじゃくて、どっちかというとわたしも一人がいいっていうか……」


「あら、九条さん? もしかして恋敵の色葉と一緒が嫌だったのかしら?」


「あ、色葉ちゃんがどうとかじゃなくて、一人じゃないとなかなか寝付けなくて……」


「そう? だったら二階の寝室をわたしと色葉で一室、もう片方の一室を九条さん、下のリビングが恭介くんってことでいいかしら?」


 部屋割りでこれ以上時間を割く必要性もなかったので、特に意義を唱えることもせず、そんな感じで決定したのだった。

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