車内・色葉

「はぁ~、いってきまーす」


 いろいろ考えすぎて全然眠れなかったがそれでも朝はやってくる。


「待ちなさい、恭介? 山にその恰好で行くつもり?」


 時間になったので車を出してくれるお隣さんを訪ねるため家を出ようとしたら母に呼び止められた。


「えっ? ジャージだめ?」


 キャンプに適した服がよく分からなかったが、小学校の宿泊学習でキャンプに行った時は始終学校の体操着だった気がしたので上下ジャージで問題ないと思ったのだが。


「ダメじゃないけどもっと厚着していった方がいいんじゃないの?」


 山の方は寒暖差があるかもしれない。ついでに火を使うなら燃えやすいのも避けた方がいいとのこと。じゃあ何着てけばええねんと思ってたら父のマウンテンパーカーでも着てけと言われた。見たら派手過ぎず地味過ぎず自分が着ても問題なさそうだったので借りることにした。


「はい、それとこれも持ってきなさい」


 お弁当であった。昼はバーベキューをするとか言っていたので必要ないと伝えていたがみんなで軽くつまめるものであり、もし何かあった時の保険にもってけとのこと。


「キャンプってことはテントの設営とかも自分たちでするんでしょ? 色葉ちゃんに男らしいとこ見せないとダメよ?」


 母は色葉のことを気に入っておりいずれは嫁に来て欲しがっているようだった。よくよく考えてみれば最近は互いの家を行き来し、里緒奈も一緒とはいえ泊りがけで出かけるのであるから母が前以上にそういう目で見るのも当然かもしれなかった。

 まあ。おかげで旅費関係は全面的に出してくれたのでよしということにする。


「にしても男らしくか」


 今回は屋根のある施設にお泊りなのでテントの設営はないが面倒なので説明は省くことにして家を出ることにした。




「おはようです。リオ姉。手伝いますか?」


 家を出ると里緒奈が荷を車に運び入れていた。

 バーベキューセットなども宿泊先で借りれるとのことで大きな荷物はないとのことだったが、それでも多少の荷はある様子だった。


「おはよう恭介くん。後必要なものは途中で買ってくから大丈夫よ」


「あ、そうっすか、そりゃよかった」


 と、ここで欠伸を一つする恭介。


「? 随分と眠そうね?」


「ああ、まあ……今日のこと考えてたら眠れなくなっちゃいまして」


「あら、わくわくして眠れなくなるなんて遠足前日の小学生? まだ子供らしい部分残ってるね?」


「ははっ、まあ、そんなとこで」


 くすっと笑う里緒奈に愛想笑いでそう答える恭介であったが、実際はわくわくではなくムラムラであった。

 恭介は、色葉の提案をどうすべきかいまだに迷っていたのだ。

 そしてここ数日ネットでそういった失敗談や体験談などほ読み漁り、仮に色葉とそういったことを致すのであれば中途半端な形――いわゆる中折れという状態になるのは避けたいと恭介は思っていた。

 そこでキャンプ当日にそういった気持ちを念のため向上させといた方が失敗しないのではと考え、ここ二日ばかり日課の一人シュッポッポを控えていたのである。

 結果、ムラムラが続いて眠れなくなり、今になって急激に眠気が襲って来たというわけ。

 もし里緒奈が扇情的なファッションであったりしたなら途端に目が冴えまくっていたかもしれないが、彼女は山ガールみたいな服装――いや、山とキャンプが同じ服でいいのか知らないけれど、肌の露出が少ないキャンプに適しているのであろう服装であり、欲情を刺激されることもなく、眠気が吹っ飛ぶようなこともなかったのである。


「さて、準備はいいかしらね? ていうかあの娘は何やってるのかしら? まったく。恭介くん、先に乗ってていいわよ。ちょっとあの娘呼んでくるから」


 恭介は、里緒奈に言われるがままエンジンのかかった車の後部座席に乗り込む。


 そして急激に襲ってくる睡魔に抗うことなく静かに瞼を落としたのだった……



          ◆



「色葉! そろそろ行くわよー」


 階下から姉の里緒菜が自身を呼ぶ声が聞こえてきた。 

 色葉は紫外線対策のサファリハットを被ると荷を手に階段を降りる。


「恭ちゃんもう来てるの?」


「車に乗ってるわよ。忘れ物ないわね? あんたが出たらカギ閉めるから」


「うん。大丈夫」


 里緒奈が戸締りしている間に色葉はエンジンのかかった姉のステーションワゴンに歩み寄る。

 後部座席に恭介の姿はあったが、寝ているのか、目を閉じて静かに俯いている様子が見て取れた。

 色葉が反対側の後部座席ドアを開けてもやはり反応はない。やはり寝ているようだ。


「おはよ、恭ちゃん」


 小さく言って隣に腰掛ける。


「あら? 寝てるの?」


 後から来た里緒奈が車に乗り込みながら言う。


「そういえばわくわくして昨日眠れなかった小学位みたいなこと言ってたわね。まあ寝かしていいけどシートベルトはしめておいてあげて」


「うん。分かった」 


 車が動き出す中、色葉は恭介のシートベルトをかけて上げた。その際、わざと身体を押し付けてみたりがしたがやはり起きなかった。かなり熟睡しているのであろうか?

 恭介は眠っている。車内ですることは特に何もない。

 キャンプ場についたら恋人らしいことをしたいと思っていたが、明確に何をすればいいかは決まっていなかった。

 とりあえず結愛がしていたように恋人繋ぎとかはしたいかなとは思っていた。

 しかしその前に、今この瞬間、寝ている恭介の手がフリーであることに気付く。


「うん。そうだよね」


 恋人同士なのだから眠っている彼の手くらい握っても許されるはずだ。

 それでも気持ちよさそうに寝入っている彼を起こしてしまったら気分を害してしまうかもしれない。


 色葉はそっと恭介のフリーの左手に手を伸ばして――


「!」


 その瞬間、彼の盛り上がったその部分にくぎ付けとなった。


「お、おちんちんが……テント張ってりゅう!」


 なんとキャンプの前だというのに股間にテントを張っていたのである。ジャージだからもっこり具合がよく分かった。間違いなく股間を膨張させていた。

 恭介の寝顔をチラッと見やる。幸せそうな寝顔。どうやら淫らな夢を見ているらしい。


「ど、どうしよう……」


 確か十代の男の子には夢精というイベントがあるらしい。つまりこのまま放置していたら、恭介のパンツが汚れてしまう恐れがあった。

 もしパンツが汚れたら恭介のテンションがだだ下がりし、今日のキャンプが楽しめなくなってしまう。それは困る。

 ではどうすればいいのか?


「そうか……おちんちんをパンツから出せばいいんだ!」


 おちんちんをパンツから解放してあげれば例え夢精してもパンツは汚れない。簡単なことだった。恭介は運転席の真後ろに腰掛けているのでおちんちんを出しても里緒奈には気づかれないはず。

 そんなわけで寝ている恭介のジャージとパンツをずり下げ、おちんちんを露出させてあげた。 

 しかしそこで新たな問題が発覚する。

 このまま夢精したら里緒奈の愛車を汚してしまう。そうなれば愛車に中出しされた里緒奈が激怒して殺されてしまう。恭介が。それは困る。

 ではどうすればいいのか?


「そうか……おちんちんと恋人繋ぎすれば防げる!」


 おちんちんを包み込むように手でガードしてあげれば仮に夢精しても里緒奈の愛車を汚さずに済む。ついでに恭介のおちんちんと恋人繋ぎができるという一石二鳥の名案だ。


「うん、いいよね? 大丈夫のはず……」


 恋人同士なのだから眠っている彼のおちんちんと恋人繋ぎしても許されるはずだ。

 心臓をバクつかせながら色葉はそっと恭介のおちんちんに手を伸ばして――


「あっ、色葉?」


 里緒奈の突然の呼びかけにハッとし、おちんちんに伸ばしていた手を慌てて引っ込める。


「えっ? 何? 何急に?」


「言い忘れてたけどもう一人途中で拾ってくから」


「拾うってどうして? 何のために?」


「ほら初心者だけでキャンプだとわからないこととかあるかもしれないでしょ? だから詳しい子を誘ったのよ」


 キャンプ場に遊びに行くとはいえテントの設営もなくコテージを借りてバーベキューをするだけだから初心者だけでも大丈夫という話であったが、やはり誰か一人詳しい人がいた方が安心ということか。

 というか里緒奈に恭介がおちんちん出しっ放しなのを気付かれてはならない。

 変に動揺を見せさえしなければ怪しまれることもないから普通に会話を続けることにする。


「それってわたしが知ってる人? 学生時代の友達の……華さんだっけ? 活発そうな人」


「あー、違う違う。待ち合わせ場所すぐそこで……あそこに立ってるのそうじゃない?」


「立って……えっ? あれ? 何だか見覚えが……」


 気のせいだろうか、なんだか見知った人影が。

 車はコンビニの駐車場にするっと入ってそこに立っていた彼女の横に乗り付ける。


「結愛……さん?」


 どうやらキャンプに同行するのは彼女――九条結愛で間違いない様子だった。


「おはようございます。先生」


 結愛は開いた助手席の窓から里緒奈ににこやかに言った。


「おはよう、九条さん。待たせたかしら? 乗って頂戴」


「はい、ありがとうございます」


 結愛は言いながらドアを開けて乗り込み、色葉の方を見やって、


「おはよう、色葉ちゃんに――」


 そこで彼女の表情が固まった。


「………っ!」


 里緒奈からは見えないと踏んで安心していたが、おそらく助手席から乗り込んだ結愛には後部座席の様子が丸見えになっていたに違いない。

 隣で寝入っている恭介は今も局部を丸出しだったのである。


「あ、恭ちゃんなら疲れて寝てるみたい?」


「あ、うん……そう……だね?」


 結愛はそれ以上何も言わず助手席に腰掛ける。

 彼女はおちんちんであると気づいたろうか?

 普通、車でおちんちんを出してるとは思わないはず。

 それに本物のおちんちんをおそらく見たこともないとすれば、おちんちんではなく今日のバーベキューで使う食材のキノコか何かと勘違いしてくれているかもしれない。 

 ならば改めておちんちんと確認を取られる前におちんちんをしまう必要があった。

 しかし今下手に刺激したら夢精を促す形になってしまうかもしれない。

 更におちんちんが出ていることを気付いているかもしれない結愛がいる状態でパンツを戻すのは極めて困難なミッションになると思われた。

 となると恭介を起こすことが最善の選択か。

 いや、目が覚めておちんちんが出ていたらどう思うか。恭介は怒るのではないか。

 色葉としてはパンツを汚さないという大義名分があったわけだが、結果的に結愛に見られていたとしたら何も言い訳できない。

 恭介の表情はとても満足気で、とてもえっちな夢を見ているのだと確信した。

 おそらくこの夢を中断させなければ大惨事となるような気がした。

 やはり今すぐ起こすべきだろう。


 とりあえず色葉はスマホを取り出した。

 

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