色葉の提案
恭介は夜更かしして海外ドラマ『Large athletic meet』の配信を観ていた。
シーズンどこまで行くのだろう。かなりダレできた感がある。
とはいえ続きは気になるので最後まで観たいとは思っているが……
「とりあえず今日は寝るべ」
さすがにこれ以上視聴続けると明日に響くので恭介はPCの画面を閉じることにした。
そして部屋の照明のリモコンを手に取る。
と、その時――
コンコンというノック音とともにガタガタと窓ガラスが揺れた。
カーテンで窓の外は見えないがここから訪ねてくるのは基本的に色葉のみ。
「あいてるぞー」
色葉に「たまに遊びに来るから鍵閉めないといて」と言われてまあいいかと思って基本的に鍵を掛けていなかった。
ただし一人でシュッポッポしてる時間帯は念のため鍵を掛けさせてもらっているが。
そして窓ガラスがガラガラとスライドするとカーテンを暖簾のようにひらりとやって色葉は顔を覗かせて、
「あ、もう寝るとこだったよね? ごめんね」
と、恭介が手にしていた照明のリモコンを見て言ってきた。
「いや、いいけど何か用? こんな時間に?」
「あのさ、恭ちゃんって毎日おちんちん弄ってるじゃん?」
「いや……毎日というわけではないが?」
噓である。
「ていうか色葉? しょうもないこと言いに来たなら回れ右して帰れ。俺は眠いんだ」
「あ、違くて! そうじゃなくて! お姉ちゃんにも言われて高校生らしいお付き合いをしようってなってるから恭ちゃんも一人でおちんちんを毎日弄ってるわけじゃん?」
「いや……だから毎日というわけではないが?」
嘘である。何なら日に二度シュッポッポすることもある。
「ていうか色葉? 本当に何しに来た?」
恭介が訊くと色葉は頬を紅潮させて、もじもじとしながら、
「う、うん。だからね、恭ちゃんさえよければ、う、後ろの方の穴ならいいかなって言いに来たの」
「ん? 後ろの穴って?」
と、何か嫌な予感がして眉を顰める恭介。
「えと……だから……後ろって言うのは……お、お尻の穴」
お尻の穴というのは恭介の想像が間違っていなければそういうことであろう。
「うーんと、高校生らしいお付き合いってのはどこに行っちゃったの?」
「う、うん。だから高校生らしくお尻の穴で」
「えっ? 高校生らしいの? それは?」
「うん。だってお尻の穴だと赤ちゃんできないでしょ? だから世の中の大半の高校生カップルはお尻でしてるらしいよ?」
さも当然のように言い切る色葉。
「なる……ほど……お、お尻の穴は高校生らしい……のか」
高校生らしいお付き合いはどこまでが普通の行為なのか恭介にも線引きがよく分かっていなかった。
ならば双方の合意という最低条件さえクリアしていればギリギリセーフと言えるかもしれないが。
「うーむ、一般的な高校生らしさというのは、まあ、いったん置いておくとして、色葉はその……したいのか?」
色葉は小さくコクンと頷いて、
「もちろん恭ちゃんさえよければだけど……ただ、やっぱり恭ちゃんとのはじめては一生思い出に残ると思うから、ロマンティックな場所がいいかなって前から思ってて……その矢先にキャンプ行くって決まったからどうかなって?」
恭介は少し考えて、
「キャンプ場ってロマンティックだったっけ?」
個人のキャンプだとキャンプファイヤーとかもないだろうしそこまで非日常感が出るのかなと思ったのである。
「そこのキャンプ場って星空がすごいきれいで有名なところなんだって。だから満天の星空の下でとかロマンティックでいいのかなって」
「そっか……星ね、なるほど」
「うん。本当は当日いい雰囲気になったら何も言わなくても自然とそういう流れになるのがベストだったんだけど」
「自然にって、む、無茶を言うなし」
仮にいい雰囲気になっても、恭介から行動するならキスまでだろう。いい雰囲気になっていきなりお尻の穴を出されても戸惑うしかない。
「やっぱり事前に言っといて正解だったのかな? じゃあそういうことでいい思いで作ろうね? おやすみ、恭ちゃん?」
「えっ? あ、うん。お、おやすみ」
なんか色葉はキャンプ場でのシリアナが確定したつもりで満足げに帰って行ったけどよかったのだろうか?
高校生らしさとは一体何か?
昨今、嘆かわしいことに一部の高校生の性は乱れまくっていると聞く。
何なら高校生で妊娠していろいろと大変になるケースもあるらしいが、お尻の穴ですればそんな悲劇は起こりえなかったのである。
なぜならお尻の穴は、色葉が言うように繁殖行動に直結しない行為だからである。
つまりお尻の穴は健全であり、即ち、文部科学省が推奨すべき行為といってもいいだろう。
「…………」
いや言い過ぎかな。そもそも恭介はこんな時、自分が本能的にしたいと思う方向に結論を無理やり帰結させようと筋道を立てる癖があるのだ。
他の目線で考えてみよう。基本的には双方の合意があればよいとしよう。だが親として、父親の目線ならどうか? 結婚前の娘がどこの馬の骨ともわからない野郎に尻穴を確定されているとしたら? 猟師の家なら激高した父親に猟銃を向けられる可能性だってあるだろう。
しかし恭介はどこの馬の骨ともわからない野郎ではなく、更には色葉の父親は教職に係る人であるから猟銃を持ち出される心配もないだろう。
とはいえやはり親目線ではなしかなとも思う。
仮に男側が成人年齢に達していてそういう行為に及んだのであれば非難されるべき案件なのも確かだろう。
しかし恭介は未成年だ。時には未熟な選択をしても許される年齢だ。
そして色葉とは彼氏彼女の間柄。
おそらく色葉はここにくるのにかなり勇気を振り絞ったはず。それを忘れてはいけない。その彼女の勇気を無碍にするのは彼氏としていかがなものか。
ここは色葉の勇気に応えるのが彼氏としての自分の務めではないだろうか?
無論、盛り上がってしまってそれ以上のこと――本当に子供ができるような行為に移行するのはNGだ。
更に彼女が嫌がる行為を強要するのもNGだ。
これは最低限守るべき条件だろう。
それらを守ったうえで高校生らしく節度ある付き合いを今後も続けていくべきだろう。
だから今回の色葉のお願いもなるべく聞き入れる方向で考えていきたいと思う。
なぜなら色葉は恭介の彼女だからだ。
よってキャンプ場で、満天の星空の下、お尻の穴に――
「んっ? 満天の星空の下?」
恭介はそこでハッとする。
「そ、外でか!」
さすがにそれはよろしくないのではないか?
お尻の穴でいたすのは高校生らしさをギリキープしている恋人行為だとしても、お外でするのは高校生らしさを大きく飛び越えている気がする。
何よりお外でしているのを誰かに見られたらまずい。
他県のキャンプ場なら里緒奈にさえ気を付ければ知人に見られる心配がないかもしれないがそういう問題ではない。
色葉もお外でするのが主目的ではないだろうし、深く考えて発言したわけでもないと思う。
しかしいろいろ考えてみるとやはり今回は色葉の提案を見送るべきではという気にもなってくる。
そもそもそんなことを続けてたら歯止めが利かなくなる恐れもある。
「うん、そうだよな……」
そんなことを考えてるとまた窓ガラスがガラガラっと開いて、色葉が顔を覗かした。
「恭ちゃん? 言い忘れたんだけど?」
「……えっ? 何?」
「えと……おしりだけどおちんちんにつけるカバーは恭ちゃんの方で用意しといて?」
「カバー? おちん……あ、ああ……ゴム……ね、その前に色葉さ?」
「何?」
「……やっぱり……いや、うん。なんでもない。おやすみ」
「? うん、おやすみなさい」
「…………」
決断を焦る必要はない。キャンプに行くにはまだ日がある。それまでにしっかりとどうするか決め、必要なら男らしくきっぱりと拒否すればいいことだ。
恭介はそれまでゆっくりと考えることにした。
その日から恭介の頭の中は色葉のお尻の穴でいっぱいになった。お尻の穴でいっぱいというのは、色葉にはお尻の穴が複数あるという意味ではなく、暇さえあれば色葉のお尻の穴のことを考えてしまうという意味だ。
考える時間が多すぎたのもいけなかったのかもしれない。
キャンプの日まで、恭介は悶々とした日を過ごさざるを得なくなったのだ。
そして、キャンプ自体はいったい何をするのか全く考えもせず、更には色葉の提案を受けるべきか拒否るべきかも決断できずままにキャンプ当日を迎えてしまったのであった。
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