恭介視点

「ふぅ~、よく考えたらキャンプって何するかよくわからんが……とりあえず九条とのことがばれんでよかった」


 恭介は帰宅するとベッドにどさっと横たわった。

 後半、結愛とのことを詮索されまいとなるべく話の腰を折らぬよう話を進め、キャンプの話が決定すると早々に切り上げてきたのである。


 では、色葉と遭遇する前に結愛と何があったかと言うと……




「あの二人……ペアルックだ。いいね?」


 結愛が前を歩く仲のよさそうなカップルを見て言った。


「えっ? どこがペアルック?」


 恭介には、ぱっと見そのカップルはペアルックしているように見えなかったのである。


「んっ? ほら足元」


「あ、ああ……」


 確かに二人の靴は色違いであるがお揃いであったのである。

 すぐ見て分かるペアルックだと一緒に歩くのはちょっと気恥ずかしいがこれくらいならよいかもしれない。


「わたしたちもどう……かな? ペアルック?」


 と、結愛が頬を紅潮させつつ言ってきた。

 はてさてこのペアルックとはどういう意味合いか。


「うーん、でもやっぱり俺は恥ずかしいからいい……かな?」


 とりあえず普通の意味合いでのペアルックを想定して拒否ってみる。


「そっか……まだこの間買っちゃったの残ってるからどうかなって思ったんだけど……」


「ははっ……」


 やはりそちらの――大人用紙オムツのペアルックという意味合いであるらしかった。


「もしペアルックしてくれるならまたキスしたくなるかもって思ったんだけど」


「マジで?」


 恭介はキスをちらつかされると非常に弱かった。 

 結愛にもそれがばれているのか、恭介の顔を覗き込み、探るような目つきで、


「そう……だよね? 瀬奈君が嫌なら仕方ないね?」


 と、言ってくる。


「い、いや……待て待て。嫌というわけでも……ないんだけどね?」


「じゃあ、いいの?」


「まあ……あと一度くらいなら彼氏としてペアルック付き合ってあげてもいいんじゃないかなぁ~、と」


 初めての時はさすがに躊躇したが、今は既に経験済みで一つ大人になっている。つまりはお互いの得になるのに断るのは男として間違いだ。


「ほんと? じゃあこれ、気が変わらないうちに」


 と、結愛は袋に入ったそれ――おそらく紙オムツであろうそれを恭介に渡してきた。


「えっ? 今から? っていうか用意してたの?」


「う、うん。瀬奈君ならわたしの我儘聞いてくれるんじゃないかと思って」


 なかなか準備がいい結愛であった。

 そうして近くの公園にあった公衆トイレで個室でお着替えをしたわけだが、


「あれ? 俺何してんだ」


 一度は腹を括ったつもりであったが、紙オムツを完全装着したところで我に返る。

 はたしてこのまま突き進んでよいものやらどうか。

 そして蘇る濃厚なる接吻の記憶。


 恭介は葛藤しつつも、着替えを終えてトイレを出る。

 するとトイレの前で待っていてくれた結愛が気付いて声を掛けてきた。


「あ、終わった? じゃあ行こうか?」


「い、行くってどこへ?」


「えっ? 予定通り『フォルトゥーナ』だよ?」


「あ、そっか……ペアルックしたから予定変わったのかなって」


 二人は最近女子中高生たちの間で評判の占いの館『フォルトゥーナ』に遊びに行く約束をしていたのである。


「うん。そっちは『フォルトゥーナ』の後に……今からジュースとか飲んでおけばちょうどいいかなって? だからその……合図決めておこうか?」


「んっ? 合図って?」


「え、えっと……その……する時は一緒にしたいから……でも周りに人いたら口に出して言えないでしょ? だからしたくなったら手を握るからその……握り返してもらって……そしたら一緒にって感じでどうかな?」


「えっ? まあ……うん。じゃあその方向で」


「ありがとう。じゃあ間違って手握らないようにするね?」 


 結愛はにこやかに笑いながら言った。




 占いの館『フォルトゥーナ』は、女子中高生に人気ということで何人か女の子が並んでいる姿が見受けられた。カップルは自分たちのみでそれなりに目立つ。そうなると知り合いに出会うと気まずいなと思ったが、結愛が予約を取っていてくれたおかげで必要以上に待ち時間は取られなかった。

 占い師は館だけあり複数人いるらしくその中の一人が担当。二人で一緒に見てもらうことも可で、お値段は20分で3,000円。時間制なので二人でも値段は変わらず。

 20分は短く感じるがあらかじめ質問内容を決めて置けばややこしい占いでなければ大体はその時間で収まるという。悪質な占い師だとわざと時間を掛けたり不安を煽ったりで延長料金をせしめようとするが、『フォルトゥーナ』はお金のない若い世代に支持されるだけありそういった行為はせず、実際に恭介たちの恋愛相談も時間内にすっぽり収まり占いを終えたのだった。


「勝率は4割か……」


 占いの館を出ると結愛がポツリと言った。

 それが占いの結果だったりした。

 恭介たちが占い師側に提供した情報は生年月日と手相、それと結愛と色葉たちとの大まかな関係性である。

 それでどこまで分かるのか? そしてその占い結果を鵜呑みにしていいものか?

 生年月日と手相は何か統計的なものがありますと言われればそうなのかもと思うかもしれないが、霊感がと言われると途端に胡散臭く感じてしまったりする。


 恭介は霊能力自体を疑っている訳ではない。中には本物もいる。しかしテレビに出てくるような霊能力者の大半は偽物で、本物は宜保愛子くらいだとある人に聞かされたことがある。

 それに、だ。もし本当に霊能力や未来を見通せる能力があるならこんなところで女子高生相手に商売をしていないような気がする。


「まあ……あれだ。占いだし信じたいことだけ信じればいいんでないのかな?」


 占いを全面的に信用するのではなく、占いを通した悩み相談みたいな使い方で利用するならばありなのかもと思わないでもない。


「そうだね? じゃあ瀬奈君? わたしは占い師さんの言葉を信じることにするね?」


「えっ? 信じるの?」


 と、少し驚く恭介。

 占い師は恭介の色葉に対する好感度の方が付き合いが長い分高く、六対四の割合で最終的に色葉を選択するであろう占い結果を示したのである。


「わたし自身もそういう風に感じてたし……それにわたしが積極的になればいくらでもそれを覆せるって占い結果でもあったから……だからこれからは積極的になるかもしれないけど……よろしくね、瀬奈君?」


 今までも十分に積極的であった気がするのは気のせいか?


「ははっ……お、お手柔らかに」


「それで瀬奈君? 尿意はある?」


 そういえば恭介は今紙オムツを装着しておりトイレかなくてもよい状態で、手を繋いだらそれを合図に一緒にしようと約束していたのだ。


「まあ……そうね……あるっちゃある」


「じゃあ瀬奈君は行きたいとことかあるの?」


 占いの館を出て少し歩いていると結愛が訊いてきた。

 目的地があって歩いていたのかと思ったがそうではないらしかった。


「そ、そだね……」


 オムツの中で排尿するのはやはり抵抗があるがチューはしたい。チューをするならば人目がない場所に移る必要がある。安く利用できる個室が一番安全で望ましいが漫画喫茶は以前失敗している。


「じゃ、じゃあ――」


 恭介が思いついた選択肢をいくつか上げようとしたその時、


「おーい! 瀬奈くーん!」


 自身の名を呼ぶ声にハッとし振り返り、ギョッとなった。

 その声はクラスメイトの木下依子のものであったのだが、その依子の後ろに恭介のもう一人の恋人である色葉がいたのである。


「こんにちはー、デート?」


 依子が駆けてきてこちらのの迷惑も顧みず、そう訊いてきた。

 その後ろにはもちろん色葉の姿もある。


「え? ああ、まあ、ははっ……」


 曖昧に答えつつ、この場をどう切り抜けようか考えていると、手に柔らかな感触が……


「ちょ、ええっ、ゆ、結愛ちゃん!」


 心の中で叫ぶ恭介。

 何と隣にいた結愛が恥ずかしそうに恭介の手を握ってきたのである。


「うをっ、世に言う恋人繋ぎ……!」


 と、もう一人のクラスメイトの亜美。


「ちょ、このタイミングで……」


 焦る恭介。 

 目の前には依子や何より色葉の目もあったのだ。


 そして何よりも、この恋人繋ぎには他の意味合いがあったのだ。


 頬を紅潮させる結愛。

 彼女は準備を整え、恭介の合図を待っているのが分かった。


 恭介は結愛と表情を強張らせた色葉を交互に見やりつつ、


「え、ええい、ままよ!」


 意を決して、彼女の柔らかく暖かな手をしっかりと握り返したのであった。




「いっぱい……出たね?」


 恭介が手渡した使用済みオムツの入った袋を手にすると、結愛が悪戯っぽく微笑みながら言ってきた。

 紙オムツをどこで処分すればいいのか、まさか家で処分するわけにもいかず申し訳ないと思いつつ、結愛に委ねたのである。


「このことは……色葉ちゃんには……その………内緒にしといてね?」


 当然だ。もう一人の彼女である色葉にこんなこと言えるわけがなかった。

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