バトミントン


「正直、スポーツなら結愛さんに負けないと思ってましたが……やりますね?」


 苦い顔で色葉。


「うん。実は……バドミントンは得意なんだ」


 結愛は不敵に笑って、


「それにね、いつまでも色葉ちゃんに負けてばっかりじゃいられないから」


 言うと下からラケット振り上げファハンドでポンッ! とサーブを放った。

 そして激しいラリーの応酬。

 そんな簡易のコートで白熱した試合を展開する二人を缶ビールを傾けながら観戦する里緒菜。

 その隣には焼き要因としてこき使われていたため三人より少し遅れて食事にありつく恭介がいて、


「――にしても、あの二人えらく気合入ってますね? 腹ごなしの運動ってレベルじゃないっすよ」


 と、二人の激しい運動量を見やりながら言った。


「賞品つけたからね。二人ともはりきってるのよ」


「賞品? 何スか? いいっすね、それなら俺も参加しちゃおうかな」


「あら、恭介くんが参加しても意味がないわ。だって恭介くん自身が賞品なのですもの」


 色葉と結愛、そしてついでに里緒菜も恭介の日替わり彼女という形式をとっていた。

 今日の彼女は色葉であるが明日は里緒菜であった。その明日の彼女券をバトミントンの賞品として掲げたのである。


「ちょ、人を賞品扱いするのやめてくださいよ」


 少し不服そうに言う恭介。


「悪かったわね。でも九条さん誘ったのはこっちだからね。彼女にも何かしら旨味がないと悪いじゃない?」


「旨味って。そもそも試合に勝ったらじゃ色葉が勝つかもしれないじゃないですか? いや、まあ結愛の動き普段と違ってキレッキレでびっくりしましたけど色葉も運動神経いいですし」


「それもそうね……」


 そう答えたものの里緒菜は結愛が勝つと確信し、彼女にはキャンプに誘う前に試合の話を持ち掛けていた。

 結愛が以前行われた学校の球技大会でバトミントンにエントリーしており、バトミントン部員を蹴散らし好成績を収めていたことを知っていたのだ。


「それはそうと恭介くん? 話は変わるのだけれど」


「はい?」


「恭介くんは女性の排泄とかに興味あったりはする?」


「ぶはっ! な、なんすか急に! 本当に話変わりすぎでしょ!」


 恭介がむせながら言った。


「男性の一部にそういう趣味趣向の人がいると聞いてね。それでもし恭介くんがそういう特殊な性癖を持ち合わせていた場合、姉として、教育者として、大事な妹や教え子との交際を認めるわけにはいかないでしょう?」


「いやいやおかしいでしょ? せめてそういう系の動画みつけたとかそういうのあったら疑ってくださいよ。唐突過ぎますって。そんなわけないじゃないですか」


 確かに恭介にとっては唐突であったかもしれない。しかし里緒菜にとしては疑う理由があったからこそ訊ねたのである。



 それは数日前のこと――



「色葉いる? キャンプで着てく服なんだけどさ……って、いないじゃない? トイレかしら?」


 お古の服でもあげようと色葉の部屋を訪ねたものの、そこに彼女の姿はなかった。


「あら? 何かしら」


 机の真ん中に何やら見慣れぬ代物が鎮座していた。。

 先日色葉宛てに通販が届いていたのでその中身であろうか?

 何となしにその代物が気にかかりスマホでパシャリ。

 画像検索でもしようとした瞬間――


「お、お姉ちゃん! 人の部屋に勝手に入って何してるの!」


 部屋に戻ってきた色葉に一喝された。

 そんなどこか慌てたような妹の様子に里緒菜は小首を傾げつつ、


「何って……今度のキャンプに着てくによさそうなのあるからお古だけどどうかなって思ったのだけれどいなかったから」


「えっ? そうなの……ありがと。もらっとく」


 色葉は素直に礼を言って受け取った。


「ところで色葉? 机のポンプみたいのなんなの?」


「えっ? ポン……あ、それはその……今度の学園祭で使う小道具……うん、小道具だよ」


 今答えを考え付きましたみたいな不自然な間に引っかかる里緒菜。


「学園祭? 劇でもやるの? その小道具ってこと? 単体では何に使うものなの?」


「う、うるさいなぁ、お母さんじゃないんだからさ、どうでもいいじゃんそんなこと!」


 矢継ぎ早に問いただした里緒菜が癇に障ったか、切れ気味に色葉は言うとそのまま里緒菜を部屋の外に押し出して、


「っていうかお姉ちゃんだからって部屋に勝手に入るのは今後禁止ね! じゃあ色々と準備があるから! 服ありがとね!」


 言うとパタン! と、勢いよくドアを閉めてもう声を掛けてくるなと言わんばかりに里緒菜を遮断した。


「やれやれ反抗期なのかしらね」


 困ったものだわと里緒菜は先ほどスマホで撮った画像をポチっと検索にかける。


「んっ?」


 検査結果に間違いがなければ色葉が所持していた器具は腸内を洗浄するものらしかった。

 便秘の解消や美容目的に使用が主であるらしから、それが目的か? しかし色葉が便秘気味であるという話は聞いたことがない。デリケートな話なので姉の自分にも話せなかっただけというのなら別にいい。

 問題は別の用途として使用しようとしている場合だ。

 その商品はアダルトグッズとしても販売されている様子。世の中には排泄に興奮する殿方が極稀にいるのである。もし恭介がそういった変態的趣味の持ち主であり、色葉がそれを知ってしまったとしたら?

 恭介と色葉は恋人同士とはいえ対等ではない。対抗馬に結愛がいる。結愛は守ってあげてあげたくなるであろう可愛らしい女の子だ。色葉には幼馴染というアドバンテージがあるものの恭介とは一時期疎遠となっており結愛相手に弱気になっている可能性があった。

 つまり恭介に嫌われないために彼が望むことならなんでもしてあげなくちゃいけないという心理状態に陥っている可能性があるかもしれなかった。いわゆるデートDVというやつだ。

 そして恭介が望むことが排泄であったとしたならば……仮に恭介が強要しなくともそれを知った色葉が自分を選んでもらうために率先して行為に及ぶ可能性があるかもしれなかった。

 事に及ぶとしたらいつか? 通販で購入したタイミングを考えるとキャンプ場でだろうか? 旅先で開放的な気分になってる状態で内なるものも解放させるという魂胆か?

 もしそうであれば何としても阻止する必要がある。しかし本当にそのつもりであるかどうかは確証が持てない。


 とりあえず旅先では注意を払い監視する必要があるかもしれない。だが自分一人では監視が行き届かないかもしれない。では他に誰かを連れていくか? 人数が多ければ下手に行動を起こせない。では誰を連れていくか? 恭介と色葉の関係性を理解していて、連れて行くと抑止力になる存在だ。そうなると一番の適任者はやはり九条結愛しか考えられなかった。

 結愛に話を持ち掛けると彼女は二つ返事で首を縦に振った。

 バトミントン勝負で勝ったら二日目の彼女権を譲ることも約束した。

 そんなこんなで今日に至るというわけ。


 そして結愛はバトミントンで見事色葉に勝利し、予定通り二日目の彼女権をゲットすることに成功する。


「くっ、スポーツなら結愛さんに勝てると思ってたのに……想定外です!」


 色葉が悔しそうに言いながらこちらに戻ってくる。横には控えめな笑みを浮かべる結愛。


「う、うん……他なら色葉ちゃんに勝てないと思うけど、バトミントンだけは得意で……というわけで瀬奈君? 明日はよろしく……ね?」


「え? ああ……よろしく、つっても明日は帰るだけだけどな?」


「うん……わたしはそれで十分だから」


「過ぎたことでいつまでもくよくよしてるわけにはいきません。恭ちゃん? 今日は明日の分まで思う存分人前でイチャイチャしようね!」


 地元では誰かに見られる可能性がありできないことである外で思い切りいちゃつくというのが色葉の当初の目的であったのだ。

 しかし恭介の方はあまり乗り気ではないようだ。


「人前はちょっとハズいのだが?」


「いいよそれも新鮮で楽しいから! あと夜も星見に行くからね?」


「星?」


「そう。ここ星がすごいきれいなんだって来る前に話したでしょ? 恭ちゃんもお星さま見たいって言ってたよね?」


「あ、ああ……言ったような気もしないでもないな。確か」


 そう答えた恭介に里緒菜は違和感を覚える。


「妙だわ……年頃の男の子が星なんて見たがるかしら?」


 思春期の男子が女性の裸ならともかく満天の星空なんて敢えて見たがるわけがない。

 やはりここでいう星は何かの隠語に違いなかった。


 おそらくは恭介が見たいのものは星ではなくて――


「色葉の……便!」


 そうであれば恭介と色葉を二人きりにするのはよろしない。


「いいわね星……みんなで見に行きましょうか?」


「お姉ちゃんはビールでも飲んでなよ。二人で行くから」


 里緒菜の提案は速攻拒否られた。


「あ、あの……色葉ちゃん? いいかな?」


 と、結愛が小さく手を上げる。


「何ですか? 悪いですが結愛さんの頼みでも今回は連れて行きませんよ?」


「あ、そうじゃなくてね……えっ~と、中学二年の時だっけ? 肝試しやったの覚えてる?」


「ああ、はい。ありましたね……ですがそれが何か?」


「あの時色葉ちゃん、すごい怖がってたなって。だから二人で大丈夫かなって?」


「嫌なこと覚えてますね? 確かにそんなこともありましたが別に暗いのは平気ですよ? オバケは……まあ、今でも苦手と言えば苦手ですが」


「うん、だからさ……あ、もしかして色葉ちゃん、知らなかった?」


「知らない? 何がです?」


「ここ、出るらしいよ?」


「出るって……な、何が出るっていうんです? も、もしかしてオバケが、ですか?」


「そう」


「そ、そんなの脅しには乗りませんよ? 結愛さんがそんな質の悪い冗談いう人だとは思っていませんでした? 何が狙いですか? わたしと恭ちゃんがイチャつくのを邪魔したいんですか?」


「違うよ? わたしもよく知らないんだけどね、ここに来るって聞いてこのキャンプ場の情報ネットで調べたら――ほら、これっ?」


 言うと結愛は手早く操作してスマホ画面を色葉に差し出して見せた。

 その暗めのおどろおどろしい画面に眉根を寄せる色葉。


「こ、これは……ここのキャンプ場の記事ですか?」


「そう。心霊関係の……内容を簡単に話すとね――」


 30年ほど前、このキャンプ場で凄惨な事件が起こったのだという。

 事件の発端は男の浮気。二股をかけられていた片方の女が男が寝入ってる好きにアウトドアナイフで局部を切り取り、それと一緒に湖に身を投げたのだそうだ。

 それ以降、浮気男が夜中にキャンプ場でえちえちな行為に及んでいると斧を持った霊が現れ、二人の仲を切り裂くように斧を振り下ろし、局部を切り落とすのだと言う。


「お、お姉ちゃん! 聞いてないよ! 何でこんなとこ選んじゃったの!」


「知らないわよ。わたしも初耳よ?」


「つーか、霊なのに物理攻撃なの?」


 と、恭介がポツリと疑問を呟く。確かにキャンプ場が舞台のホラー映画のようで日本の霊らしさが足りてなかった。

 しかしその辺の胡散臭さに顔面蒼白にした色葉は気づいていない様子。


「ど、どうしよう恭ちゃん! せっかく楽しみにしてたのに夜に二人っきりで星なんて見に行けないかも!」


「まあ……その怖がり方だと無理せん方がええね?」


「えっ? 恭ちゃんだって嫌でしょ? おちんちん持ってかれちゃうんだよ!」


「お、おう……本当ならまあそうだけど……っていうかその前に人前でそういう言葉はだね……」


 やはり恭介も話自体疑っている様子。

 もし作り話ではないならこのキャンプについて調べている際に何かしら情報として出てきそうなものだし、もっと心霊スポット的な意味合いで有名なはず。

 ただ実際に記事になっているのが気になった。何かしら類似した事件があったということだろうか?


 里緒菜は気になったので自身でもスマホで検索してみることにした。


「あっ……」


 答えはすぐに判明した。

 結愛が見せてくれたサイト記事は何年か前にエイプリルフール企画としてキャンプ場が用意したものであり、嘘記事として残しておいたものだったのである。

 このキャンプ場では稀にバカップルが野外でエッチな行為をするという苦情が寄せられており、エッチな行為をすると真っ先に殺人鬼に襲われるという噂を流せばそういう行為は減るのでは? という以前からされていた冗談をエイプリルフールに乗じて形にしたのがこの記事の残骸であるらしかった。

 故にこのキャンプ場で元になった事件が起きたということはもちろんなく、結愛もそれを知っていてのことだろう。

 まあ、色葉と恭介の行き過ぎた行為を防ぐために結愛を呼んだのであるから、これはこれで正解なのかもしれない。


 里緒菜は色葉に真実を告げず、成り行きを見守ることにした。

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