幽霊編・終
「あ、あなたなんてこと……その身体……乗っ取ったっていうの……?」
櫻子は戦慄した。
恭介の話に寄れば彼女と幽霊は顔がそっくりであったらしく、もしかしたら完全に身体を乗っ取るのに適していたのかと考えたが……
「違うって。勘違いしないで。元からわたしの身体で、再融合を果たしたってだけよ」
と、彼女は否定するように言った。
「はっ? さ、再融合……って、どういう意味?」
「そうね、何から話せばいいのやら……まずはそう……わたしの能力……あなたには瞬間移動ができるって話していたけど……実はちょっと違っていたの」
彼女の真の能力――それは瞬間移動ではなく、瞬間移動+時間移動となる時空間移動であった。
彼女は未来から訪れた未来人であるのだという。
では彼女が未来から何をしに訪れたか?
「わたし、どうしてもうら若き青少年に全裸を見せたかったのよね」
彼女がこの世界に時間跳躍してきたのは、荒廃した未来を救うべく、過去を改変してより良き未来に誘うためとかそんなSF展開ではなく、単純に痴女行為をするためだった。
彼女がいる世界で痴女行為をして捕まると人生が終わるらしく、警察に捕まってもどうとでもなる過去に跳んで痴女行為を働かうとしていたのである。
しかし過去に跳んで痴女デビューを果たそうとしたその日、脇見運転をしていた車に突っ込まれて――
「……気付いたら幽体になってたから、てっきり死んじゃったのかと思ってたんだけどね、本体の方は時空間移動して無事だったみたいで……」
車に突っ込まれた瞬間、彼女はその能力で今から一年前に跳んで逃げ伸びた。
彼女の能力は、使うと何かを忘れていかなければならず、彼女は幽体を本体から切り離してその場に忘れて過去に跳んでしまったのである。
そうして幽体と記憶を失った肉体に分岐した彼女は、櫻子を軸に巡り合い、再び融合を果たしたのだった。
「いやー、警察の行方不明者リストにあるわけないわよねー。この時代だとまだわたしは生まれてすらいないんだもの」
笑いごとのように話す彼女は、本来、まだ生まれてもいないし、知人すらいなく、記憶喪失として扱われても彼女を知る人間が出てくるわけがなかったのだ。
また、彼女を狙う組織なんかも端からありもしなかった。
彼女は発見時、ほとんど全裸のような状態であったが、それは着の身着のまま組織なるものから逃げ出したからではなく、痴女する予定でコート一枚であったからなのである。
「そ、そう……つまりは元から一人の人間だったというわけね?」
一瞬、彼女が身体を乗っ取るために嘘を吐いているのかと思ったが、おそらくそれはないだろう。
恭介は昨日、幽霊が彼女の肉体とそっくりであったと証言したのもそうであるが、そもそもそんなこと画策したとしても、天狐神社の神使を騙せるわけも、巫女である清音が許すはずもないからである。
「櫻子さん、改めて御礼を言わせて。この身体に戻れたのは櫻子さんのおかげ。本当にありがとうね」
彼女はにこやかに礼を述べた。
しかしその櫻子は納得がいくはずもなく、身体をわなわなと震わせつつ、
「わ、わたし……あなたが死ぬって聞いて身体を貸したのだけど……ね?」
「ええ、それにはとても感謝してるわ」
「か、感謝してるじゃないわよ! あなたわたしの身体に何を勝手なことしてくれてんのよ! あなたがわたしのせいで事故って死んだっていうから身体貸したのに……! そもそも絆創膏は絶対条件って言ったわよね! あなたも聞いてたわよね!」
「ははっ……ごめん、ごめん」
櫻子の勢いに彼女は気圧されつつ、
「とりあえず今後、あなたに協力するから許してよ」
「協力? 協力って何をよ?」
「魔法少女大戦に決まってるでしょ?」
「はっ? 共闘はしないって言ったでしょ?」
「共闘じゃなく、協力よ? わたしの願いは既に叶ったから恩返しと謝罪的な意味合いであなたの勝利に貢献するわ」
「えっ?」
「ああ……断られても勝手にやらせてもらうわよ? 既にQBと約束しちゃったし」
「QBと?」
「ええ、QBはわたしが神社に連れていかれた前からわたしのこと知っていたみたいで、あの白いのが口添えしてくれてなければそのまま強制成仏されてたわけだし、今こうしてここにいられるのはすべてあの白いののおかげだしね」
「えっ? ちょっと……知ってたって……あなたの身体が無事って何か神秘的な力で気付いていたってこと?」
「神秘的な力というか……わたしが教えて知ってたみたい」
「あなたが教えた? はっ? 言っている意味がわらないんだけど……?」
「簡単な話よ? わたしの能力でこれから過去に跳んでQBに伝えるのよ。これから起きることをありのままにね?」
未来から訪れた彼女は車に撥ねられる直前に幽体を離脱されて肉体側を今から一年ほど前に飛ばした。
幽体側の彼女が成仏させられそうになり助けたのはQBであるが、QBはその事情をこれから過去に戻る彼女から直接聞くことになるのだという。
「つまり、最初からQBは全部知っていた……と?」
「ええ、今後わたしが櫻子さんに協力するという条件でわたしは助けられたみたいだし、あなたが拒んでも助けるわよ? いいわね?」
「そ、そんなことより……QBも知っていたなら、わたしが身体が貸す必要性なかったわよね?」
「それ……なんだけど? 櫻子さん、もしかして身体に異変とかない?」
「……別にないわよ?」
「エッチな気分になったりしてない?」
「はっ? し、してるわけないでしょ!」
「そっかー、それじゃあ気のせいか……実は今朝から痴女衝動が全く現れなくなって、もしかして憑りついた際、あなたの中に置いてきたのかと思ったけど……気のせいだったならいいわ」
「えっ? 何よ、それ……?」
「QBが櫻子さんの痴女力を上げるために憑りつかせてくれたと思ったのだけど……違ったのかな?」
「!」
櫻子は今朝のことを思い出していた。
おそらく寝ぼけていたせいであろうが、気づいたら全裸コートに着替えていたのである。
もしそれが彼女に憑りつかれた影響であり、それが持続していたらと思うと怖いものがあった。
「違うのなら、これから櫻子さんとコンビを組むことになるから、お互いのことをより理解するために黙っていたのかも」
「QBがそんなことするとも思えないけど?」
痴女力向上のためという説があながち間違えでもないような気がしてきたところだったので、櫻子は皮肉交じりにそう言った。
「そうなの? とにかく櫻子さんには謝るわ。ごめんなさい。とりあえず櫻子さんのことはこれから全力
でサポートするからそれを謝罪として受け取ってくれれば嬉しいわ」
「……ったく、す、好きにすれば? どうせ断ってもそうするんでしょ?」
「はい……とりあえずよかった。けどもう一人謝罪しなきゃいけない相手がいるのよね」
「誰よ? 他に誰に迷惑かけたのよ?」
「昨日の男の子……櫻子さんの生徒……だっけ? その瀬奈恭介君のお隣のおっぱいの大きな女の子」
「瀬奈くんのお隣さん……?」
志田色葉かその姉か……女の子と言ったので、おそらくは色葉の方だろう。
「彼女に憑りつこうとしたら催淫効果が働いてお尻の穴をね、瀬奈君に見せつけちゃって」
「ちょ、ちょっと……お尻の穴って! 女子高生のお尻の穴を何だと思っているのよ!」
そんな多感な時期にお尻の穴を見られたら、下手すりゃ自殺もんである。
「ですよね? だから謝罪したいと思ったんですけど……?」
「謝罪はいいけど、彼女そのこと認識してるの……? わたしはあなたに乗り移られた時の記憶全く覚えてないけど……?」
仮に覚えていないなら、逆にそっとしておいてあげた方がよいかと思ったのである。
「え~っと、櫻子さんの時とは状態が違うけど、覚えてないはずですよ?」
更に恭介もその件は隠ぺいしようと動いたらしく、色葉は全く気付いていないとのことだった。
「だったら下手に表に出すより秘密にしておいてあげた方が彼女のためじゃない?」
「そう……なんですけど、謝罪の気持ちは伝えたいかな、と……とりあえず内容は濁しつつ、賠償金だけでも渡して謝罪に代えさせてもらおうかしら?」
「見ず知らずの人間にいきなり頭下げられてお金渡されても受け取るわけないじゃない?」
「それもそうですよねー」
彼女は「うーん」と少し考えてから、
「二百円くらいの品なら街で配ってるポケットテッィシュ感覚で受け取ってくれますかね?」
「二百円って……あなた女子高生のお尻の穴を何だと思ってるの? お尻の穴が二百円の価値しかないと思ってるわけ?」
「えっ? じゃあ櫻子さんはいくらでお尻の穴を見せてくれるんですか?」
「そ、そうね~、べ、別にいくらお金積まれても見せやしないけど、仮に見られちゃったとしたら、百――」
百万円と櫻子は言い掛けて、止める。
お尻の穴を見られた時の相場が百万円で正しいかどうか分からなかったからだ。
ただ、お金積まれても見せやしないと言いつつの百万円は安い気がしたし、これではお尻の穴が安い女と彼女に思われないか心配だった。
どうせなら尻の穴の高い女性と思われたいので、
「ま、まあ、一億は欲しいわね!」
と、櫻子はでっかくどや顔で言った。
これで彼女は櫻子のことを尻の穴の高い女と恐れ慄いたに違いなかった。
「そうですかー、じゃあ億単位で彼女に渡しましょうか?」
「えっ? 二百円くらいの粗品をプレゼントするんじゃ? というか、そんな大金持っているの? あなたお金持ち?」
「別に今持ってはないけど、二百円あれば億に換金できるもの買えますし」
「……な、何その錬金術? ちょっと詳しく聞かせてもらおうかしら?」
「いえ、ロト6の当選番号メモってあるのでQBに今回の件伝えに過去に跳ぶついでに当たり券を購入して彼女に渡そうかと思っただけですよ? 受け取ってくれるか分かりませんが」
「ロト6……あ、ああ……なるほど、ね」
残念ながら櫻子には縁のない稼ぎ方であるらしかった。
「そんなわけで櫻子さん? ちょっと過去に跳んできますね?」
櫻子はどこらなく意気消沈し、
「あー、はい。行ってらっしゃい」
と、彼女を見送る。
「はい、いってきまーす」
彼女はにこやかに言うと身体を消失させ、代わりにぱさりと布きれを一枚落して行った。
拾い上げてみるとまだ温かい。
どうやら落し物は、回収したパンツではなく、先程まで穿いていた方の脱ぎたてパンツであるらしかった。
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