幽霊×人間
手前の信号が黄色から赤に変わった。
櫻子が運転する車も前の軽自動車に倣って減速し、止まる。
車内に会話は特にない。
恭介は、先程の話題がぶり返されぬように祈りつつ、助手席に大人しく座っていたが、ふいにサイドミラーに映り込んだその人物にギョッとさせられる。
間違いなくあの女幽霊であった。
しかしどういうことか、女幽霊は成仏するために天狐神社に向かったのだから、こんなところにいてはいけなかった。
「ま、まさか……」
嫌な予感が恭介の脳裏を過る。
あの女幽霊が、現世への未練が捨て切れず、波長とやらが合う櫻子の肉体を奪って現世に留まろうと考えているではと思ったのだ。
仮にそうであれば、櫻子のことは幽霊を視ることのできる恭介が護るしかなかった。
「た、種ちゃん! 早く車出しちゃってください!」
「出せって……赤信号よ?」
恭介はサイドミラーをちらちらと確認しつつ、
「用と言いますかさっきの――あっ!」
女幽霊が後部座席のドアを開けて、
「さ、櫻子さん? やっと見つけた……捜しましたよ?」
言いながら普通に乗り込んできやがったりした。
「あなた……何を勝手に乗り込んで……そろそろ青に変わるからそのまま出ちゃうわよ?」
「構いません。櫻子さんの答えを聞いたら適当なところで降ります」
恭介は、普通にやり取りを交わす二人の顔を交互に見やって、
「えっ? な、何で? た、種ちゃん先生幽霊見れないって……この幽霊の姿見えてるんですか?」
「ちょっと瀬奈くん? 失礼よ。確かに彼女、幽霊にしか見えないけど、立派な人間よ……?」
「さ、櫻子さんも大概ですよね?」
と、苦い顔を幽霊女にそっくりな顔を持つその女性が言った。
「えっ? に、人間……?」
確かに彼女は車のドアを普通に開けて乗り込んできたし、やっぱり肉体のあるただの人間なのだろう。
「そ、そうすっか……似てるから間違えたみたいです。す、すんません」
彼女はそのワードに片方の眉をピクンと上げて、
「……に、似てる……?」
「はい……」
あまりにも似ているからシースルーしていないのにもかかわらず、勘違いしてしまったのである。
「え~っと、どうしようかしら? 青に変わるから……取り敢えず出すわよ?」
後続車もあるのに悠長な真似もしてわけにもいかない。
櫻子は信号が青に変わるとアクセルを踏んで、すぐ先のコンビニが見えてくるとウィンカーを出し、
「答えを聞きたいって……昨日の件よね?」
「あ、はい……」
何か二人の間で急ぎの約束事が交わされていたことだけは恭介にも窺えた。
「ごめんなさい」
櫻子はそのコンビニの駐車場に車を止めてから、
「誘ってくれたのはありがたいけど、やっぱり一人でやってみるわ」
「そう……ですか、残念です……」
「ええ、本当にごめんなさい」
「……いえ……気が変わったらまた……」
「…………」
「…………」
暫しの沈黙が続いてから、
「えっ? 降りないの?」
櫻子がちょっと迷惑そうに幽霊似の女性に言った。
「あっ……すみません。その件は仕方ないとして、もう一つ訊きたいことがあって……お隣座っているのは櫻子さんの弟さんですか?」
「違うわ。うちの生徒よ」
「生徒さん……こんな時間に……あっ! そ、そういえばこの間、ニュースでやってるの観ました」
「……ニュース?」
「はい、女教師が男子生徒と淫行して捕まるニュースです」
「なっ! そ、それ違う! わたしたちはそーいうんじゃないから!」
櫻子は完全否定してから用がないなら今度こそ本当に降りろと促した。
「ああ……違います。さっき似てるって……わたしが幽霊に似てるってどういうことですか……?」
幽霊似の女が疑問に思ったらしく、恭介にそう訊いてきた。
もしかしたら幽霊扱いされたことを怒っているのだろうか?
「す、すんません。信じてもらえるかわかりませんけど、知り合いの幽霊にそっくりだっだったもので……悪気があって幽霊扱いしたわけじゃなくて……本当にすんませんでした」
「そ、その幽霊……そんなわたしに似てるんですか?」
「はい。瓜二つで……っていうか、俺の話、信じてくれるんすか……?」
「えっ? 嘘なんですか……?」
「嘘じゃないっすけど、幽霊話なんて普通すんなり受け入れてくれないものかと思って……?」
「いえ、だってその幽霊、組織の手によって、非業の死を遂げた、生き別れたわたしの双子の姉かもしれないと思って……」
「えっ? 組織って……?」
と、訊き返す恭介。
それに櫻子は胡乱な目つきで振り返って、
「ちょっと訊くけど……あんたにお姉さんなんているの?」
「いえ、知りませんけど」
即答した彼女に恭介は眉を顰める。
「し、知らないって……どういうことですか?」
「はい、わたしに似ているなら、その可能性が高いんじゃないかと思ったもので……」
更に詳しく聞けば、彼女は記憶喪失であるらしかった。
そんな訳で普通なら嘘と思われるような幽霊話も、自分のことを知る手がかりになるかも、と藁にもすがるような思いで食い付いたらしかった。
しかし嘘から出た実ではないが、本当に姉妹の線もありそうだと恭介は思った。
何度でも言うが、それほどそっくりであったのである。
彼女は幽霊に会って、記憶を失った自身のことを知っているかどうか確認を取りたいらしく、幽霊がどこにいるか訊いてきた。
「あの幽霊なら天狐神社に今いるはずだけど、成仏に向かってるから、急がないと会えなくなるかもしれないっすよ?」
何ならもう成仏している可能性だってあったので、恭介は彼女にそう教えて上げた。
「えっ? ほ……本当ですか? なら……急がないと……ですね? わ、わかりました。今から行ってみます。有益な情報、ありがとうございました」
彼女がそう言ったその瞬間である。
「をっ!」
彼女の身体が霧のように一瞬で掻き消えたのである。
「……た、種ちゃん先生? 消えて……や、やっぱり幽霊だったんじゃないっすか?」
「違うわよ。彼女、瞬間移動できるから、幽霊が成仏するかもっていう話聞いて慌てて跳んだんでしょうね、天狐神社に」
「瞬間移動……ですか? ほえっ~……」
まあ、実際目の前で消えたので否定をする訳にも行かなかった。
「というか、単身で行っても彼女、幽霊とか視えるのかしら……?」
確かに視えないのなら話もできやしないだろう。
「まあ……お天狐様が気付いて導いてくれる可能性もありますが……俺も向かった方がいいっすかね?」
仮にこの機を逃したら、幽霊は成仏して、永遠に姉妹の語らいがなしえなくり、それはそれで申し訳なく思い、己も天狐神社に向かうべきかと思ったのである。
「そうね……必要ないわ。QBにでも後のことは頼みましょう」
と、櫻子は携帯電話を取り出しながら言った。
「そうっすか……じゃあ……お願いします」
そうして櫻子はどこぞに電話をかける。
それを見守る恭介。
「もしもし、QB……?」
櫻子は電話越しにQBと話しているようだった。
「あの子狐……電話できるんだ……」
どうやって電話しているか気になるところであるが、あとはQBに任せることにする。
しかし瞬間移動とか本当にあるとは思わなかった。
実は先程消えたのは手品であり、後部座席の下に一瞬で隠れたと言われた方が納得できるくらいである。
「本当にいたりして……」
恭介は何となしに後部座席に振り返り、その物体が目に入り、ハッとなった。
その物体――幽霊似の彼女が先程まで座っていた場所にあった白い布切れは、間違いなく無造作に脱ぎ捨てられたパンティーであったのである。
そして恭介は、隣で電話を掛けている櫻子が今、コートの下に何も着けていないことを思い出し、股間を熱くさせる。
「ヤバッ……」
恭介は、熱くなって膨張した股間の位置関係をそれとなく修正したのだった。
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