破られちゃった約束

「ったく……今日、変ですよ? ど、どうしちゃったんすか?」


 魔力が枯渇でもして早急に回復させようとでもしているのだろうか? それでも今日の櫻子は大胆過ぎるように思った。


「どうもしてないわよ。昨日、言ったでしょ? 成仏する前にやりたいことがあるって。そのために彼女の身体を借りているだけだもの」


「えっ? あれっ? か、借りてるって……」


「ええ、そうよ。わたしは――」


 恭介はその話を聞いて目を丸くした。

 どうやら櫻子の身体には現在、昨日の痴女の霊が憑依しているらしかった。


「い、いや……でもだって……天狐神社に……」


 もしや成仏させる前に神社が逃がしてしまったのかと思ったが、彼女の話に寄れば、成仏する前に願い叶えてやると時間を与えられ、櫻子の身体を提供されたとのことだった。


 しかも櫻子の身体で痴女行為をすることを櫻子本人に許可を得ているというから驚きだ。


「……ま、マジかよ? 種ちゃん先生がそんなこと許すと思えないんだが?」


「本当よ? その際にいくつか条件を出されて……まあ一つ破っちゃったけど……とにかく嘘だと思うなら本人に確かめて聞いてみて」


 彼女はそう言うと、「よいしょ」と、地面に腰を下ろした。


「えっ? 何してるんです?」


「身体を返すのよ。この世にはもう未練がないと言えば嘘になるけど、約束だったからね」


 どうやらいきなり彼女が櫻子の身体から抜け出たら、転倒する可能性があり、それを避けるために地面に腰を下したらしかった。


 しかしである。こんなところで櫻子が素に戻ったら、ちょっとばかしというか、かなり気まずく居心地が悪くなりそうだった。


「こ……こんなところで返さずとも……天狐神社でいいじゃん? 一人で帰ってさ」 


「大丈夫です。心配せずともここからなら自力で帰れます」


 この場所からなら天狐神社に単独で戻ることができるらしかった。


「いや、心配とかじゃなくてね……」


「瀬奈恭介くん。ありがとうございました。種田櫻子さんにも伝えといて。わたしは直接言えないから」


「いや、だからさ……」


「それじゃあ、さようなら……」


 言った瞬間、櫻子の身体はカクンと眠るように落ちると幽霊女が抜けだした。


 どうやら櫻子の身体を乗っ取ろうとか不穏な考えは一切なく、本当に痴女目的に利用したかっただけのようで、霊体となった彼女は、恭介に手を振りつつ、天狐神社の方角に、一直線に向かった。


 そして、「う、う~ん……」と、意識を返却された櫻子が目を覚ます。


「せ、瀬奈くん……瀬奈くんがいるってことは……もう、終わった……ということなのね?」


 恭介は背筋をピンと伸ばして、


「あ、はい……ていうか、本当に知ってて身体を幽霊に貸し出したんすね……?」


 知っていたらあんな痴女行為……目に焼き付いた先程の光景を思い出せば思わず股間がふっくらしてきてしまうような破廉恥行為を櫻子が許すなんて到底思えなかったのだ。


「まあ……事故の原因はわたしにもあったから……最後のワガママくらいはね?」


 あの幽霊は車の事故で亡くなったらしく、その要因の一つが櫻子であり、どうやらそれに責任を強く感じてからの身体の提供であるらしかった。


 そして櫻子は身体を貸す際、二つの条件を幽霊に提示したらしかった。


「……条件?」


 そう言えばあの幽霊女も条件がどうとか言っていたような気がする。


「種ちゃん先生? その条件って何なんですか?」


「ええ、相手の指定と絆創膏よ」


 痴女る相手の指定、そして痴女る際、コートの下に絆創膏を三枚着用することが櫻子の出した絶対条件だった。

 絆創膏三枚であれば既に恭介に見られているため、その二つの条件での行為なら、櫻子のダメージは最小限に抑えられると考えたのである。


「へ、へぇ~……、そ、その二つが種ちゃん先生があの悪霊に出した条件……?」


 恭介は表情を引き攣らせつつ、櫻子に訊いた。


「ええ、そうよ? そうだけど……何かおかしかった?」


「い、いえ……妙だとは思ってたんですけど……まあ……何でしょう? 幽霊が種ちゃん先生には感謝してるって言ってました」


「……そう……?」


「はい。で……そんなことはどうでもよくて、約束を一つ破っちゃったとも……言って……ました」


「えっ? 約束って……? えっ? ま、まさか……!」


 櫻子はハッとし、恭介に背を向けると、ボタンを上から外して行き、コートの中身を確認して顔を真っ赤にさせる。


「ど、ど、ど、どういうこと……よ!」


「は、ははっ……」


 乾いた笑みを浮かべる恭介を櫻子がキッと睨み付けてくる。


「せ、瀬奈……くん? 見た……わよね?」


「いや……そんな……大して……見てないっす」


 本当は暫くおかずに困らなくなりそうなほど目に焼き付いるわけだが、恭介はそう答えた。


「大してって……ちょっとでも見たのは否定しないのよね……?」


 櫻子は真っ赤な顔で涙目になりつつ、恭介の胸倉をつかみ上げ、


「わ、忘れなさい! 今日見たことは全部忘れなさい! というかどうして絆創膏が剥されてるのよ!」


 そう、櫻子は絆創膏を三枚着用していたつもりであったらしいが、コートの下は何も着用されておらず、それを恭介に見せつけていたのである。


「い、いや……ホント……覚えてませんから……」


「ったく、あの幽霊、もうここにいないのよね? 成仏する前に天狐神社に抗議にでも行こうかしら?」


「えっ? せっかく成仏する気になったんですからあまり刺激しない方が……本当の悪霊になったらどうするんです?」


「……そういうものなの?」


「いえ、知りませんけど何となく……」


「そう……どっちにしろ見えもしない相手に抗議しても馬鹿馬鹿しいわね……?」


 と、櫻子は苦々しい口調で言った。

 彼女の目には幽霊の姿は映らない。幽霊との交渉もQBが仲介して行われたのだ。


「あの……とりあえず俺はこれで失礼するってことで……?」


 恭介は、まだ怒り収まらぬ様子の櫻子におずおずと言った。


「えっ? ああ……そうね? じゃあ送ってくわ。もう遅いし」


 近くに車を停めているらしく、櫻子が言ってきた。

 さすがに成仏する幽霊への抗議はやはり無粋に感じたか、今回の件は泣き寝入りするつもりらしかった。


 恭介は二人の空間が無駄に続くと何かお小言を喰らいそうでちょっと遠慮したかったのだが、断るのもおかしな気がしたので、


「はい。じゃあ……お、お願いします」


 と、彼女の気遣いを受けることにしたのだった。

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