幽霊?
「あ、危なかった……」
櫻子は路肩に停めた車内にて、胸を撫で下ろす。咄嗟にハンドルを切ってなければ死んでいた。
後部座席に突然出現した女の霊のせいで、対向車線の車と正面衝突しかけたのだ。
「き、気をつけてくださいね? 危うく、巻き添えを食ってわたしまで死ぬところでしたよ」
と、後ろから幽霊女が言った。
それに思わずむっとする櫻子。
「いや、あなたが急に現れたせいでしょ! ていうかもうあなた死んでるわよね!」
「はっ? わたし生きてますよ? 何をおっしゃってるんです? 足もありますよ?」
「あ、足があるのは知ってるけど……」
靴を履いていなかったが、確かに足はあったのである。
「で、でも……足があるから幽霊じゃないとは限らないし、そもそも生きた人間がいきなり車の中に湧いて出るわけがないでしょう!」
「ああ、それはテレポーテーション……瞬間移動です」
「えっ? 瞬間移動って……えっ?」
「わたし、超能力が使えるみたいで……あなたが逃げるから仕方なく使いました」
「そんなこと信じろと……だって靴履いてなくて……飛び降り自殺した時に脱いだからそのままきたとかじゃ……?」
「違いますね? わたし、瞬間移動できるんですが、移動する際、そこに何か忘れてきちゃうんです」
「……忘れる?」
「はい。例えば――」
そう言い掛けた瞬間、彼女の姿は一瞬で掻き消えて――
「……わっ!」
隣の助手席に出現したのであった。
「――わたしがさっきまで座ってた後を見てください?」
「う、後って……何よ?」
驚きつつ、櫻子は言われたとおり振り返って、
「白い布きれ……これって……?」
「はい、わたしのパンツです。瞬間移動する際、その場に身に着けているモノとか一つだけ置いてきちゃうんです。靴を履いてないのはそのためです」
どうやら櫻子を追跡して先回りする際、靴を犠牲に瞬間移動したということらしかった。
「そ、そう……とりあえずあなたは幽霊じゃないのね?」
超能力であるとか瞬間移動だとか俄かに信じがたい現象であるが、目の前で実演されたらそれを信じるしかない。
「それで……あなたが超能力者だとして、わ、わたしに何の用があるわけ? どうしてわたしを付け狙うのよ?」
「はい、あなたに協力していただきたいことがあって……話を聞いていただけますか?」
「ここまで来たら聞くわよ。じゃないと開放する気ないわよね?」
「はい。それじゃあ話しますけど……実はわたし、記憶喪失なんです」
一年前、彼女は着るものもまともに着ていない状態で、警察に保護されたらしい。
頭でも打ったのか、自分の名前すら覚えておらず、行方不明者リストにも合致する情報がなく、今日まできてしまったとのことだった。
「わたしは自分がどこの誰か知りたいんです。こんな能力を持っていますから、もしかしたらとある組織に育成されたエージェントであり、命を狙われるような存在なのかもしれません。それでもわたしは真実を知りたいんです!」
急に厨二病っぽくなっちゃったよ。
「どうしていいかわからず……できることと言えば神頼みくらいで……そしたら……魔法少女になっちゃいまして」
「あ、ああ……それで……」
櫻子は彼女の話に納得して頷いた。
なぜ医者でもない櫻子に助けを求めに来たかと思えば、名無しの彼女は櫻子に共闘を申し込みに来たという単純な理由であったのだ。
だが櫻子は他の魔法少女と協力関係を築くつもりはさらさらなくきっぱりと断った。
「えっ? どうしてです? 一緒に戦った方が勝率も上がりますよ?」
「それはそうだけど……」
共闘しても敵同士、いつ裏切られるかもしれないような賭けに出たくなかったのだ。
「せめて一晩くらい考えてくださいよ。また明日来ますからその時に改めて考えを聞かせて下さい」
「……何度来ても答えは同じよ?」
「それでもです。明日来ます。それでは時間を取らせてすみませんでした。これで失礼します」
「ちょっと……待ちなさいよ」
櫻子は、車から降りようとした彼女を引き止めて、
「あなた、靴……履いていないじゃない?」
「あ……そうでしたね? どうしましょう……」
櫻子は軽く嘆息して、
「いいわ。瞬間移動した場所に置いてきたのよね? そこまで送るからドアを閉めて」
仕方ないので車をUターンさせ、彼女の忘れ物の回収に付き合ったのだった。
「おかえり、サクラコ……」
家に帰ると、玄関口で白いもふもふの子狐――QBが櫻子を出迎えてくれた。
「た、ただいま、QB……ていうか、何?」
「ああ……聞いたよ。他の魔法少女からの協力要請を断ったんだって?」
「……だ、誰に聞いたのよ?」
QBは櫻子のその問い掛けには答えずに、
「これからの戦い……一人では厳しいものになるよ? 他の魔法少女もおそらく手を結んでくるだろうからね?」
どうやら忠告しにわざわざ来てくれたらしい。
「……そう……でも……わたしは……」
「まあ、どうしても嫌なら仕方ないが、それでも少しは検討してみてよ?」
「ええ、そうね……」
「さて、それじゃあ本題にいくけど……いいかな?」
「えっ? 共闘した方がいいよって忠告に来ただけじゃないの?」
「違うよ。実は今日、天狐神社に訪問者があってね――」
その訪問者は霊に憑りつかれており、除霊の依頼であった。
除霊自体は、神田清音がすんなり祓って終わらせたのだが、祓った霊を成仏させる作業はまだ終えていなかった。
その霊は現世に未練があったのだ。
どうしても性に多感な少年に対して痴女行為を働かなければ成仏したくないという未練が。
「そこでサクラコ、希代の痴女であるキミにお願いしたいんだけれどね、君の身体を少しだけ――」
「お断りよ! 何でわたしがそんなこと……第一、希代の痴女って何よ! 希代なんて言葉、誠意大将軍以来、久し振りに聞いたわよ!」
「……どうしてもイヤかい? キミの肉体が打ってつけなんだけれど?」
その霊が憑りつき、身体を支配できるほどまでに同調させるには、同じく痴女力の高い女性の身体が必要なのだという。
それが櫻子なのだそうだ。
「し、知らないわよ、そんなの! 何でわたしが見ず知らずの幽霊のため、そんな恥ずかしい真似をしなきゃいけないっていうのよ!」
「じゃあ、霊体になったのが、サクラコ……キミのせいだとしたら?」
櫻子はQBの言葉に眉根を寄せる。
「えっ? わたしのって……な、何を言ってるの……?」
「キミは以前、絆創膏三枚というあられもない格好で空を舞っていたことがあったよね?」
「え、ええ……」
「そのキミを見た人がいてね……彼は車を運転していたんだけれど、キミの姿に目を奪われ、飛び出してきた彼女に気付かずに……」
……事故に会った?
「う、嘘……? わ、わたしのせいで……?」
「ああ、キミのせいで彼女はああなった。それでもキミは最後の彼女の願いを拒否するかい?」
「そ、それは……」
QBは嘘を吐かないのを櫻子は知っていた。
つまり彼女は間接的に自身が殺したのも同然であり、責任を感じないわけにいかなかったのである。
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