お弁当
「よ、よし……これでいいかな」
結愛は満足げに頷いた。
ダイニングテーブルには、恭介のために早起きして作ったお弁当が二つ。
今日の午後一時過ぎくらいに、瀬奈家に遊びに行く予定となっていて、先日した約束通りに作ってみたのである。
お菓子なんかは好きで以前から作ってはいたが、人のためにお弁当を作るのは今日が初めてであった。
後は水筒に入れるアイスティーを作るだけ。
ティーサーバーに氷を詰めながら、結愛は恭介がこのお弁当を食べているところを想像して微笑み、ついでに尿意を催す。
そして思った。
紅茶におしっこを混ぜても少しくらいなら分からないんじゃないかな、と。
少量なら色的には何の問題もないはず。
結愛は以前から、おしっこを恭介に掛けたいと思っていた。
おしっこの温もりを肌に伝えたかったからだ。
しかしそんなことをすれば嫌われてしまうかも知れないと二の足を踏んでいた。
しかし紅茶に混ぜたなら……
いや、ダメだ。
さすがに断りもなくそんな真似はできない。
結愛は氷の入ったティーサーバーをジッと見詰める。
例えば今、パンツを下してこのティーサーバーに跨るとしよう。
結愛は息を呑み込んだ。
恭介に飲んでもらうためにティーサーバーにおしっこを注ぎ込む。
想像するだけで尿意が高まる。おしっこが今すぐしたかった。
とはいえティーサーバーはおしっこを入れる容器では……
◆
恭介は腹を空かせて待っていた。結愛かお弁当を食べて欲しいということでお昼はまだ済ませていなかった。せっかくいただくなら美味しくいただきたいと思って、何も食べずに待っていたのである。
時間的にはそろそろ来てもいい頃合いかなと思って時計を見やれば、インターホンが鳴った。
約束の時間ほぼぴったり。
「来たか……」
恭介は結愛を出迎えに玄関に向かう。
「いらっしゃい」
思った通り結愛だった。
彼女はお弁当が入っているであろうトートバックを手にしていて、
「……あ、瀬奈君……今日はその……ごめんなさい。わがまま言っちゃって」
「いや、こっちがご馳走に預かるわけだし。とにかく上がっちゃってよ」
「う、うん……」
結愛はキョロキョロと家の中を見回しつつ、
「今日は、瀬奈君……一人……なんだよね?」
「ああ、うん。家族はみんないない」
「そ、そっかぁ~、よ、よかった……」
心から安堵している様子の結愛。家族に出くわすのはやはり緊張するのだろう。
「え、えと……ここで食べるの?」
迎い入れたダイニングキッチンにて、結愛が訊いてきた。
「うん。いつもここで食ってるよ?」
「あ……できれば瀬奈君のお部屋で……いきなり何かの都合でご家族が帰ってきたら気まずいし……ダメ……かな?」
「んっ? ああ……別にいいよ?」
念には念をということだろう。
そんなわけで二人は二階の恭介の部屋に場所を移すことになった。
結愛は恭介の部屋に入室すると、
「えと……ここに置かせてもらうね」
断りつつ、恭介の学習机の上に手にしていたトートバックを置いた。
そしてがさごそとバックからお弁当箱一つと水筒を取り出し振り返って、
「も、もう……食べてくれる?」
と、恭介に訊いてきた。
「うん。もう腹ペコで……って、一つしかないけど結愛は食べないん?」
結愛はぎこちない笑みを浮かべつつ、
「う、うん……わたしは……瀬奈君が食べてるとこ見てる」
「えっ? そ、そう……なん?」
てっきり一緒に食べるとばっかり思っていた。
というかじっと見ていられると食べづらい。
テレビの食レポのようなキレのあるコメントでも期待されているとも思わないが、それなりの感想は期待されているに違いないからだ。
「せ、瀬奈君………お、美味しくないかも……だけど……食べてくれると……嬉しいかなって」
結愛は謙遜しつつ、お弁当の蓋をパカッと開けて、
「あっ……ご、ごめん……なさい。瀬奈君」
と、急にぺこりと頭を下げて謝り出した。
「えっ? 何? 何のこと?」
訳が分からずお弁当箱の中身を覗き込みつつ訊く恭介。
「え、えと……肉じゃがのお汁が……」
どうやら仕切りが甘く、肉じゃがの汁がお弁当箱全体に染み渡ってしまったらしい。
「あー、別にいいよ。肉じゃが好きだしごはんについてもどうせ一緒に食べるし。とにかく食べていい? 腹減っちゃって」
そうにこやかに言うと恐縮した彼女から弁当箱を受け取り、恭介はあぐらをかいて床に座った。
「あ、お箸……」
「ありがと……んじゃ、早速だけどいただきます」
と、結愛に断り、まずはその問題の肉じゃがに箸を伸ばす。
そして結愛が不安そうに見守る中、口に放り込んで咀嚼する。
「んんっ……」
ちょっと味が濃い目だろうか。
しかしごはんにはちょうどよさそうだ。
「うん……美味い。美味いよ?」
と、恭介はご飯の方を軽く口に放り込む。
すると結愛はホッと胸を撫で下ろしたようになって、
「あっ! 気づかなくてごめん……今、お茶淹れるね?」
と、持参した水筒からカップに琥珀色の液体をとくとくっと注ぎ込ませた。
「……あり……がと?」
恭介が何のお茶かなと思っていると、それを察したように結愛が、
「アイスティー……ね?」
と、その疑問に答えてくれた。
「ほーん」
恭介はアイスティーなのかと思いながらカップの隅に口につけて傾ける。
なるほど、確かにアイスティーであった。
しかしこういう場合はアイスティーなのだろうか?
いや、恭介としては飲み物なんて何でもいいのだが、アイスティーはお菓子とかの方が合いそうな気がしたのだ。
例えばスコーンやらマカロンやら……んっ? スコーン? スコーンって何だっけ……?
まあ、いいか、そんなことは。
確か結愛はお菓子作りが好きであるという話だから、そっち系統のレシピには強いのかもしれないなと恭介は思った。
「ほんじゃあ、次は……」
恭介は結愛がジッと見守る中、お弁当の定番である卵焼きを選び、一齧り。
「んっ?」
変な歯ごたえ。
恭介は口を動かすのをやめて、口の中からその白いものを取り出した。
「……殻……かな?」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
卵焼きに混ざっていた卵の殻を見て。ハッとしたように頭を下げる結愛。
「ああ、いいって。いいって。これくらい問題ねーし」
にしてもかなり大きい。この大きさなら普通は見落とさないような気がするけれども。
「ご、ごめん……なさい」
しょんぼりともう一度謝って来る結愛。
「いやいや、ホント……避ければ全然美味いから」
砂糖ではなく、塩の味が若干強目であるが、まあこれもご飯と一緒なら丁度いい程度の濃さだろう。
恭介はアイスティーを一口含んで口の中をスッキリさせてから、次のおかずに視線を移す。
鶏肉だろうけれど、タレ等はついている様子はない。
よく分からないけれど、恭介はそれを一つ箸で取って口の中に放り込む。
「……うーん?」
恭介は小首を傾げて、
「……これって……何?」
と、残りの鶏肉を箸で差しながら訊いた。
「えっ? 鶏もも肉の塩焼き……だけど? な、何か変……だった?」
不安そうに訊いてくる結愛。
「あ、いや……何でも……」
苦笑して答える恭介。塩焼きとのことであるが、まったく味がしなかったのである。
何か落ち込んでいる様子なので教えるべきか迷いつつ、サラダに箸を伸ばすが……
「…………」
こちらも味付けがなされていなかった。
もしかして味見をしていないのだろうか?
いや、健康のために薄味にしているのか?
しかし肉じゃがと卵焼きは濃い目であったわけで……
「……あ、あの……なんか……ごめん……なさい」
恭介の微妙な表情を読み取ってか、しょんぼりしながら結愛が言ってきた。
「あ、いや……全然! 食べれるよ! ちょっと……味が……え~っと……健康的な味付けなのかなって……ね?」
「じゃ、じゃあ……あ、アイスティーは……その……どんな感じだった?」
「うん? ああ……アイスティーは普通に美味しかったよ?」
「え、えと……隠し味にちょっと……入れて見たんだけど……変な味……しなかった?」
「? 隠し味って……何?」
恭介はカップを傾け琥珀色の液体を揺らしてから、口に含んで転がしてみた。
しかし特に変わった味がするように思えなかった。
すると結愛は頬を赤らめ、もじもじしながら、
「えと……隠し味に何入れたか、だけど……わ、わたしのね……」
そうして頬を赤らめ、少し間を開けてから、
「……お、おしっこ……」
ぶほっ!
恭介は口に含んでいたアイスティーを盛大に噴き出したのだった。
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