監視

 恭介の変態性癖を知らされ、肩をがっくりと落とし、数学準備室から退室する結愛。

 そんな彼女の背中を見送り、にんまりとする里緒奈。


 どういう経緯なのか、恭介にはお尻を叩く趣味があるということになっていた。


 もしかしたら実際にそうなのかもしれないし、それとも色葉の勘違いが結愛にまで伝わったのか、せっかくなので里緒奈も乗っかってみたのである。


「このお尻のおかげで信じちゃったかしらね……」


 先日転倒してお尻を打ってしまったが、それがより真実味が増して結愛を騙せたかもしれない。

 今後、彼女はどうするか?


 それなりにショックを受けていた様子だから、変態性癖のある恭介からそのまま気持ちが離れてしまうならそれはそれで構わない。

 今までの積み重ねがある分、おそらくこの三角関係からのおちんぽ争奪戦は、色葉に分があると里緒奈は考えていた。


 ならば早いうちに諦めさせてあげた方が彼女のためでもあるからだ。

 それに最終的に振られたとしても、恭介が変態であるから振られて逆によかったと自分を納得させる材料にもなるからこれでよかったのである。


 まあ、本心を言えば単に引っ掻き回したかっただけの里緒奈であったが、それは言わないでおくことにする。



          ◆



『も、もしもし……せ、瀬奈君……?』


 日課の一人しゅっぽっぽも終え、そろそろ風呂でもと思っていると、結愛から電話が掛かってきた。


「んっ?」


 彼女の声音は妙にトーンが低く、何かあったのかなと恭介は聞く態勢を整えて、


「何? どうか……した?」


『う、うん……大切な話……というか……お願い』


「うん。何?」


『えと……瀬奈君との関係なんだけど……わたしと色葉ちゃんと情報共有しているんだけど……ね?』


 恭介は「んんっ?」と眉を顰める。


「情報共有って……なんぞ?」


『あ、えと……ね、瀬奈君としたデート内容なんかをお互い包み隠さず報告し合おうって感じで……抜け駆けはしないための協定というか……』


「へっ? な、何それ? デート内容とかダダ漏れってこと……?」


 つまり下手にエロいことはこれからできないということか? いや、元より紳士である恭介としては過激な真似はする気はないけれども。


『あ、うん……べ、別に全部ってわけじゃない……よ。恥ずかしいとこは伏せるし……』


 なるほど。つまり恥ずかしい行為はしても筒抜けにならない、と。


「んっ? あ……れ?」


 恭介はハッとして、そこで気付く。

 結愛は大切な話があると言った。しかもどこか思いつめたようにも見えた。いや、声だけなのでよく分からないけれど、そんな気がした。


 そして色葉から情報が筒抜けになっているという。

 もしかしてだが、色葉のお尻をついうっかりと叩いてしまったことが伝わり、ドン引いた彼女が別れ話を切り出してくる可能性も無きにしも非ず……?


 確かに色葉のパンツを脱がせてついうっかりお尻を叩いたのは事実だし、それを知られたらそうなっても仕方のないことかもしれないが。


「え、え~っと、結愛ちゃん……? それで……大切な話っていうのは?」


 と、恭介は怖ず怖ずと問い掛けた。


『う、うん……せ、瀬奈君って……色葉ちゃんの……』


「……い、色葉の……?」


 緊張に息を呑み込む恭介。


『……い、色葉ちゃんの手料理とか……食べてるんだよね?』


「……へっ?」


『……えっ? あ、あれっ? ち、違うの……? この間もピクニック行ってお弁当食べたり……それ以前から色葉ちゃんの手料理が振る舞われたこととかあったん……だよね?』


「ああ、うん。あった。あったよ。まあ家が隣同士だし」


 どうやら恭介の心配は徒労に終わったらしく、そのまま「そ、それで?」と彼女に先を促した。


『う、うん……それでね、わたしも彼女としてお弁当作ってみたいかなぁ~……って』


「お弁当? え~っと、毎朝作ってくれるってこと? いや、ありがたいけどさすがにそれは悪いっていうか」


『あ、違うの。お休みの日に作って食べてもらいたいなって……ダメ……かな?』


「別にダメじゃないけど……どっか遊びに行くってこと?」


『あ、できれば瀬奈君のおうちに……今度のお休みとか、お邪魔していいかな?』


「え、俺んち?」


『う、うん……うちはお母さんとかいるし……休みの日に家の人がいない時間帯とか……あったりする?』


「え~っと、まあ……土曜の午後とかなら家に……姉ちゃんも大体いないかな」


『じゃ、じゃあ、土曜日……お弁当持って訪ねて行っていい……かな?』


「あー、多分……いいけど……外に遊びに行かずに?」


『う、うん。今回は料理食べてもらいたいだけ……だから』


「そう……なの?」


『うん。じゃあ、土曜日……あ、瀬奈君って嫌いなものとかって……?』


「嫌いなモノ? うーん、特別ないけど……梅とかは苦手と言えば苦手かな」


『そ、そう……なんだ? わかった。他は?』


「別にないよ? 一般的なモノなら大抵は食べれる」


『わ、わかった。そ、それじゃあ、また明日……ね?』


「うん、じゃ」


 結愛との電話が切れ、一安心の恭介。


 どうやら色葉のお尻を叩いていたことがばれていたわけではなさそうだった。

 とにかく土曜日、結愛がお弁当を作って持ってきてくれるらしい。


「土曜日、大丈夫かな……」


 結愛はうちの家族と鉢合わせるのは何かと気を遣うので避けたいらしかった。

 両親は仕事だとして、姉が外出するかどうかは前もってそれとなく聞き出しておく必要があるだろう。


 というかそうなるとまた家に二人っきりということになる。

 かといって迂闊に手は出せなかった。

 情報が色葉に漏れてしまうかもしれなかったからだ。


 それはさすがに避けたかった。


 しかしそうなるとお弁当を食べた後、家で何をすればいいだろうか?


「何か用意して……あっ……」


 恭介は風呂に入ろうとしていたことを思い出し、土曜の結愛との予定は、風呂に浸かりつつ、ゆっくりと考えることにした。




 恭介のお部屋の電気が消えた。


 どうやら部屋の主である恭介はお風呂に向かったらしい。

 つまり今なら恭介の部屋でオナニーをしてもばれないといこと。


 しかし今日の彼女には、オナニーとは異なるミッションがあった。


「よ……し」


 色葉はネット通販で先日購入したそれを片手に、窓枠を乗り越え屋根を伝って恭介の部屋を目指す。


 色葉は恭介の部屋に忍び込むと「すー、はー」と深呼吸。


「うん、恭ちゃんの匂いだ……」


 おそらくはオナニー直後なのであろう、微かな恭ちゃん臭が鼻腔を擽った。

 しかし今日は恭介の匂いを堪能している暇はなかった。


 色葉は手にしたそれ――監視カメラを恭介の部屋に仕掛けなければならなかったからだ。


 別に色葉は恭介を四六時中監視したいわけではなかった。


 ただ、オナニーのオカズが欲しかったのである。


 前回は夜忍び込んで大失敗した。

 よって今後は下手に部屋に忍び込めなくなるかもしれない。

 その時のために、恭介のオナニー動画を記録しておきたかったのである。


 つまりおちんちんを弄っている動画が撮れたら速やかにカメラは撤去する予定であった。


 さて、それではどこにカメラを仕掛けるかであるが、おちんちんはもちろん、イキ顔も一緒に収めたかった。


「となれば……」


 色葉は真剣な顔つきで、部屋を見回して、


「ここが一番いいアングルが撮れるかしら」


 恭介がおちんちんを弄るとしたらPCの前かテレビの前がほとんどだろう。

 しかしおちんちんと顔の両方を撮るならば、テレビ画面に向かってしてくれた方がいいアングルを収めれそうだった。


 よってテレビでしてくれるまでオナニー監視カメラを仕掛けておくことにした。


「よし……これでいいはず……」


 スマートフォンの連動を確認する。

 しっかりと部屋の映像が送信されてきていた。


 色葉は部屋の電気を消し、そのまま自室に戻って再びスマートフォンを確認する。


 暗闇で判然とはしないが、おそらくはしっかりと映像は送信されてきている様子でそのまま暫し待つこと数分――


「……きた……!」


 恭介が部屋に戻って明かりが点ったのと同時に、色葉のスマートフォン画面にも恭介のお部屋がくっきりと映し出されたのである。


 やはり上手くいっていたらしい。

 後はオナニーしてくれるのを待つのみ。


 とはいえ、今日はもう一度しているようであるから明日になるだろうけれど。


「…………」


 ないと分かっていても、そしてそこに恭介が映りこまずとも、何となしに恭介の部屋の様子を見続けてしまう乙女な色葉ちゃんだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る