性癖?
「……あ……れ? い、色葉……ちゃん?」
駅の改札前ベンチには、朝の時間帯には出くわさない色葉の姿がポツンあった。
「あっ、結愛さん? おはようございます」
こちらに気付いてベンチから立ち上がって挨拶してくれる色葉。
「お、おはよー、色葉ちゃん? 朝に会う……なんて、珍しいね?」
「はい。結愛さんにお話があって待っていたんです」
「えっ? わたしに? え、え~っと……何……かな?」
「はい。恭ちゃんのことなんですが……」
恭介は二人の共有している彼氏であり、一番の接点であったので彼の話であるというのは至極当然のことであった。
「……せ、瀬奈君がどうかした……の?」
「はい。結愛さんはその……恭ちゃんにお尻を叩かれたことって……ありますか?」
結愛は真顔でそう訊いてきた色葉に目をパチクリとさせて、
「えっ? お、お尻って……この、お尻のこと……だよね?」
と、自身のお尻の上にポンと手を置いて訊いた。
「はい。そのお尻です。ありますか?」
「う、ううん。ない……けど?」
あるわけがない。
「そ、そう……ですか? よかったです」
と、心底ほっとしたようになる色葉に結愛は眉を顰める。
「えと……質問の意図がよくわからないんだけど……どういうことか教えてもらってもいい……かな?」
「あ、はい。実はですね――」
色葉から詳しく聞けば、どうやら昨夜、体調を崩していた恭介のお見舞いに訪ねたら、お尻を叩かれたとのこと。
どうやら恭介は、そういった変な夢を見ていて、寝惚けて色葉のパンツを脱がしてお尻を叩いてきたのだという。
「せ、瀬奈君が、色葉ちゃんに、そんなことを……?」
それは夢であったとしても恭介の願望であったのか……?
色葉とは恭介を共有し、互いにした行為はなるべく包み隠さず報告し、同じことをしようねとなったばかりであった。
無論、お漏らしの件は話していないが、キス等の行為をしたら話すことにしている。
その際は、色葉が恭介とキスをしても仕方がないと思っている。
そして今回、色葉は恭介にお尻を叩かれた。
つまりお尻を叩くのが願望であり、夢として表れたその願望を色葉にぶつけたということであれば、やはり結愛も叩かれなくてはならない……ということもであった。
お尻を叩く行為にどういう意味合いがあるか、結愛には知る必要があった。
しかしお尻叩きについて学校内に相談できる友人はいない。
ネットを駆使して調べようにも、ばれたらおかしく思われてしまう気がしたので、堂々と教室等でその単語で検索するわけにもいかなかった。
結果的に結愛は、お昼休みになるまで待ってから、一人になれるおトイレの個室に籠り、スマートフォンでの調査を開始した。
その結果、お尻を叩く行為にはお仕置きとそういった時に行う二種類が主に存在するらしいことが分かった。
「えっ? あ……い、痛そ……」
結愛は目についた赤くなったお尻の画像をふいにタッチする。
『バチン!』
「!」
再生されてしまった動画にハッとなり、持っていたスマートフォンを手から落す結愛。
「えっ? わっ、わっ、わっ!」
そのままスマートフォンはドアの下の隙間から滑るように通り抜けてしまった。
誰かに見られてしまったらことだ。
結愛は慌ててショーツを上げて、ドアを開け放ち、
「……あっ……」
表情を固まらせる。そこには、結愛のスマートフォンを見下ろす結愛のクラスの副担任――里緒奈の姿があって、
「……え~っと、これ……九条さんのよね?」
と、結愛のスマートフォンを拾い上げつつ訊いてきた。
この状況で言い逃れはできそうになく、
「……は、はい……」
と、結愛はそれにコクンッと力なく頷く。
職員用のトイレを使ってくれればと思ったが、タイミング的には他の生徒さんに見つかるよりは幾分マシと考えるべきか。
「そう……とりあえずここではあれだし……場所を変えましょうか?」
「えっ? どうして……ですか?」
「学校でこんなものを見ていたのだもの……その事情を聞かせてもらわないとね」
なぜそんなことを答えなければならないか分からなかったが、それをしないと没収されたスマートフォンを返してくれそうになく、従うしか他ないようだった。
「それじゃあ出るわよ」
里緒奈は他の生徒がトイレに入ってくるであろう可能性を懸念してか、そう結愛に言ってきたのだった。
「空いてるわね? ここでいいわ」
里緒奈は数学準備室に誰もいないことを確認し、結愛にも入室を促す。
里緒奈は椅子に腰かけ、さっと足を組みながら、
「……それで九条さん? あなたはトイレで何をしていたのかしら?」
と、結愛に訊いてきた。
「……き、気になることがあって……そしたら……その……動画が再生されてしまって……」
どう頑張っても母親にエロ系が見つかった思春期の男子中学生の言い訳のようにしかならない気がした。
それならばと結愛は開き直って、逆に里緒奈に質問することにして、
「えと……せ、先生って、その……男女交際の経験……ありますよね?」
「んっ? どうしてそう思ったの?」
「えっ? 志田先生みたい美人なら……その……普通にいたのかなって……そ、そこでお聞きしたいんですけど、その……男女交際の際、お尻を叩かれる行為というのは普通にされるもんなんですか?」
「…………」
「……せ、先生……?」
さすがに変な質問をぶつけてしまって固まる里緒奈であったが、
「……そうね、カップルの数だけ愛の形があっていいとだけ言っておくわ」
と、特に取り乱すこともせずそう答えてくれた。
つまりはあってもおかしくない……ということだろうか?
「それより九条さん、どうしてそんなことに興味を持ったか知りたいのだけど、もしかして恭介くん絡み……かしら?」
結愛はその里緒奈の質問にハッとなって、
「ど、どうしてわかっ……そう思ったんですか?」
里緒奈はフフッと笑って、
「ああ、やっぱり? もしかして、恭介くんに強要された?」
「い、いえ……そんな……きょ、強要なんて……されてないです」
「そう。まだなのね? 彼……好きだからね」
「えっ? 瀬奈君が……ですか? やっぱり……そう……なんですか?」
「ええ。あまり人の性癖についてとやかく言うべきことじゃないことなのかもしれないけど、恭介くんは女性のお尻を叩くのが三度の飯より大好きでね、エッチな本とかDVDもその辺のありとあらゆるシリーズを揃えているらしいわね?」
「そ、そう……なんですか?」
どうやら色葉のお尻を叩いたのはやはりそういう趣向があってのことであったらしい。
「幻滅した? 彼はかなりド変態よ? 本格的に付き合うことになれば、毎晩お尻叩きを要求してくるでしょうね?」
「……ま、毎日……?」
「ええ、色葉が幼児退行した時期があったの知っているわよね? その時の話なんだけど……あっ、色葉には内緒にしておいてもらいたいのだけどできるわね?」
「えっ? は、はい……まあ……何ですか?」
と、結愛は続きを促す。
「ええ、あの時ね、色葉は恭介くんとお風呂に入りたがってね、水着着用したらという条件でOKを出したのだけど、恭介くんが色葉のお尻を叩こうとしてね」
「……せ、瀬奈君がそんなことを……?」
幼児退行中の女の子にそんなことをしようとするのはさすがにどうなんだろうか?
「色葉はどうしてもお風呂に入りたがってね……恭介くんの行為を阻止するためにわたしが代わりにお尻を差し出したの」
「えっ!」
「驚いた? 今も毎晩叩かれているわ。彼女になった色葉のお尻を叩こうとしたからわたしのお尻を差し出して我慢してもらっているのよ」
「そ、そんな……信じられ……ません」
「そうね……彼はそういう子よ。待ちなさい。今、お尻を叩かれている証拠を見せるわ」
里緒奈は徐に立ち上がるとタイトスカートのホックを外してジッパーを下げる。
「……し、志田先生……?」
里緒奈はフフッと笑うと、スカートをすとんと落して、Tバックにガーターストッキングという大人なんだなと思わせる結愛より数段色気がありそうな下着を露わにし、こちらにお尻を向けた。
「!」
彼女のお尻の右ほっぺが赤紫色に腫れ上がっていた。
「どう? 叩かれた痕……あるでしょう?」
「……は、はい……で、でも本当に瀬奈君に叩かれた……んですか?」
「ええ、彼と付き合うなら覚悟しておきなさい? 彼はもっとハードな変態行為を要求してくるだろうから」
結愛は表情を強張らせつつ、
「……せ、瀬奈君が……?」
「ええ、残念だけど……彼はドがつく変態だから」
里緒奈は微笑を浮かべ、タイトスカートに再び足を通しつつ、
「引き止めてごめんなさい。話はそれだけよ。休み時間が終わる前に早く教室に戻りなさい」
と、言ったのだった。
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