あそこもよだつ怖い話編

ハロウィンの夜

 夢精した……そう思って起きてもパンツが汚れていなかった……そんな不思議な経験が今までなかっただろうか?


 このお話は、夢精にまつわる奇怪な体験をした少年の話である。



          ◆


 

 街中には様々な仮装をした男女たちが闊歩していた。


 今日はハロウィンだった。

 その中から天狐神社の巫女たる神田清音は、本物の物の怪を探していた。


 すると、仮装行列の見物に来たのか、物の怪ではなく、見知った顔――隣のクラスの志田色葉と瀬奈恭介の姿を見つけた。

 もしかして付き合っているのか、それともただの友達関係なのか、微妙な関係だったらその辺を突くと変な空気になるかもしれないのでスルーすべき案件だろう。

 とにかく清音は、二人に挨拶することにした。


「こんにちは、色葉さん――それに、瀬奈くんも」


「ちわー」


「こんにちは。清音さんも見学に来られたんですか?」


「ううん、わたしは――」


 何て言おうか一瞬迷った瞬間、ふと恭介の横顔を見て閃いて。


「あっ! ねえ、瀬奈君? 妖怪見なかった?」


 と、思い立ったように訊いた。


「んっ? 妖怪? ゾンビとか魔女とかならそこらかしこに見えるけど?」


「そうじゃくて、仮装に紛れて本物の妖怪とか見なかったかなって思って」


 清音の言葉に恭介は眉を顰める。


「本物の妖怪ってなんぞ?」


「あー、その様子だと気付かなったみたいだね?」


 清音はその妖気の残滓を感じ取り、近くを見て回っていたのだ。

 恭介には少なからず霊感なるものを持ち合わせており、人には視えないものを視ることができたので清音はそう問い掛けたのである。


 しかし恭介の反応からも、全くそれらしいものは見掛けていないのだと分かった。

 仕方ない。清音は一人で見回りを再開することにした。




「……恭ちゃん? 霊感あったの?」


 清音と別れた後、色葉が興味津々に訊いてきた。

 恭介はそんな話を今まで一度もしたことがなかったどころか、幽霊やオカルトの類は基本否定してきたから色葉が不思議に思うのも当然であった。


「う~ん、どうだか……神田はそう言ってるけど実際には遭遇したことねーし」


 ただし天狐神社の神使であるお天狐様の姿は、はっきりくっきりと視えていた。

 お天狐様は、普通の人間には視えない状態であるらしく、視えると知ると清音にびっくりされた経緯があったのである。

 後から聞けば、どうやら色葉と肉体を交換した際、お天狐様が恭介の閉じられていた霊力を悪戯に開眼されたのがその原因であるらしかった。


 そんなわけで恭介にはいわゆる霊的な感性が人より敏感になっていた。とはいえ幽霊が視えるかどうかは今まで一度もこの目で視たことがなかったので分からなかったのである。


「そうなんだ……でも、天狐神社のそのお天狐様っていう神使が恭ちゃんにだけ視えるってことはやっぱり本当なんだろうね?」


 天狐神社で恭介たちは身体が入れ替わる不思議な体験をしたせいもあり、色葉は、お天狐様の件をすんなりと信じている様子であった。

 そして清音の言葉が真なら、ゾンビやら魔女、ゲームキャラや顔にペイントを施した仮装集団の中に、本物の妖怪が混じっている可能性があるということだが……


「妖怪ねぇ~……こん中に混じってるとは到底思えんけど」

 ざっと見渡す限り、それらしい人物はいない。というより顔にペイントを施されたりしていて何だか分からなかった。


「恭ちゃん? せっかくだし、ここでちょっと探してみたら?」


 と、提案してくる色葉。


「いや、いいよ。いると思えないし、待ち合わせ場所に急がんと」


 今日は別に色葉と二人っきりというわけではなかったのである。


「そう? でも……ちょっとここで待ってて」


「? どうかした?」


 急にそわそわしだした色葉に訊いた。


「あっ……うん。ちょっとおトイレに……そこのコンビニで借りてくるからちょっとだけここで待ってて」


「ああ、そういうこと……かい。わかった」


 恭介は小走りでコンビニに駆け込んだ色葉を見送り、仮装行列に顔を向け直した。

 しかし恭介に妖怪アンテナが備わっているわけでもなく、この行列の中に妖怪がいるかなんて、やはり分かる訳もない。


「まあ、いいや……」


 早々に妖怪探しを諦めた恭介は、今度は綺麗なお姉さんを探すことにした。


「おお、いいなぁ~……」


 早速、恭介が目に留めたのは、妖怪らしさが微塵もない和服美女だった。

 たまにアニメのコスプレをしている人もいるが、あの和服美女も何かのコスプレなのだろうか?


 恭介がその美女を目で追っていると、美女が何かを落した。

 気付かず美女は歩いていく。


「ちょっと……待って!」


 恭介は慌てて呼び止め、落したものを拾い上げる。

 それは一本の櫛だった。


「落しましたよ?」


 恭介が櫛を差し出すと、美女は驚いた顔をして、


「あなた……わたしが見えるの?」


「見えるって? どういう……」


「わたし妖怪なのよ? 普通の人には見えないはずなのだけれどね?」


「……妖……怪……?」


 もしや清音が言っていた本物の妖怪だろうか? いや、どう見ても彼女は人間にしか見えなかった。

 おそらくは何かのキャラクターのコスプレで、その設定を演じているに違いなかった。


「へ~、そうなんすか? 何の妖怪なんすか?」


「ええ、それはね――」


 彼女が口を開いて続けて言おうとしたその時だった。


「恭ちゃん、お待たせ」


 トイレに行っていた色葉が戻ってきた。


「おお……って、あれっ?」


「どうしたの、恭ちゃん?」


「いや、さっきまでここにいた……」


 ふと色葉に気を取られて目を離した瞬間に、和服美女が消えていたのだ。


「……恭ちゃん?」


「ああ、いや、何でもない……」


 まあ、いいか。


「そう? じゃあいこうか?」


「おお……つーか、お前はコスプレとかしないのか?」


「う~ん、来年はしてみよっかな? 恭ちゃんも付き合ってくれるなら」


「俺か? 俺は……遠慮するわ」


 コスプレは見ている分には楽しいが、やはりして歩くのはちょっと恥ずかしかった。




 その日の夜のことだった。


「トリック・オア・トリート!」


 窓をガラリッと開け、お隣の色葉が恭介の部屋に訪ねてきた。


「んっ? どうしたんだよ、色葉……? こんな夜中にって……つーか、その恰好って……?」


 何となく見覚えがあると思ったら、色葉の格好は、街で見掛けた和服美女とまったく同じものだった。


「どう、恭ちゃん? わたしは仮装してみたんだけど……?」


「いや、似合ってはいるけど……」


 ただ、街で見掛けた女性の方が、大人の色香が漂っていたように思うが、それは言わないでおくことにする。


「えへへ、ありがと。それじゃあ恭ちゃん? 改めてトリック・オア・トリート!」


 トリック・オア・トリート――イタズラかお菓子かという意味合いであろうが、色葉もお菓子をねだっているのだろうか? 


「いや、お菓子なんてねーし」


 つーか眠い。もう寝たいのだけど?


「そっかー、じゃあイタズラだね?」


「あんっ? イタズラってなにすんだよ?」


「恭ちゃん、このコスプレ、何の妖怪か知らないの?」


「んっ? 何だよ?」


「うん。それはね、妖怪おちんちんくわえだよ?」


「……はっ? んだよ、それは……?」


「知らない? 名前の通りおちんちんから精気を吸い取る妖怪だよ。サキュバスの和名」


「えっ? マジで?」


 サキュバスは知っているが、サキュバスの和名が妖怪おちんちんくわえと言うのは初耳だった。


「うん。マジで。そーいうことだから!」


 色葉はそう言うと、恭介に襲い掛かってきて、抵抗する恭介を無理矢理に――




「わっ!」


 恭介は目を覚まし、がばっと跳ね起きて、


「な、何だ……夢か……」


 ホッと胸を撫で下ろす。


 淫夢だった。


 妖怪おちんちんくわえに扮した色葉にその名の通り……


「あっ!」


 慌ててパンツの中を確認する。パンツは汚れていなかった。

 とても気持ち良かったので、夢精しちゃったかと思ったが、そんなことはなかった。


「よかった……さて、寝るべ」


 安心した恭介は、二度寝することにした。




 恭介が二度目の就寝を果たした頃、一人の和服美女が恭介の部屋の窓をじっと外から見詰めていた。


 街で恭介が遭遇したあの和服美女である。


「大変、美味しうございました」


 そして彼女は濡れた唇を舌で舐めとると、夜の街へと消えて行ったのだった。




 夢精した……そう思って起きてもパンツが汚れていなかった……そんな時は、妖怪おちんちんくわえの仕業だったりする。


 妖怪おちんちんくわえは今宵も次の獲物を求め、彷徨い歩く。


 次に現れるのは、あなたの街かもしれない……

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