第2話
悪魔。
悪の象徴。
善に仇名す者。
世界を乱す悪神。
——宗教的にはその辺りとなるのだろうけど、どういう意味と意図で彼女がその言葉を使ったのかは分からない。
「王に仕えしゴエティアの悪魔。一般的にはソロモンの七十二柱などと言った方が伝わりやすいかもしれませんね。とにかく私はその一柱です。そして現在の仮王が津々莉様となります」
「あー、えっと、あっと」
「大丈夫、大丈夫。とりあえず全部聞いてから質問した方が早いよ。ってか、私も完全には把握してないし」
どこから質問したものかと考えていると、黒森からのフォローが入る。頭をガシガシ掻きながら朗らかに黒森は笑っているが、アーシュさんはそんな黒森に冷たい目線を送っている。いいのか黒森、アーシュさんは怒ってる気がするぞ。
というか、別に俺は話についていけなくて困っていたわけじゃないんだけどなぁ。
「ソロモン王は自らの死後の我々の処遇を、我々自身の手で決めるよう定めました。つまり、一柱につき一人の仮王を立て、競い合わせることで次王が決定するわけです」
「おいおい、それで黒森がまだ仮王ってことは⋯⋯」
「察しがいいですね。その通り。我々は二千年以上に渡り、次王を決定することができていません」
それはもう何かが破綻している。
ルールか、
参加者か、
それともその双方か。
積極的にしろ、消極的にしろ、儀式を完了させない方向に働いている要素がある。
——儀式としては致命的だ。
「壮大な話だねー。何でそこまで長引いちゃっているの?」
「お兄さんの方はおおよそ予想がついているようですが、妹さんはこういう話は苦手ですか?」
「こういう話ってどういう話⋯⋯まあ、兄さんの方が頭の回転は早いのは事実だけどねー」
それはちょっと雑なまとめ方過ぎるだろう。
佐奈は興味あることにだけ一極集中型。俺は広く浅くのバランス型。
これは頭の回転に関しても言えることで、佐奈は興味を持ったことには頭脳が冴え渡るのに対し、そうでもないことに対しては年相応か下手したらそれ以下の思考能力しか発揮しない。佐奈がこんな感じの反応ということは、あまり興味を持ってはいないのだろう。精々話半分に聞いているといったとこかな。
「理由は複数ありますが、その最たるものが私たち悪魔のモチベーションです」
アーシュさんが立ち上がりながら自らの胸に手を当てる。
「私たち悪魔は次王が決定するまで自らの力を殆ど封印されています⋯⋯が、それが何だというのでしょうか。悪魔特有の人類のそれとは一線を画す身体と申し訳程度に残された異能。それさえあれば大抵の悪魔は満足なのです。召喚者たるソロモン王には全ての悪魔が大なり小なり忠誠を誓っていました。しかし、それ以前に我々悪魔は自身の悦楽にしか興味がない種族なのです」
「それは激しく同意ー」
「だからこそ妹さんは悪魔的な才能をお持ちなのかもしれませんね。それはともかく、よって大半の悪魔は儀式なんて放り出して趣味に走っているわけです」
確かに悪魔のイメージに通りと言えばイメージ通りだけど、それでいいのか悪魔たち。
あとアーシュの説明では疑問が残る。
「無害な娯楽に走った悪魔はそれでいいとして、そうでない悪魔は? 別に悪魔に対して偏見があるわけではないんだけど、戦いが趣味とか人が苦しむのを見ることが趣味みたいな悪魔もいる気がするんだけど⋯⋯」
「仰る通りです。しかし、この世界にある理を外れた存在は何も悪魔だけではありません。汚い言葉を許していただけるのであれば、低俗な愚行に走ってはしゃいでいたお
失礼しました、と頭を下げるアーシュさん。
悪魔以外にも⋯⋯ね。
随分と含みのある言い方だ。そうなると他の存在とのパワーバランスやら共闘、敵対関係など儀式に与える影響も複雑になってくるだろう。とすれば、それらの存在と悪魔との関係が俺たちのイメージ通りなのかも気になってくる。
——いかんいかん、これじゃあ質問をどこまでしても疑問は尽きないし、一向に本題が見えてこない。
アーシュさんの真剣な様子からこっちもツッコミを入れたりしないで真面目に聞いているけど、突拍子のない話が続くせいで集中力が切れてきている。
現に黒森は完全に飽きてリビング中をキョロキョロと見回している⋯⋯ってか、君のための話じゃないのかよ。
「このままじゃあ、いつまでも話が終わらないな」
「同意します。どういたしますか?今日のところは一旦ここまでにして続きは後日にしましょうか?」
「いいや、流石にそれは気になるかな。初めに意見を聞きたい、それと手伝うみたいな話をしていたよね。その周辺だけ三行くらいにまとめてくれると助かる」
「承知いたしました。では、参ります。
——白百合ヶ丘学院へ入学して
——津々莉様に彼女を作るのに協力し
——津々莉様の命を救ってください」
⋯⋯はい?
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