悪友〜百合男子と悪魔とお嬢様学校〜
東山みゆと
春は出会いの季節?
第1話
夜の暗闇を切り裂く影。
高層ビルの屋上へと影は飛来し、直ぐさま夜空へと舞い上がる。
そんな光景が幾度となく繰り返される。
猛禽による狩猟——打見にはそうかもしれない。しかし、それにしては狩人の影が大きい。影の大きさはまるで⋯⋯そう、まるで小柄な人型のようであった。
そして狩猟に見えるもう一つの理由。
狩られるものの存在。
こちらは紛れもなく少女であった。
夜陰を切り裂き影が襲来するたび、少女はその長い髪を振り乱しながら飛び退る。
狩人たる影にとっての鉤爪——ダガーのようなものが、少女の手を、足を、顔を掠めていく。少女の身体には既に無数の擦り傷があり、肩で息をしていた。
「くそっ、一方的に——」
天を睨む少女の目は、決して狩られるものの目ではなかった。この状況——この一方的に責め立てられている状況を黙認する気は彼女もないのだ。
つまりそれは彼女には反撃の手段があるということを意味している。
夜空を自在に舞う、敵対者相手にである。
「——俺がこの地で負けるものかよ」
初めて影が言葉を発する。静かな、しかし力の籠った宣言。こちらも少女の声だった。
すなわち人型というよりは人。
夜空と同じ色の黒いローブを羽織り、目深にフードを被っている——そんな出立ちのため、まるで人と異なる生物のようではある。しかし、猛禽のごとく飛び回る狩人は正真正銘少女だった。
「負けられないのは私も同じだ!」
——そして、少女たちは再び交錯した。
突然だけど、世間では春を出会いの季節と言う。
なら、今は二月——出会いの季節でもないのに人生最大の出会いをしてしまったのは、神様が俺にくれた奇跡なのだろうか。
⋯⋯はっ!?
取り乱してしまった。
俺は
——美しい黒髪を風になびかせる少女が、頬を染めて異国の少女を見つめている。
俺にはわかる。
訓練された百合紳士である俺には。
あれは百合的な告白シーンだ。二人の間には——特に黒髪の少女が醸し出している甘酸っぱい雰囲気は本物。確信できる。先ほどから握っては開き、握っては開きを繰り返している手も。正面の少女を見つめつつも、視線が合いそうになると急いで逸らす目も。何かを言おうとしては、閉じてしまう口も。全てが確信へと繋がるっ‼︎
黒髪の少女と比べると、相対している少女は比較的落ち着いている。黒髪の少女も美人だが、こちらもまた美人。軽くウエーブが掛かったセミロングの銀髪と雪のように白い肌は異国の血が成す精緻な芸術品のようだ。
これはあれだっ‼︎告白される側の少女は全然意識していないパターンだっ‼︎
その時、黒髪の少女が意を決して口を開いた。
「あ、あの⋯⋯わ、私と、その⋯⋯付き合ってください」
消え入りそうな声で少女が告げる。
——俺の頭が真っ白になった。
「ちっがああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ‼︎ ぜ・ん・ぜ・ん、違ぁぁぁぁぁぁぁうっ‼︎ 君は全然自分の魅力−−キャラというものを理解していないっ‼︎ キリッとした眉も、力強い目もスレンダーで無駄のない身体つきも——君は強気にいくべきキャラだっ‼︎ もっと自信を持って、強気に攻めろよっ‼︎ 君ほど魅力的な美少女が自分のキャラを守って——自分に自信を持って自分らしく告白をすれば、その想いが通じないはずがないっ‼︎————はっ!?」
——しまった。俺は何を⋯⋯?
目の前の二人は今や完全にヤバい奴を見る目で俺を見ている。特に黒髪の方の女の子は怒りか羞恥心かで顔を真っ赤にし、瞳に涙を浮かべながら俺を睨んでいる。
⋯⋯で、ですよねー。
このままではまずい。下手したら通報、下手しなくても通報されるレベルだ。
よって取るべき選択肢はただ一つっ‼︎
「すいませんでしたあああああああっ‼︎‼︎」
俺は一度頭をしっかり下げ、逃走したのであった。
下校終了。
二月の冷たい外気を想定した服で全力疾走を十五分ほどした結果、俺は全身汗だくになりながら自宅のあるマンションまで辿り着いた。
俺はこのマンションの十階に一個下の妹と二人暮らしをしている。
夢がある話だと思うか?——現実はそうでもない。
俺は自宅の一室に到着すると、自室にもリビングにも向かわずに妹の部屋へ向かった。期待をした諸兄、大変申し訳ないっ。別に期待しているようなことは何もない。どころか、部屋にも入らない。
妹の部屋の前には食べ終えた食器が一セット置いてあった。
これは日課。
食器を回収すると、流れるような動作で流しにシュート。さながら熟練のハウスキーパーのような⋯⋯いや、これ以上は言ってて悲しくなるから止めよう。涙が出ちゃう。
妹は引きこもっている。割と明るい感じに。
妹はただただ興味をないことをするのが全部面倒くさいって理由で引きこもった。
普通はそんなことは許されないだろう。ところがどっこい。妹はある一点において天才的だったのだ。
それが絵画。
彼女の気分が乗った時に描く絵画は、世界中で最低額でも数千万円の評価を受けている。そのため、今の歩近家は妹——
佐奈の稼いだお金で早すぎるセカンドライフを某南の島で満喫している両親は、当然佐奈には頭が上がらない。
——悪い言い方をすれば、歩近家で佐奈に逆らえる存在はいないのだ。
「今日の夕食の希望はー?」
「う〜ん⋯⋯
以上、ドア越しの会話。
こんな感じで兄妹仲は良好(妹は兄のことを本気でハウスキーパーと思っているかもしれないが)で、最小距離でもドア越しとなってしまうとはいえ毎日会話もしている。
今回は自室に帰るついでにドアの前で話したが、大事な話以外はだいたいどの部屋でもできる。佐奈が業者に注文して設置させたマイクとスピーカーが全室にあり、スイッチを入れれば会話可能なのだ。
思えば最後に妹の姿を見たのはいつだろう。アイツの部屋は浴室やトイレには直通だし、基本は俺がいない時を見計らって使っているようだ。朝食や夕食はドアの前に置いておく決まりで、気づいたら空の食器が置いてある。昼食やその他必要なものは通販でアイツが直接買っていて、周期的に届く数箱のダンボールは部屋の前に置いておく約束だ。もはや佐奈の姿を思い浮かべようとすると、部屋のドアが思い浮かぶ始末。
——あれ、俺ってもしかして妹に嫌われている!?
「⋯⋯いやいや、そんなことはない筈。近所でも評判の仲良し兄妹だって」
なんて、制服を脱ぎながら声に出して否定してみるが、よくよく考えればこの歳の兄妹なんてこんなものかもしれない。
「——ところでお兄ちゃん、帰ってきた時に汗だくだったけど今日何かあったの?」
「うおっ!?」
唐突にスピーカーがONになり、妹の声が流れる。理不尽なことにアイツの側からのスピーカーはこっちが受信許可を出さなくても強制的にONになる。
——ん?今、変な情報があった気がする⋯⋯
「⋯⋯俺、廊下やリビングのカメラは外すようにって言ったよね?俺にもプライバシーがあるんだから」
「うん、だから廊下にあったカメラは外したよ。今は私の部屋のドアにしか付けてないって」
「問題の根本は解決されてないよねっ!?」
この調子だと、気づかないうちに俺の部屋とかにもカメラが設置されてそうで怖い。一応部屋を見回すがそれらしいものは見えないが、それで安心はできない。そもそもこの部屋には死角が多すぎるっ!——まあ、俺の趣味グッズなんだけどね。あるのは百合系の漫画、ラノベ、エロゲなどなど。純愛系から萌え系までなんでもござれで積み上がっている。
自慢の俺の城だ。
「で、何があったの?」
「⋯⋯ちょっと俺の趣味のことで失敗を」
佐奈に説明しながら羽織っていたコートを脱ぐ。
改めて他人に話すと本当に危ない奴にしか見えないな、俺。この記憶を引きずったままだと、佐奈との会話が終わった後に何をするにも身が入る気が全くしない。これは運動をして嫌な記憶を綺麗さっぱり消し去るしかないな、うん。
そんな訳で、本来は読書の予定だったのだけど、運動着とシューズを用意する。
俺の中ではここ五年ほど、運動をするといえばパルクールだ。パルクールはフリーランニングとも呼ばれるスポーツで、走る・跳ぶ・登るといった移動の動作で身体を鍛える方法だ。あまりメジャーなスポーツではないけど、街中でパルクールを行っている動画とかもインターネット上に上がっていたりする。最初はジョギングをしていたのだけれど、より身体の色々な部分を鍛えられるパルクールの方が俺には性に合ってたようだ。
なんて現実逃避をしている間にさっきあったことを妹へ大体話し終えた。
「またぁ〜? お兄ちゃんはさあ、せっかく無難に過ごしてるんだから、たまに性癖を暴発させるのを治しなよ」
「性癖じゃない、趣味だっ!⋯⋯そもそもこの道に俺を引き込んだのはお前だろっ!!」
「いやいやいや、そんなバラフライ効果みたいなことを言われても。⋯⋯というか、私がわざわざ色んなエロゲーの中に妹がメインヒロインなものを高頻度で混ぜて渡してたのに、なんで妹萌えじゃなくて百合に目覚めちゃうかなー。惜しいよ、ある意味お姉さまと妹的な意味では惜しいよ。だけどさ……」
「何をブツブツ言っているんだ?」
俺としては、百合紳士として目覚めたのは絶対に佐奈の所為なんだけどなぁ。
そもそも佐奈が引きこもっている大半の時間を費やしているのは、エロゲー、アニメ、漫画、ラノベといった所謂二次元萌え系の趣味だ。こうした趣味でスイッチが入ると、佐奈は絵画を描くのだ。本人曰く、萌えゲージが一定まで貯まると必殺技が発動できて気づくと絵が描けているとかなんとか。佐奈のインスピレーションやモチベーションがこんな趣味にあるなんて知ったら世の人は驚くだろうな。
で、この趣味を誰かと語り合いたくなったとか何とか言って、佐奈は俺をそっちの世界に引き込むために手始めとして膨大な量のエロゲーを強制貸し出ししてきたのだ。最初は半分義務感でやっていた俺だけど、ある日——
——自分の根源を理解した。
「なんかキリッとした顔で回想しているところ申し訳ないんだけどさー、なんかチャイム鳴ってない?」
「うおっ——って、お前やっぱりこの部屋にもカメラ隠してるだろおおおおおおっ!!」
妹(マイク)に叫びながら、俺は玄関に向かう。こんな時間になんだろう。俺は特に部活動をしていないから(そもそも中学3年のこの時期に部活をしている奴は珍しい気がする)いろいろあったとはいえ、まだ時間は十七時前だ。とはいえ、そもそもこの家を訪ねてくるのはだいたい佐奈の通販関係か仕事関係の筈。今日はどっちも予定は入っていなかったんだけどなぁ。
「はいはい、今開けますよぉーっと」
——扉を開けると、そこには見覚えのある2人の人物が立っていた。
「すいませんでしたあああああああっ‼︎‼︎」
俺は全ての思考を放棄して、とりあえず土下座した。
まさか、ウチにまで押し掛けてくるとは⋯⋯いや、その前にどうしてここがわかったんだろう?
それと、数ミリレベルに近づいた所為でフローリングの床に小さな傷を見つけてちょっとショック。
「アーシュ、どうしよう?土下座とかされたの初めてだよ」
「
くっ、折角フローリングの傷を探すという現実逃避をしていたのに、それすら封じるというのか。鬼めっ。
⋯⋯なんて毒づいていても仕様がない。
俺は恐る恐る頭を上げた。
片や困惑している黒髪ロングの少女。公園で見かけた時は気づかなかったが、どこかで見たことのある制服を着ている。
片や無表情な銀髪の少女。こちらは公園で見かけた時には私服だったが何故かメイド服を着ていた。用途がコスプレやアルバイトとは思えない、落ち着いたデザインのメイド服だ。
「おっ、やっと顔を上げた」
「立ち話もなんです。まずはお部屋に行きましょうか」
「⋯⋯それは俺の台詞じゃ——」
「何でしょうか?」
「——いえ、どうぞ上がってください」
俺はこの二人に逆らうことができない。弱みを握られている。
廊下のマイクは常にONになっているから、佐奈は二人がウチに上がろうとしていることに気づいている筈だ。何も言ってこないってことは、少なくとも部屋に入れることは反対していないのだろう。
この後の展開が全くわからずに怯えながら、俺は2 人を自分の部屋に案内−−したら変質者確定なので、リビングに通した。
客には違いないので、椅子を勧めつつ二人に来客用のお茶を出すことも忘れない。
「ただの変質者かと思えば、意外と最低限の礼儀は弁えているのですね」
ぐさっ。
言葉の槍が俺を貫く。
「アーシュ、この人も謝ったんだし、もう止めなよ」
「畏まりました、津々莉様」
黒髪の少女の言葉に、メイドさんが素直に従う。二人の上下関係が垣間見えるやりとりだ。『様』付けといい、この態度といい、メイド服は格好だけではないらしい。
「それじゃあ本題に入ろうか⋯⋯っと言ってもどこから話せばいいんだろう?」
「まずは自己紹介からがよろしいかと」
「おおっ、そうだな。私は
「よろしくお願い申し上げます」
一方的に名乗る少女( 黒森というらしい)と、アーシュさんが同時に頭を下げる。同時にといってもその仕草は対照的で、 津々莉は会釈程度、アーシュは九十度近く身体を曲げたものだ。これは丁寧さの違いというよりは、互いの対人スタンスの差って感じかな?
⋯⋯しかし、『黒森』とは。
黒森財閥。
泣く子も黙る⋯⋯とまでは言わないけど、黒森財閥はあらゆる業界に跨り子会社を持ち、知らない人なんていないような超有名財閥である。
付き人なんてものがいる黒森という姓の少女。何かしら関係があると考えるのが自然だろう。いや、ここまで来ると露骨すぎてブラフ——関係者であることを臭わせている可能性もあるか。
「それで、私としては君の意見を聞きたいなって思って追いかけてきたんだ——あと、あわよくば手伝ってもらえないかなーなんて思っていたり」
「津々莉様、それは——」
「あー、いいってアーシュ。やっぱり私は器用に隠し事をしながら話すのなんて無理だわ」
何処となく非難の目線を黒森に送るアーシュさん。黒森は苦笑いしながらその視線を受け止めていた。これはどうやらマジのようで、ブラフとかは特に疑わなくていいみたいだ。
——というか、マジなテンションで考え続けることで現実逃避してたけど、俺は怒られるんじゃないんでしょうか。もしかして黒森財閥出てきちゃう感じ? ⋯⋯まさか、ねえ。
「アーシュ、なんかこの人すごい汗かいてない?」
「恐らく私たちがなかなか本題に入らないせいで、不安だけが増幅しているのかと」
「あー、そっか。じゃあ本題その一。君、アーシュのことが見えてるよね?」
俺は試されているのか!?
見えているも何もいるじゃん!貴女の隣に座っているじゃん!!
「ええっと、それは何処に目を付けてるんだ的な質問?」
「違う違う——これは相当はっきり見えてるみたいだね」
「そうですね。では、まずは結論から申し上げます。——私を見ることができる方はそう多くはありません」
⋯⋯はい?
「はっきりと見える人はさらに稀だよね。見える人でもだいたいはピントが合わなかったり、半分
「酷いパターンでは黒い塊にしか見えないというのもありましたね」
真顔で会話する二人。いやいやいや、流石にそのネタは酷過ぎる。これはやっぱりさっきの乱入に怒ってて、俺が立場上ツッコミを入れられないのをいいことに滅茶苦茶なことを言ってるやつだな、うん。常人には想像もつかない怒りの発散方法だけど、これがきっとお金持ち流なんだろう。そうに違いない。
「お兄ちゃん、勝手に納得しているところ悪いけど、少なくともお客さんは一人しか見えないよ」
「うわっ、何っ!?」
突然リビングのスピーカーがONになり、佐奈の声が部屋に響く。
黒森は「えっ?えっ?」と連発しながら首を振っている。一方アーシュさんは最初からカメラの存在に気づいていたようで、正確にカメラの方を見ている。
それは兎も角、佐奈は冗談は言うけど嘘は言わない妹だ。従って、アーシュさんは確かに見えていないのだろう。
横目でその様子を確認しつつ、黒森に佐奈のことを簡単に説明する。妹は天才かつ変態で部屋に引きこもることに全力を注いでいる。こんなもんでいいだろう。
「このカメラの向こうの方は貴方と逆に全く見えていないみたいですね。何はともあれ、これで私の話を信じていただけますか?」
「信じる⋯⋯しかないみたいだ」
「ありがとうございます。それでは話を続ける——いえ始めるとしましょう。最初は何もかも意味不明で疑わしいでしょうが、まずは最後までお聞きください」
「あっ、そうだアーシュ。妹ちゃんにも分かるようにしてあげてよ」
「承りました。カメラとマイクを通してならばその程度は可能でしょう」
アーシュさんが右腕を大きく振る。恐ろしいのは動かした右腕以外が正座の姿勢のまま微動だにしなかったことだ。
直後に妹が物凄い音を発して——じゃなかった、マイクが物凄い音を発していた。どうやら佐奈にもアーシュさんが認識できるようになったらしい。
「私が尋常ならざる者であることはお分かりいただけたでしょうか?——では、そこはもう認めているという前提でお話しいたします。簡単に言うと私は悪魔です」
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