第6話

(こんな……こんなはずでは……)


 昼休み。

 完璧なお嬢様を絵に描いたような少女、歩近ミコは端的に言うと落ち込んでいた。

 失敗した——というわけではない。彼女にとって失敗はイコール(社会的な)死を意味する。失敗を犯した場合はこの程度では済まないだろう。

 むしろその逆。上手く行き過ぎていた。


(いえ、歩近ミコはこの場の誰よりもお嬢様なのだから上手くやれて当然なはず。それどころかクラスの皆さんに溶け込むことができ、津々莉の悪友という認識も広まったのだから上出来なはずです。ですがこの喪失感は一体……?)


 ため息一つ。

 実はミコは気づいていないが、今の彼女はかなり注目されている。

 ただでさえ津々莉と親しい上、その洗練された容姿とお嬢様の理想形イデアとでも言うかの如き所作(いくら99パーセント以上がエスカレーター方式で進学するとはいえ、新学期初日から普通の授業などしなかったのだが、それでも滲み出ていたのだ)、それでいて気さくに周囲と接する態度。全ての要素がクラスの少女たちの心を掴み、徐々に彼女のファンを増やしていた。

 故にファンたちの視線が集まっているのだ。そしてミコのため息に追従するかのように、少女たちもため息をつく。


「憂いている表情も素敵だわ、ミコさん」

「ええ……ミコさん、とても同級生とは思えないわ」

「そうね。むしろお姉様って感じだわ!」

「ミコお姉様ね!」


 そんなミコ(と彼女を取り巻く少女たち)を津々莉は若干引き気味の目で眺めていた。


「私は今、何かとんでもないものが誕生した瞬間を見ているのかもしれない……って、それはともかくハイハイちょっと通るよー。ごめんねー」


 新手の宗教の信者たちをかき分け、津々莉はミコの元へたどり着く。津々莉が机脇に立ったことでようやく気付いたのか、ミコはやっと顔を上げた。


「うっ……アンタ本当に絵になるわね」

「何か用ですか?」

「何かって……お昼休みなんだから、お昼を食べに行くに決まってるじゃん」


 コイツ頭おかしいんじゃないか、とでも言いたそうな顔をしながら津々莉はミコに返答する(ちなみにこんな表情をするのは、白百合ヶ丘広しといえど彼女くらいだろう)。

 

 周りからの視線を一身に集めつつ、二人は教室を後にした。

 廊下に出ても視線は相変わらず付き纏ってきた。ただし、完全に同じ視線ではない。廊下に出てからの視線は、対照的な魅力を持った美少女コンビに対する純粋な好奇心の割合が幾分か増している。


 いくら白百合ヶ丘では完全に悪目立ちしてしまっている津々莉とはいえ、顔まで知れ渡っているわけではないのだ。


(まあ、彼女が黒森津々莉だと知ったら、クラス内と同じ反応になるのでしょうけど)

「ミコ、何か失礼なこと考えてない?」

「いえ、事前情報と現実のすり合わせをしているだけです」

「そっか、なら許す!」


 そんな中身の特にないコミュニケーションを取りながら二人が歩いていると、一人の少女が津々莉を呼び止めた。


「黒森さん、生徒会の件考えてくれた?」

「うっ……明日葉あしたば先輩」


 明日葉 帝奈ていな

 白百合ヶ丘学院高等部の生徒会副会長を務める二年生にして、才色兼備を絵に描いたような少女である。


(そして、ゆかなさんと同じく要注意人物であり、私個人としても非常に厄介な先輩)


 あうあうと焦っている津々莉を尻目にミコは帝奈の観察を続ける。

 確かに美少女である。

 そしてアーシュの情報によると、成績優秀で品行方正、運動神経も抜群−−帝奈はそんな人物らしい。

 ミコが彼女のことを厄介と考えている理由はただ一つ。

 ——否、ただ一つであり、全てでもある。

 即ち——


(私とキャラが被っています!)


 これはミコも自覚していることだが、厳密に言うと二人のキャラは被っていない。

 ミコは悪友ポジションで、帝奈は先輩ポジション。むしろ明確に分かれているとすら言えるだろう。

 では、何故ミコは焦っているのか?

 その答えはミコのキャラ性にある。注意すべきは、このキャラ性とは津々莉との関係性によって定義される「悪友」ではなく、よりパーソナルな部分だということである。

 ミコの現状のキャラ性——ステータスを簡単にまとめると以下のようになる。


名前:歩近 ミコ

年齢:16

性別:女性(偽)

品行:S+(偽)

学力:S

運動:S

人望:B+

技能:百合脳(S+)。ゲーム脳(EX)。悪魔視認(B)。お姉様力(A+)。暗躍(B+)。 対人関係(B-)。

特殊:津々莉の悪友(A)。ソロモンゲーム参加者(C-)。


 これはミコの自己認識(と一部アーシュの判定)である。

 つまり、ミコは決して高いわけではない対人関係の能力をゲーム脳で補正してコミュニケーションを取っているのだ。

 ただし、現実の少女たちと話してみた上での彼女の感想は——


(キャラが薄い!!津々莉は——さておき、ゆかなといい、明日葉先輩といい、もっと極端なキャラじゃないと!!これでは私がどういう立ち位置に居ればいいかが掴めません!?)


 この体たらくである。

 そして、ミコが自爆気味に暴走している間にも津々莉は追い詰められていた。


「やっぱり生徒会なんて私の柄にあってないというか……」

「あら、そんなことないと思うよ?津々莉さんは組織を率いていくのが似合っているわ」

「そんなこと……ほらっ、私なんかよりこっちのミコの方が向いてますって」


 自分に話題が向いたことで、ミコの思考が落ち着きを取り戻して正常に動きだす。

 

(まずはアーシュさんから聞いた情報を整理しましょう)


 白百合ヶ丘学院の生徒会には特殊な伝統がある。

 まず前提として、生徒会長は前年度の副会長が就任する。その際、他の役員は基本的に生徒会長が指名する。そのため、副会長は目を掛けている生徒を生徒会の庶務として勧誘し、一年間育成するのだ(庶務は厳密には生徒会の役員ではないという扱いになっている)。

 

 そして、津々莉は副会長である帝奈に庶務として勧誘されているのだ。

 

「あら……?そういえば君は見たことないけど、津々莉さんの友達?」

「はい、外部からの入学生の歩近ミコと言います。以後よろしくお願いします」

「私は明日葉 帝奈。生徒会の副会長をやっているわ。よろしくね」


 帝奈が手を差し出し、それをミコが握り返す。

 

 実は基本の方針として、生徒会とは出来るだけ良好な関係を築くことをミコは決めていた。ただでさえ女子校で恋愛をしなければならないのに(白百合ヶ丘学院の校則に恋愛禁止とは明記されていないものの、暗黙の了解としてご法度である)、ゆかなという有力者には目をつけられ、副会長にも注目され、あげく謎の仮王の存在まで一応気にかけなければならないのだ。

 ならば、せめて生徒会(=帝奈)くらいには味方になってもらいたいというのが、ミコの考えである。


(まあ、津々莉は嫌がっているみたいですが……)


 自己紹介を終えて和かに談笑する二人を見て、津々莉は顔を引き吊らせた。

 後の津々莉は語る。

 

 ——白百合ヶ丘の二大巨塔が出会った瞬間を目撃したと。


 

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