第4話
花壇の壁の四方にある門。その内北側に位置する正門を、ミコと津々莉は白百合ヶ丘学院の他の生徒と同じく堂々と通過する。学生証や教員証には電子チップが入れられており、それぞれの門は許可のない者の侵入を検知する。しかし、内部進級組の津々莉はもちろん、先日無事に外部からの入学試験をクリアしたミコにも関係のない話だ。
「やはり見られていますね」
「そりゃあね。外部からの入学生なんて数年ぶりらしいし⋯⋯って、もうこの辺の情報はミコの方が詳しいか」
悪友の心得、第二条。
主人公より情報通であるべし。
佐奈監修の悪友の心得(なお、何条まであるのかは佐奈のみぞ知る)に従い、ミコは学院の規則や主要な人物の情報を全て頭に入れている。
これらの情報は雑な性格の津々莉ではなく、アーシュが集めたものである。そのため最早大抵のことは津々莉よりもミコの方が詳しいのだ。
(というか、学院生でもないのにあれだけ詳細なデータを集められるアーシュさんって一体⋯⋯いや、悪魔ってことは知っていますが)
「ミコ、どした?」
「何でもありません。それよりも私は一度職員室に行かなければならないのでまた教室で」
「おっけ!」
外部入学生として受け取らなければならない書類があるミコは、校舎に入ったところで一度津々莉と別れて職員室へ向かう(ちなみに白百合ヶ丘学院は完全土足である)。
高等部どころか幼稚部から大学部まで全ての配置が頭に入っているため、迷いのない足取りで廊下を進むミコ。リノリウムの廊下を静々と歩く姿は正しくお嬢様であった。
ただし、心の中までお嬢様であるとは限らない。
(ああ、ここが白百合ヶ丘学院。素晴らしい舞台です。きっとここでは数多の百合ストーリーが繰り広げられているのでしょう)
性癖。
実はこれが歩近ミコを作り上げる時に一番難しい問題であった。あまりにも深児と掛け離れていては、どうしても不自然な部分が出てきてしまう。しかし、男子としての成分が残れば、いずれミコとしての自分を男性目線で客観的に見てしまう。
では、ミコが百合少女になればいいのか?
それも違う。
それでは悪友キャラとして支障が出る。
女の子好きな女の子。
本来の悪友キャラならば問題無い趣向だろう。しかし、今回はスピード勝負。ミコ自身の恋愛も絡むことで津々莉に恋愛をさせるのが遅れる可能性がある以上、これも選択肢たり得ない。
そして、これらの問題を解決するため、歩近ミコは百合を第三者目線で見ることが好きな少女となったのである。
(実に素晴らしいです。おや……?)
そんな彼女の足取りが唐突に止まる。彼女の前に立ちはだかる影があったからである。
「貴女、黒森さんと一緒にいらっしゃった方ですよね?」
「そうですが、貴女は?」
眼前の少女を見据え、疑問に対して疑問で返すミコ。
とはいえ、不自然とならないためにそう返したのであって、実は彼女のことをミコは知っている。
ミディアムとショートの中間程度の長さにした黒髪ボブに、吊り目がちな大きな目。身長はミコと同程度といったところか。
彼女はアーシュが作成した重要人物リストに記載されていた。
ゆかなは新一年生の中心人物の一人である。性格は真面目。規則を守ることに厳しく、そういったことを気にしない津々莉とは犬猿の仲である。
しかし、無闇に硬いわけではなく融通も効き、誰に対しても明るく、そして礼儀正しく接することができる。故に同学年内で頼りにされている人気者。
(胡散臭い⋯⋯というのが書類を見た時の第一印象でしたが、この笑顔を私はどこかで見たことがある⋯⋯?)
ミコとゆかなが——というよりミコとこの学校の生徒に接点がないことは確認済みである。
だからこそミコは訝しんだ。
もっともそれを表情には一切ださない程度にはアーシュに鍛えられていたが。
「私は心尊ゆかな。貴女と同じ一年生です。貴女は外部からの入学生さんですよね?」
「はい。今日からこの学院でお世話になる歩近ミコです。色々と知らないことばかりなのでご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「それでは早速一つ忠告を。黒森さんは粗野な方で、今までも問題のある行動が目立っていました。彼女と一緒にいると貴女まで悪影響を受けかねませんよ?」
(やはりそう来ますか)
もちろんミコはこの勧誘に乗る気はない。
しかし一方で、簡単に突っぱねることも彼女には選べない。
ここでゆかなに敵対する道を選んだとして、最終的に彼女に勝つことは容易である——とは限らないのだが、完全無欠のお嬢様になりきっているミコは本当にできる気でいる。
それはそれとして、もし仮にゆかなに勝てるとしても、流石にその問題の解決は一朝一夕とはいかないだろう。もちろんミコはそんなことに拘っている場合ではない。彼女は津々莉に恋愛をさせなければならないのだ。
だからこそ、ミコは政治をすることにした。
たかが女子学生同士の関係に「敵対」だの「政治」だの大げさと思うかもしれない。だが考えてもみてほしい。
学生にとって学校は国であり、職場であり、戦場だ。
そこでの人間関係がいかに重要か、これは学生以外には分からない。
少し悩むそぶりを見せた後(見せただけで実際は一切悩んでいない)、ミコはゆかなに向けて困ったような笑顔を向ける。
「申し訳ありません。彼女は昔からああでして」
「あら、知り合ってから長いのですか?」
「はい。なんて言えばいいのでしょうか⋯⋯そう、あまりいい言葉ではないかもしれませんが悪友といったところでしょうか。出来れば彼女をお嬢様らしくすることに心尊さんも協力してください」
「ふふっ、いいわね、そういう同盟みたいの——あら失礼。歩近さんとのお話が楽しくてつい言葉遣いが」
思わず——とでも言うようにゆかなは苦笑した。
ミコもミコなら、ゆかなもゆかなだ。ミコは気づいているし、ゆかなも気づかれていると自覚していながら、思わず言葉遣いが崩れたという体で話を進める。
「いいですよ、無理しなくとも」
「あら、そう?でもそれなら貴女もいいのよ?」
「いえ、私のこれは癖というか、ステータスというか⋯⋯少なくともこれは相手と距離を開けたり、壁を作ったりするものじゃないんです。知り合いにもよく、誰も敬っていない敬語なんて言われます」
知り合いとは当然津々莉である。
ミコの言葉遣いは、心までミコになりきるための鍵であり、端的に言うとキャラ作りだ。
「そういうことなら。これからよろしくね、ミコさん」
「こちらこそ、ゆかなさん」
実は二人の(津々莉を挟んでの)対立は何も解決はしていない。
しかし、それとは別に彼女たちはお互いのキャラ性(円滑かつ円満な人間関係を保つの腹芸も達者である)を確認し、気安い関係が築けることを確信したのだ。つまり、ある程度相手の意図を読んだ上で会話できるという確信である。
これは一見余計に労力がかかっているように見えるかもしれない。しかし、ミコやゆかなのような人種にとっては、むしろ相手の意図が読めない方が疲れるのだ。
(それにゆかなさんのある属性は、津々莉さんのことをサポートしていくにあたり助かるかもしれませんし)
悪友の心得、第三条。
主人公のため、人知れず暗躍すべし。
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