第8話 鉄研道中記
羽田空港
「しかし、高校生レイアウトコンベンションで全開に遊んでおいて、さらに同じ夏休みに遊びに行くとか。
私たち、いくらなんでも、高校生活を謳歌しすぎでしょ」
京浜急行羽田空港線・羽田空港駅で、御波はつぶやいた。
「だいたい、鉄道乗りに行くのに、なんで飛行機なんだろう」
そこに声がかかった。
「遅れてごめーん」
現れたのはツバメだった。
「でも定刻15分前でしょ」
「0秒定時定着を目指す鉄研時間」
「そうでした」
まだこの感覚に慣れられない。
「きたよ~」
カオルもきた。
「おとーさんにお弁当作ってもらったー」
華子も来る。
「やはり最近のスマホは良く出来てますわね。『Ingress』なるゲームで少し遊んでいました」
スマホ片手に詩音が現れる。
「え、詩音さん、じゃあもっと先に羽田についてたの?」
「ええ」
そのとき、物陰から何かが出てきた。
「うむ、皆に大変練磨が行き届いて、まさに少数精鋭となった。これでわが鉄研の将来も安泰であるな。弥栄弥栄。泉下の皇軍の先輩方も感涙なさっておられるであろう」
「キラ総裁、なんでそんなところに!」
「京急蒲田、蒲田要塞上りホームのラッシュ時のリズミカルなほどの稠密運転を見学、堪能した上で、この羽田に着いておった。そしてバスにも興味があるので、ターミナル間の循環バスを観察しながら20周ほどしておったのだな。
循環バス堪能はかの名著『鉄子の旅』の横見浩彦先生がやったことを学んだのだ。同じく運転手さんに変な顔をされた。『鉄子の旅』は、たしかに実録ギャグ漫画であったのだなと改めて感慨深く学んだのだな」
「そんなの学ばなくていいです」
「じゃあ、これで全員かな」
「……そんなわけないでしょー!」
「だよー!!」
「なんで顧問の先生が遅刻するんですか!」
「一応私たち、仮にも未成年ですよ!」
「変なのと間違えられて補導されたらどうするんですか」
ぶうぶういっていると、ようやく顧問の先生がやってきた。
「遅い! なんで時間通りに来てるんですか!」
「ええっ!」
顧問の先生は驚いている。
★顧問の先生が彼女たち鉄研部員にこってり叱られている間の時間を使って、著者よりご説明・ご注意を。
この羽田空港のシーンは2015年3月末の様子をもとに構成しております。
あくまでもその時の様子ですので、ご覧になっているときとは事情が変わっているかもしれません。
その点ご注意ください。ちなみに実録小説なんて恐ろしい企みは著者にはありません(恐縮)。
★説明終わり
「そうかー、5分前だったの」
先生は納得している。
「納得することとは思いにくいんですが」
「時間通りに来るとははなはだ軟弱であることなり」
キラが責める。
「で、でも、ちゃんとLCCで九州に行く手配とかしたのよ」
「うむ、それは顧問として当然である」
「先生相手にキラ総裁、強気だなあ。とりあえず駅から出てターミナルに行きましょう」
ターミナル
エスカレーターを上る。
「なんか、建物とかすごくおしゃれですね。新しい感じ」
「昔の羽田とはぜんぜん違うんですね。すごい!」
皆、建物に感心している。
「でも、ちょっと出発まで、時間がありすぎるわね。なにかのんびり食事できるファミレスみたいなのはないかしら」
「そういうときはインフォメーションセンターのオネイサンに訊くのが早いのだな」
キラが聞きにいった。
「うむ、ここにはファミレスはないらしいのだが、カフェやファーストフード、そしてレストランはあるらしい。
時間をつぶすには上の階にソファがあり、そこでのんびり飲食ができるとおっしゃっていたな」
「じゃあ、エレベーターで上がりましょう」
「でも、荷物みんな多いのに、なんでキラだけウエストポーチだけで手ぶらなの?」
「それは後で話すのだな」
「あ、ついた」
「これ、なんか良いソファだなー」
「座ってみます。おおおー、すわり心地がイイ。腰が楽!」
「私もー。この椅子、おうちにもほしい~」
「飲み物を買ってきて、ここでしばし雑談してましょう」
「いいねー。贅沢だねー。しかも場所代がただ!」
「でも、なんかすぐにお腹が空いてきた」
「飛行機、22時55分発ですよね。もうなんか食べません?」
「うむ、鼻孔を先程から香しいスパイスがくすぐっておって、けしからんのだが」
「何だろ、この匂い」
「あ、あそこのトルコ料理さんじゃないですか?」
「行ってみよう」
「うむ、けしからんほど良い匂いであるので、ここは食べて成敗であるな」
「ですね!」
「うむ、トルコ料理とな。思いの外美味であった。野菜多めもありがたいのである」
「じゃあ、他のところに行きましょう」
「他はどうする?」
「展望ラウンジに行きます?」
「いいわねー!」
「おおー」
「うむ、空港の誘導路などの施設が丸見えである。展望も良いのに風も吹き込まず、なかなか快適」
「こんな事もあろうかと!」
「何?」
「ケータイにアプリ『FlightRadar24』を入れてあります」
「おお! それなら着発の飛行機の行き先などがばっちりリアルタイムでわかるわね」
「でも、それ、どういう仕組みになってるの?」
「ググってみたら、飛行機の発信する電波をファンが傍受し、その傍受結果を世界的なネットワーク化して地図上に自動プロットしているんだって」
「じゃあ、この飛行機マークは今現在本当に飛んでいる位置なんだ!」
「うむ、フライトプラン、飛行計画書から飛行機の航跡を起こしているのかと誤解していた。やはり何事も調べる習慣は大事であるな。知識がまた身についたのである」
「ここでお茶が飲めるのが素敵ね」
「なかなかめまぐるしい発着の様子ね」
「そう言っているうちに真っ暗になってきた」
「早めに荷物預けられないかな。いつまでもカートゴロゴロはメンドイよね」
「さふであるな。では、保安検査場に降りていこうなのである」
ところが、であった。
「あれ、華子が泣きべそかいて帰ってきた」
「先に保安検査受けるって言ってたのに」
「受けてないっぽい」
「みんなー!
僕達の乗るLCC便のターミナル、こっちじゃないって!
ここは第2ターミナル、九州行きは第1ターミナルだってー!」
「ええっ!」
「なるほど、思わぬ誤解であったか。
まずは時間に余裕をみていてよかった。
転進こそわが皇軍の伝統であるな。
ことにあたっては臨機応変。迅速に階下に移動するのである」
「うむ、ターミナル間の循環バスの乗り口がわからぬ」
「みんな荷物多くて歩くの大変だから、ぼくが偵察しに行く!」
華子がまた走りだす。
しばらくして、遠くで職員を見つけたようだ。
そして、彼女は✕サインを見せた。
「あのしぐさは『オレたちひょうきん族』の懺悔室みたいなのであるな」
「キラ総裁、あなた、絶対平成生まれじゃないわよ。昭和生まれのおっちゃんがキラを着てる感じがする。キラ着てるの誰? 背中のチャック探させて!」
「それはノーサンキューであるが、うむ、なぜであろう」
「1階に降りろ、だってー」
「そうするしかなさそうであるな」
「あ、循環バスきた」
「1階はバスセンターなのか。なにげに一緒に並ぶリムジンバスは本厚木まで走るのであるな。うむ、バスネットワークが構築されている」
「この循環バス、降りるときに降車ボタン押さないといけないのかな。チョイ不安」
もう一つのターミナル
「で、第1ターミナルについたけど……」
皆、言葉に詰まった。
「うむ、その発言の『……』は具体的には何を示しているのか答えよ。配点15点」
「15点って……」
「でも、さっきの第2ターミナルより、確実にボロくて殺伐としてますね」
「ほんと、正直、昔ながらの羽田ですよ」
「うむ、2名は15点獲得」
「なんですかそのゲーム」
「ともあれ、飛行機の搭乗手続きはどこであろうか」
「またぼくが偵察してきます!」
「また随分と奥へ行ったな」
今度は◯のサインであった。
みな、テクテクと歩いて行く。
「歩いてもなかなか近づいてこない。遠いなあ」
「さて、ようやくついた。荷物は預けられたのだが」
みな、ぽかんと壁を見ている。
「あの看板」
「うん、ちゃんと『ファミレス』って書いてある」
「インフォのおねいさん、ファミレスない、ってキリリと言ってたー」
「あるじゃない……」
「あの添えてある微妙なフライパンと玉子のイラストがまた昭和の臭い」
「うむ、おそらく第2ターミナルのスタッフは、第1ターミナルのことは一切関知しない方針であるのだな」
「でも、営業時間外で閉店してる。営業中って壁にペンキで書いてあるけど」
「そもそもそういう表示をそこに書く時点で、どこかおかしいのである」
「なんか他にカフェとかないかなあ」
「あ、階段の上にカフェが」
「でも、下はもう閉店の締め支度しているな。まだ20時前、我々の飛行機は22時55分発なのであるが」
「とりあえず行ってみましょう」
「今どきエスカレーターもないし」
「バリアフリーなんて軟弱だ、と言わんばかり」
「そのうえ内装のあちこちが、中古な感じ、きつい昭和臭であるな」
「昭和のかおりじゃないですね。もはや昭和臭ですね」
「で、案の定、店はすべてクローズしてあるわけだ。案内の営業中は偽りであったな」
「ありゃりゃ」
「降りましょう」
「あ、エスカレーター工事ですって。でも1ヶ月先みたいです」
「今どき、のんびりとした工事だなあ」
「うむ、そもそも、ペンキで『今日も元気に営業中』と書いてあるのは、虚しく、いささか偽りありであるな。
そもそも空港というものは、建築として、何でも飛行機サイズ、飛行機と航空会社の都合ばかりである。乗客にはひたすら歩け歩けであるな。
カレーショップもお店の人が食券の券売機を締めきり操作をしている」
「キラ総裁、怒ってる?」
「うむ、怒りは生まれてはおらぬのだな。むしろ」
みながその口元に注目した。
「この事態は、あまりに滑稽で、もはやマンガとかコントの領域であると、ウケて楽しんでいるのだな」
キラはくくくと笑い出し、みなも堰を切ったように笑いはじめた。
「たしかに。あのファミレスの看板見て、『あるやん!』とすぐ逆手ツッコミしたくなりましたよ!」
「さふであろう。うむ、皆が荷物を預けたので、さらにこの状態を時間まで観察してみようなのだ」
「でも、ここ、ほんと何も開いてないですね。照明も暗い」
「暗くてもゴージャス感ないし。むしろなんかうすら汚い」
「なんか、掃除も始まってるし。これ、本当に営業中の空港なの?」
「20時で何故か全店店じまい。飛行機は22時55分まであるのに」
「うむ、これは何かの理由があるな。という間に散歩でもうモノレール駅にまで来たのだが」
「この羽田モノレールのジオラマ、これまた泣かせますね」
「ええ。なんかやる気なしの、すごく安い感じです」
「うむ、当時はこれでよかったのであろうが、これも昭和臭であるな」
「ほかになにかないか見てみます?」
「とりあえずインフォに行きましょう」
「げっ」
「『この時間は無人なのでこのインターホンで呼び出せ』とな!」
「インフォまで率先して店じまいしてある……」
「カバーが綺麗に掛かってますね」
「スバラシイ『お・も・て・な・し』、ですね、って、ボー読み」
「仕方ない、戻りましょう」
「LCCの搭乗口には乗客はいるけど、営業中なのは自動販売機とトイレだけであるな」
「その自販機も、すごくチープね。なんか大昔のさびれたドライブインとか、自動車教習所を思い出しちゃうわね。懐かしすぎる。でも今は平成27年よね」
引率の顧問の先生も笑っている。
「なんか、ここまで見事なLCCイジメだと、笑いたくなりますね」
「それも、変な腹筋が笑います」
「ううむ、殺伐としているのである。まるで高速夜行ツアーバスの乗り場なみ。素人お断り、女子供はすっこんでろ、みたいな」
「さすが外様LCC。でも、なんでこうなんでしょう」
「ワタクシが考えるには。
羽田の沖合滑走路は24時間稼働だけど、他の滑走路は騒音規制で20時以前にクローズなのであろう。
そして、その24時間稼働で出発した飛行機が降りられるのも、また九州の海上の24時間空港だけなのだな」
「そうか、そしてその乗客は、全然商売の相手にならないほど少ないんだ」
「でも、そこそこ搭乗率は良さそうだけど」
「うむ。それは列車サンライズ出雲・瀬戸もやや同じであるな。あれも出発時刻にはすべて東京駅の駅ナカ駅チカはことごとく閉店済み、おにぎりすら買えない」
「あれはJR東日本のJR西日本イジメですよね」
「さふであると推測するのだな」
「でも、これ、笑えるけど……」
「正直、往年の九州ブルートレインを少しでも残して欲しかったのであるな。あの時代のほうが人々は貧しくとも、サービスはリッチであった。食堂車もあったわけだからな」
「日本って、精神は豊かになったんだろうか、と思っちゃう」
「うむ、いろいろなバイアスはかかるだろうが、選択肢のないところに追い込むのは実質規制と同じである。
国土交通省の交通行政の不毛を感じるのであるな」
「なんか、悲しくなってきた」
「私も。なんか寂しい感じ」
「うむ」
キラは前に出て、振り返った。
「時間がありそうなので、いい機会でもあるので、ここでひとつ、説明するのだな」
「なんです」
「いわゆるテツ道とはなにか、である」
「あれ、なんか突然、真面目だぞ!」
「聴きましょう」
「うむ、簡潔に言おう。
まず諸君に聴く、この旅は面白いか?」
「すでに面白いです。なんか、一人だとしょんぼりしそうだけど、みんなと一緒だと、内心逆手ツッコミしながら楽しめます」
「そうです」「同じく」「ぼくもー」「ええ」
「それが大事である。
テツ道は、鉄道を楽しむと同時に、楽しくするものなり」
「楽しく?」
「うむ。どんな不運でも、そのなかに可笑しみや滑稽さを見出し、楽しむことができるのなら、それはもはや不運ではなくなっているのだな」
みんな、ぽかんと聞いている。
「旅に失敗や予想外はつきもの。それを嘆いても仕方がない。また、大仰に交通機関や役所にクレームを言っても仕方がない。そんなもので交通機関が変わることはほぼない。
そして、特に鉄道会社は、堕落を始めればどこまでも行く性質をはじめから持っている。
サービス悪くても、乗客に不快を押し付けても、正直、「嫌なら他に乗ればー?」ですんでしまう。「他」なんか、めったにないのだから。
事故についてもそう。「しばらくお待ちください」しか言わない。乗客の気持ちなどどうでもよいのだ。所詮はカスタマーではなく、パッセンジャー、通りすぎる人間にすぎない。現れても、いずれ目の前からいなくなる。
そして、事故を起こして、それが原因で本当に潰れた鉄道会社など、あってもごく僅かであろう。もしなにかあっても、結局は看板を描き直すだけ。あとは同じ職員で同じ運転するだけだ。
だから、悲しいことに、それが進んで、乗客がいることをめんどくさがっている駅員も少々いる。
そして、世間もそうだ。乗れればいい、目的地につきさえすればいいという。
でも、それに成果主義、結果主義が持ち込まれたら?
もはや、乗客と鉄道員の信頼など存在しなくなったうえで成果を出せとなれば、もうそこに、鉄道を支える鉄道員の気持ちの余裕も、深く考え理解することもなくなる。
だが、鉄道はまだまだ科学的にも未解明な事態がありうるものだ。そのときにそうだったら?
日本の鉄道はダイヤに正確というのが売りであるが、それをなしうるのは機械ではなく、深く考える鉄道員という人間と、その組織なのだ。
それがうしなわれれば、「つきさえすればいい」が「つかなくなる」。つまり、事故は容易に起きる。
JR西日本の尼崎事故もそれであったな。結果主義、成果主義をその状態にあった国鉄末期のままの堕落した現場に安直に持ち込んだのだ。あの事故は、必然であるのだな。
物事では、結果にこだわるものが多いが、しかし本来は内容にこだわってこそ結果が出るといえよう。内容のない結果はメッキでしかない。すぐに剥がれ壊れるものであるからな。
それを意識し、物事を深く考え、観察する。そしてそれを楽しむ。それもまた鉄道員にとどまらない、一般教養としてのテツ道であるのだ。
ゆえに、ワタクシはテツ道王となりたいのであるな」
みんな、ぽかんと聞いている。
だが、口を開いた。
「テツ道って、深いですね!」
「うむ、そしてそれは極めるべき乙女のたしなみの一つであるのだ」
「ほんとかな」
「でも、なんで飛行機に乗るんですか。鉄道乗りに行くのに」
「それはシンプルです。飛行機と値段が拮抗しているなら、鉄道のほかの交通事情も視察見学するのも有益な体験ではないかと」
カオルが明晰に説明する。
「うむ、そして、楽しくし、楽しむことは大事。
『楽しいは正義』であるのだな。
そして思わぬことで『鉄子の旅』のように、実際に笑ってしまった。
ネタになってくれた羽田空港には、むしろ本当に感謝なのである。
そして仲間との旅とは、なんと楽しいものか。
この旅、なかなか堪能しがいがある。
そろそろ搭乗時間なのである。
諸君、ゆこう! ちなみにこれは決して打ち切りマンガではないぞ!」
みなをのせて、LCCの旅客機は、羽田から深夜の九州へ飛び立った。
まだ知らぬ彼女たちの前に、夏から秋の九州の鉄路は、何を用意して待っているのであろうか。
それは、次回につづく!
森の里高校鉄研部長:美里
「なんか、私の扱い、ずっとすごく雑くない?」
・第8話あとがきです。
著者です。他ではいろいろあちこちで書いていても、ここでは初心者ですので、お手柔らかによろしくです。
この第8話、正直、加筆しようかなと思っています。他のエピソードよりちょい短いんですよね。7話のコンベンション参加が長くなりすぎたのもありです。反省。というわけで、コンベンションの後のエピソードを追加したいなと。
このように、私はあとからしか知恵が回らなくて……。すみません。
というわけで、この8話の追加とともに、じつはこの小説、13話で完結します。あと5話。よろしくお付き合いの程を。
よろしくおねがいします。(ぺこり)<古すぎ
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