第9話 幸せな鉄道
博多駅
みんなは、鉄警隊の詰め所の前にいた。
ええっ、と思うかもしれないが、彼女たちは思わぬことで、事件に巻き込まれたのだった。
「一瞬キラが捕まっちゃいそうに思った」
「うむ、ワタクシはひそかに武闘派であり、有事にあたっては常に勇猛果敢・見敵必殺の心構えではあるのだが、斯様なことで官憲の皆様を煩わせるのも、また自らに厳しく戒めるものであるな」
鉄警隊のおまわりさんが出てきた。
「ほんと、アブナイから気をつけるんだよ。君たちには賞状を出したいぐらいだが、『君子危うきには近寄らず』も考えてくれな。君たち、危なかったよ」
「うむ、運も味方したのである」
「ほんとそうだ。肝を冷やしたよ」
おまわりさんが笑ったが、目は真剣だった。
「これから九州周遊か。ありがとう。まず、ほんと、気をつけてな」
「はい!」
鉄研のみんなの声が揃った。
「しかし、危なかった」
「うん」
きっかけは、この時点から3時間ほど前である。
九州の海上空港に飛行機で降りてから、バスで駅に出て、そのあと早速乗り鉄活動をしていた彼女たちの前に。
なんと、例の出番の少ない森の里高校鉄研の美里たち一行が合流したのである。
とうぜんお互いに嫌味を言い合ってしまうのだが、そこで。
さらに、なんと、留置中の鉄道車両から部品を外している男、『盗り鉄』に遭遇してしまったのである。
もちろん、そういう男は何をするかわからない。咎めると刃物が出てくることもある。
しかし、美里は思わず、「何やってんの!」と声をかけてしまった。
そこからは大乱闘であった。
駅員は離れた詰め所にいる業務委託を受けた、売店のおばちゃんしかいない。
しかし、蜘蛛の子を散らすように散開する森の里鉄研にかわり、海老名高校鉄研は勇敢にも、キラと華子・カオルの鉄研ツインタワーによる3トップの布陣で悪漢を追い詰め防ぐとともに、引率の顧問の先生を含めた他のみんなは証拠写真を撮ったり、助けを呼びに詰め所に向かったりケータイで110番したりと、まさに大車輪の連携作戦を行ったのである。
そして、偶然地域のおまわりさんが近くにいて、すぐにそのまま悪漢は逮捕となったのだった。
「うむ、現行犯で捕まえるという定義が難しくて」
「現行犯逮捕は危ないよ。逮捕の瞬間が一番危険だから」
「まず! ここは切り替えて、楽しく旅を続けましょう!」
「ちょっと休んでからね」
「うん!」
無人駅
九州の日差しのもと、無人駅でだらだらと時間を過ごす。
「こういうのって、贅沢だよね」
「そうそう。時刻を追っていくのもいいけど、なんかこういう風景、好きだし」
「そうだよね」
九州の蝉の声は、本州とどこか違って聞こえる。
「あいつ、盗んだ部品を持ち帰って、楽しいのかなあ」
「まあ、事情を知らない鉄道ファンに転売する目的の輩かもしれないわね」
「ほんと、ろ・く・で・な・し」
「い・と・か・な・し」
みんな、笑った。
「アイス買ってきましたー!」
「食べて、撮影に行きましょう」
「そう。撮り鉄頑張りますー」
峠の撮影地
移動して、ポイントを探す。
「たしかここらへんが有名な撮影ポイントだったと思うんだけど」
「あれ、なんか、線路脇の草刈ってる人がいる。農家のお仕事中かな」
「それにしては、なんか様子が変よ」
「なんで農家の人が三脚とかカメラバッグ一杯持ってるんだろう」
みんな、目を見合わせた。
「まさか」
でも、みんなは一つだった。
「おにいさんたち、おつかれさまですー!」
大声で声をかけると、その男どもは跳ね上がるほど驚いた。
「ごらぁ! 何勝手に他人とこの草ァ刈ってんだ!」
別の声が別の方向から聞こえた。
みると、それはいかにも農家といった出で立ちの老人だった。
麦わら帽子に日除けに首タオル。
「キラ!」
「うむ、緊急事態に接し、鉄道警備行動発令なのである!」
すぐにまた華子とカオルがしたがい、構えるが、男たちはその前に慌てて逃げていった。
「うむ。わが精鋭の1航艦、機動部隊にとっては鎧袖一触なのである」
そして。
「おじさん!」
みんなは集まった。
「すみません! ご迷惑をかけて!」
と皆で謝る。
「あれ? あんたたちは草刈ってるバカを追っ払うのを手伝ってくれたじゃないか。
逃げてった他人のぶんまで謝ることはねえ」
「でも、申し訳なくて」
「私たちも鉄道を撮影しますから」
おじさんは首を傾げた。
「もし、ここらへんから撮る時、あんたらはどう撮る?」
「せっかく草が季節と風情出してますから、フレームにうまく入れて構図を計算します」
華子が即答する。
「そうだよなあ」
「え、おじさん、鉄道撮影のこと、わかるんですか」
「当たり前よお。こんな撮影名所一帯の土地持ってながら、知らないのはただの馬鹿だあ」
「すみません」
「まぁーた。謝るのが癖になってるんだなあ、あんたたち」
みんな、恐縮している。
「すみません、ここで撮影をしようと思ってたんですが」
「ここで?」
「……ええ」
「ここで?」
「はい」
一瞬口ごもる。
「だめですか」
「よくないねえ」
みんな、シュンとしている。
「あ、そういう意味でなくてな。まあ、みんなでオレについてこい」
おじさんは、ちょっと農具を寄せて、山へみんなを誘った。
「ここからの風景は知ってるな?」
「はい!」
華子が喜ぶ。
「でも、ここは撮影禁止になりましたよね。昔、聞いたことがあります」
「ああ。バカどもがゴミ捨ててったり、さらにはタバコの吸殻捨てやがってな。山火事になっちまうんで、危なくて禁止にした」
「そうだったんですか」
「でも、私たちもここで撮影できません。事情が複雑ですから」
「そりゃそうだな。というわけで、もうちょっとついてこい」
さらに山を登っていく。
「けっこう茂みがすごいですね」
「まあ、ナタで切り開かないで済むようにはしてあるが、すぐに通れるようにはしてないだよ」
そして、おじさんが、「ここだ!」と言った。
「……すごい!」
「これ、ここから撮った写真、どんな写真集にも載ってないと思います! 見たことない!」
「ああ。ここはいいぞ。パノラマもいいし、力行して峠にかかるフルパワーのディーゼルの喘ぎ声が聞こえそうな、狙い目だな」
おじさんは、「ドヤ顔していいか?」と聞くので、みんなは「してください!」と答えた。
「もともと、山仕事してる最中に見つけたんだな。
あ、すげえ良い風景だな、って。
うちのオヤジも、ここを大事にしていたらしい。
あんまりいいんで、他の誰にも撮れないように、ずっと独り占めしとこうと、代々やってきた。
そうして、時々一人で楽しんでいた。写真を撮るのではなく、ずっと眺めていた。
ここは、眺めていても飽きのぜったいにこないところだ。
うちのじいさんのころは、SLの排煙がすごかったらしい。峠に突っ込むんで、いっぱいいっぱいに釜を焚いて、その吹き上げる煙が火山みたいに見えたらしい。
そして、蒸気圧いっぱいで、安全弁が噴く寸前で峠に入る。職人芸の機関士のやる、理想的な峠越えだな。それがすごくよく見える。
冬の雪も合うし、夏の緑、秋の紅葉、春の若葉も合う」
「見えなくても、想像ですでに絵になりますね」
「じゃ、撮ってくれ」
「いいんですか?」
「ああ。解禁するよ」
みんな、整列して声を揃えた。
「ありがとうございます!」
そして、列車がやってきた。
JR九州の誇る豪華クルーズトレイン『ななつ星in九州』である。
「あれに森の里高の美里たちが乗ってるのね」
「そうだって言ってた。でも、高校鉄研が乗り鉄旅行で乗るもんじゃないわよねえ」
「うむ。それでも、にもかかわらず、我々と同じ『旅』であるのだな」
キラが、撮りながら言う。
「比較は人を不幸にするのだな。決して幸せにはしない。
比較して悔しくなることは、努力のきっかけになるよりも、単なる嫉妬という暗黒面に陥るだけのことも多い。
そして比較して嬉しくなるのは、傲慢でしかない。
謙虚で思慮があれば、比較という行為そのものが、そもそも貧しい行為であることに気づくのだな。
それぞれのなかで、それぞれに楽しむ。そこに配慮が美学として収まってこその、『テツ道』であるのだ」
列車は、行ってしまった。
「さすが新鋭機関車DF200、こんな峠なのに、パワフルにすいすいと客車を牽引走行していったわね」
「要するに特殊塗装などと言いつつ、光沢を増やした鏡面仕上げではあるが、色そのものは旧型客車以来のブドウ色にも見えたのだな。
やはり日本の風景との調和を考えると、ブドウ色は優れているのだな。
E655系もブドウ色のように見えた。やはり伝統的なものには理由があるのだな。
水戸岡先生のデザインに深く納得の旅でもあった」
「それに、車内に美里たち、いたね。気づいてなかったけど」
「うむ、昨今のデジカメのズームではそこまで撮れるのである」
御波が、思いついたように口を開いた。
「ねえ、この写真、終わったら、美里たちにもあげましょうよ!」
「え、ほんと? だって」
「うむ、それは良い心がけである。それもまた、鉄道を楽しみ、楽しくするという『テツ道』精神の発露であるな。善き哉善き哉」
そして、おじさんにお礼をして、立ち寄った道の駅で『柚子胡椒』などを買う。
「撮影のお礼でもあるのだな。撮り鉄は被写体の鉄道の走る地域への感謝をわすれてはならぬのだ。
写真で車輌にしか関心がないなら、車輌メーカーの撮影した公式写真で十分ではないかと思うのだが。そこがよくわからぬ」
惜別の気動車
そののち、そろそろ新車に道を譲って退役する、国鉄以来の気動車に乗った。
「JR化後、『九州色』に塗り直されたが、基本的なところはそのままであるな」
「うわー、すごい! すごい国鉄な感じ!」
みんな、乗車する。
「これは昭和の薫りよね。臭いじゃなくて」
「椅子、狭っ!」
「でも扇風機もついてる! 真ん中にJNRマーク残ってるし」
「サッシ窓が開けられるとか、こういう車輌、もうなかなかないわよね」
すると、キラが発車前の車輌の先頭部に、炭酸水を、そっとかけている。
「何やってんですか?」
「お別れなのである。本来ならお酒をあげたいのだが、車輌が汚れるし、第一ワタクシは未成年なのでお酒と言うわけにはゆかぬ」
「キラが高校1年だってこと、つい忘れそうになるけど」
「絶対誰かがキラを着てるんだと思う」
「まったく心外であるな。ワタクシはそんな太ってはおらぬ」
でも、みんな、笑った。
「別れとは、こうありたいのである。
廃止日に慌てて集まり罵声大会では、長きおつとめを終える車輌が可哀想なのだ。
列車は後輩に道を譲るのが当然である。鉄道技術は日進月歩。省エネ化、メンテナンスフリー化なども大事だし、また静粛性などのサービスの向上もまた必須なり。企業もまた、つねに企業努力を怠ってはならないのである。
そして、サービスの見劣りした車輌には、それぞれに幸せな引退の花道を用意するのも大事なことなのだ。
最後まで安全に仕事をさせてあげるのも」
「『テツ道』?」
「さふであるのだな。特に列車は水回りが傷みやすい。なかには酷使されすぎ、汚水管が腐食してそこから悪臭が漂っているものもあった。それでも『惜しい』といえるのであろうか。人々から臭いボロと日々蔑まれながら延々と走り続けるのが、その車輌の幸せだろうか。
そのうえ、たまに乗車するファンがその陳腐化を珍しかって喜ぶだけでは、車輌もまた不名誉で不幸というものではないか。
ほんとうの意味で、有終の美を飾り、花道を歩かせてその歴史を永遠とし、後は保存施設なり模型なりで、その込められた思いを残し、永遠に人々の記憶の中を美しく走り続けるのが一番、とワタクシは思うのである」
「……そうかも」
「模型はそういう意味もありますね。乗ったことのある車輌から買っちゃうみたいな」
「うむ、買うのも売るのも人の楽しみであるが、それをウェザリングしたり細密シールを取り付けたりして、自分なりのものにするのもまた良い愛し方と思う」
「でも、どうしても再現したい車輌のために、買ってきた模型をパーツ取りでニコイチサンコイチにしてしまうの。うちにはそんなことで発生した車輌の残骸がいっぱい。可哀想なことをしてしまうな、と思ってしまう」
「あああ、詩音ちゃん、わかるー! それがわかるのが本物の癒し系だよ!」
御波はつい、詩音に抱きついてしまう。
「御波くんは最近、詩音くんで充電し過ぎなのである」
「だって、ほんと充電になるもの」
「でも、そのために夏の『高校生鉄道模型コンベンション』に模型神社があったんでしょうね」
「模型供養とともに、模型の世界の繁栄を祈るものだったと思う」
「うむ、その供養する『心』こそ、日本の美であるな」
「でも、その気持ちは私も同じ」
ツバメが、静かに言った。
「模型もそうだけど、鉄道全体のことも、私は祈ってる。
あとから消しゴムで訂正できない仕事が、父の鉄道員の仕事だと思ってるし、私もそうなりたい。
だから、人事を尽くし、安全を学び、実践する中でも、最後は、祈りたくなる。父もそうだから」
旅館
そして、旅館についた。
「ブルートレインとかあれば車中泊したかったし、無人駅で駅に泊まるのもやりたかったなー」
「女の子がそんなことを!」
「でも、そういうの、楽しそうだもん」
「一応ブルートレインの車両を使った宿も検討したのですが、旅の計画の辻褄が合わなくなるので」
「そうだよねえ」
「お部屋にいって、とりあえず着替えましょう」
「で、露天温泉大浴場~!」
「サービスシーン、どーん!」
「誰にサービスなのよ! ヒドイ!」
「で、ここではだかの身体に傷のある人でフラグ成立!」
「定番ね」
みんな、思い思いに湯を楽しみながら興じている。
「でも、なんか……なさそうね」
「うむ、皆健康でよきかな、なのである。弥栄弥栄」
「宿の料理ー!」
「キラのためには別におひつのご飯プラスして頼んであるから」
「うむ、総裁盛りなのである」
「じゃあ、頂きますー!」
「食後の花火!」
「おおー! まさに夏!」
「でも……」
「どうしたの? えっ」
「この近くのコンビニで買ってきたんですが、行ったらこれしかもうなくて」
皆、絶句した。
「120本、全部ロケット花火……」
一瞬のあと、みんなは爆笑した。
「とりあえず、一人ずつ仕掛けて」
ロケット花火が上がる。
しかし、上がったあとはただの静寂である。
「……なんか、寂しいっていうか、さっぱり盛り上がらないっていうか」
「はい、第2射を配りまーす」
「これじゃロケット砲兵みたいじゃない」
「せめてカチューシャ多連装ロケット砲みたいに連発させらんないかな」
「それはご近所迷惑!」
「だいたい、予め荷物みたいに出発前に発送しとけば」
「ダメ! 危ないって。郵便屋さんとか宅配さんにテロと間違わられるわよ!」
「じゃあ、1人20本で」
「……なんでせっかくの花火大会にノルマがあるなんて……」
「でも、私は楽しいけどなあ」
「うむ、どこかずれているのである」
「そして、夜のオフトゥン(お布団)!」
「恒例枕投げ!」
「うぬ。それは01E絶対停止信号なので却下」
「ええー、なんでー」
「枕が傷んで宿に迷惑をかけるのだな」
「そっかー。じゃあ、枕野球も」
「却下である」
「抱きまくら!」
「それ、違うし、いけませんいけません、って。
でも、なんでここでツバメちゃん、顔真っ赤にしてるの!」
「想像しちゃって」
「たった一語で想像膨らませすぎ! それに詩音ちゃんまで! 2人とも、妄想はかどらせすぎ!」
「ああ、もうたまりませんわ~!」
うっとりする詩音。
「ああああ、癒し系だよー!」
御波が抱きつこうとする。
「御波ちゃんまでまた充電しようとして!」
「うむ、まさに阿鼻叫喚なのである。
斯様な事態が生じた際は、こうするに限るのである」
キラは、突然おしぼりをマイク代わりにして、すくっと立ち上がり、始めた。
「本日はご乗車有難うございます。寝台特急「富士」号です。
ただ今午後9時を回ったところでございます。すでにお休みの方もいらっしゃいます。これからお休みの方のために、当列車、緊急の場合をのぞいて、これから放送によるご案内を明日の朝までお休みさせていただきます。が、その前に、停車時刻と二、三のお願いを申し上げます」
「なんで寝台列車の消灯放送の真似! しかもハイケンスのチャイムまで鳴らして」
「YouTubeにアップされてる当時のと口調までそっくり! キラ総裁、いったい、どこから声だしているんですか!」
「これからの停車時刻のご案内です。沼津19時53分、富士20時08分、静岡20時36分。浜松21時30分」
「時刻まで覚えてるんですか!」
しかし、みんな、だんだんと口数が減っていく。
「お休みになるまえに、身の回りの貴重品など、今一度お確かめください」
そうやって、キラのiPhoneのハイケンスのチャイムがもう一度鳴る時には、
みんな、見事にそのまま深く眠っていた。
「うむ、これこそ『キラ式迅速睡眠用消灯放送催眠術』なのである。
狙い通り、効果絶大であるのだな」
そして、みんなが寝ているなか、一人起きているキラは、月明かりを見上げた。
「本来なら、寝入ったあと、『ねえ、もう寝た?』のパターンが来るのであるが、それはぐぐっとこらえ、自粛するのである」
独り言を言ったキラは、そして、横になった。
「うむ、明日も早いので、眠るのである」
キラは、髪の『動輪の髪飾り』を取り、眠りにつく前、その髪飾りの裏を見つめた。
「連れて来られて、よかったのである」
そして、キラは、目を閉じると、まるで電池が切れた玩具のように、ころんと眠りについた。
夏の夜が更けていく。
目覚め
朝が来た。
「宿の朝ごはんって、どうしてあんなに美味しいんだろうね!」
「和風の旅館って、いいわよねえ」
「もう帰りの道だね」
「充実した九州旅行だったわね」
「うむ、JR九州の誇る水戸岡デザインも国鉄デザインもどちらも堪能したのであるな」
「水戸岡先生の思いも感じて、素敵でした。アートではなくデザインである、という先生の真髄を拝見した感じです。鉄道車両という制限の厳しい、身勝手が絶対に許されないなかで、快適性を追求する。まさにデザインとはそのことだな、と」
「ほんと、わたくしも、ああいうデザイナーになりたく思いますわ」
「また癒やしオーラが!」
「まあそれはいいとして」
駅で、繰り返し放送が流れている。
台風による運休情報である。
「最後に日本の誇る新幹線N700Aの快速を堪能しようと思ったけど、中部地方にきた台風で帰れなくなっちゃったわね」
「これ、それどころか、日程的にまずいわ」
「でも、福岡空港もほかの空港も、ここからは行けないわ」
「参ったな。これ、ココでもう一泊するしかないかな」
「でも、開いてる宿なんて、もうここにはないよー」
そのときである。
「あなたたちを待っていたわ」
森の里鉄研の美里がいた。
「何?」
「まさか、喧嘩?」
「いや、そんなことはしないわ。
せっかくのわが鉄研での『ななつ星』乗車の写真を、わざわざ旅程中にメールで届けてくれた相手に、そんな非常識なことはしないわ。
まして、あの悪漢の時に身を救ってくれたわけだし。
大きな借りを作ってしまったわ」
「借り、なんて」
「あのドラマではないけど、倍返しさせてもらうわ。
一緒に移動しましょう」
「えっ、だって、もう新幹線も国内線もぜんぶ止まってるわよ」
「黙ってついてくるの!」
ついたのは、小さな空き地だった。
「天気はここだけスポットで晴れてるのね」
「いつ雲に閉ざされるかもしれない雲行きだけど」
「でも、こんな田舎の広場に来て、どうするんだろう」
「……何この音!」
ヘリコプターのような音が聞こえた。
「でもヘリじゃ、神奈川まで帰れないわよ!」
「いや、違う!」
みんな、これには驚いた。
「MV-22、海兵隊のオスプレイ輸送機!?」
「ええっ、これに乗るの!?」
「そうよ。これなら一気に厚木基地までイケるわ。
空中給油訓練と地形慣熟訓練をしていた岩国の海兵隊部隊と話をつけた。
これで帰る」
「いいの?」
「いいわ。私の家の会社、このオスプレイの重要部品納入してるし、米軍とも太いパイプがあるから」
「……嘘みたい」
説明を受けた後に、イヤマフをつけたみんなを載せて、オスプレイは、力強く離陸した。
快速を生かして、オスプレイは台風を回避して飛び、途中空中給油を受け、そして離れた厚木基地に降りた。
「これ、フィクションとしてどうかな、と思うけど」
「読者また激怒もんよ」
と言いつつ、厚木基地のヘリパッドに降りたオスプレイから、自衛隊の車でゲートまで移動する。
「ありゃ、誰かと思ったら、ライトの妹さんじゃないか。何してんの?」
途中、自衛官が声をかける。
「ちょっと、旅行してたのであります」
「え、ライトって誰」
御波が聞いてしまう。
「恥ずかしながら、ワタクシ、キラ総裁の兄上であるのだな。『月』と書いてライトと読む」
「ええー!」
「君ら、兄妹揃って、そのおもいっきりキラキラな名前には苦労しているよなあ」
自衛隊の彼は笑う。
「恐縮なのである」
「そうだよなあ。それに……。あ、いや、ここで言うことじゃないな」
「なんですか?」
「いや、なんでもない。必要なら、キラが言うだろう。すまないな、キラちゃん」
「ええ?」
「ご配慮ありがたいが、やはり今話すことではないのである」
みな、思いの外強く言ったキラの口調に、黙りこんでしまった。
「しかし、これで旅が終わるのである。善き哉。
まずは家に帰るまでが旅行なのであるから、各員注意されたい」
「はーい!」
そして、顧問の先生が言った。
「夏休みの宿題と、休み明け試験、頑張るのよ」
「ああ、それがあった!」
「先生、いきなり現実に引き戻さないでください!」
「そうだけど、一応教師としては言っとかないと」
「ヒドイッ!」
そして、そのオスプレイを見送って、
彼女たちの、高校初めての夏休みは、おわった。
大きな空に沈む夕日に向かう彼女たちのその瞳には、力強い光が宿っていた。
「次回!」
「わあああああ、試験だ! 試験が来るー! 試験が来るぞー!」
「総員対試験態勢を取れ!」
「ぎゃあ! 抜き打ちテストが!」
「急回避ッ!」
「間に合いません! 直撃を喰らいます!」
「ああ、詩音ちゃんが試験で潰れた!」
「なんてこと! 1教科の追試の直撃であのカオルまで!」
「ぐぬぬ、もはや戦力はないのか! 試験を前に!」
「衛生兵ー、衛生兵はどこー!!」
「というわけで、猛威をふるう試験、6人は生き残れるか。
次回。第10話『それぞれの通信簿』」
「読んでねー!」
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