第7話 最高のトンカツ

予備教室


「せーの」

 みんなで手を合わせる。

「今日も一日、ゼロ災で行こう、よし!」


 いよいよ、鉄研のレイアウト作りが始まった。


「プランでは小田原駅の新駅舎と駅前、そして少しディフォルメした小田原城を入れるのね」

 詩音が確認する。

「そうです。構内の分岐器と信号は分岐器用と信号用DCCデコーダをPCでデジタル制御しますが、走行する模型はアナログ方式です。そうしないと、電気方式の相違で、接続する他校のレイアウトからのアナログ方式の列車が入線できません。入線したら故障します」

 カオルが説明を続ける。

「うむ、DCCにこんな使い方があるとは」

 鉄道研究部部長ではなく鉄道研究公団総裁キラが頷く。

 DCCとは、デジタル・コマンド・コントロールの略で、鉄道模型車両や分岐器の制御と車両の動力を総合的にデジタル制御で行う方式である。

「これで信号は通常は常に赤く灯っています。メーカー製の信号機はタイマー制御でしかないので、ほうっておくと全部青信号になってしまいます。それはつまんないので。

 パソコンとDCCで分岐器を連動させて進路形成し、さらに信号機を連動させ、必要な信号だけ青や黄色に切り替えます。でも、そこを走るのは通常のアナログ方式の模型列車です」

「じゃあ、信号機が赤でも、そのまま模型列車は信号無視で通過できちゃうの?」

 御波が質問する。

「そうなります。列車の運転制御には列車にもDCCデコーダーが必要ですが、列車にそれがつけられないのが高校生模型レイアウトコンベンションの規定ですから。雰囲気の演出だけですよ」

「もったいないような気がするなあ。レイアウト全部DCCにしようよー。そうすれば列車に音鳴らす機能とかヘッドライト点滅とかのギミックいっぱい仕込めるし」

 ツバメは不平を言う。

「でも、コンベンション参加が目的ですから」

「DCC! DCC!」

「ツバメちゃん、DCC派だもんね」

「でも他の学校の列車が、ぼくたちの作ったレイアウトにこないのはやだー」

 華子は実際の成績よりもさらに頭が悪く見えてしまう。

「詩音ちゃんもDCC派よね」

「どちらもいけますけど、個人的には」

 詩音は間をおいた。

「メルクリン3線式も好きなんです」

「ああ、余計話がややこしくなっちゃった!」

 ツバメが頭をかく。

「ついでに架線集電、やってみない?」

「Njゲージのほうがリアルですよ。線路幅狭くて日本の狭軌鉄道らしくて」

「もう、思いつきでみんな言い過ぎ! こういうときに古川さん、いないもんなあ」

「うむ、古川さんとの打ち合わせの結果であるが」

 みながキラ総裁の言葉を待った。

「基本としてアナログで行こう、との御聖断であった」

「えー、なんでー!」

 DCC派は抗議する。

「その分作りこみをがんばって、とも」

「せっかくのDCCがもったいない~!」

「将来的にはDCCをやるにしても、今回はアナログでとのことである。アナログ方式のNゲージは日本では普及性から言って、基本なのだな」

 キラは図面を見せた。

「まず、これは古川さんとの検討に使った結果の縮小図であるが、これを製図し、縮尺なし、実寸の図面として、プランを再確認であるな。確かにDCC制御の車輌のギミックは楽しいのであるが、風景づくりに重点を置きたいのである。これをもとにスタイロフォームを切り抜き、起伏と小田原城風味の石垣を作る」

 鉄研コーチの古川さんはちょっと忙しいらしく、ここにはいない。

「使うのはグリーンマックスの石垣板?」

「あれは便利だが、使う人も多くてすぐに手抜きがバレるので、却下である」

「『建物コレクション』は使わないの?」

「置いておしまいになってしまうので却下である。あれは手を入れて作るための素材だと思って最低限でも改造して設置なのだな」

「あと、駅前には改装中のビルの工事現場も作る」

「期日迫ってるわよ」

「であるから、これを掲げるのだ」

 キラはハンカチを取り出した。

「かの東郷元帥と同じく、この予備教室にZ旗を掲げるものである。

 この計画にわが鉄研の命運がかっている。総員奮励されたい、なのだな」


 検討が始まった。

「小田原城はこのレイアウト面積だと入りようがないわね」

「そこはディフォルメで入れる。できる?」

「そういうのツバメちゃん、得意じゃない?」

「うーん、似顔絵みたいになっちゃうし、スケール違うのもナニだけど、展示側の奥だから、遠近法的にごまかせると思う」

「じゃあ、図面を作らなくちゃね」

「あいあいさー」


 木工工作も始める。

「ベース工作は木工でやるっていったけど」

「木材は概略はホームセンターで切ってもらっておいたが、あとは我々が仕上げるのだな」

 華子がそれを切っている。

「でも、この木、やってもやっても全然きれないー、堅いー!」

「そりゃそうよ。金工ノコで木を切るのはしんどいわよ。この木工用ノコなら楽なはず」

 詩音が渡す。

「ほんとだ、切りやすい! サクサク切れる!」

「刃の作り方が違うの。金工ノコだと、刃の『あさり』が小さくて、おがくずがうまく排出できずに詰まっちゃうの。詰まると刃が動けなくなるから」

 そして、ベース工作が終わればスタイロフォーム工作である。

「ベニアの面から結構スタイロフォームで嵩上げしたわね」

「市街地なんで起伏つきにくいようだけど、起伏はアレンジしてマシマシで。その上に建物を配置するわ」


 その途中で、腕試しにツバメが模型でなにか作っている。

「ナニ作ってるの? あ、これ、工事現場!」

「そう。ここだけ先に部分的に作ってるの」

「すごい。パワーショベルとかフォークとかあの配置もリアルだし、この社名看板入りの仮囲いがリアルでカッコイイわね」

「かりがこい が かっこいい。……オヤジだ」

「……うわあ! 末代まで笑われる!」

 でも、みんなはすでに笑っていた。


「線路の配置はこれね。ベースはできてるから、線路を仮配置して試運転してみましょう」

 詩音がリードする。

「試運転はこれでやろうよ! 箱根登山鉄道の最新鋭登山電車、3000形アレグラ! つい最近模型で出たばっかりのを買ってたの。走らせたかったから」

「華子ちゃん、買ったんだ」

「うん!」

「うむ、なるほどよく出来ておる。室内灯もつけられるのは先代のベルニナ号から進化しておるな。模型メーカーTOMIXもさすがである」

「でも、これ、作っているレイアウトの小田原には、こないよね」

「え?」

「これの走れる線路、入生田の車庫までになっちゃって、入生田と小田原までは3線軌道廃止になって、小田急の列車しか走れないよね」

「え?」

「そう。『里運用』っていう登山電車の小田原までの運用、なくなってたよね」

「知らなかった……」

 落胆する華子。

「神奈川県民なのに?」

「またそうやってボクをバカにするー!」


「線路の釘ドメ、完了! 運転異常なし!」

「じゃあ、バラストまきましょう。分岐器に砂利挟んだり浸水させないようにね」

「会津バラスト、出来はいいんだけど高いんだよね」

「そのまままくとバラストがすぐ足りなくなるから、バルサ材でかさ上げね」

「って、キラ総裁! それ飲んじゃダメ!!」

「え、これは、ペットボトル入りのカルピスウォーターでせう?」

「違う! それ、バラストの固定用にボンド水溶液に洗剤混ぜたやつ! ペットボトルで保管してるの!」

「たしかに、これは洗剤の柑橘系の香りなり」

「気づいたら飲もうとしないで。アブナイなあ」

「でも、そういうペットボトルはラベル剥がしておこうよ……マジックで注意を書いておこうよ」

「うむ、これは鉄研総裁毒殺未遂事件であるな。レイトン教授の出番なのだ」

「そんな大げさなもんではないけど……」


「わっ!」

 工作台の上で白い煙が上がった。

「やっちゃった!」

「あ、ポイントデコーダーの回路、焼いちゃったか」

「配線間違えたんだね。ありゃりゃ」

「うわあ、凄くショック。2000円が燃えちゃった……DCCってやっぱり怖い!」

「DCCでデコーダーを焼いたことなしに一人前になった奴などいない!」

「って、ブライト艦長ですか!」

「ヒドイ!」


「あれ、詩音ちゃんは?」

「ドーム屋根は宿題にして家で作ってくるって」

「運ぶの大変じゃない?」

「詩音ちゃん、ケースも作るって」

「がんばるわねえ。詩音ちゃん、多分寝てないと思う」

「私たちも。こうやってるのが楽しくて眠ってる隙がないわよねえ」

「そう言いながら授業中に寝てるけどね」


「ふーん、チップLEDってそうやって配線するんだ」

 カオルが配線作業を見せている。

「うん。まずこの温度調整付きハンダゴテ。これだとハンダが焦げない。

 エナメル線の被覆をもう一本のハンダゴテのハンダで溶かして被覆を焼いて通電するようにする。

 で、チップLEDを作業台に仮止めして、ハンダを電極につけて、エナメル線のハンダと合わせる」

「仮止めを工夫してあるんだね」

「小さいねえ、チップLED。1ミリ角ないみたいだわ」

「1608だけど、0608ってもっと小さいのもあるんだ」

「でも、それが壊れたら、泣くよね。手間かかるし」

「うん。LEDは電流制限しないと壊れるから」

「制限は抵抗器で?」

「いや、CRDで万全」

「CRD?」

「定電流ダイオード。抵抗の計算しなくてもつなぐだけでLEDが安全につく」

「抵抗器より値段が高いって聞いたけど」

「それほど高くないよ。とくに模型に使うぐらいの数だと。もともと抵抗器安すぎるし」

「LEDって壊れるのが怖くて」

「じゃあ、LEDテスター使えばイイ。これでつなぎ間違えはなくなるよ。

 テスターで点灯させて、その方向で基板に電源側のエナメル線をつける。

 エナメル線にはピンコネクタつけて、熱収縮チューブで絶縁してね」

「でも、電源のプラスマイナス間違えちゃいそう」

「間違えるとヤバイなら、整流ダイオードで逆になったら電気通らなくするのもそうだけど、このブリッジを入れてしまえば完璧。逆に電源つないじゃっても大丈夫になる」


「信号機、どのメーカーにする?」

「KATO、TOMIXだったらどっちがいいかなあ」

「TOMIXはシャープだけど、KATOの大きめではっきり分かる信号もいいわねえ」

「わ、KATOの信号機、3ミリの砲弾型LED使ってる! そりゃ大きくなるよね」

「でも、どっちも値段高いわよ。センサーレールついてるし。

 私たちのはPCで制御するからいらないわよね」

「その分安くならんかなあ」

「ヤフオクのジャンクに出てない? ないかー」

「じゃあ、作ればいいのよ」

「作れるの?」

「作れるかなあ」

「形がバラバラだと、みすぼらしくなるからねえ」

「3Dプリンタで作るってのは?」

「そんな機械、もってないよー」

「いや、データを入稿すれば、ウェブで請け負って作ってくれるところがあるよ」

「3Dデータは?」

「そりゃもう、なければつくればいいじゃん、なのよ」


「3Dモデリングできるんだね、詩音ちゃん」

「できますわ。ファインスケールにすると小さすぎるので、KATOとTOMIXの中間ぐらいの大きさにしましょう。

 ポリゴンの法線の方向を揃えて、チェック。

 チェックできたわ。これで入稿できるはず」


「おおー、3Dプリンタ出力、もう届いた」

「あけてみて」

「すごい、よく出来てる」

「でも、肉厚がすごく薄いね」

「繊細でいいと思うわ。

 じゃ、取り出してみましょう。サポートを外して……あっ!」

 クシュクシュッ!

「ええええ! 取り出して3分で木っ端微塵!」

「ぜんぜんだめじゃん!」

「壊れてやがる……細かく作りすぎて強度不足なんだ」

「ナウシカのクロトワですかっ!」

「だから3Dプリンタって、イマイチはやらないのかなあ」

「プラモデルのパーツ作るみたいな知識が必要ですわねえ」


「そろそろご飯にしませんか?」

「そうね。じゃあ、買い出しに行きましょう」

 みんなで海老名の街を歩いて、相模線の踏切に差し掛かった。

 ちょうど、電車の通過待ちになった。

「おおー、踏切の細かいところが見られる!」

「これって、実は24V駆動なんだね」

「案外新しいし」

 そのとき、電車が通って行った。

「相模線の電車、更新されないのかな」

「されないわよ。多分」

「でも、205系でもちょっと異色だよね」


「建物作るの、しんどいなあ」

「やっぱりジオコレの組み立て式の建物使いたいー。なにもないとこから作るのはメンドイー」

「でも、あれやると『いかにも』な『ジオコレの街』になるんだよね」

「うむ、だれでもできることをしていては意味が無いのであるな」

「ここはペーパーで建物作りましょう。中層ビルなら紙は安く作れて作りやすい」

「でも、ペーパーモデルってきちっとしない感じが」

「そこは工夫次第ですわ」

「でも、これも設計と展開図作らないと」

「だれがやる?」

「私がやります」

「詩音ちゃん、やりすぎよ。タスク抱えすぎじゃない?」

「でも、楽しいんですもの。とても」


「崖とかはこうやって作ります。

 石膏に予め土色を混ぜてしまうと楽。

 あと、コンクリートの擁壁は耐水ペーパー巻いちゃって作ると速い。

 水抜きをクシでつついて開ければ完成。以上」

「早いっ!」

「レイアウトの工作法はつねにいろんな人が開発して改良してるから、勉強しないとね」


援軍

「ううむ、いささか進捗が遅れておるな」

「ですね。まだスタイロの地の色が見えるままのところが多い」

「うち、これじゃ、間に合わないかも」

 そこにだった。

「ちょ、ちょっと! 森の里高校鉄研のブログにあの子たちのレイアウトの最新の写真が!」

 みんなでPCを覗きこむ。

「結構進んでるなあ。完成に近くない?」

「ちょっと作りこみは甘いけど、でもここまでやられたら」

「倍返し?」

「そういきたいんだけど……こっちはまだまだ作らなくちゃけないものが多すぎる」


 そのときだった。

「古川さん!」

「これを持ってきた。多分使えると思う」

「なんですか、これ」

「カッティングプロッタ『クラフトロボ』。今は後継機の『シルエットカメオ』があるけど、クラフトロボも使うと効果的だよ。PCで図面を作ると、そのとおりにペーパーを切ってくれる」

「プラ板はこれで切れませんか?」

「すぐ刃コボレしちゃうよ。できなくはないけど。あと、1回にA4サイズと言いながらA5ぐらいしか実際切り抜けないからね」

「でも、建物をつくるなら、パーツ割りすればいいですよね」


「カット台紙のフィルムに紙を粘着で仮止めして、クラフトロボにセット、そしてカット実行、っと」

「すごーい! どんどん切っていく!」

「これ、手で切ってたら、切る箇所が細かくて多すぎて心が折れちゃうよね」

「でも、その分モデリングで図面作んなくちゃいけないからね」

「いったん作れば量産できるよ。工作してる間に次のが切り終わる」


「ペーパーでつくったものは、どうしても折り目の折った角が甘くなる。

 そこで、模型店でこんなの見つけた」

「なにそれ? ペンチみたいだけど、ずいぶん長いわね」

「これ、エッチング模型を折るための工具。

 これだと角を鋭く曲げられる」

「すごーい! 道具は必要ね」

「でも、けっこう、高かったの」


「さすがにクラフトロボはシャープに切ってくれるわね」

「あとは台紙から外して組み立てるだけですもんね」

「その間、同時に別の台紙に貼り付けたのをカットできる」

「時間の節約になるわね」

「このトラスが繊細でカッコイイなー」

「仮囲いが……」

「それはやめて! とっとと忘れて!」


「信号機も作れるんだね、クラフトロボ」

「そう。柱は真鍮棒、背板はクラフトロボのペーパー、フードとかは1.5ミリの熱収縮チューブで作れるわ。

 信号機の中を遮光しないといけないけど、それもチューブで」

「熱収縮チューブって、万能よね」


「建物はこれぐらいかな」

「だいたいできてきたわね。並べてみましょう」

「あ、詩音ちゃんの作ってきたドーム屋根も置けるんだ!」

「置いてみましょう。モチベーション補給」

 みんな、息を止めている。

「うん!」

「いい感じになってきたー」

「一気に『らしく』なるわね。さすが都会レイアウト」

「あとはLEDの工事と緑化工事ね」


「このレイアウト、南はどっちでしたっけ」

 詩音が突然聞く。

「たしかこっち。でもなんで?」

「樹の生え方が方位によって違うから」

「ふーん」

「木々は呼吸してるから、幹のところを風が抜けられるように。枝の向きも方角を考えて」

「おおー、なるほど本物っぽい! 森の奥の感じになってるし、落とす影が木漏れ日にもなってるし!」

「でも、まだまだ手直ししないと」


「でも、緑化と言っても、やるひとによって、感じが違うねえ」

「統一したほうがいいかなあ」

「詩音ちゃん、これ、雑く見えちゃわない?」

 詩音は考えこんでいる。

「ねえ、詩音ちゃん」

 その声を無視して、詩音は部屋を出て行った。

「とうとう怒らせちゃったかな」

「うーん、疲れてるんじゃないかな。図面引き、モデリングに工作、なんでもすごくがんばってたから」

「まあ、そっとしておこうよ」


「詩音ちゃん、なかなか戻ってこないね」

「怒らせちゃった?」

「どうかなあ」

「疲れすぎて、帰っちゃったかな」

 みんな、少しずつ気持ちが沈んでくる。

「レイアウトって、作るのすごく手間かかるね」

「うん」

「結構、疲れるね」

 みんなの言葉が少なくなっていく。


 そのとき、

「ただいまー!」

「詩音ちゃん!」

「みんなにおみやげ!」

「あっ、ハーゲンダッツ!」

「全員分買ってきたわ。好きなの選んで食べて」

 みんな集まる。

「でも、詩音ちゃん、アイス買いに行ったの?」

「私が、そんなことだけで外出なんかしませんわ」

「筋金入りのひきこもりのインドア派」

「キラ総裁、言い過ぎです!」

「まあ、これがホントは欲しくて」

「これ?」

「うん。これ」

 何でしょうね。


「ライトつけてみようよ」

 小田原駅の模型に明かりがつく。

「いいねー。ここにロマンスカーが来るんだね」

「はい、用意してたわ。10周年仕様のVSE」

「おおー、展望席にライト追加、空調機ルーバーなどに墨入れ、パンタ黒染め、軽めにパンタグラフ部にウェザリング」

「武装してるわねー」

「観察が生きてて、綺麗に汚してあるわねー。日本語として変だけど」

「あとは緑化と平行して信号機とポイントの動作再確認だね」

「それに、人形も置かなきゃ」


「この人は列車を待ってる。この人は改札に行こうとしているからこっちを向く」

「なるほど、人形を置くには、その人形が何をしたいかを考える必要があるのだな」

「そしてこれは、御波ちゃんの書いたストーリーの、ロマンスカーを見下ろす女性」

「なるほど、駅にストーリー性があるんだね」

「そうですわ。駅は人生という物語がいくつも行き交うシンフォニーなのですわ」

「そういや、ホームの端には駅撮りの撮り鉄さんを置きたいけど」

「でも、売られてる人形の撮り鉄さん、みんな冬服なんだよね。夏の雰囲気につくろうとしてるのに」

「じゃあ、脱がせましょう」

「できるの?」

「すごく細かい作業だけど、やってみましょうよ」


「信号機3番、2番は赤、青、黄色、黄色点滅」

 信号の状態を読み上げる。信号機を制御するノートPCからは信号機が見えないので、観察係とペアでの確認作業である。

 観察係は華子、PCオペレータはカオルである。

「あれ、1番の信号は」

「赤のままです」

「これでも?」とPC上の信号機アイコンをクリックする。

「ええ、赤のままです」

「おっかしいなー。信号機のアドレスこれであってるはずなんだけどなー」

「こうなったら、アドレスへのリクエストをソフトに打たせないで、マニュアルで手打ちしちゃうしかないんじゃない?」

「そうだねえ。じゃあ、266の、t」

「変わりません」

「266のc」

「変わりません」

「おかしいなあ、なんでだろう」


「ビデオは任せて!」

 華子が言う。

「うむ、せっかくのみんなの作品である。華子くんにプロモーションビデオを作らせしむのであるな」

「まーかせて」

「ゆうきまさみ先生、スリッパ持って殴りに来るわよ」

「いやいや、そんなヒマないから、先生には」


「とりあえずひと通り撮りました」

「じゃあ、見てみましょう」

 みんなでテレビで見る。

「おおー、迫力あるー。さすが撮り鉄、撮り模もうまい」

「やはりローアングルは迫力があるのだな。特撮の基本はローアングルにあり」

「あの、その……」

「どうしたの、御波ちゃん」

「2両目のパンタグラフ、降りたまんまみたいで」

「あ! ほんとだ!」

「うわっ、カッコ悪!」

「まあ、よくあるミスだし、液晶ファインダーじゃ小さくて気づかないんだよね」

「すぐに撮り直しましょう。気づいてよかった。早く」

「はい!」


「編集作業は宿題にします」

「そうね。あとでみんなに限定共有でYouTubeにアップして、チェックしましょう」


「ぐぬぬー!」

「どうしたの?」

「編集は終わったけど、全然アップロードが遅い! Full HDだからかな」

「回線さんがんばれ、がんばれ!」


「信号機もポイントもうまくいくようになったね」

「うん。星取表でうまくいかないケースもチェックした」

「プロモーションビデオもできたし」

「あとは搬入だけど」

「さすがに疲れた……」

「あきらかにみんな、口数減ってるもんね」

「さふいう疲労度極大のときは、華子くんの食堂『サハシ』での特別食配給が必要であるな。

 華子くんのお父さんは、ジューシイなトンカツを作れるであらふか」

「おとーさん作れるよ! 得意で、うち『サハシ』の人気メニュー!」

「それを食べるのが第一選択であろう」


食堂サハシ

「疲れたね」

「楽しいのに体がぜんぜんついてこない」

 そこに、華子のお父さんが御膳を持ってくる。

「はい、食事券と、お待ちのとんかつー」

 みんな、いただきますと一礼し、食べ始める。

「おお、おおおお!」

「すごい、カツが胃にシミる!」

「なんか、すごく身体にじわじわくるよ!」

「トンカツの豚には特有のビタミンがあるのだな。必勝のゲン担ぎのトンカツでもあるのだが、ビタミン摂取も伴った合理的な必勝メニューであるな」

「でも、何に勝つんだろうなあ」

「自分の弱さに勝つ?」

「うむ、自分の弱さに勝ってしまっては、どうやってもある自分の弱さを認めらない傲慢になるのである。それはいつしか単なる無謬神話となり、過ちの隠蔽にかわられ、そして最後は事故に至るのである。

 必勝の金剛たる信念は、やはり素材のクセとの戦いであり、それこそが鉄の道、テツ道であるのだな」

「テツ道?」

「さふである。我々は、鉄研として、テツ道を身につけるのも目標であるのだな」

「そんなの聞いてないけど」

「鉄道王に、ワタクシはなる!」

「そうでした。聞いてました……けど、ええええ!」

「うむ、テツ道とは奥の深いものであるな。それを語るにはまだ早い。

 今はまずこの一時、華子くんのおとーさんの揚げてくれたトンカツを存分に味わおうではないか。

 明日は、大事な搬入の日であるのだ」



搬入

「我々の展示スペースはこっちなのである」

「おおー、結構広い!」

 ここは国際展示場である。

「では、設置と設置後動作試験をするのであるな。運送のおにいさん、よろしくおねがいするのだ」

「うん。いいよ」

 ワンボックスカーからレイアウトと荷物を下ろす。

「多少の応急処置ができるよう、工具も用意してきたのだな」

「私も。『こんな事もあろうかと』で」

「ぼくも!」

「でもね」

 みんなが見た。

「蒸し暑いー」

「気づけば夏の真っ盛りであるからの」

「でも外はアスファルトとかが焼けてて肌に痛いし」

「あ、あんなトラックで乗り付けてきてるところがある」

「大手模型メーカーのブースであろう」

「さすが手馴れてるなあ」

「この高校生コンベンションには、ああいうメーカーの物販の出展者サービスタイムがあるので、そこで限定品を買ったり仕入れもできるのだな」

「なんでキラ知ってるの?」

「古川さん情報なのである」

「そうでした」

「まず、両方のお隣さんにご挨拶である。ゆこう」

「はい!」


「電源などの取り回しのあとは、通電しての試運転である。いよいよ他校のセクションと接続して、列車が走るのである。

 それと平行して、大型液晶テレビによるプロモーションビデオ上映の確認」

「あいあいさー!」

「しかし、マジで暑いわね」

「昨日のトンカツでだいぶ回復したとはいえ……」

 そのとき、放送が入った。

「おお! 搬入車が全て出終わったので、展示場内に空調がかかるって!」

 吹き出した空調の涼風に自然と拍手が上がる。

「ははは。これ、毎年やってるよね」

 古川さんが笑う。


「もう問題ないね」

「ええ」

「じゃあ、カバーをかけて、家に帰ろう。明日の展示初日のために、しっかり休んでね」

「でも、そのカバー」

「アニメ柄だよ。これ好きなアニメのタペストリー」

「古川さん、そういう趣味が」

「だめ?」

「グッジョブ!です!」

「では、帰るけど…なんか、まだなにか作ってる高校がある」

「間に合わなかったんだよ。それを徹夜でやってるところも毎年ある。

 でも、ウチは完了してのんびり先に帰れる」

「これって、すごくありません?」

「うん」

 古川さんは、言った。

「ほぼ、完全勝利だね」



展示日1日目

「これで、全部揃ったね」

「ええ」

 会場のオープン1時間前。

「うむ、円陣を組むのだ」

 みんな、円く集まった。

「では、今日も一日」

「ゼロ災でいこう、よし!」

 声が揃った。


 そして、ほどなくして会場がオープンした。


 それからあとは、ひっきりなしの模型ファンの波であった。

 みんな、それぞれに説明に勤しむ。

 主催者の公式カメラマンも、雑誌社のカメラマンも来る。

 そして。


「あなたたち、間に合ったのね」

「あなたは、もしかすると」

 ツバメが言う。

「第5話の旅行のシーンにしか出番がなかった、ライバル高校・森の里高校鉄研の美里さんではないですか!」

「ふん、読者激怒もんの紹介ありがとう。

 あらあら、三流高校が何を展示なさっているのかと思えば」

 しかし、彼女は見るなり、すこし、言葉を失っていた。

 その目はレイアウトに釘付けだった。

「この木は? すごく自然だけど、どこのメーカーの樹? 自作?」

「これは近所の里山で手に入れた小枝を芯にして自作したものです」

「あら。貧乏臭い」

 みな、むっとする。

「でも……とてもリアルね」

 そういった悔しそうな顔に、皆微笑む。

「負けたわけではないですからね」

 そう言うと、彼女は踵を返して去っていった。

「模型は勝ち負けじゃないんだけどなあ」

 古川さんはそう言っていた。


「でも、サークルに『追放禁止』ってのがありましたよ。『突放禁止』じゃなくて」

「ああ。この趣味、鉄道趣味には、熱心なものほど、つい意見がちがってしまう。

 その結果、それを許容できないことで、サークルから追放したり、サークル自身が分裂したりする。

 それを戒めてるんだよ」

「で、この神社は」

「鉄道神社。この会期中だけの神社。模型供養をするんだ」

「模型供養?」

「模型作りでさんざん改造のために模型を分解し切断するでしょ? そしてジャンクが増殖するでしょ。

 そうされた模型の無念を供養するんだ」

「本当ですか?」

「著者が『あったほうがいい』というからそうなんだろう。ジャンクからの改造と言っても、心が痛むからね」

「読者、なにかいろいろ言いたげですけど」

「うん、それがこの小説だからね」

「ヒドイ! ヒドスギル!」

「でも、テツ道、って」

「ああ。それは少しずつ、君たちもわかっていくよ。

 奥が深く、さまざまな他の道にもつながるのが、また、テツ道というものだから」


「あと、みんなで交代しながら、これに集まる遠方からの友だちとあったり、昼食とって。

 会場限定発売品に並んでもいいし」

「ありがとうございます!」



2日目

「なんだよ。某鉄道商事。出展者お買物タイムの前にとっとと店じまいしちゃったのか。限定品は明日用にまだ取ってあるのに」

「イヤーな感じ」

「なんか、鉄道会社って、そういういやなところもあるよね」


3日目

「うむ、あっという間に撤収日である」

「著者の都合を省いても、あっという間だったわね」

「最終日、搬出を終えて、帰宅するまでがコンベンション参加である。

 では」

「ゼロ災でいこう、よし!」


 そして、表彰式があった。

「結局、うちは表彰されなかったね」

「うむ、それはそうである。他も力作揃いであったからな。

 でも、競うことが目的ではない。表彰は結果であるが、本来こだわるべきは結果ではなく、それを導く内容なのであるな。

 内容のない結果は脆い。内容あってこその結果なのだ。

 内容をさらに充実させるのが急務であるな。単なる比較に心煩わせることなく、我々の内面の充実のために、あの栄誉に輝いた高校の作品にも学ぶのが肝要であるな。

 そして、いつしか、あの頂点に輝ける、内容の充実を達成したいのであるな」

「キラ総裁……」

 キラは、怪訝な顔をした。

「でも、ほんと、目指したいですわ」

「うむ、さふであるな」


「搬出って、あっけなく終わるね」

「というか」

 御波が言った。

「終わっちゃうんだね」

「そうね」

 みんな、お別れの『蛍の光』の放送のもと、虚脱し始めてる中、一人で華子がレイアウトを撮影している。

「完全版のプロモーションビデオつくってYouTubeにアップするー!」

「元気ね」

「うん! ぼく、記録係だから。

 次回にもっといい展示ができるように、今回のことを記録したいの!」

「そうか。良い心がけである」

「次回もあるんだね」

「そうだよ!」

「うん、次回に向けて、またがんばろうね!」


 そして、展示場からの帰りだった。

「ちょっと、どこいくの? こっちは帰るのと方角違うわよ」

「皆でお風呂に入るのだ」

「え、なんで?」

「皆をねぎらうとともに、今回の成功をシャンパンファイトで祝いたいところであるが、それはむりなので、温泉ファイトなのだ」

「ええー!」

「いやか?」

「いいよー」


 そして、みな、お風呂場で湯を浴びせあって、そして休息したのであった。



「しかし、まだ我々は終わらないのだ。

 このすぐ後には鉄研夏旅行が待っているのだ。

 まさに驚天動地、国士無双、阿鼻叫喚、焼肉炒飯の旅路となる」

「なんか変なのいっぱい混じってるけど」

「次回第8話、『鉄研道中記』って……これ、もう元ネタ知ってる人いないと思う! 『妖怪道中記』なんて!

 ええっ、ほんとうにそうなるの! ヒドイッ!」



 つ づ き ま す。 

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