第6話 鉄道模型レイアウトできるかな

なにもないところから

「でっきるっかな、でっきるかな!」

「ツバメちゃん楽しそうね」

「そりゃそうよ。鉄道模型レイアウト作るなんて、鉄道趣味の人間の夢だもん。

 普通はいろんな壁があるわ。

 鉄道模型趣味(TMS)をTime(時間)、Money(お金)、Space(場所)とも言うわね。

 でも、私たちにはその時間が!」

「ないわ」

 がくっとツバメはコケる。

「定期試験に抜き打ちテスト、そして受験や就職の準備もある。1年生のうちから、ね」

「じゃあ場所!」

「それもない。使えるのはあいも変わらず配管さえすればトイレにできちゃいそうな、このジメッとした狭い部室だし、半分備品倉庫にもなってるし」

「お金は……当然ないよね」

「はぁー」

 全員ため息をついた。

「エントリーしたのに、これじゃ高校鉄道模型コンベンションに出展できないよー」

「うむ、ピンチなのである」

 キラ総裁はそこで、キラリと目を輝かせた。

「斯様な窮地に陥ったわが鉄道研究公団ではあるが、この押し詰まった戦局を挽回し、一挙に形勢を逆転する策を考えたい。

 うむ、作戦会議であるのだ」

「ええー」

 華子が声を上げる。

「会議はイヤか?」

「いいよー」

 ずるっとみんなコケる。

「では、会議をしよう」

 キラ総裁が将棋の大盤解説板をかねたホワイトボードに書き込む。

「まず、第1問。速度Sで移動する点Pの気持ちを答えなさい」

「何のコピペの問題なんですか! 数学と物理と国語の問題がごっちゃになってますよ!」

「これをなんと読む!」

「ハズレ! って、往年の『アメリカ横断ウルトラクイズ』のバラマキクイズじゃないんですから!」

「罰ゲームは怖くないかー!」

「罰ゲーム、って」

「国際展示場に行きたいかー!」

「……行きたいですわね。高校生コンベンションの会場ですもの」

「行きたいなー」

「もちろん、出展側として、ね」

「うむ」

「ようやく軌道修正」

「では、『困難は分割せよ』というのが数学などの問題のセオリーであるな」

 サラサラとキラ総裁がホワイトボードに書き込む。

「まず、必要なのは先程より話題の、時間、場所、資金である」

 みな、どよーんと沈んだ。

「全部、ないですね。まるっきり」

「まず、場所である。これは」

「この部室じゃ、無理ねえ」

「そうですよー」

「まず、その前に、前提条件から解決するのである。

 すべてを一挙解決するには、まず潤沢な資金、大きな政治力、そして優秀な技術である。『まー、しょのー』の我々の大先輩に習って、豪雪をもたらす山脈をドーザーで削ってしまい、その土砂で日本海を埋めてしまう手法を見習うのであるな」

「田中角栄の『列島改造計画』……」

「功罪いろいろありますよね。上越新幹線も整備新幹線計画もその結果できたけど、そのせいで寝台列車もなくなったし、もっと視野を広げれば国の財政もどんどん危なくなった。米ソ冷戦があったからその下で目立たないですんだけど、今の地方の衰退もあれがきっかけのところはあるし」

 カオルが明晰に話しているが、その時だった。

「さふであるが、しかし! あのままなにもしなければ、新潟を始め日本海岸は雪深い『裏日本』と呼ばれたままであり、先刻までの経済大国日本への経済成長がなかったことは確かなのである。

 そこで、ワタクシもこの鉄研を救い、高度成長を達成するために、海老名高校改造計画、『キラノミクス』を宣言するのである!」

「過激ー! でも、何を改造するの?」

「この高校を2年で甲子園の狙える高校にしてみせます、ぢゃなくて。

 鉄道模型の甲子園・コンベンション出展を狙えるように、私はこの高校を変える!」

「今度は『少女革命ウテナ』……古すぎだし、また各方面から非難ゴーゴーですよ」

「そのためには先程の3つの力! 政治力、資金力、技術力!」

「全部どこにもないですよー」

「そこに秘策がある」

「わっ、なんか嫌な予感がブワッと!」

「キラ総裁の秘策って嫌な予感がすごいですよね」

「これなのである」

 キラの見せたのは、部員名簿であった。

「この部員数をまず3倍、いや、9倍にするものなるのだ!」

「えええっ」

「まず『キラノミクス』第一の矢、それは『部員数9倍増計画』なのである!」

「無理ー! 絶対無理!」

「うふふふふふ、ところが、実はこれはすでに確実であるのだな」

 彼女は笑った。

「えっ?」

 キラはすっと、ポケットからカードを取り出した。

「キラの部員証? バレー部特別臨時レギュラー、ソフトボール部特別臨時レギュラー、バスケットボール部特別臨時レギュラー、水泳部特別臨時レギュラー、柔道部特別臨時レギュラー……ええええええ!」

「なんですかこれー!」

「キラ、これ全部本物なの!?」

「うむ、すでにワタクシは運動性能においては『超高校級』と呼ばれておるのだ」

「聞いたことないわ……」

「当たり前なのである。この高校の運動部が1人のワタクシ鉄研キラ総裁を助っ人臨時レギュラーにせねばまともに戦えない有り様であるとなったら、その真相は職員室、PTAや県教育委員会を心底から激震に陥れるであろう」

「うちの学校、体育会系の部活、弱いもんね」

「よその学校が強すぎるんです!」

「第一、『臨時レギュラー』って何? イミわかんない!」

「でも、そういえば、キラの食事って、すごい多いわよね」

「お昼に『ほっともっと』のお弁当6人前とかザラだもんね」

「キラが買っていったあとのコンビニのお弁当の棚って、明らかにそれとわかるほど減ってるし」

「お陰で鉄道食堂『サハシ』の経営も」

「おとーさんが泣いてたー! 放課後に寄って食べていくキラ総裁が食べ過ぎるってー!」

「それでときどきキラ、部活の掛け持ちで所在不明になるのか」

「さふである。一般的に鉄研といふものば弱小文化系部活なのであるが、それを一挙解決する秘策」

 キラはそこでさらに目を輝かせた。

「それは、これまでそうして『貸し』を作っていた各体育会系の部活の部員を、ここで一挙に、わが鉄研との掛け持ちにしてしまうのである!」

「えええっ!」

「その代わり、ワタクシ、特別レギュラー・助っ人キラを大会にレンタル出場させるとともに、遠征などの移動の旅程立案・移動誘導をわが鉄研がするという引き換え条件に、部員の相互乗り入れを実現するのである」

「相互乗り入れ……」

「うむ、鉄道経営の発展には路線網のネットワーク化が必須であるのだな。『鉄道王』を目指すセオリーでもある」

「そんな、いいんですか」

「うむ。すでにその記入済み名簿はここにある」

「早っ! 早すぎ!」

「バレー部20人、ソフトボール部23人、バスケットボール部19人、水泳部16人、柔道部10人。〆て88名を一挙にわが鉄研に入部させることに成功している。

 これで鉄研部員数は名簿上では94名。我が海老名高校において、我が鉄研は9倍増どころか、吹奏楽部を追い抜いての最大の部活へと一挙に踊り出るものなのである」

「ヒドスギル!」

「そして民主主義においては数は正義なのであるのだな。これで部活補助費の交渉に当たるのである。これこそキラノミクス第二の矢、『経済活性化』なのであるな。

 これにはカオルくん、キミの力が必要だったのだな」

「えっ、なんでカオルが?」

「これはカオルくんに部費の会計を任せたところ、彼女がさらさらと作ったノートなのである」

「なんですか、『貸方・借方』って」

「うむ、これは複式簿記なのである。カオルくんはまったく経験がなかったのであるが、この日商簿記1級の教本を15分で読み、すぐさまこのように理解してわが鉄研の会計に応用したのである」

「そんな! むちゃくちゃです!」

「しかも、その会計学を身につけたカオルくんとともにこの学校の生徒会の過去の帳簿を見たのであるが」

「まさか」

「まあ、会計とは、正直どこもそうなのであるが、辻褄が合わなくなることはよくあるのだ。レシートのもらい忘れ、その記帳し忘れ、締め日と払い日の相違とそこに入り込む勘違い・伝達ミス。そういうことはどうしてもある。

 そこで生じる辻褄の問題を責めるわけには行かないのだが」

「……責めたんですね」

「ついでに学校事務局の帳簿についても」

「……責めたんですね」

「うむ、そこはもちろん寸止めをしたのであるが、こちらも部員数急増の弱みもある。

 そこで、政治的決着として」

「ヒドイ! ヒドスギル!」

「このように多額の部活補助費を確保したのである。ちなみに生徒会も事務局も『国税庁査察部じゃないんだから』と震えておった」

「マルサ……ヒドイ!」

「うむ、頭脳明晰なカオルくんにとっては会計監査という『会計のあら探し』など容易であったのだな」

「それほどでもー」

 カオルは照れている。

「照れることなのかな、それ」

「うむ、ほかにも直接収入としてわが部員をして肉体労働せしむ案もあったのであるが」

「肉体労働って?」

「うむ、映画にあったのであるが、我々が水着姿となり、洗車場で車を手洗いするバイトを考えたのであるのだが」

「えーっ」

「当然、『誤解を招く』ということで生徒会と職員室に止められた」

「当たり前です! しかもまだ初夏だけどあんまり暖かくないし!」

「そういう問題なのかな」

「そのためにワタクシ総裁が率先垂範として、ウェブ通販で『あぶないみずぎ』も複数購入用意したのだが、これは本土決戦を前に秘密兵器として秘されていたものの、決戦回避によって日の目を見ることはなくなったのである」

「見なくていい見なくていい」

「というわけで、資金は手に入ることは確実なのである」

「ヒドイけどね……」

「当然、ここまですれば交渉は何かと有利となる。

 場所については、わが高校の現在使っていない教室、予備教室を借りることは可能であろう。部員数90名を超える最大の部活なのであるから、当然であるな。

 これで資金、場所は確保できた」

「でも、時間がないわ」

「うむ、そこなのであるが」

 キラは古い鉄道模型のカタログを取り出した。

「『各自研究工夫のこと』?」

「懐かしいわね!」

「でも、そこではないのだ。

 巻末に、『取り扱い模型店』のリストがある」

 みんなが注目する。

「ここに、本厚木にあった『幻の鉄道模型店』の名が記されておる」

「『ホビーズホビーさがみ』?」

「なんか、お父さんが昔お世話になった、仲良し夫婦が店主の有名な模型店が本厚木にあるって言っていたような。なんでも海老名の基地に来る電鉄の本職さんのオアシスでもあり、なおかつ鉄道模型誌にも何度も取り上げられたけど、ちょっと前、突然閉店してしまったとか」

「うむ、おそらくそれなのである。

 そこで所在住所に赴いたのである。

 が、そこはすでに再開発の跡でコインパーキングと高層マンションに姿を変えていたのである」

「でも、もしかすると、そのお店の方が、模型のことについて詳しいかも!」

「さふである。わが鉄研に優秀なコーチとして模型の大先輩が加われば、良い技術により大幅な時間の節約になるのであるな」

「見つかりますの? その御方」

「うむ、そこは大海老名捜索網で捜索するのだ。

 それにより、わが部員の模型技術を改革するのであるな。

 これこそキラノミクス第三の矢、『技術改革』なのである!」

「とはいっても、見つかるかなあ」

「そこは確実なのである。同じ趣味の人間は引き合う『引力』を持っている。そして、現代のウェブの時代、そのような伝説の鉄道模型店をやっていた趣味人が昨今流行のSNSに全く触れないほうが不自然であるのだな」

 すると、さっとキラはノートパソコンを取り出した。

「現代において情報技術なしに戦うのは無鉄砲というべきであるのだな。

 各員、SNS空間上に二段捜索線を構成して彼を見つけ出すのだ!」


遭遇

 そして数日後。

「うむ、見つかったようであるな」

「ええ。この方です」

 皆でiPadを覗きこむ。

「私もこの人とフレンド登録しましたわ。SNSにアップされた作例写真から、スバラシイ技量をお持ちと拝見しましたの」

「ボクもです。すごい人だなーと思った」

「うむ、いつの間にか、同一人物をわが鉄研の全員が見つけていたのだな」

「でも、我々の技術顧問になってくれるかなあ」

「ここはオフ会に誘ってみるのが定石であるな。早速メッセージを送るのである。

 うむ、即レスである」

「早いっ!」


海老名駅

「オフ会って、ドキドキするわね」

 みなは海老名駅に集まっていた。

「うむ、トラブルが生じることもあるのだが」

「確かに。今どきプロフィール写真が実際の顔じゃないし。電車の写真とか、ねえ」

「まあ、何かあれば、ワタクシ、総裁が直々に鉄研制裁するのであるから問題ないのである」

「『鉄の拳による制裁』の『鉄拳制裁』じゃないのね……」

 そこに、初老の男性がやってきた。

「あなたたちが鉄研の方々ですか?」

「そうです。あなたは?」

「恐縮です。私、古川ともうします」

 古川さんは、穏やかな、学校の先生のような男性だった。


「鉄道模型の世界も変わりました」

 カフェで、古川はしみじみと語りだした。

「しかし、あなたたちのような女の子が鉄道模型とはねえ」

「女性でも男性でも、模型が好きだということについては変わらないと思います」

「そうですね。たしかにそうです」

 古川は、それでも、遠い目をした。

「何か?」

「いえ、私のことですから」

 しかし、その目に、詩音が気づいた。

「なにか、ありましたの?」

「いや、君たちを巻き込む訳には、いかないよ」

 その時、キラが目を見開いた。

「巻き込んでいいのだ」

 古川は驚いた。

「私たちは高校生ですけど、話を聞くことは出来ますし」

「それに、同じ趣味を持っているものじゃないですか」

 みんなが声を揃える。

「そうですか」

 彼は、考え込んだ。

「君たちは眩しいね。若くて、優しくて。

 私の失ったものをすべて持っている」

「失った、んですか」

「あの、立ち入ったことを伺ってもすみませんが」

「すまないが……」

 古川はもう一度、迷った。

 でも、口を開いた。

「私には、昔、可愛くて優しい、嫁さんがいたんだ。ほんと、君たちに負けないぐらいの」

 みな、はっとした。

 しかし、キラは踏み込んだ。

「ならば、話はシンプルであるのだ。

 私たちのような方がそのお嫁さんなら、彼女はきっと、古川さんを、今でも愛していると思うぞよ」

「でも、私は、彼女を」

 彼の肩に、詩音が手を添えた。

「大丈夫ですのよ」

 古川は、一瞬、涙ぐんだ。


「彼女も、同じ鉄道趣味だったんだ。

 そして、同じ趣味を活かして、鉄道模型店をやっていた。

 でも、夫婦とは、難しいものなんだなと、心底思わされた。

 あの地震以来、少しずつ、歯車が、狂っていってしまった。

 揺れで棚から落ちた模型たち。

 めちゃめちゃになった店内を見て、嫁さんはとてもつらかったんだと思う。

 そこから、ズレが生まれ、噛み合わなくなっていた。

 僕は、そんななか、彼女を傷つけ、迷惑をかけながら、模型店をやっている自分を許せなかった。

 だから、店を畳み、彼女を実家に帰し、離婚した」

「お辛かったんですね」

「僕は、模型人としても、夫としても、男としても、失格だ」

 鉄研のみなは、思いの外に重たい話だったのに、なぜか、落ち込まなかった。

「でも、私は、思いますよ」

 ツバメも口にした。

「私たちには、まだ人生経験が足りないです。

 でも、奥さんの気持ち、分かるような気がしますわ」

「じゃあ、君たちも僕は、きっと同じように傷つけてしまう」

「そうじゃないと思います!」

 彼は思わぬその声に、はっとした。

「奥さんは、今でも、古川さんを愛してます」

「そんな」

「私たちは若すぎるかもしれませんが、女なんですよ」

 詩音はそう微笑んだ。

「女の気持ちは判ります」

 彼は詩音の優しい顔に、頷いた。

「多分、嫁さんとは復縁は出来ないと思う。

 でも、僕は、嫁さんを愛していることは、今も、少しも、変わらない」

 みなは、頷いた。

「愛していなければ、離婚すらせずにいたかもしれない。

 すがるように、無理に結婚を続けようとしていたかもしれない。

 それぐらい、私は嫁さんを愛していた」

 彼は、そう微笑んだ。

「古川さんの愛も、奥さんの愛も、きっと同じなんですよ。

 すれ違っても、同じ愛なんです」

「その愛を、もう一度私たちと、模型に向けてください!」

 鉄研のみなはそう声にした。

「ありがとう。離婚して以来、そこまで踏み込んで私のことを真剣に思ってくれた人は、君たちがはじめてだよ」

 みなは、古川さんの手を取った。

「高校生コンベンションに初めての参加と聞いた。

 本当にありがとう。僕のような男の話を聞いてくれて。

 感謝の気持を込めて、君たちを、応援させてもらうよ」



食堂サハシ

「これでキラノミクス三本の矢は首尾よく成功したのであるな。

 しかし、これから実際にレイアウトを作らねばならない。

 古川さんのお話をよく聞いて各員奮励努力せよ、なのだな」

 そう言いながら、モリモリとキラはチャーハンを『すする』ように食べている。

「キラ総裁、おとーさんが、もう仕入れた食材が足りなくなるってー」

「うむ、3日後にバレー部の応援に一肌脱がねばならぬので身体を作らねばいかぬのだ。チャーハンおかわりお願いするのだ」

「ああ、おとーさんが厨房で泣いてるー!」


予備教室

「ひろーい!」

 予備教室の入り口に、『鉄研作業準備室』の張り紙を貼る。

「すごいねー! このお部屋、全部使えるの?!」

「さふである。この場所を押さえるための『キラノミクス』なのである」

 そこに、大工のような格好で古川さんが現れた。

「その格好、どうしたんですか?」

「レイアウトも勉強も基礎からしっかりしないとね。

 やはりレイアウトの基礎は木工でやったほうがイイ。

 もちろん、木工を使わない最新の方法もあるが、初心者は昔ながらの木工でやったほうが失敗が少ない。

 まず、君たちの作りたい風景のアイディア出しだね。

 君たちは何を作りたい?」

「只見川橋梁か旧余部鉄橋!」

「東京スカイツリー!」

「新宿駅再現!」

「ボク、自動運転やりたい!」

「走らせる車輌も凝りたいなあ」

 古川さんは、はははと笑った。

「予想通り、みんな、思っていることはバラバラだね。

 でも、これをしっかりまとめないと、時間ばかりかかって、うまくいかないよ。

 とはいえ、大丈夫。みんな初めはそうだから。

 君たちの気持ちが一つなら、きっといいレイアウトが作れるよ。

 まず、しっかり話しあおう。

 作りたい、君たちが理想とする、鉄道風景を」


打ち合わせ

「オンラインでも打ち合わせできるようにして、よかったわね」

 鉄研のみんなは、それぞれ帰宅したあと、自分の部屋のPCで打ち合わせを続ける。

「ええ。夏休みに向けて、予備校の夏期講習があるかもだし」

「それに、このGoogleハングアウト、図面の共有もできるから、話がまとまりやすいわ」

「そうだねー」

「で、そういや、なんだけど」

 察したのか、PCの画面の向こうの、詩音の顔が曇った。

「部誌、どうなった?」

「そうそう、部誌、6月にBCCKSの電子書籍で第一号を発行できたけど」

「それがです、まだ一ヶ月経ってないので、BCCKSから精算情報が来ないんですけど」

 詩音が画面を見せる。

「ダウンロード数、入手数っていうのが何を意味するか、わかんなくて」

「え? 入手してダウンロードする、って、えっ?」

「そういや、確かにわけわからん」

「特に仕上がり確認用に私がデータをダウンロードした回数もごっちゃにカウントしているみたいで」

 詩音が弱った声を上げる。

「うむ、斯様なことで動揺してはならないのだな」

 キラがとどめる。

「部誌は活動報告であって、売れ行きや人気度を目的としたものではない。むしろその『質』の方が大事なのだよ、榎木津君」

「またなんで京極堂さんに。でも、本当はそうですよね」

「それに、結構作ってても、読んでても楽しかったな」

「おとーさんも喜んでた!」

「古川さんも感心してたよ」

「あと、御波ちゃんのコラム、すごく詩情があってよかった!」

「なんか、旅っていいなー、って思う感じだったわ」

「さすが御波ちゃん、県下一斉テストで国語偏差値82だけのことはあるわね」

「いや、それはたまたま。

 でも、読んでくれるのって、嬉しい」

「それが大事だよー」

「でも、ほんと、あの小田原駅のシーンの話、すごくよかったなー」

「そうそう。新装なった小田原駅のコンコースから見下ろすホーム。

 ミュージックホーンを鳴らして箱根湯本へ走りだそうとするロマンスカーVSE。

 そこで手を振ってくる、大きな窓の中、展望席に座った小さな男の子。

 手を振り返しながら、思ってしまう。

 この日々も、あの日々も戻ってこない。

 でも、戻ってこないからこそ、永遠に美しく、輝く。

 それが、旅の記憶、旅する理由。

 いいわー!!」

「音読しないで! 恥ずかしいから!!」

 御波が怒る。

「ごめん! つい」

「音読禁止! もう、ほんと、そう但し書き書かないといけないのかしら」

「でも、もしかすると!」

「小田原駅を作る!?」


予備教室

 次の日。

「そうか、小田原駅の再現か」

 古川さんは頷いた。

「いいね。それも古い駅じゃなくて、新しい駅舎なんだね」

「はい!」

「なるほど。若々しいセンスでいいね。どうしても僕みたいな歳だと、古い駅舎に名残を思ってしまうんだけど、でもレイアウトは日本料理と似たところがある。 

 旬だけじゃないからね。『走り』と『名残り』というんだ。

 旬を先どるウキウキとした『走り』と、旬が過ぎていく寂しさを伴う『名残り』。

 どちらも日本料理と同じ、大事な詩情だよ。

 その詩情を表現するというのは、すごくいいモチーフだね。

 では、君たちの技術でどこまでその表現が出来るかなんだけど」

 みんな、それぞれの作品の写真を古川さんに見せた。

「うん。なかなか良く出来てるし、それぞれに得意分野があるね。

 なるほど。じゃあ、役割分担もだいたい決められそうだ。

 でも、それより前に」

 皆、訝しんだ。

「食事の買い出しに行ってくるんだ。日数が足りないから、ここに合宿して作らないと間に合わない。

 あ、とはいっても、コンビニ弁当はダメだよ。あれは言われているほど体に悪く無いとはいえ、いろんな力が出ない。

 顧問の先生にはここで食事を作ること、そして君たちが泊まりこむことの許可をもらってある。

 まず、初日はカレーをつくろうか。材料を買いにマイカルまで行こう」

「食事作りながらで間に合うんですか?」

「大丈夫。僕の見立ては間違いない。

 じゃあ、行ってらっしゃい。僕は顧問の先生ともう少し打ち合わせがあるから」



夕暮れの道

「古川さんに褒めてもらったね」

「うん。でも、私、何の工作の担当かなあ」

「詩音ちゃんがたぶん主役ね」

「カオルは電子工作かな」

「えーっ、ぜんぜんやったことないよー」

「すぐ覚えちゃうわよ」

「ツバメさんと御波さんも工作担当ですね」

「でも……」

 みな、キラと華子をじとーっと見つめた。

「なんだよう!」

「うむ、ここはワタクシが率先垂範して工作と全体のアートワークの方向づけを」

「させられないよ!」

「だって、美術でキラ、みんなにシュール過ぎるスケッチ描いて、『キテる画伯』って呼ばれちゃってるじゃん」

「華子も! あなた不器用で学校中に有名になってるじゃない! 購買のおにぎりの包装、ずっとちゃんと取って食べられないって」

「それは心外である」

「だって、おにぎりは、おとーさんが必ず作ってくれるもん」

「ああああ、大丈夫なのかなあ!」

「古川さんが大丈夫って言ってたけど……なんか不安になってきた!」



調理場

「ちょっと待ったー!」

 高校の調理場でツバメが叫んだ。

「詩音ちゃん、それ、何するの!」

「いや、キュウリを焼こうと」

「キュウリはサラダにー! なんでキュウリ焼くんですか!」

「いや、キュウリ、何に使うか分からなくて、困ってましたの」

「普段何食べてるんですか!」

「そっちもー! キラ総裁!」

「え?」

「何入れようとしてるんですか! というか、どこでそんなの買ったんですか! なんですそれ!」

「食用青色1号、食物につける色素であるな」

「何に使うんですか!」

「初夏に見た目も涼し気な『ブルーカレー』にしようと思ったのであるな」

「アリエナイ! 駄目です! そんなの、絶対食が進まないから!」

 その傍らでは、華子が凄まじい勢いでキャベツの千切りを切っている。

「ふっ、また、つまらぬものを切ってしまった」

「さすが、といいつつ、カレーにキャベツ千切り?」

「それが食堂『サハシ』流だけど……普通でしょ?」

 その傍らで、御波が何かを一心に刻んでいる。

「御波ちゃん……カレーのじゃがいもに『和の鉄人』みたいに細工彫りしてる人、初めて見たわ」

「だって、普通でしょ」

「ああ、普通の基準がおかしい! それにカオル! なにやってんの!」

 カオルはちょっと離れたところでメスシリンダーや上皿天秤、そして薬匙で何かを調合している。

「秘伝スパイスの調合」

「ほんとにそれで食べられるの? なんかヤバイ薬作ってるみたいにしか見えないわよ!」

 調理場はまさに阿鼻叫喚である。


「さて、何とか出来そうだけど……」

 鍋にカレーが煮えてきた頃だった。

「うむ、これを仕上げに入れると良いのだな」

「わーっ!」

 さっとキラが『何か』を入れた。

「何入れたんですか!」

「ナイショなのであるな」

「うわあー! 最後の最後でさらに!」


「で、出来たけど」

「食べられるの? これ」

「見た目はなんか、良さそうだけど」

「匂いも悪くない」

「『匂い』って……『香り』じゃないのね、もはや」

 そこに古川さんが帰ってきた。

「おおー、出来てる出来てる。じゃあ、いただこうか」

 みんな、顔を見合わせた。

「古川さん、チャレンジャー……自分たちで作っておいてナニだけど」

 声を潜めて、みな言う。

「何かあったら『救急車』呼べるようにしておきましょう」

「あいあいさー……」

 そして、みな着席し、いただきますのあと、古川さんが一口めを口に入れた。

「うん!」

 みな、ビビりながら次の言葉を待った。

「美味しい! いいね!」

 えええええー!!

「うむ、当然であるのだな」

 キラはしてやったりの顔である。

「カオルくんに命じたのはガラムマサラ・醤油・ウスターソースなどの調合なのである。味の完璧なる再現には調合の具合が難しいので、ここ一番の集中力に優れたカオルくんに任せたのであるな。

 そしてこのカレーは最後にインスタントコーヒーの溶液を少量入れると味がはっきりするのだ。

 兄上の乗り組む海上自衛隊ヘリコプター護衛艦〈ひゅうが〉秘伝のビーフカレーのレシピなのである」

「キラ総裁、お兄さんいたんですか」

「さふである。ではいただくとするか」

 みんな、食べ始めた。

「あら、予想外に美味しいわね」

「というか、途中があんなだったから」

「なんか、こうやって食べると、まさに合宿、ってかんじね」

「うん。こういうのは大事だよ。それに、このカレーづくりで、誰が何の工作が得意か、分かったし」

 古川さんの言葉に、皆、振り向いた。

「見ていたんですか?」

「うん。チラチラとね。

 詩音くんもちゃんと」

 ボウルに盛られたサラダを見ると、あの危うく焼かれるところだったキュウリが、繊細な飾り切りを施されたサラダになっている。

「工作の腕はしっかりあるみたいだ。

 キラくんとカオルくんはどこか『男の料理』のところはあるが、見どころがある。

 御波くんはさすがの『女子力』だし。

 ツバメ君もなかなか工作力がある。

 というわけで、食べ終わったら割り振りを言うよ」

 食後、古川さんは図面を取り出した。

「これはGoogle Earthから割り出した小田原駅の見取り図。

 線路配線とかはそのままは使えないけど、これをアレンジして模型化する。

 その全体構成、アレンジについては、キラくんと私で相談する」

「はい!」

「そして、レイアウトは目立ってナンボのところはある。

 そこで模型における大きな目立つポイント『光、音、動き』のうち、光と音を表現するため、チップLED照明や電子サウンドギミックを使いたい。

 それはカオルくん、君にお願いしたい」

「わかりました」

「他にも難易度の高い工作がいくつかある。

 アーチ屋根の作り方だが、詩音くん、君なら出来るね。これには君の繊細な工作力の加減がいる」

「承ります」

「あと、そのアーチ屋根を支えるトラス。これは手で切って工作していてはとても間に合わない。

 そこで、その効率のよいやり方をツバメ君に教えるよ」

「はいです!」

「あと、レイアウトにおいては『高低差は正義』だ。

 高低差、起伏のないレイアウトは見ていて迫力が足りず、飽きがきやすい。

 そこで、まずレイアウトをベース面から嵩上げし、川などを彫りこめるようにする。

 レール面には列車の走行性を悪化させないよう勾配を入れないが、地形に起伏は絶対に必要なんだ。

 その起伏、地形をつくるためのスタイロフォーム工作は、華子くんに」

「はい!」

「そして、全体の工作の進行を見ながら、車輌工作と演出の調整を御波くんに」

「私? 私にできるでしょうか?」

「君の感性なら出来るよ」

 御波は、その言葉を受け止めた。

「がんばります!」


「カレー、美味しかったなー」

「これで、役割分担が出来たわね」

「ムムム、ガンバラナクテワ」

「ボクは古川さんから借りた電子工作の教本、さっそく読んでみます。面白そうだし」

「キラ、あなたがちゃんとアレンジの計画立てないと、みんな工作進まないわよ」

「さふであるが、すでにわが灰色の頭脳の中にはプランが浮かんでいるのだ。日頃の観察の成果をいままさに発揮するのであるな」

「なんか、そこが不安だけど」

 みんな、笑った。

「でも、これであとは、『作る』だけね」

「ええ!」

「それが一番難しいんだろうけどね」

「じゃあ、また『あれ』やりましょうよ」

「ああ、『あれ』?」

「うん!」

 みんな、手を合わせた。

「せえの!」

「ゼロ災で行こう! よし!!」


 そして、6人の季節は、盛夏に突入していくのであった。




「次回・第7話、ん? タイトル『最高のとんかつ』? って何?

 なんですこれ?

 だって、次は高校レイアウトコンベンション出展に向けて私たちがガンバル、って話でしょ? この流れで言うと。

 え、それがまさか……違うの!?

 えええ! ヒドイっ!」


 お た の し み に。



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