第5話 すきだからこそ

早朝の海老名駅


「あれ、なんでみんな、もう集まってるんだろう?」

 御波は集合時刻5分前に駅のコンコースにある柱の待ち合わせ場所についた。

「遅い! 5分前!」

「うむ、旧海軍以来、予定時刻の5分前に行動するのが常識なのだな」

「だって、集合時刻5分前集合って、わたされた計画表に書いてあったから」

「ならばその5分前に集まるべきだな」

「えええー!! じゃあ、10分前に集まるの?」

「ボクなんか、10分前に集まるだろうなーと思って、15分前から待ってましたよ」

「わたくしは念には念を入れて20分前からですわ」

「私は海老名の入換作業の撮影ついでに30分前から。ヒドイ!」

 御波はへなへなと出鼻をくじかれて崩れたのであった。

「30分前に集まるとか……非常識でヒマな」

「うむ、光画部時間とは逆に時差が働くのだな」

「また『究極超人あ~る』ネタ。読んでる人も思い出すのが大変ですよ」

「本は全部暗記するほど読んでこその読書だと教わったのであるな」

「ボク、忘れる、ってのがよくわかんないんです」

 カオルはそう言って、みんなびっくりする。

「え、忘れないの?」

「ええ、完全記憶です。読めばすぐ覚えちゃいますから。だから円周率表とか読んじゃうと、どんどん覚えちゃって」

「……でも、それ、しんどくない?」

 カオルは考え込んだ。

「まあ、それはそれで良かったことと悪かったことがそれぞれだと思いますけど」

「それはまあのちのち話をするとして!」

 ツバメが話を切った。

「なんです! この旅行予定表!」

「ああ、電鉄の今年の休みの企画は、トランプラリーなのだな」

「おかしいじゃないですか。昔電鉄の開通60周年でやって、子どもの駆け込み乗車とか構内暴走とかで電鉄さんこりちゃって、二度とやらないことにしたはず! しかもあれは夏休みでしたよ! なんでこんなゴールデンウィークにそんな企画ぶつけるんですか! リアリティがない! 必然性がない! ヒドスギル!」

「まあまあ、ツバメさん、これは『フィクション』なんですのよ」

「うわっ、言っちゃったー!」

「でも、そうですわよ? 私たちは実在しないんだし、海老名高校も鉄研も実在のものとは何の関係も無いんだから。せいぜい作者が昔通ってたとか、その程度の話ですのよ」

「作者、海老名高校に通ってたんですか? 自分切り売りにも程がある! ヒドイ!」

 詩音はその言葉に笑う。笑うときにちゃんとハンカチで口を隠すところとか、現実味のないほどのお嬢様であり、それをみんな一瞬見惚れてしまった。

「あああ、詩音ちゃん、癒し系中の癒し系だよ!」

 と御波は思わず抱きついてしまうほどである。

「御波、いいから離れて!」

「私は今、詩音ちゃんで充電してるんです! ああああ、癒される~」

「ああ、ワケガワカラナイヨ!」

「うむ、さすがに6人もいると、誰がどうしゃべっているのかがわからなくなるのであるな。うむ」

「で、顧問の先生は?」

「それが」

 ツバメがケータイの画面を見せた。

『どうしても抜けられない用事が出来たので休みます。あなたたちで頑張って』

「なんですって!」

「バックレた……」

「みんな、そこは察してあげましょうよ。先生も御歳30代後半だし」

「まさか、デート!?」

「というか、婚活なんだろうねえ」

「うむ、顧問の先生にも、自身の女性としての人生設計があるのであろう」

「キラ、あなたに人生設計はあるの?」

「死して屍拾う者なし」

「聞くんじゃなかった」

「さて、そろそろ『作戦』前の説明の定刻であるな」

「そういうところは定刻通りなのね」

「うむ。定時定刻にただ今到着なのだな」

「微妙に正確でない気がするけど」

「では、まず。作戦参謀のカオルくんに説明をしてもらおう」

「作戦参謀……まあ、いいとしましょう。

 まず、電鉄・初夏トランプラリーへの参加とラリー完遂が今回の目的です。

 ラリーの概要は、トランプケース付きトランプラリーパスを購入、電鉄の全70駅のそれぞれの改札口においてあるトランプを集めるものです。

 限られた時間内でトランプを入手するのがポイントです。

 ちなみにこのイベントは実在しません。1987年、電鉄の開業60周年で行ったものを著者の脳内でリバイバルするものであり、ツッコミざかりのみなさんはあえてここで忍耐を学んでいただく、ということで。てへ」

「てへ、じゃないでしょう! これ、非難ゴーゴーですよ! ヒドイ!」

「そこは、とはいえ、であるな。実際の実在のイベントのレポなんかやったところで、そんなものは他の誰かがやるのであるから、それはそれに任せて良いとして、我々は我々の道、我々の示すべきものを目指さんと欲すのであるな。そこにフィクションとしてこの話を行う意義、意味があるのだ」

「なんか、そういう言い訳で作者の都合バリバリですよ……ヒドイ!」

「ともかく、みんなでホームに降りましょう」

「その前に」

 キラが前に立った。

「家に帰るまでが鉄研旅行なのである」

「遠足のときの校長先生の定番……」

「そして、ゼロ災で行こう!」

 キラのその掛け声に、みんなはきょとんとしたが、すぐに理解し、円陣を組んで手を合わせた。

「ゼロ災で行こう、よし!」

 みんなは、声を合わせた。


駅構内


 そして一行は改札を通り、ホームに降りた。

「カオルさんのプラン、大丈夫?」

「はい。そこはボクがしっかり計画しましたから」

「うむ、さすがダイヤで本職さんのダイヤ作成のお手伝いをしているだけのことはあるな」

「あ、撮影したいひと、新宿方からここで日本車輌から戻ってきた3415F充当の試運転が来ますので」

「試運転までばっちり把握! さすが歩くダイヤ情報!」

「そりゃそうですよ。D-ATS-P搭載改修後の試運転です。定時ならあと40秒で通過します」

「ありゃ、いそがないと!」

 そう言ってウッカリ華子が走りだそうとする。

「走っちゃダメ!」

 ツバメが驚くほど厳しい口調で咎める。

「でも間に合わないよー!」

「でもダメなものはダメ!」

 そう言っているうちに、試運転表示の列車が座間側の勾配を降りてくる。

「しょうがないわね」

 そうカメラを構えようとする。

「ダメ! そこはダメ!」

「だって、黄色い線の内側じゃない!」

「内側だからって全部いいわけじゃない!」

 ツバメはなお口調が鋭い。

「だって」

「だってもなにもない!」

 華子は、少し何か言いたそうだったが、それでも黄色い線を確認して、列車にカメラを向けて撮った。


「厳しいのね、ツバメちゃん」

「厳しくもなるわよ。お父さん、現役の電鉄の運転士だもん。日頃、撮り鉄のマナーの悪さ、ぼやいてるもの」

「まあ、さふであるな。撮り鉄は一般のテツよりすこし性質が違う気がするのでもあるな」

「でも……」

 御波は考えこんでいる。

「どうしたの」

「でも、鉄道が好きなのは同じでしょ? それを撮り鉄だけ誹っても仕方ないと思う」

「世の中には異質と同質の間の壁があるんですのよ」

「でも……」

「うむ、御波くんは、共感能力が高いのであるな」

 キラはそう言って、御波の肩に手をやった。

「それはとても良いことであるな。世の中には他人ごととして自らを省みぬものも多い。その中で、いろいろなことを自分の問題として、解決を考えるということは、真摯でよいことであるのだ」

 そしてキラは、カオルの方にも向き直った。

「鉄道ファンとは、その面で、どこか心のありようとして、若干いわゆる『普通』とは違うところがあると思われるのだな。

 それは重要な、深みのあるテーマであるな。うむ。興味深い。

 ともあれ、撮影においてはわが海老名高校鉄道研究公団としては、マナーについては模範たらんとぞ思ふ。せっかくの現役鉄道員の子弟が在籍するわけであり、そこは十分研究すべきテーマであるな」

 みな、考え込んだ。

「では、列車が来た。うむ、乗車するのである」


乗車

「そこはダメだよ」

 華子が運転席後ろに陣取ろうとすると、カオルが咎める。

「なんでー!! なんでぼくばっかり!」

 彼女は当然、へそを曲げる。

「そこは子どもたちのためにあけておくべきだな。

 なおかつ、ドア付近に我々6人が溜まってしまっては他のお客の乗降に支障をきたしかねないのである。

 次の降車駅までの乗車時間から考えて、座席の前に立つべきと心得るのだが」

「そうかー。電車にただ乗るだけでも、こんないろんな考え方があるんだね」

「鉄道とは、『テツ道』であるのだよ、榎木津君」

「なんで京極堂になっちゃうんですか」

「ともあれ、『鉄道を研究する』のココロ、真髄は、ここであるのだな。うむ」

「鉄道を研究……」

 キラは、うむ、と頷いた。

「たとえばこう見る車窓についても、研究の題材は幾つもある。

 観察は、とくに模型作りに応用するだけでなく、鉄道の経営、歴史、そして鉄道工学、科学に至るのだな。

 鉄道を切り口に、世界を理解し、提案する行為にもつながる。その目論見も持っている」

 御波は感心した。

「といいつつ、キラはクラスの授業サボって部室にこもったりしてるけどね」


 その時だった。

「あら、二流高校の鉄研が何故関東私鉄の女王に、なにをぞろぞろとご乗車なさってるのかしら」

 高い声が聞こえた。

「美里!」

 御波がたしなめようとするが、彼女はそれを振り払うような仕草をする。

「あなたたちもトランプラリー? 貧乏臭い活動ね」

「何よ!」

 ツバメが反論しようとする。

「じゃあ、あなたたちは?」

「私たち由緒ある森の里高校鉄道研究部は、これから東北新幹線仙台総合車両センターを『私達のために』特別に見学させてもらいに東北新幹線グランクラスで向かうのよ。トランプラリーなど、小中学生のやることよね」

 美里はせせら笑う。

「うむ、なるほど、ライバル高校出現というわけであるな」

 キラがゆっくりと反応した。

「まあ、それもよかろう。せっかくの休日を迎えた多忙なる現業部門たる総合車両センターの職員さんの手を煩わせてどのような研究をなさるのか、その成果に期待させていただくこととしたいのである」

 さすがキラの嫌味攻撃は強烈である。

「あら、その分我が扇宮グループからJR東日本にはその分特別に資金を用立てますのよ」

「うむ、お金でいくらでも労力を買えるというのはさすが非道な経営センスの証左であるな。労働基準法に何故労働時間の上限が定められているか、法の根拠と論理をご理解なさった上での超過労働の要求であろう。残業代をいくら積まれても人間はもう働けないほど疲れることもあるのであるが、まあそこはJR東日本も大人として、そういう甘い判断も苦笑のもとに応ずるであろう。まこと、実にめでたい話である。行き過ぎた成果主義という現代の魔物の一つの姿とはいえ、しっかり彼らの休日出勤の分、深い研究を期待するのであるものなるぞ」

「何よ!」

「うむ、もう終点の新宿であるな。安全なる旅路を祈るとしよう。我々はその小中学生のすなるものというトランプラリーを通じ、十分に鉄道を研究するのである。弥栄。お互い、それぞれの研究を競うこととするであるな。ではな」

 キラはそう言うと、皆を乗り換えの方向へ誘導した。

「きーっ! なんなのあの子!!」

 美里はそう言って地団駄を踏むが、すぐに他の森の里高校の仲間に促され、東京駅に向かう中央線に乗り換えていった。


「幼なじみなんです」

 御波は彼女のことを言った。

「寂しがり屋で、本当は今日も、一緒に仙台に行きませんか、って言いたかったんだと思います」

「それは超訳すぎるわよ! 本当?」

「小さな頃からだから、わかるんです」

「そうであるのか」

 キラは頷いた。

「うむ、まだまだ何度も縁があるであろう。彼女のココロを素直に導くにはワタクシもいささか力不足の感は否めないが、精一杯鉄道を研究することで、それに代えることとしたいと思うのであるな」

 みんな、その真意はよくつかめなかった。

 相変わらずキラの表情は何を考えているか分からせない、不思議な笑顔だった。

 彼女の動輪の髪飾りのレリーフは、車内のLED灯にキラキラと輝いていたが、その下の黒髪とその下の凛とした瞳は、あいも変わらず僅かな狂気めいて輝いていた。しかし、それに病的な感じがしないのは何故だろう。

 やっぱり、これが天然、ってものなのだろうか。

 御波はそこで考え込んだ。

 が、それより先に、まず新宿駅のトランプカードを受けとるのだった。


乗り遅れ

「ダメ! 次の列車を待つの!」

 続いての乗り換えでも、ツバメは相変わらず、乗車マナーにとても厳しい。

「ああ、いっちゃった…‥」

 乗車予定だった列車を見送りながら、カオルはすぐに乗り遅れの修正ダイヤを計算し始める。

「ツバメちゃん、なんでそんなに乗車マナーに厳しいの?」

 ツバメは答えない。

「でも、確かにマナーを守ることは大事ですわね」

 と詩音はため息を付きながら、そう添えた。

「ても、これじゃ思うように撮影もラリーもできないよー」

 華子が泣きべそをかく。

「ううむ、カオルくん、状況はどうであるか?」

「正直、厳しいですね。かなり遅れが蓄積して、予定の日数で回ることは」

「でも、マナーマナーって言うけど、どこまでがよくてどこからがダメかがわからないところもあるわねえ」

「そこであるな」

 ツバメは、一度黙って、それからあと、口を開いた。

「たしかに、マナーは恣意的に使われることもある。なかにはマナー違反だと勝手に決めつけ、犯人探しをするのもいる。

 本当はルールを決めたほうがお互いにはっきりして、やりやすくなる。鉄道ファンも、鉄道会社も。ルールってのは、自分を締め付けるものじゃない。よくわからないマナーのグレーな境界に怯えて暮らすのではなく、はっきりした線でスッキリさせて、そのなかでの自由を確保するものなの」

「でも、鉄道趣味には、明確なルールらしきものは、ほとんどないわねえ」

「ええ。それはあくまでも趣味だからでしょう。無粋だからというのもあるし、そういうことを守らせる強制力を持ったファンの団体もない。鉄道会社も面倒臭がってやらない。

 そのなか、事故が起きたら、そのあやふやでやってきたすべてが崩壊する。

 それは、鉄道趣味の、絶滅になる」

「まさか」

「でも、極端とはいえ、海外だと鉄道が軍事施設扱いで撮影全面禁止の国もあるわね」

「いろいろマナー問題が起きるのも、日本が自由だからってことなのかな」

「自由とはなにをしてもいいというものではないな。『自らに由る』と記して自由という。よって自分の意思によって行うが、その責任と結果については自らが引き受ける義務を負う。そうであるから、マナーの悪いものはそれなりに官憲の取り締まりを受けるのが筋であろう。しかしマナー違反といたずらにそしるのも、それは私刑の域にならざるを得ず、明らかなものであったとしても、あまり良いことではない」

「ええっ!!」

「なぜなら、それが良いか良くないかはなんの権限、見識があって行うのかという問題がある。その判断に足る万全の知識、判断能力があるものでなければそしることはできぬ。だいたい、もしそれが誤認であった場合、その罪はどのようにして償うのか。まして今、SNSで『こんなマナーの悪い奴がいました』などと啓発のつもりで晒すのは、実はあまり良いことではない」

「でも、それじゃ、マナーの悪い奴なんて」

「そんな奴は放っておくが良いのだ。それよりも、ここ」

 キラは胸に手をやった。

「理想とすべきファンとしての有り様は、自らの胸の中においておき、自らの行動で示すべきなのであるな。皆がそうすれば、自ずから行いの悪いものは、孤立していく。孤立の先もまた自ずから決まっているのだ」

「そんな甘いことでは」

「うむ、知識不足で行いを正せないのはもちろん良いことではない。でも、そのために我が鉄研などのテツの趣味サークルなどの意義があるといえような」

 キラはそう言うと、うむ、と頷いて、続けた。

「もちろん、鉄道趣味というものは幅が広い。子供から大人、壮年から高齢者までが楽しむものであり、そこには必然的に未熟なものも入る。そこでのつまらぬ諍いを楽しむものも、少数ながらいるのは残念なことであるな。しかし、である。やはり自由の原則、自らに由るの真意を深く理解し、そのなかで、斯様な」

 とキラが示す先には、ホームの端に記された『三脚などは使わないでください』の電鉄の記した表示があった。

「このようなものでわざわざ鉄道会社の手間を取らせてしまうことを、他人ごとではなく、ファンのひとりとして深く恥と思いつつ、それをぐっとココロのうちに込め、より良き鉄道ファンとは何であるのか、常に自らを問い続け、日頃からそれを実践するのも大事であるな。

 ツバメくん、さふではなかろうか」

 ツバメは、感じ入っていた。

「そうかもしれません。私は、このみんなを悪い連中と同じにしたくない。だから」

「そうね。私たちの間だけでも、マナーを優先しましょう。正しい行いをしていけば、それは必ず波及して正しいことが広まっていくと信じていきましょう」

「そうか! 『良貨は悪貨を駆逐する』っていうもんね!」

「華子にしては難しい言葉が出たわね」

「またバカ扱いするー! ちゃんと勉強してこの高校入ったんですよー」

「さふであるな。しかしそれを時々忘れそうになるのも華子のまた人徳であろう」

「人徳……ヒドイ!」

 みんなは笑った。

「でも、ここで、残念なお知らせがあります」

 カオルがダイヤのメモを見て、口にした。

「ダイヤを確認しましたが、どうやっても全駅コンプリートにはゴールデンウイーク全部かかります」

「ええー!」

「しかたないことです。乗り継ぎ、乗り換えに十分な余裕を盛り込むと」

「うむ、さふであるな。では、ワタクシは高校一年生のゴールデンウイークをすべてこれにかけようと思うのであるが」

「私は良いですわ。本当は鉄道模型誌に載せて欲しい作例が仕掛品であるのですが、私はみなといっしょにいたいです」

「ボクはダイヤを決めた以上、しっかりみんなを誘導したい」

「私もちゃんとコンプリートしたいわ」

「私も!」 

「うむ、総意であるな。では、カオルくんのダイヤに従って、良きマナーで鉄道を楽しみながら研究しようであるのだ」

「はい!」

 みなの声が揃った。


再び乗車

「子供がいない時は、運転席後ろにたってもいいかも」

 ツバメがようやく、そう言い始めた。

「ありがとう。でも、ツバメちゃん、厳しすぎるわ、正直」

「なにかあったのですか?」

 ツバメは顔を曇らせた。

「小さいころ、運転席の後ろにつこうと思ったら、もっと年上の子に、邪魔扱いされて。

 すごく悲しくて。小さな子に、私たちは、そういう思いをさせたくないな、って」

「うむ、トラウマであったわけだな」

「たしかに、悲しいですわねえ」

「そういえばそうだけど」

 御波は口を開いた。

「人間てムズカシイわ。邪魔扱いを露骨にするのもいるのはたしかに論外。

 でも、ツバメちゃんはナイーブだから、気にしすぎちゃってるところもあると思うの」

「そうかも」

 そんなことを話しながら、列車をまた降りた。

「幼い頃の記憶って、しみ付いちゃいますもんね」

 ツバメはちょっと暗い顔をしていたが、それを断ち切るように、笑顔になった。

「でも、みんなはちゃんとしてるし、私達がそうならなければいいだけだもん!」

「うん!」

「そうね」

 みな、納得した。


下車

 そして、改札でトランプカードを受け取る。

「電鉄は無人駅がほとんどないのがいいわね」

「そうなりかねない小さな駅だけどね、この駅」

「余裕取ってありますから、駅も撮影しましょう」

「いいの?」

「ええ。最短で回るのを諦めたら、余裕が出来ました」

「だったら、撮りたいものいろいろあったの!」

 詩音はカメラで自動改札機を撮り始めた。

「これの完全再現をしたかったの!」

「資料撮影?」

「そう。頭のなかで考えたり、ウェブの画像検索じゃ、気づかないディテールの情報がいっぱいあるのよ。何気ない点検蓋があることとかも重要だし、もっと困るのが『なんにもない』ってところがこまる。何にもないってはっきり分かれば自信を持って「何にもない」にできるけど、はっきりしないと、つい不安になって情報量増やそうといろいろ迷ってしまうわ」

「なるほど、同じ駅撮りでも模型鉄ならではの視点があるのだな」

「そう。夜、模型作ってて、あれ、ここどういう構造だったっけ、って悩みだすと、考え過ぎちゃって止まらなくなるの。そういうときは現場に行って調べるのがいいのよ」

「なるほどねえ」

「もう2分ほどでVSEが通過しますよ」

「よしっ、撮り鉄班は駅撮りだっ」

「うむ、D-ATS-Pの地上子はもうここにも設置されているのだな。でも緑色に塗られたものと白いものがあるのはなぜであろうか」

 みな、思い思いに撮影と観察に勤しんでいる。

「よしっ、撮れた!」

「じゃあ、次の列車に乗りますー」

「なんか時間があっという間に過ぎていくような気がする」

「もう陽も傾いてきているし」

「早っ! いつの間に!」

「やはり翌日サスペンデッドになるであろうな。カオルくん、明日のダイヤは」

「今暗算してます」

「ダイヤ暗算できるなんて、さすが完全記憶ね」

「明日の集合の待ち合わせも決めておきましょう」


旅の終わり

 そして、翌日も朝からラリーの旅を続けた。

「これでラストは海老名駅ね」

「ロマンスカー乗っちゃいましょう。このラリーパスでは乗れないけど、ロマンスカーの分だけ運賃別に払いましょう」

「そうね!」

 新宿駅の特急ホーム・ロマンスカーカフェでちょっと軽く飲食し、そのあと鉄研一行は6人でクロスシートに座った。

「下北沢の地下化工事、もうすこしで終わりそうね」

「ええ。飾ってあった完成模型のBトレインショーティーも興味深かったし、あの模型のレールはPECOのものなのかしら。ああいう模型の作り方も独特の良さがあるわね」

 そこに、声がかかった。

「あら、あなたたちもロマンスカー?」

 その声は美里だった。

「トランプラリーはこれでおしまい?」

「あなたたちも仙台から帰ってきたのね」

「そうよ。大収穫の見学だったわ。あなたたちはなにか収穫ありましたの?」

「ありましたよ」

 カオルが答える。

「鉄道趣味というものはそもそも競い合うものではないのであるな。

 むしろ互いを認め合うところが、趣味の王様たる本質、所以であろう。

 ともあれ、お互いに見聞の実り多い旅となって、じつに弥栄である」

 キラも続ける。

「あら、そんな近場なんか、いつでもいけるのに」

「いつでもいけるところこそ、結局は行かないままになってしまうのだな。

 旅の本質と距離は、そもそも関係ない。

 そこで何を、どのように感じ、そしてどうそれを受け止めるか。

 その感受性を豊かに持てば、たとえ隣の駅への移動であっても旅足りえるし、逆に北海道だろうが海外だろうが、旅情を感じる余裕がなければ、それはただの移動でしかないのだな。

 旅とは、本来はその余裕を持つことこそ本義であるのだな。うむ」

 美里はなにか言いたげだったが、キラは言わせなかった。

「このように暮れなずむ街を鑑賞し、そこに旅情を感じられれば、このロマンスカー『ホームウェイ』号が単なる通勤ライナーから家路を急ぐ旅の最後の行程ともなりえる」

 美里は、その言葉を聞いて、窓の外に目を転じた。

「そして日頃、何気なく移動をしていても、その移動には同じものなど一つもない」

「……そうね」

 美里は不承そうにしながらも、同意した。


家路

 ロマンスカーは本厚木についた。

 途中、撮った写真を見せ合い、検討しながらの道中だった。

 そして、列車を降り、皆で回送になって小田原側の引上げ線に引き上げるロマンスカーを見送ったあと、コンコースに降りて、いったん改札を出る。

 美里たちはプイッとしながらも、「またどうせ、そのうち会うわね」と言い残して、本厚木の街に消えていった。

 そして、海老名高校鉄研の皆は、本厚木のトランプカードを受け取り、パスで入場して海老名に戻る。

「終わっちゃうね」

 ふっと、そんなことを言った。

「ほんと、思いの外面白かった」

「やっぱり、仲間がいるって楽しいわね」

 乗った列車は相模川橋梁を通過する。

「すきな鉄道だからこそ、そこに厳しい自制心がいるとのツバメ君の信念、確かではあるな。これもまた研究になったといえよう」

「旅の仲間とは、こういうものなんですね」

 詩音は感じ入っている。

「一人で列車に乗っている時とは、全然違って、良かった」

「うむ、そのための鉄研であるのだな」

 キラは微笑んだ。

「そして、旅は終わるが、ここからがわが鉄道研究公団の戦いの始まりなのだ。

 夏の鉄道模型レイアウトコンベンションへ向けて、レイアウト、すなわち鉄道模型ジオラマを作らねばならない。

 まさに全国高校鉄研の甲子園たるべきイベントなのである」

「私もそれを楽しみにしていましたわ」

 詩音が言うと、ツバメも、御波も頷いた。

「私たちのほんとうの力の見せ所になるわ」

「でも」

 みな、一緒の思いだったようだ。

「仲間が一緒だから、参加できるのね」

 キラ総裁は、かばんからそのコンベンションのエントリー通知を取り出して、微笑んだ。

「そうなのだ。大一番になるのだ」

「がんばりましょう!」

「ええ!」

「一緒に!」

 声が揃う中、列車は夕闇の海老名についた。


 旅の終わりは、次の冒険の始まり。


 しかし、その戦い、冒険がどんなものか、彼女たちははまだ、何もわかっていなかったのかもしれない。



「ええーっ、まさかここからシリアス展開に!?」

「うむ、そんなのは作者が疲れて弱気になってそうしようとしても、ワタクシ、キラ総裁が許さないのであるな。まさに『鉄研制裁』なのだ」

「とはいえ、お約束展開の乱発とも行かないですわねえ」

「でもバカな展開するのやだー」

「華子がそれを言うのはどうかと思うけど、ボクにもいいところさせてよー」

「でも、どうなるの? ただの青春群像ものになるとか? ヒドイっ!」

「そこは作者の体力・気力次第であるのだな。そこはこれをお読みの方、言葉だけでもいいから、深く応援求むなのだ」

「私たちの夏のコンベンション、どうなっちゃうの? 不安だなあ!」

「次回、『第6話・鉄道模型レイアウトできるかな』 だって?……うわー、嫌な予感しかしない!」


 つづくっ!


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