第4話 レベルF
部室
「まあ、そりゃ、出来立てのほやほやのこの鉄研に、貴重な部室がまるっと1つもらえるとは思わなかったけど」
薄暗い部屋。ロッカーが2つ並び、部屋はパーディションで区切られていてさらに暗い。
窓は小さなスイング式の窓が一つ、開閉できない窓が一つ。
ちょっと配管すればトイレになってしまいそうな作りだが、実は噂によればそのとおりだったらしい。ちょっとジメッとして、ちょっと薄ら寒い。
「でも、自分で建てたりしなくてすむだけマシよ。『究極超人あ~る』の光画部は部室を建てなおしてたもん」
「とは言え…」
皆が、その真中の机の上の、リバーシの盤に注目している。
片方は半ベソの御波、そして片方は……。
「まさか、1年生にして早くも『王子』と呼ばれる美形が、こんな囲碁将棋部にいるとは」
「王子はともかく、囲碁将棋部をそう言われるのはボクとしては大変心外です」
その美声に詩音は気を失いそうになっている。
鉄研と囲碁将棋部は相部屋にされてしまったのだ。
「つまりはそういうことだ。うむ、『カオル王子』とやら、格好のやおいネタである」
とキラが華子と彼を見ていう。
確かにふたりとも、背が高くボーイッシュである。
「やおいっていうなー!!」
華子が真っ赤になって怒る。
「これで華子がバカでなければ最強ペア、ツインタワーだったのになあ」
「勝手にカップリング組まないでくださいよ。それに対局時計、ボクだけハンデあり、って、ひどくありません?」
「よいではないかよいではないか、世にプロボクサーと素人が喧嘩になった場合、ボクサーは公判において問答無用でその体が凶器あつかいされるとも聞く。キミの頭脳はすでに十分な凶器であると思うのだが。そうは思わないかね。カヲルくん」
「カオルです。「kaworu」ではなく「kaoru」です」
「キミも親にその名を付けられて生まれた時からその名を後悔したであろう」
「そのマワリクドスギ攻撃は通じませんよ」
「さすがである。期待通り、いや、もはや測定不能のパターン青、最後の仕組まれた子ども、シックス・チルドレンなのだな」
「エヴァネタもボクには通じません。TV版24話で『ボクのエヴァ』は終わっているんです」
何歳なんだこの子は。
「うむ、さすが最強の使徒だ。かくなる上は決戦女子高生形描画兵器ツバメ初号機を」
「でも、私のペン画では勝てません! というか、どう戦ったらいいかわかんないし! ヒドイ!」
「ペンは剣よりも強いとも言うではないか」
「剣とは心外です。ボクはリバーシと将棋と囲碁と数学と物理と化学とプログラミングに強いだけですよ」
「カオルくん、それだけ強いものがあれば、十分私達には脅威よ……」
「さすが最後の使徒。ロンギヌスの槍が必要と思われ」
「あれ、キラ総裁、今日は艦これネタあんまり使わないんですね」
「そうね。第3話のアレに総裁閣下はお怒りのようです」
「おっぱいプルンプルン!」
「それはYouTubeの『総統閣下MAD』ネタですよ」
「だいたいあの子が轟沈した後に、『てへ、轟沈しちゃった……。みんなは轟沈しちゃダメだよ』ぐらいにしておけばよかったんだ! チキショーメー! 今すぐルーデルを呼べ!」
「なんか、ガルパンMADネタまで混ざってきてる」
「うむ、魔改造は日本と皇軍の伝統芸能なのだな」
「芸能なんですか……芸じゃなくて」
「それより!」
キラがポーズをキメる。
「この最後の使徒を仕留めねば、我々ジオフロント鉄研本部は破壊され、セントラルドグマに侵入を許し、サードインパクトを導いてしまうのだ! マルボロジレ全層緊急閉鎖、目標の絶対阻止を」
「侵入してきたのはあなた達ですよ。囲碁将棋部は昔からここにあったんですから」
「でも部員は一人よね」
「まあ、でも先生方はここに囲碁将棋部を置いておきたいでしょう」
「そうだよなあ。ここだったら先生たちが昼休みに将棋指しにきても、誰も文句言わないもんなあ」
「『紳士の社交場・鉄研』!」
「そろそろゆうきまさみ先生が怒るわよ」
「それは大丈夫なのだよ。こんな場末のこんなドグサレた小説にまで、お忙しい先生が目を通されるわけがないのだな」
「パトレイバーの話聞きたいなあ」
「ああ、それはたぶん無理だと思う」
「そういうこと言わないの!」
(著者)どうなんでしょうね。
「で、戦況は」
「だからこういうの苦手だって言ったじゃないですかー!!!」
のけぞった御波が目にいっぱいの涙を浮かべている。
「マッシロ……完敗」
「リバーシにも解法がありますからね。そこは幼い頃から研究検討してますので」
「ぐぬぬ、なんという分厚い強力なATフィールド。では初号機の前に弐号機・詩音をしてこの使徒を撃滅せしむものなるが」
振り返ると、詩音はすでに気絶しかかっている。
「うむ、弐号機・詩音はこういうのに弱いのか」
「たまりませんわ……。もう、あまりにも完璧なカップリングすぎて、妄想が捗りすぎて止まりませんの……。もう、どちらが受け攻めでもじつに……」
「えー! なんでオレが入ってんの! 勝手にいれないでー」
華子が抗議する。
「まあ、ツインタワーよね」
「うむ、弐号機はすでに使徒の精神汚染によって無力化されておる」
「あとあたってないのは、キラさんと、ツバメちゃんね」
「斬られた使徒の体液がどばーっ! しかしゲンドウ司令動かず!」
「だからエヴァネタがしつこすぎます。しかもキラさんは司令ではなく部長でもなく鉄研総裁」
「さふであるな」
キラは、立ち上がった。
「うむ、リバーシでは勝てないのであるな」
「だったら鉄研はおとなしくしてくださいよ。棋譜の研究ができないじゃないですか!」
「さふであるか。しかし!」
キラは指さした。
「そのような甘い心構えで電王戦に挑んでどうするのだ!?」
「ボクはこの手でコンピュータから人類に再び将棋の栄冠を取り戻したいんです! だから、もう静かにしてださい!
この部室は囲碁将棋部のものです!」
「静か? この程度で集中を乱すとは、たいしたことはないのであるな」
「あなたに言われる筋合いはないですよ」
「ほほう、それは鉄研総裁たるワタクシへの宣戦布告であるな!」
「だから、さっきからすでに争ってます! もう、ほんと、周りくどいなあ!」
「ならば、リバーシではもう勝てないのは自明であるので」
キラは、さっと盤を変えた。
「将棋勝負にしよう」
「わーっ、なんで難易度上げてるんですか!」
「勝てるわけ無いですよ、だってカオルくんは将棋会館奨励会に入ってるプロ棋士の卵ですよ!」
「うむ、望むところなのであるのだ」
「ナメられましたね」
カオルはくっ、と笑った。
「じゃあ、終局図からはじめましょう。プロ棋士同士の対戦の終局図で、投了した方をボクが持ちます。そこからボクが逆転しましょう」
「はっはっは、なにを今更まともなことをおっしゃるのだ」
「まともって」
「キミはこの海老名高校鉄研総裁を、いったいなんだと思っているのだね」
「まともじゃないですよね。でも、え? じゃあ、飛車角落ち?」
「いや」
キラは、はっはっはと大声で笑った。
「当然、平手勝負なのであるな」
全員、のけぞった。
「コマ落ち無しの五分で戦うんですか!」
「キラさん無理! 絶対無理! ハンデどころか、なんで自分で難易度ガン上げしてるんですか!」
「うむ、将棋はワタクシも楽しく幼少の頃から親しんでおってだな」
「まさかアマ将棋まで4級じゃないでしょうね!」
「うむ、そういうのはもっていないのだな。まず、それはよいとして、イザ尋常に対局なのだな」
というと、キラはその上、対局時計までセットした。
「持ち時間15分、使いきったら1分の早指しで」
「ばかな! NHKの日曜のプロ将棋対局並み!」
カオルは驚いた。
「まあ、いいでしょう。では、その勇気に敬意を表して、ボクも本気で。ボクが勝ったらこの部室から出て行ってくださいね」
なんと、本気の対局が始まってしまったのだった。
「ところで」
「対局中に喋って邪魔しようとしてもムダですよ」
「キミのことを調べさせてもらったんでね」
「何を調べたんですか」
「それがねえ、ワタクシがいろいろと情報網を駆使したところ、ウチのカミさんがねえ」
「なんで刑事コロンボになるんですか」
「うーん。参りました。私の推理が正しければ」
「今度は古畑仁三郎ですか」
「細かいことが気になってしまうのが私の悪い癖」
「杉下右京!」
「事件は会議室じゃない、部室で起こってるんだ!」
「『踊る大捜査線』の青島刑事!」
「世の中に不思議なことなど、なにもないのだよ」
「京極堂!」
「こうなることを恐れていました」
「ポワロ!」
「なんということだ、ワトソンくん、すぐに支度だ!」
「ホームズ!」
「ようし、わかった!」
「横溝正史!」
「で、A57行路って明けどうだったっけ」
「A57は相模大野から新宿、新宿から喜多見に戻って仮泊、明けで喜多見から回送に添乗して成城学園から相模大野戻りで明けですね」
「1025Fの運用は」
「はい、1025Fは全検入り前のE12運用に入っていますね。
今の時間からしたら、相模川橋梁通過時刻は14:37頃、って……ええっ!」
つられてカオルは次々と即答してしまった。
「すごい! これだったら撮り鉄楽でいいわね! まさに歩くダイヤ情報!」
ツバメが思わず声を上げる。
「でも、なんで電鉄の乗務員ダイヤと車両運用完全に知ってるの!!」
カオルは、ぼそっと言った。
「電鉄の運用計画とダイヤ作成、バイトで私も作ってますから」
驚く。
「普通そんなの、バイトにはやらせないよね」
「そうよね。鉄道員のバイトは普通、大学生よね。それも駅員の補助的な役割が普通だし」
「さふであるな。キミはIQ800の超頭脳、いわゆるギフテッドっていうものらしい。
だからとある大学病院の研究所に通っていて、住まいは一人暮らしだ」
「個人情報を勝手に調べ上げないでください!」
「わが鉄道研究公団の特務機関の調査能力を甘く見られては困るのであるな。
そしてまた、キミは将棋を指しながら、迂闊にも、わが校の校則である『バイト禁止』を破っておることを自白してしまったのであるな」
「あっ、ズルい!」
カオルの講義を受けるキラの手には、確かに録音アプリが作動しているiPhoneが握られていた。
「そして、こっちも。王手」
「えっ!」
カオルはびっくりした。
そして、しばらく盤面を見ていた。
「……ありません」
カオルは一礼し、キラのほかはみんな、びっくりする。
「えええええええ!」
「なんで? 奨励会A組に入ったボクを、どうやって? ……ええええええ!」
カオルは目を見開いて、このマジックに驚いている。
「うむ、皇軍式の攪乱戦術はギフテッドに対しても有効であるのだな」
「キラが、勝った……」
「恐ろしい子!」
そして、キラが言った。
「というわけで、キミはわが鉄研に強制入部なのだな」
「ぐぬぬ~!」
本気でカオルは悔しがった。
「まあよい。これで6人の仲間なのだ。共存共栄、五族協和、神州不滅の新天地がここに平定されたのだ。弥栄弥栄」
「なんか、キラ、最近だんだん落ち着いてきてない?」
「うむ、それは作者がさすがにつかれているからなのだ」
「ヒドイ!」
「というわけで暫時休憩なのである」
再び部室
「ところで」
カオルが聞いた。
「この鉄研って、何をする部活なんですか? 鉄道を研究、って? 具体的に」
「うむ」
キラはパーティション、に見えた大盤解説図を裏返す。すると裏がホワイトボードになっている。
そこに、キラがサラサラとペンで書く。
「『わからん、いや、ダメかもしれん』?」
「なんですかそれ!」
「オタクの英才教育じゃないんですから! ほんと、このままだとさらにいろんな人を怒らせますよ! 『宇宙戦艦ヤマト』のセリフを教える庵野監督と安野モヨコ夫婦じゃないんですから!」
相変わらず御波の解説もムダに細かいのである。
「『じゃなくて?』」
「『年間活動計画』? おおー、なんかすごくまじめ!」
「まず旅行なんだな。ゴールデンウイークには顧問の先生に引率されて近場を取材旅行、そして夏は高校生レイアウトコンクール出展、夏の合宿、秋は秋旅行、冬は冬合宿、そして春休みの最後の合宿」
「旅行だらけじゃないですか! そんな不まじめな!」
「不まじめであろうか! 否! 世に鉄研の活動といえば! 旅行と写真と模型が基本なのである!」
「なにギレンになってるんですか!」
「たてよ部員!」
「わけわからん」
「といいつつ、ぢつわガンダムは良くわからんのである」
「だったらなんでネタにするんですか」
「うむ、ガンダムネタはもはや一般ネタなので、いささかネタとしていまさら使うのは不安に思うていたのであるが。
あ、それから部誌は随時発行であるので、ツバメ君と詩音くんを編集委員として任命するので、十分頑張ってくれたまい」
「ええっ、だって2人は相互確証破壊何とかって」
「うふふふふふ」
ツバメと詩音が目を合わせて、また顔は笑っていないのに笑っている。
「あああ、また凄惨な未来しか目に浮かばない……」
「では、ゴールデンウィーク旅行の企画はともかく、編集会議なのである」
「早っ!」
「速戦即決もわが鉄研の伝統なのであるな」
「出来上がって1ヶ月なのにもう伝統なんて」
「うむ。歩めばそれが道に、日々は過ごせばそれが伝統になるのだな」
部誌編集会議
「今号の柱は」
「すいません、その前に判型はどうしましょう?」
ツバメがさっそく赤ペン片手に聴く。
「あら、今どき中とじ製本のA4コピー紙なんてダサいのはイヤよ」
詩音がバッサリ否定する。
「そうね、電子書籍で行くのが正解ね」
ツバメはすぐに提案する。
「ええっ、いきなり電子書籍!」
「今はそんな難しくないのよ。「BCCKS」というサービスがあるから、そこにアカウント作って、テキストデータで本文をつくり、いれこむ画像を画像データでアップロードすれば、タダで電子の本が作れるのよ」
「なるほど。今は銀河の果てに銀河鉄道すりーないん号で旅に行かなくてもよいのであるな」
「ずれてるずれてる」
「でもあのスリーナイン号の列車の編成はどうなっているのであろうかと常に疑問に思うておってな。食堂車と3等車があるのが分かるのだが、グリーン車を連結しておるらしいうえに、なんと図書館車が存在するように記憶しておるのだが。また臨時で装甲車を連結するのも覚えているのだが…むむむ、なぞである」
その間にツバメと詩音はノートパソコンを取り出していた。
「そういうのはググればすぐに出てくるのよ」
「おお、なるほど、模型化している方がいらっしゃるのであるか! うむ、なるほどなのである。さすが世はインターネット時代であるわけだな。ネットの海は広大だわ、なのだな。グーグルセンセイはこのまま世界を支配するであろう」
「じゃあ、BCCKSにアカウント作りますねー。判型は10インチ版で」
「印税はどうします?」
「いいいい、印税いいい!?」
みんなはびっくりする。
「今のはやりはセルフパブリッシングですよ。ほぼ元手なしに印税が得られます。ちょっとお金出せば、AmazonやKoboでも販売できて、そこからも印税が」
「なんと! 我が鉄研に早くも収益事業部門が出来上がるのであるか。よいよい。なんとも弥栄である!」
「そうよ。今ようやく電子書籍のいろんな環境が整っているのに、いまさら中とじ製本とかオフセット印刷とかダサい。私、そんなのすでにさんざんやってるし」
詩音の言葉に、え? すでに? とみんなは顔を見合わせるが、詩音は微笑んでいる。
「……聞かなかったことに、したほうが、いいと思う」
「そうだよね」
「うむ、であればかようなアイディアを持つゆえ、編集長は詩音くんであるな」
「やりましょう。扉絵とアートワークはツバメちゃんで」
「あいあいさー!」
「で、記事ぎめ。まずは巻頭、総裁挨拶はキラさん」
「うむ、執筆がんばるのである」
「そして創刊号のメインはこの平成27年ダイヤ改正の考察。ダイヤのことなら、やっぱりここはカオルさんに」
「ええっ、いきなり?」
「いや?」
「いやじゃないけどさ。でもボクのダイヤ解説、ものすごく細かくなるよ」
「電子書籍はそういうのに強いから。おねがいね。で、華子ちゃんは……」
「あ、バカだから任せられないと思ってる!」
「いや、そういうわけではないのですが」
「じゃあ、うちの『食堂サハシ』をはじめに鉄カフェ関連の食レポ!」
「いいですわね。シリーズ化が楽しみだわ。で、最後に」
「……私?」
ぼうっとしていた御波は驚いた。
「あなたは、あなたの好きなモノを書いて」
「ええっ、フリーハンド?」
詩音は、微笑んで御波の肩に手をやった。
「あなたにはできる。私には、それが分かるから」
御波は戸惑った。
「まあよいではないか。御波くんの文才を楽しみにしておくとするのだな。
でも、それよりさきに」
キラは、部室のスイング窓を開けた。
春の爽やかな風が吹き込んでくる。
「すぐにわが鉄研初の小旅行、ゴールデンウィーク旅行なのだな!」
*
「ついに部員が6人揃った鉄道研究公団、そして迎える初めてのゴールデンウィーク。
みずみずしい春の緑の中、女の子たちは初めての旅に出る!
次回! 「すきだからこそ」。
さあ、次もサービスしちゃうわよ!」
「キラさん、あの、なんですかこれ? わざわざiPhoneで曲まで流して」
「うむ、次回予告なのだな」
「だから、いいかげん、もうエヴァネタから離れましょうよ……」
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