第3話 秘められたコレクション
闇
「ところが、である。
部員数があれから増えない」
闇の中で、声が聞こえる。
「なぜだ」
御波が真ん中で震えている。
「それは、キラさんの回りくどいあの独特の口調に辟易した、という生徒会ご意見箱への投書が120件、その結果のゲシュタルト崩壊した子が10件、うち2件は本当に救急搬送という現状があるから……」
沈黙。
「今一度問う。なぜだ」
「もう、こんなのやめましょうよ!
私のことなんか、ただの平凡な、よくある鉄オタ娘としか思っていないくせに……。
もう、私……」
「君には、失望したよ」
「期待!? 期待なんか初めからしてなかったくせに!
ダメだわ……助けて……。
お母さん……! 私はどうすればいいの……」
「誰がお母さんよ!」
その声とともに周りが突然明るくなった。
「写真部の暗室借りて何やってんの? と思ったら」
明かりをつけた声の主は顧問の先生である。
「ゼーレごっこ」
「エヴァネタもいいかげんにしなさい。第一、あなた達そんな歳じゃないでしょ。
まったく、模型工作に感光レジンを使うからって写真部の暗室借りてあげたら、あなたたちは。
ほんと、バカねえ」
顧問の先生はあきれる。
「バカじゃないですー!」
華子はムキになっている。
「そういうバカじゃなくて。ほんと、華子はバカって言葉にリニアに反応しすぎよ。まあ、確かに入学直後試験の成績は、ねえ。
でもここまで疾風怒濤で4人まで部員が増えたのに。
ここ数日、正直、停滞してるんじゃない」
「それはもっともな指摘、正鵠を射たご意見であるな。さすが顧問教諭であるのだ」
「このままだとゴールデンウイークに企画する初めての鉄研旅行が台無しになるわよ。いいの?」
「よくありません!」
「でも、この路線で部員増やすのは限界ですよ」
「キラ、正直、嫌われているし」
「まさにキラキラワレ」
「『キルラキル』みたいに言わないの!」
「先生だってアニオタじゃないですか」
「アニオタ趣味は今や成熟した女性のたしなみなのよ。クールジャパンって」
「先生、それはヒドイ」
「ひどくないひどくない」
「そして、この海老名高校生徒会名物の『みんなの寄書き落書き帳』、通称『生徒会ノート』に」
先生はコピーを取り出す。
「こんなやたら風情たっぷりの雪景色を行くDD51北斗星仕様の重連を描いたのは?」
「ツバメちゃん!」
「ばれちゃいましたか。鉄研入部の勧誘活動の一環と思ってたんですが」
「ツバメちゃん、まったく、こんな非常識なことは」
ツバメが覚悟すると、
「もっとやりなさい!」
顧問の言葉にみんながくっとコケた。
「あなたの絵は売り物になるわ! すごく上手いわ!」
「確かにディーゼル機関車の重量感、質感、そして動きのダイナミズム、まさしく申し分なしなのである。
うむ、これは大きな武器だ。おそらくかの堀越技師が烈風・烈風改で成し得なかった、真の決戦兵器足り得るな。
よし。この急を告げる押し詰まった戦局の打開、本土決戦の勝利の日のために、これは鉄研総裁であるワタクシからの絶対指令である。
ツバメくん、毎日1ページずつ、鉄なイラストを生徒会ノートに連載したまへ!」
「ええー!」
「いやなのか?」
「いいよ!」
またがくっとみんなコケた。
「人型決戦描画兵器ツバメ初号機、リフトオフ!
生徒会から拒否られるまで、ゴールデンウィーク前に、描いて描いて描きまくるのだ!」
「ところでツバメちゃん、何枚もすでにこの生徒会ノートに描いてるけど」
「なあに?」
「ツバメちゃんのイラスト、キャラクターは女の子ばっかりなんだけど、男の子は描かないの?」
ギクッとするツバメ。
「いや、あは、それは男なんか描いてもつまんないから。あははー」
「よいではないかよいではないか。可憐なる女子と雄々しき自然に挑む鉄道車両、静と動の対比。実にモチーフとしてよいのである。ああ、なんともよい。今後が楽しみなのである」
しかし、御波と華子は、嫌な予感を感じているのであった。
物置
「ツバメのイラストは相変わらず安定して上手いねえ。学校中の話題になってるわ」
「想定内なのである」
「このかつての寝台列車『北斗星』の『カニ』、電源車もまたよく描けてること。このオイルと煤けた感じ、惚れ惚れするわね。綺麗に汚してる、ってこれのことね」
また先生が拡大コピーを持ってくる。
「でも、部室がないのは、困ったもんねえ。あと一人で部員5人、部室がもらえる部への昇格が達成できるのに」
みんながいるのは、多目的室という、かつて学級に使われていた部屋で、今は単なる物置である。
「かくなる上はここに我が領土、主権国家を宣言し、五族協和の王道楽土を開く聖断に至るのであるな」
「そんな勝手なことしたら生徒会が阻止に攻めてくるわよ」
「おお生徒会。なるほど生徒会はゼーレの手のものであったか。
そのような事態に鑑み、わが鉄研はここについに堅固なる阻塞物、臨時堡塁を築き、校舎を封鎖、籠城し電動エアガンにて、生徒会とこの海老名高校校史に残る大銃撃戦を」
「しないの。そのネタはずーっと前にゆうきまさみ『究極超人あ~る』にやられてるわよ」
「そうであったか。ああ、学園モノは競争率が高く、なんとネタかぶりが多いのであることよ」
「詠嘆で終わらせないの。それなのになんであんな古文の成績が悪いの?」
「それとこれとは別であることよ」
「別じゃない別じゃない」
「まあ、対抗して、他にもテツのイラスト描く子が少し出てきてる」
「それも想定内である」
「ホリエモンじゃないんだから」
「金で買えないものなんてない。部員が足りなければ金で買えば良い」
「ホリエモンはそんなこといいません」
「ぼくホリエモン~」
「ドラえもんみたいにフシを付けない!」
「そういや、何かが足りないと思ったら、この鉄研、ツッコミがいないよね。
顧問の先生がそれやるのは無理だし。全員総ボケって、ねえ」
その時だった。
「あ! この人すごい!」
「どうしたの」
皆がノートを覗きこむ。
「……なにこれ!」
「『珍百景』!」
「テレビネタは残らないからやめなさい」
「というか、発電用ディーゼルエンジンの精密図解断面図書いてる人がいる!」
「すごい!」
「想定外である」
「何? コメント書いてある。読むわ。
『ツバメさんの御作をいつも楽しみに拝見しております。本当にいつもながらなんともよい風情、風景がありますね。しかし細かくてすみませんが、一部不正確なところがあるのではないかと。まずこの編成のころの『北斗星』に連結されていた電源車カニは、発電機更新工事はまだ受けていなかったと思われます。また電源車次位に連結されていたオハネフですが、雨樋の設置について……』」
「うわっ、細かいっ!」
「ムダに細かい! 細かすぎ!」
「うむ、これは大変な有望株。単なる指摘にとどまらない、あふれかえる芳醇な才覚を感じるものであるな。
よし、この投稿者の正体を暴き、わが鉄研空間にひきずりこみ、鉄研部員とせしむべし!」
「なんで私たち悪の手先にされちゃってるの」
「あーるときは、正義の味方♪」
「すぐ歌わない!」
そのとき、ツバメがその雰囲気を変えながら、さっそくペンを走らせていた。
「コレは私に対する挑戦ね! やられたらやり返す。倍返しよ!」
再び物置
「『トワイライトエクスプレスは密かに知られていることですが迷列車要素があり、同じ車型とされるB寝台個室車でも3編成でもそれぞれに違いがあります。たとえば実車は号車サボ受けの位置もそれぞれまちまちです。
その組み合わせについて、それを研究なさっている方の信頼すべき資料によると』」
「うぎぎぎぎぎぎ! そうくるか!」
ツバメは歯を食いしばって悔しがっている。
「もうこの書き込み争い、15ターン目だよ」
「生徒会ノートがすっかり『ネット炎上』状態、って……」
「こうなれば10倍返しよ!」
「ツバメちゃん……。でも、やりすぎってことも、この世には、あると、思うの」
そこには、国宝級の水墨画を思わせる、峠に挑む蒸気機関車の吹き上げる壮絶な煤煙が描かれていた。
「男鹿和雄クラス……ちょっと前だったらスタジオジブリで即戦力採用……」
「ああ、青春の無駄遣い……これをなにか別に使えば、もっと人類を幸せにしちゃえると思う」
みんな、夢中で描いているツバメに呆れている。
「うむ。ここで相手がだいたい誰かは想像がついた。このワタクシが警部殿としてプロファイリングしてみたのだな」
「そんなのできるの? 『相棒』の右京さんみたいに?」
「プロファイリング4級」
「……そうでした」
みんながまたあきれるなか、キラが目に光を宿す。
「この相手の反撃に描いてくるイラストの描線をよくみたまへ。
明らかに回を重ねるごとに躍動感が増えている。
まさに、繰り返しながらますます活き活きとしてくる描線。
まるで闇の中に一筋の光を見出し、それにすがりつくような、情念を感じる。
そしてこれは、まさしく深く凍てつく寂しさから逃れ、雪を割り萌え出づる、春を迎えた植物のような、力強きみずみずしさ」
「それって、つまり、これを描いたのは、ヒキコモリの子?」
「さふである。この高校の我々の学年にも、早くも不登校はすでに発生しておる。我が国の文部行政の苦悩の歴史にもかかわらず、この問題は平成の今に至るも続いておるのだ。
そこで自ずから候補は限られる」
「でもキラ、おかしいよ。ヒキコモリがなんで生徒会ノートにこんなイラストを書き込めるんだ? 学校と接点がないからヒキコモリじゃないの?」
「それは簡単に推論できるのであるな。
古今東西、学校の隠された真の『要』とは?」
「保健室!?」
「であろう。
保健室に登校している子と推測されるが、かような優しく繊細で、しかも、その実芯のすばらしく強い子をいきなり誘いこむのは、ワタクシの強固なる意思かつ神州不滅の信念でさえもいささか困難かつ不憫であるわけであり」
その原因はキラ、あなたですよ、と他の3人は思った。
「そこでワタクシに一計がある」
「うわー! 力いっぱいに嫌な予感しかしない!」
「ここに! 名づけて『本二號作戦』の発令なのである!」
「まだ『艦これ』引っ張ってるし! ヒドイ!」
ショッピングモール
鉄道模型の店、ポポンデッタ海老名店の周りに、4人はまるで私服刑事のように張り込んでいる。
制服の襟にはピンマイク、そして耳にはヘッドセット。ケータイをトランシーバーみたいに使っているのだ。
「マルタイは店内に入った」
「マルタイの身柄の確保はまだですか!」
「AWACSよりメビウス1、じゃなくて御波刑事、店内の様子をさぐりに入れ」
「戦闘機でも刑事でもないけど……わかりました!」
御波が店内に入ると、そのレンタルレイアウトに子供がスズナリになっていた。
「すげえ!」
「またオリジナル車輌!」
走っている車輌をみて、御波は息が止まった。
*
「どうしたの!」
『一瞬、運命の人に出会った女の子の気分を味わってしまいました……』
「大丈夫か!?」
『大丈夫じゃないです……これは模型鉄にはシゲキが強すぎます……』
「キラより。全員、ただちに店内へ入るのだ!」
*
中に入ると、そこにいたのは、優しげな、そしてやたらと色っぽい高校生だった。
長い髪、ゆたかな胸、そして大人の色香ばっちりの顔。
「そこのきみ、だめよ。スピードが早すぎるわ。
模型はレースじゃないのよ。
スピードはゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
スケールスピードでどっしりと、モーションをきかせて走らせるのが、模型が美しく見えるコツよ」
「はい! 先輩!」
子供たちがそろって返事をする。
「みんないい子ね」
「先輩! またパーツが取れちゃって」
「あら、見せてごらん」
彼女は本当に細い指で、模型を、生き物を扱う慈しむような手つきで扱う。
「なるほど。
たしかにこのパーツはもともと脱落でなくしやすいけど」
その足元には工具箱。
「このバーツをちょっとアートナイフで削れば、形状はほぼ同じだし、合いもいいから流用できるはず」
指がすらりと動いて、部品を加工して、取り付ける。
「すごい! ほんとだ! もとどおりになった!」
「模型は自分のものだけど、手を入れて、修理して、保守してこそ、本当に自分のものになっていくのよ」
「はい!」
「あ、あの人」
「まるで時代劇みたいだ」
「というか、くらくらするほどの癒し系オーラ全開」
「オーラで、むせかえりそう……」
「癒やし系すぎて、もはや癒やし系なのに攻撃力ができちゃう段階だよ……」
「大物すぎる……」
「これは、私たちの仲間にするには、手強すぎるわ」
「なんつーか、もう、癒やしオーラで空が暗く見える」
「もはやラスボス戦の様相……ヒドイ」
「もう限界。あとは頼んだ……がくっ」
「あきらめるな! がんばるんだ!」
「でも、無理……これは、無理……無念」
「ああっ、華子ちゃんまで!」
「ここは勇気ある撤退を! 態勢を立て直しましょう! というか、衛生兵はどこー!」
そのときだった。
「あっ、キラ!」
キラは、平然とすたすた歩いて行った。
そして、言った。
「君、鉄研に入らない?」
なんというド直球! 直球すぎるよ!
「ええ、私などでよろしければ。
よろしくお願いいたします」
えええ!!
なんのひねりもなく、
まさかの快諾ー!!
「みんな、どうしたの?」
キラが振り返ると、他の3人は、そのあまりのひねりのなさに、その場で崩れていた。
食堂サハシ
放課後の『食堂サハシ』で。
「あ、あの、え、ええと」
「なんでしょう?」
彼女はみんなに囲まれて座っている。
「このお名前は」
彼女の学生証にみんな見入る。
「本名です。
冗談のようにひどく大仰な名前ですが、戸籍上もわたくしはこの名前です。
書類の名前の記入欄が小さいと、書くのに毎回困りますの」
「まさか、この超大物を射止めるキラの作戦が」
「ひねり完全ゼロの、全盛期の日本代表サッカー本田選手のような『無回転ナンパ』だったとは」
「……キラ、恐ろしい子!」
ツバメがしろめになる。
「ははは。敵を欺くにはまず味方から、とは先輩の本物の提督に教わった、源流は東郷元帥と戦国大名にまで遡れる旧海軍直伝の作戦なのであるな。
そして、あのイラストとムダに細かくかつ的確なコメントも、詩音、まちがいなく君のものであろうことよ」
「本当!?」
「あらあら、ばれてしまいましたね。
なかなか角が立ってしまうので、ああいうのは本当はやりたくはなかったのですが、あの紙面にほとばしる灼熱に燃えた絵心につい、わたくしも心うごかされてしまいました。
でも、そこのあなたですね、あのイラストの主は」
その指し示す視線の先、ツバメは顔をそむけている。
「ええっ、なんで分かるの!」
みんなはびっくりした。
「わかりますとも、ええ。
絶対に忘れることのできない『あのこと』を」
なんだろう?
「あら」
ツバメは向き直った。
「こちらも忘れられないわ。思い出したもの。あなたとの『あのこと』は」
「そうね。『あのこと』は」
ふたりはゆっくりと手を差し出し、そして握手した。
しかし、お互いに笑顔のその目は、少しも笑っていない。
「こ、こわい」
「怖すぎる……」
「うむ、この関係は察するに、相互確証破壊、かつての超大国同士のICBM、大陸間弾道ミサイルを突きつけあった冷たい戦争、冷戦の状態であるな。なるほど。なんともこれは興味深いことであることよ」
「でも、あの模型は詩音ちゃんがぜんぶ作ったの?」
「はい。お父様から聞いたところによれば、幼いわたくしは初めてのプラレールから、すでに改造をしていて、【ああ、武者小路家が幕末にペリー提督の持ち込んだ蒸気機関車の模型を真似て作って以来の『血』は健在だ】と思ったそうです」
ホントか、それ。
「以来ずっと模型製作の理論から実践まで、父に学んでまいりました。しかし、工作室、工房にこもると、時がたつのをついつい忘れてしまいます。また生まれつき体もとても弱いので、入学を1年伸ばしていただきましたので」
「先輩、ってわけだ」
「はずかしながら」
「ははは、よいではないかよいではないか。歳は違えど同じ1年生。楽しく鉄研をやっていこうとぞ思うのであることよ」
「キラ、今日は詠嘆しすぎ」
「うむ、そんな日もあるのだな」
「でも、これで鉄研、部に昇格ね!」
「ゴールデンウィークを『部』で迎えられるなんて! 夢みたい!
だって、入学の時は鉄研なんて、なんもなかったのよ!」
「そうよね。ほんと、キラにいわれて、よかったのことよ、……って、あれ?」
「ありゃ、キラの語尾が伝染った!」
みんな、笑った。
相模川の土手
帰り道。
川の土手からは夕日に染まる小田急の相模川橋梁がよく見える。
「御波」
と改めていうツバメに、彼女は「?」の顔で答えた。
「私たち、もう、親友よね!」
「そ、そうだとおもうけど?」
「そうよね! そうよね!
だから」
ツバメはカバンからスケッチブックを取り出した。
まさか!
「こんなのも、こっそり描いてる私を、
ゆ る し て く れ る ? 」
!!
きゃあああああああああああ!
その惨劇は、じつは詩音が夕餉を食べていた『食堂サハシ』の華子にも発生していた。
しかし、それをみんなのこととしては、まだ、みんな、知らない。
そして、その同じ夕日を見上げるキラが、口にする。
「ああ、オニャノコとは、かくもなんと罪深きモノであることよのう」
つづく!
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