第2話 駅撮りは午後のお茶の後で


高校の階段


「とりあえず鉄研を作っちゃった以上、部員をふやさないといけないわね」

 ツバメと御波は、冷ややかなクラスをこっちからもガン無視することにして、休み時間はすぐに廊下に出て、キラと階段のところで落ち合う。

「かと言っても『バイオ牟田口閣下』みたいな上級生を誘うのもいかんのー。牟田口廉也閣下は皇軍ではなく英軍の指揮官でありますからのう」

「なんで大戦中にインパール作戦という旧軍の大失敗やった人のアンサイクロペディアネタを! ヒドイ!」

「ツバメちゃん、つまり、それは『下手に上級生に引っ張り回されるより、私たち1年生で小回りのきく部活にしたい』ってことなんじゃない?」

「おおおー、御波くん、まさしくそれが言いたかったのだな!」

「あの、なんで御波ちゃんがキラの通訳してるの? というか、御波ちゃん、毎回そんな力技使わなくていいのに。私も通訳しなくてもそれぐらいは分かるから。……疲れるけど」

 ツバメはため息を吐いた。

「あー、疲れるのかー。これは大変恐縮である。が、ちょっとしたキラ式言葉エクセサイズとおもってくれたまえ、だなー。頭脳が活性化されて、健康に大変よろしいのである」

 そんなわけがない。

「それはともあれ、部員を増やすのも喫緊の課題ではあるが、ここは3人の少数が精鋭であるかどうか、さっそく実地試験をしたいところなんだな。

『少数であるが精鋭ではない』という由々しき事態は避けたいのだ」

「実地試験?」

「まずわが『テツ道』は、往年の名優・勝新太郎曰くの『飲む! 打つ! 買う!』ではない。もっと多岐にわたる。

 すなわち『乗る! 撮る! 聞く! 読む! 作る! 買う!』の道であるのだな」

「なんですかそれ。要素多すぎ。ヒドイなあ」

「つまり、乗り鉄、撮り鉄、音鉄、時刻表鉄、模型鉄、コレクション鉄?」

「さふであるのだ。そのうち、ワタクシが思うに、我々の目下の使命は、ミッション1、このわが根拠地かつ艦隊鎮守府周辺の海域にはびこる不埒なる敵潜水艦を撃滅せよ!作戦なのだ。

 出撃はいいね、新しい艦がドロップする。旧海軍の希望なのだ、リリンの作戦の極み。

 でも夜戦は? もっと~好きー!

 そう思わないか? ツバメ君」

「なんか、艦これネタにいろいろ混ざって……ヒドイ!」

「ははは。たとえば、かようなボーキサイト」

 キラは購買部で買った昆布おにぎりを見せた。昼ごはんらしい。

「これを安逸に消費するに甘んじていては何も起きない。この田んぼの真中の鎮守府では大型艦建造を待つだけでは高校生活の3年が過ぎてしまう。そして安逸に過ごすとプロポーションに駄肉が増えてしまうのだな。

 よって、直ちに艦隊を編成して出撃せんとす! 本日天気明朗なれども波高しなのだ!」

「それは、『放課後近所の駅に行って撮り鉄しながら迷惑鉄がいないかパトロールし、なおかつそこで見つけたいい子をうまくいけば部員に勧誘』、ですね」

「なぜにムダな艦これネタ、しかも御波ちゃん細かいキラ専属通訳ご苦労様です……ヒドイ!」

 といいつつ、3人はやたらと笑っていた。

 クラスはどうでも良い。

 でも3人でいると、笑いが絶えないのだ。



駅へ


 学校を出て、コメダコーヒーの角を曲がると警察署があり、その道の向こうに高層マンションとショッピングモールが並ぶ海老名駅前が見える。

 ここは相模の国の国分寺があったところなので、ショッピングモールの中央にはその五重塔が復元されていたりする。

「しかし、学校から一番近い駅に車両基地があるとか、本当は鉄研を作るにはうちの学校は最適なのにね。なんでなくなっちゃったんだろう。

 そういえば私は乗り鉄と模型鉄もやるけど、ツバメちゃんは?」

「私も模型鉄と乗り鉄の掛け持ちかな。キラは」

「うむ。私は鉄道王を目指しておるのであるから」

「……聞かなきゃ良かった。ヒドイ」

 だらだらと歩いて、駅につく。

「鉄道模型ショップ・ポポンデッタ海老名の模型の品揃えがもっと良ければいいんだけどなあ。せっかくここのショッピングモールにあるんだから。でも店が小さいからなあ」

「でもなぜかあそこ、人気あるんだよなあ」

 といいながら、入場券を買って駅の改札を通る。

「あ、そういや、箱根そばでコロッケそば食べない? 私、海老名高校に通うようになったら、帰り道に食べられるなあ、って憧れてたの!」

「そうね。食べようかな」

「うむ、前進基地でさらに作戦直前に補給を行うのは正しい作戦行動であるな。兵站を重視することは戦後自衛隊に皇軍以来の戦訓として徹底しているのである。いかにもよきかな。ではワタクシもコロッケ蕎麦を所望するとするか」

「……ムダに長くてヒドイ」

 結局、こんな調子でワイワイしながら、コロッケそばを堪能した。


「カレーコロッケがおツユを泳いでおったな。蕎麦を食べているうちにそれが崩れてきて、それがおツユと混じってまた美味である。これは落語家の師匠もおすすめであった。

 では、補給も終えて、いざ、決戦海域へ!」

「いや、それ、ただホームに降りるだけだから」


ホーム

 3人で駅そばを食べた橋上駅舎からホームに降りる。

「あっ」

 通過する純白の車体に、慌ててカメラを向けようとしたが、間に合わなかった。

「ロマンスカー50000形VSEであったな。今なお小田急のフラッグシップ。早くも就役から10周年と聞いた。

 が、それをただ撮るだけでは、わが鉄研としては、忌避すべき平凡なのだな」

「えっ?」とツバメが驚く。

「見たまえ。この検車区詰所の前の検車区の3連ダブルクロス! そして数々の検車区施設!」

「そういえばそうだ!」

「普段から検車区、鉄道施設の様子を見られるわね!」

「その通りであるのだ。車輌の洗車機もこんな近くで、普段のホームで電車を待っているうちに洗車の様子が見られるところは、他の鉄道ではあんまりないのだ。

 なおかつ厚木側の線路を超える陸橋からはパンタ点検台、そしてかつての名車SE車をご本尊とする奉安所もあるのが見える。ああ小田急原理主義、SE車がなければ新幹線も存在しなかったと思うと、たいへんムネアツであるのだな」

 早速資料写真撮影である。

「でもほんと、模型作るときの参考になるわ。鉄道施設って、こんなに意識してみたことなかったなー」

「入換信号機などの配置や動作関係も見るとよい。各自研究工夫のこと」

「ほんとだ、入換の車両が来た!」

「じっくり本職さんの所作の観察、にこそ、鉄道愛、そして鉄道王への道がある」

「その鉄道王って……なんなんですか」


 その時、声が聞こえた。

「フラッシュ炊いて何言ってんの!」

 よく通る女の子の声に、御波は一瞬、迷惑鉄がまた何かしているのではないかと思い、身構えた。

「なんだろう」

「うむ、おそらく戦闘開始なのだな。征こう。

 ホームのあそこの端にいる駅撮りの撮り鉄が、もめているのはさっきすでに先駆的に察知していた。

 憂慮していた周辺事態ではあるが、これはいずれ振りかかる火の粉。迅速に駆けつけ警護、然る後すみやかに消火あるのみ」


争い

 カメラを置いて、腰に手をやって、背の高い女の子が別の2人の撮り鉄相手に、アタマから湯気が出そうなほどに怒っている。

「いい大人が接近する列車の前面に毎回フラッシュ炊いて! 運転士さん眩しくて困ってるじゃない!」

 すると、2人は言い出した。

「何を上から目線で言ってるんだよ。それにいるんだよな、ちょっとしたミスで『迷惑鉄いましたー、ヒドイですー、拡散してください!』って嬉しそうに写真アップするやつ。ウザイよな」

「話をすり替えないで! それにちょっとしたミスって何!? あなたたちベテラン気取ってるのにめちゃめちゃじゃない!」

「生意気な。ふざけんな、お前みたいなの、ムカつくんだよ」

 2人は実力行使しそうな剣幕になっている。

 負けずに言い張る彼女も必死だが、2人のたてた物音で、一瞬その顔に怯えが走る。

「何だお前、ビビッてんのかよ」

 だが、その時!


「だまりゃ!!」


 キラの声が風景を真っ二つに切り割いた。

「この卑怯なる敵潜水艦ども!」

 キラが続けて言葉を放った。

「潜水艦?!」

 2人はそういったキラに一瞬虚をつかれて呆然としたが、すぐに彼女を威嚇し始める。

「鉄道写真を取るのになぜフラッシュが必要なのだ? いまどきのカメラの感度なら十分にこの日差しなら綺麗にとれて当たり前。まして撮り鉄に出かけるとしたら、予めフラッシュは基本的に使わぬように設定してこその準備というものであろう。

 準備不十分で赴くのは、駅にも、列車にも、そして鉄道そのものに対して、まっこと失礼千万!! テツ道の風上にはおけぬ!」

「何だこいつ……」

「なめてんのか!」

「不届きな敵潜水艦ども、このわが駆逐艦隊、ブリキネービーに九四式対潜爆雷を雨あられと落とされ圧潰して水底に沈まぬうちに退散するのが良かろう。すみやかなる撤収を勧告するぞ」

「どけってことか! 何の権利があって!」

「権利は天からもたらされたと解釈するのなら、その権利は平等に我々にもあるのだが、それを濫用して、鉄道の安全運行に支障するのはロッテのホカロン、いや、もってのほか!

 助さん格さん、ここは鉄研として懲らしめてやりましょう!」

 いつのまにかツバメと御波は『水戸黄門』の助さん格さんにされてしまった。

「喧嘩すんのか!」

 緊張が極に達した。

「ところが喧嘩まではならないのだな」

 キラの言葉で気づくと、何が起きたのかと他のホームのお客さんたちが、不審そうにざわざわしながら遠くから見ている。

「この状態でなおも言いつのるのであれば、この海老名は小田急の地区主管駅である。駅員さんも多めにいる。そして神奈川県警鉄警隊の詰所すらもあるのだ。

 そして潜水艦諸君は2、対して我々は4。この数的劣勢を打開せんとするならば」

 なんと用意がいい! ツバメはこの展開を察していたのか、その手にしたコンデジでこの一部始終を動画にとっている。

「実力を行使するのもよかろう。しかしその場合は官憲に我が艦隊は諸君を脅迫その他もろもろで告発するが」

 キラのその声に、みなは一斉に一歩迷惑鉄に迫り、追い詰めた。

「くそっ」

 2人の迷惑鉄は舌打ちし、動作を荒げながら去っていった。



「ありがとうございます!!」

 そのあと、撮り鉄のその背の高い女の子は、その後で震えだした。

「1対2なのに、なんであんな事言っちゃったんだろう、私のバカ!

 見て見ぬふりすればよかったのに。でも引込みもつかなかったけど……。

 正直、怖かった」

「うむ。確かにああいう撮り鉄の現場で、迂闊に不法行為を指摘するのは、大変危険なことであるな」

「ほんと、助かりました!」

「いいのよ。ちょっと危なかったけど、正しくて勇気ある行動だと思った!」

「それに私たち、もう仲間だもん!」

「仲間?」

「あなたも海老名高校の子でしょ? 私たち、鉄研作ったの! まだ同好会だけど」

「まだ撮り鉄ネタがなければ、場所移しましょう!」

「へ?」

「ともかく、カフェへ行きましょうよ」

「うむ。駅のホームはまたカフェへも通ずであったのか。これは筒井康隆先生に報告せねば」

「ええええ! なんで? なんで私、キャプチャーされちゃうの!」


カフェ

 海老名の橋上駅舎の中にあるカフェで、事情を説明した。

中川なかがわ華子はなこさん、っていうんだ」

 ツバメはその彼女の名刺を見ている。

「うぬ! 名刺を用意しているとは、なかなか用意がよろしい! うむ、わが鉄研も名刺を用意せねば、な。用意する備品として覚えておこう」

「撮影であちこち行くから、撮影で出会った人に渡すために用意してるの。

 でも、鉄研、ねえ」

「仲間でやれば、いろいろ楽しいわよ。今日も実物観察楽しかったし!」

「うむ。仲間で連帯した行動なら、社会的な、世間様からの見栄えも良くなるな」

「一人じゃできないこともいっぱいあるわ!」

「でも、今日助けてもらった以上、恩返ししないと気がすまないのも私にはあるわ。

 入部するわ」

「ありがとう!」

「うむ、これでまた貴重な駆逐艦が我が艦隊にドロップしたのであるな」

「何故にまだ艦これネタ……ヒドイ」

「ひどくないひどくない」

「でも」

 彼女は言った。

「どうせなら、夕食してかない? 助けてもらったから、おごるわ! というか、おごらせて!」

「ええっ!」


食堂サハシ

「こんな店、海老名にあったっけ」

「あったの。私の家はここなの。宣伝下手だから知られてないけど、お客さんみんな満足してくれる」

 それは、住宅街のなかの、『食堂 サハシ』の看板が出ている大衆食堂だった。

「うむ、ドラマ『孤独のグルメ』で井ノ頭五郎さんがフラフラと引き寄せられそうな、なかなかの風情である。こういう店にこそ、多くの場合、B級グルメの真髄があるのだな」

「そう。B級グルメなのよ。時々A級も出しちゃうけどね」

 店内に入る。

「わーっ、模型とか鉄道グッズがこんなに飾ってある! だから鉄道のビュッフェ車の符号で『サハシ』なのね。カウンターがまるで、写真で見た昭和のビュッフェ車の雰囲気!」

 御波は思わず言ってしまう。

「2階にはNゲージのレイアウトがあるの。前はレンタルしてたんだけどね、いろいろあって今はやってないの。

 お父さん、じゃんじゃん料理出して!」

「え、悪いわ! ちゃんとお金払うわよ!」

「ほんと、それはちょっと」

「うむ。そこまで負担させてしまってはこの『食堂サハシ』の経営にも響きかねないであろう。それは大変恐縮至極であるのだな。かつての食堂車も採算の問題で営業休止が多かったらしいからの」

「じゃあ、1000円だけ。1000円で飲み放題食べ放題コースで」

「それでも安っ!」

「鉄研に入れてもらったから、記念割引よ。ねー! お父さん、これでいいわよねー!」

 厨房の奥から「いいぞー」の声が聞こえた。

「あ、これ、お食事券。うちはお客さんにみんなこれを渡すの。今入鋏するわね。お父さん、切符テツなの」

「へー、すごい! オリジナルデザインの切符だ! 本物そっくり!」 

「お父さん、切符の話すると止まらなくなるから、話の途中で遠慮しないで止めてね。この前それでお客さん、帰れなくなって大変だったから」



「食べたねー」

「というか、『うわっ、私、食べ過ぎ』ってドン引きしそうな暴飲暴食」

「だから、JR西日本の車輌を魔改造というけど、東日本にも魔改造の例はいっぱいあるんだからぁ!」

「……華子ちゃん、その話はもう6度目よ。お酒入ってないのに……」

「時々いるのだ。ソフトドリンクでも宴が楽しいと、頭のなかでお酒よりもっと強烈な脳内麻薬が出る体質のもの。華子も斯様な御仁であろう」

「楽しくていいけど」

「うむ。私も存外に補給しすぎて、動けないのであるな。想定外の失策である」

「あ、お父さん、夜遅くなっちゃうから、車でみんなを家に送ってくれるって。家教えてね」

 突然シラフに戻る華子だったが、食堂『サハシ』の座敷は、満腹のみんなが累々と転がる様相となってしまったのだった。



 『食堂サハシ』の帰りの車も、『快特 海老名』の種別表示がバイザーにつけてあったり、ATSやATC搭載の表記が付いている、なんともテツな車だった。形式名に『キハ』もちゃんと記されている。

 しかも驚いたことに、本来のクラクションとは別に補助で鉄道のホイッスルの音が鳴らせるのである。

「このホイッスル、AW-5ですか?」

「おおー、さすが鉄研だね! 汽笛の区別もできるとは。いいね!

 そう! 知り合いに作ってもらったの。サンプリングして回路から鳴らしてるんだけどね。

 初めはコンプレッサーと本物のホイッスルで鳴らそうとしたんだけど、どっちも重たくてでかくて」


 そして、この日もみんなは、楽しい一日を思い出しながら、それぞれの家で床についたのだった。


 しかし、まだ部員は4人。これでは鉄研は同好会のままだ!

 さらなる部員ゲット目指して、続くのである!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る