鉄研でいず!女子高校生鉄道研究風雲録(改1)
米田淳一
第1話 春は出会いの季節
平成27年3月12日、大阪駅。
「危ないから! 危ないから押さないでください!」
駅員さんの絶叫の中、出発する最終の豪華寝台列車『トワイライトエクスプレス』を見送る鉄道ファン。
そのすさまじい雑踏、人波の中に、
それにしても、その雑踏は、あまりにもひどすぎた。
「お前そのiPad邪魔だよ! でけーiPadで列車撮ってんじゃねーよ!」
「おいっ、オレのレンズケース蹴りやがったのは誰だ!」
「素人はどけよ! 値打ちわかんねーのに前出てんじゃねーよ!」
そんな罵声のなか、発車した深緑色の豪華寝台列車のテールランプが、ゆっくりと去っていった。
*
「あなた、大丈夫?」
雑踏の過ぎ去った後のホーム。
うつむいて涙をこらえていた御波が見上げると、そこには音がしそうなほどキリリとした目鼻立ちの女の子がいた。
「どうしたの?」
「……辛くて。
私、こんな罵声大会のために、神奈川から新幹線で大阪まできたのかな、って思ったら、もう……」
彼女は、そう言葉を絞り出す御波に、自分のハンカチを渡した。
E6系『こまち』の模様のハンカチ。
「そうよね。最近の鉄道ファンは暴走してるわね。迷惑鉄なんて言葉もある。今日はそれでもまだましだったけど、そのうち、鉄道趣味をおおっぴらに楽しめなくなってしまうかも、と思うわ」
しゃくりあげる御波。
「それでも、私は、鉄道が好き」
「ええ」
彼女も言った。
「私も鉄道が好き。鉄子だの女子鉄だのじゃなくても。
鉄道が好きなのに男も女もない。
そして、その私たちの鉄道は、ちゃんとここにある!」
彼女は、そう言ってぶら下げた新しいコンパクトデジカメの上の自分の胸をさした。
「『あけぼの』も、『富士』も『はやぶさ』も、これからの『トワイライトエクスプレス』も、これからもみんな元気に『ここ』で走ってる!」
御波はその強さを、眩しく、羨ましく思った。
「泣いてばっかりじゃ、せっかくの大阪駅がもったいないわよ。あなたのそのアイドルみたいな顔も!」
「え?」
彼女は心底からのため息を吐いた。
「もう、どうしてこうなのかな! 『自覚症状なく可愛い子』って、すごくお得よね! 髪の毛のリボン目立ってるし。もう!」
「自覚症状って、私、そんな」
「でも、トワイライトエクスプレス、最後に見られてよかった」
「見られました? 私、人並みに流されちゃてて、ぜんぜん」
「見なきゃ! そこは見るところでしょ! 『万難を排して』見るところでしょ!」
「でも、そのために人を押しのけちゃったら、迷惑鉄になっちゃう」
「……そうよね」
彼女は頷いた。
「みんな、そうやって視野が狭くなるから、迷惑鉄が生まれるのね。
あーあ、私もいつのまにか、その一人になっていたのかなあ。ほんと、自己嫌悪」
「ううん、そんなことないわ。一生懸命に見たいものを見る熱意って、素敵」
「それ、小学校の先生みたいに力技で褒めてない?」
「いや、それは」
「正直に言っていいのよ。ドン引きした、って」
「え、あ、その。うん」
御波は、涙のまま、笑った。
「ドン引きしまくってた!」
「ほら、ようやく言えた!
あなた、いらない我慢しすぎなのよ!」
その時、彼女の腕のウェアラブル端末、Moto360がアラームを鳴らした。
「しまった! すぐに大阪環状線に行かないと次の撮り鉄ネタ撮り逃がしちゃう! せっかく私も新幹線で大阪まで撮り鉄に来たのに! じゃあね!」
「あ、あの」
「私は今九州も走ってる『ツバメ』。
「葛城御波」
「『かつらぎ・みなみ』ね! どっかで聞いた名前だけど、あとでフェイスブックで検索するわ。じゃあね!」
彼女はそのまま、コンデジ片手にコンコースへ去っていった。
*
そして、それから春休みを過ぎ、新学期が始まる。
「あ!」「あ!」
御波たちは、大阪から遠く離れた、神奈川県の海老名高校の入学式で、再会したのだった。
「まさか同じクラスとはね。冗談というかラノベチックというか、というかこれはラノベそのものよね」
ツバメは真新しい制服の金色のネクタイをいじくっている。
「というか、作者がむりやりラノベの文体にしてるような、って。ヒドイ!」
ツバメはやたらと「ヒドイ!」とセルフツッコミをする。彼女のクセらしい。
「でも、この高校入れてよかったわ。受験のとき、志望校下げろって何度も言われたから」
「どうなのかなあ。私もそのクチだけど、同じ学区だったら名門の厚木高校があるでしょ。なんとなく、厚木高校の滑り止めでここ選んだような顔もちらほら。ヒドイ!」
「ひどくない、ひどくないから」
御波は自然にフォローに回ってしまった。
「でも、この高校に鉄研、鉄道研究部ないのよね。残念よね。昔あったらしいけれど、後継者がいなかったんだって。まあ、仕方ないわよね。このクラスも34人学級だし。
昔は1クラス48人とか50人オーバーだったなんて、どんなシートピッチ詰めた波動輸送用の遜色急行よ、って。ヒドイ!」
「ひどくない、といいたいけど、少子高齢化ってほんとよね」
「私たちがお母さんになる頃には、日本の自治体は半分になるんだって。お母さんになれるかどうかわかんないけどね。うわー、恋愛とか面倒臭いー。あー、一生鉄道趣味だけやってたいー。ヒドイ!」
「ひどくないわ。でも、鉄道趣味、私はもう、悲しい思い出のほうが強いから、遠慮しようかな、って」
「あれ、ドン引きしちゃった? ごめん!」
彼女は手でゴメンネの思草をした。
「いや、そうじゃなくて。なんか、迷惑鉄と、迷惑鉄を話題にするひとたち見てたら、悲しくなっちゃって」
「そうよね、悲しくなるわよねえ。紳士の趣味、って言っても、実際はあれだもんねえ。落差でかすぎだもん。まあ、英国紳士も実際はレディーファースト言いながらアヘン窟とかロリペド趣味に通ってたっていうから、鉄道趣味が今こうしておおっぴらに言えてる時代のほうが稀なのかも」
「そうなのかも」
御波は遠くを見た。
「でも、小さい時から、鉄道好きだったから。余計悲しくて。
田舎のおばあちゃんとこに行くときはいつも上野発の寝台列車に、おばちゃんと一緒にA寝台でだっこされて」
「乗ったのは寝台特急『あけぼの』?」
「そう。でも、もしかすると、『鳥海』かな?」
「時代的にそれはあんまりないと思うけど、上野発の夜行列車、もうなくなっちゃうもんね。東京上野ラインで上野駅はもう完全に通過駅になっちゃうし」
その時だった。
「なんか、キモーイ鉄オタがいるわね」
??
御波とツバメは目を見合わせた。
誰? そんなこと言ったの?
すると、クラスのみんながいつのまにか、2人を遠巻きにして、目をそらしている。
「あら、入学式直後からいきなりイジメ? やってくれるじゃないの」
ツバメがその眼を切れ長にして、言い返す。
「あいにく、私は武闘派なのよ。やられたらやり返す! 倍返しで土下座を」
でも、その時、なんと、すでに御波は泣きべそになっていたのだ。
「ええええーっ! ここで泣くの? ダメよ!」
せっかく徹底抗戦を図ろうとしたところでの思わぬ背後の戦線崩壊で、ツバメも戸惑っている。
「だって、私……中学の時にも」
ツバメは気づいた。
「それから逃げようと思って、一生懸命受験勉強したのに」
「……言わなくていい」
ツバメは察して、遮ろうとした。
「なんで?
鉄道が、好きじゃ、もう、ダメなのかな……」
つられてツバメも悲しそうな顔になる。
だが、そのときだった。
その空気をばっさりと切り裂く声。
「パンパカパーン! おおっと! その泣き顔グランプリでも君は2番手、そっちのキミはセカンドローの3番手だ! 京急快特大回転運転で奪ったポールポジションは譲らないぜ!
ててれてれてれ! 先生、なんでカラオケにT-SQUAREの曲がないんですか! あるわけねいだろ、いんすつるめんたるだあれは! はーはっは!」
突然、見知らぬ女の子が乱入してきたのだ。
なんというか、とても形容するのが難しい子だ。
だれにでも似ているし、誰にも似ていない。容姿は平凡なよくいる女の子だ、と思う。
ポニーテールに動輪の徽章の髪飾りだけが、彼女を彼女として識別できる印だった。
だが、それさえも、そのよく動く口からほとばしる自動近接機関砲CIWSの弾幕のような言葉の非常識さが、なにもかもを、めちゃめちゃ、というか、ズタズタにしていく。
「そして! 君たちそれを傍観して巻き込まれまいとおもっている、この臆病チキンども! キミタチは、ああっと河合さん電気系のトラブルでしょうか! 突然スローダウン、エンジンブローも併発してことごとく予備予選落ちだぁ! 本戦に進めるのはわずか4台! 全く、なんというサバイバルレースだ!」
「なによそれ!」
「おおっと! 君ィ! さっきの『キモイ』の声は君の声だな! 最近本放送ではちょっといろいろぎりぎりな沢口靖子の率いる京都府警科捜研チームの音紋照合でなくても完全合致だー!」
「何よあんた!」
「あんたぁ、はないなあ。
ワタクシはこの小田急線・JR相模線・相鉄線の交わる神奈川県県央部の交通の要衝・海老名高校を手始めに制覇して、おれは!『
この親につけられてしまって、生まれたその日からずっと後悔ばかりのこのキラキラな名前を、直ちに今すぐそのぶくぶくフォアグラな頭脳ではっきりと覚えてくれたまい!」
「……あなた、頭おかしいわよ!」
「ああー、あたまおかしいよなー。たしかにそうだ。福島の広大な野山に撒き散らされたあれほどの放射性物資を全部人手で洗い流そうとか、いつくるかわからんトリプル震災なんていう正気の沙汰ではない化け物相手に高さ32メートルの防潮堤を太平洋岸に張り巡らせとかいう土建屋バンザイそんな予算どこにあるんだ全て税金だろ! 日銀が紙幣刷ればなんでも解決リフレ万歳! なこの『美しい国・日本』らしい、あたまのおかしさだー!
うん。それは実に正しい。そして正論は人を容易に激怒させる。だが! もう一つの正論!」
キラは言った。
「他人の趣味を捕まえてキモいとはなんだ!
そういうキミらもそんなこといいながら凡庸な『意識高い』オニャノコとしてこのままお受験に就活・婚活・妊活そして終活とマスコミに乗せられ毎回トンマ活動をする『トン活』娘だー!
ただのトンカツはわが故郷名古屋の誇る味噌カツにはエクストリームお昼ごはん、ピカピカ高校一年生のキラさんに昼がきたー! ではエイトフォーティー回転してもぜーったいに勝てないのだ! それはコメダコーヒーのめにゅーにも価格差として記されている明白な事実なり! 裁判長! ここで検察側は甲1号証としてコメダコーヒーのめにゅーを!」
「あ、あの、勝つとか勝たないとか」
「あっはははは! 制空権は完全にわが手のひらの中! 我に追いつく敵機なし!
おおー! これはマジでゲシュタルト崩壊5秒前『MG5』という、まことに佳いボー然顔をしておるなー。
よいよい、許してやろう寸時の恩赦を与えよう。
私もそこまで無慈悲ではないのだ。私は北の将軍様とは違うのだよ将軍様とは!」
彼女、キラは振り返った。
「さあ、キミタチ、ツバメ君と御波君!
かのSFの大作家センセー筒井康隆先生も御作中でおっしゃっている。
『全ての道は廊下に通ず』!
今すぐ、直ちに、こんなドグサレたクラスを出ていこう。
そして高らかに宣言しようぞ!
我らの望む心の拠り所、心の楽園、王道楽土としての、
『海老名高校鉄道研究公団』の設立を!」
「あ、あの、それって、平たく言えば」
「ああ。大昔にこの学校にあった鉄研を我々の手で復活させるのだ。今から先生にその相談に職員室だ! ゼンはイソゲだー!」
さっきのイジメの女の子はがっくりと崩れ、そのまわりの子を含め、クラスはドン引きも通り越して、すっかり唖然としている。開いた皆の口が黒く見えるほどだ。
「ははは、わが必殺技『アイタ クチガ フサガラナイ』の戦果は赫々たるものだな!
おお! この威力! 面的制圧火力! すばらしい! 列車砲連隊並み!
まさに人類の夢、インドラの矢! 天空の城ラピュタの要塞砲! イゼルローン要塞主砲トールハンマー! エースコンバットの重対空砲ストーンヘンジの一斉射撃にもひとしい!
はっはっはっ、見給え! 人がゴミのようだ! 5分間待ってやろうと特務の青二才の気分もかくや!
ああっ、この風景をご覧になれば、無念に倒れなさった泉下の皇軍の先輩方もまさに感涙なされるであろう。
そして御波くんは今すぐその涙を拭き給えなのだ」
そして彼女が差し出したハンカチは、E5系新幹線『はやぶさ』がデザインされたものだった。
「そして『さあ、行こう』で〆るジャンプ王道マンガの様式美にのっとって。
行くぞ! 御波くん、ツバメ君!」
御波もツバメもボー然としてしまったが、その後、理解した。
「逃げろっ!!!」
そうやって、3人は、逃げるようにクラスを後にしたのだった。
事務室前
「あの、言っていいですか?」
御波はクラスからずっと離れた学校事務室の前まできて、ようやく言葉を出した。
「いいともー! は古いかもであるな。放送終わってから随分経っちゃったからの」
キラはとぼけている。
「というか、これじゃ、もうクラスに戻れません! これからこれじゃ、学校生活無理すぎる!
これじゃ、私の3年間の高校生活が暗黒時代に!
せっかく中学のイジメから逃げようと受験勉強頑張ったのに!」
御波は堰を切ったように抗議を叫ぶ。
「よいではないかよいではないか。暗黒もまた風味絶佳なときもあるぞ。闇は暖かい毛布のようなものでもある。ましてあんなクラスに戻る必要は爪の先ほどもない」
「なくありません!」
「そうかー」
「ヒドイっ!」
ツバメも抗議するが、そのとき、突然、キラの顔が真顔になった。
「キミタチ、そもそも考えてもみたまへ。
あのまま、キモいって遠巻きにされつづけてても、
こうして『アイタ クチガ フサガラナイー』をしても、
そのあとの『結果』は、『同じ』であろう?」
それを聞いて、御波とツバメの顎がカクンと落ちた。
「3年間我慢を強いられることはどっちにしろ同じ。
どっちみち、あんなマグルどもにあふれる才能とムダ知識を合わせよう、脱オタしようってのが、そもそもまず無理なのだ。
それだったら、3年間、好きなだけ鉄オタを貪欲に嬉しんじゃったほうが、お得で正解じゃない?」
……この人、どこまで本気かわからん。
御波とツバメは、無言ながらそう同意してしまった。
「なかなかこれで本気なんだな」
「ええっ、思ってることなんで分かるんですか!」
「エスパーなんだな。エスパー4級」
「なんですかその英検4級みたいな『たしなみ』的エスパー能力!」
「それに鉄道研究公団って。鉄道研究部でいいじゃないですか。公団って勝手に名乗っていいんですか? 『公団法』とか何とかがあるんじゃないんですか。鉄建公団じゃあるまいし! ヒドイ!」
「おおー、だんだん乗ってきたねー。よいよい。よきかなよきかな。
そう、まず世界に君臨する『鉄道王』への第一歩はここ海老名から!
これからまず職員室に行って、同好会の設立をぶちあげる!
それにより、過去の栄光からこのドグサレた凡庸どもによって踏みにじられた高校の校史に、この3名の燦然と輝く御名を刻みこむのだ!」
「なんなんです……キラさんのそのやたらと疲れる言い回しは」
「厨二病も4級」
「はいはい、そうですか……」
呆れ返っていたが、しかし、このキラの言っていることは、悔しいほど、ほんと、そのとおりだった。
「……もう、要らない我慢をすることは、ないのかも」
「そうかも」
「自由に過ごす学校生活は楽しいと思うんだなー」
御波は、目を見開いて、言った。
「そうですよね!」
職員室
担任の先生は3人がくると、すでに笑っていた。他の先生も、笑っていたり、顔をしかめたりである。
「見てたわよ! 久々に『活きのいい厨二病』拝見しちゃったから、ほんと、胸躍ったわ。
まるでほんとのラノベみたい! 嬉しくなっちゃった!
同好会設立に書く書類はこれとこれ。
私にも一枚噛ませて。
あなたたちの同好会の顧問、やってあげるから!
部への昇格に向けて、がんばりなさい!
ほんと、期待してるわ!」
「はい!」
声を揃えて、3人、海老名高校鉄道研究公団、エビコー鉄研は、本当にこれで第一歩を記してしまったのだった。
でも、こんなので、いいのか?
つづく!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます