第30話 2
「あ、シオンくんに聞きたいことがあるんやけどさー」
「何? あ、死んだ」
舞夜は無言で蘇生魔法をかけた。この魔法、ダンジョンに入ってからは想像以上の大活躍である。もちろん嬉しくはない。
「シオンくんてゲーム機持ってないよね?」
「うん。見て分かるだろ。ほら」
舞夜は無言で蘇生魔法をかけた。タイミングが徐々に分かってきたのでパークも一秒で復帰だ。ゾンビ男子だ。
「じゃあどこでこんなゲーム買ってきたん?」
「もらった。呪われてるようだから調査してくれって」
舞夜は黙った。
ちょうど操作しているキャラが地面に横たわる犬と豚の死骸を踏み分けて進んでいるところだった。
「…なんでそんなん
「一番都合がよかったんだよ。まず家にはゲーム機なんて置いてないだろ、それに知り合いったって君以外いないし。家だって割りと近いし、こんだけ有名なゲーム機がないはずないしな!」
言いながら紫苑は、ゲームのケースをぱかぱか開いて遊んでいる。「けっこーしっかりしてる」とまるで他人事だ。
戦力にならないにしても、せめてコントローラーからは手を離さないでほしい。舞夜は切実にそう思った。
「あ、それにほら、複数人による協力を全面に押し出してる雰囲気だし。一緒に遊べたら楽しいだろうなーって」
紫苑はパッケージの裏面を舞夜の方に向けたが、彼女はそれどころではなかった。今テレビ画面から目を離していては、不意をつくように一斉に飛び出してきた敵の攻撃を受けてしまう。
「それ絶対今気づいたやろ! シオンくん適当過ぎ! 色々と!」
遠くにいた敵に弓を射ると、ウワーと間延びした悲鳴を上げて死んでいった。
ついでに何故か紫苑の操るパークも死んでいた。
あれだけ後方にいたのだから、遠距離攻撃を躱すのもわけないと思っていたのだが。舞夜はのろのろ、意味があるのか分からないままパークに蘇生魔法をかけた。ここまできたら作業だ。
しかし パークは いきかえらなかった。
「え、失敗? リクじゃなくてラルなん? 確率ならちゃんと説明いれといてほしいよな」
「いいよ僕手ぇ振ってるから。いやー、どれだけユーシューでトクベツな秘蔵っ子でも、こうなったら形無しだよねー」
「悪意を感じる。もっかいかけるよ、あ、動かんといて」
今度はうまく蘇生できた。
先ほどのは一体なんだったのだろう、と舞夜が思った瞬間、テレビの電源が落ちた。
驚いたが、とりあえずメニュー画面を開く操作だけして紫苑の方を見た。
「シオンくんリモコン触った?」
「まさか」
紫苑は彼女に、両手をひらりと振ってみせた。ついでにそこ、とカーペットの端を指す。無造作に置かれたテレビのリモコンは、舞夜が昨晩、テレビの録画機能を利用して放置したままであった。
それからも異変は止まらなかった。
ペンが転がり落ちたりテーブルがずれたり、初めのうちはどれも気のせいで済ませていたが、本棚から漫画が雪崩のごとく一斉に落ちてしまってはもう見過ごすことはできない。
単行本に折れ目などがついていないか確認しながら本棚に戻していき、一段落ついたところで舞夜が紫苑を睨みつけると、彼は「えーっと」と呟いてから、
「ゲームの進行が停滞したりすると、ポルターガイストじみたことが発生するみたいだね」
「……ゲーム内で怖いことがあるんじゃなくて、こっちに害がくるやつ!?」
「うん。そもそも問題があるのは、『聖石物語』自体じゃないからね。これは普通に遊べる、
舞夜が想像していたのは、ゲーム内で不気味な異変が起こるというものだった。
都市伝説で時たま聞くことがある、例えばBGMの合間に幽霊の声が収められているとか、いるはずのないキャラクターがいるとか、見るもおぞましいバグが発生するとか、そういったものだ。
つまるところ、『聖石物語』というゲーム自体に、何か問題があるのだと勘違いしていたのだった。
「全然大丈夫じゃない……あ、ポルターガイストって家にも実害とかある!? めっちゃ迷惑、ローンもあんのに!」
「現実的だね」
この家に越してきたのは舞夜がまだ幼い頃だった。おおはしゃぎで彰冶と家中を駆け回ろうとしたところ、すぐさま母親にとっ捕まって、「新しいお家は大事に使いましょう」と青筋の入った笑顔で懇々と諭された光景が、今でも容易に思い浮かぶ。
それから家は傷つけないように遊ぶのが、兄妹間での鉄の掟だった。
紫苑はゲームソフトのパッケージを取り上げて、淡々と説明する。
「ヤバいのはこのゲームソフトだけ。他はなんの報告もきてないんだけどさ、何故かこれだけは遊んでると周囲で怪異が起こるんだと。ずっと中古屋を回ってたらしくてさ、この前とうとう僕の所にまで……」
その瞬間、衝撃が響く。鈍重な物音に舞夜は悲鳴を飲み込んだが、すぐに肩を落とした。隣の部屋からだ。恐らく、兄が何かを落としたのだろう。
ほっとして画面に顔を戻すが、ゲームは進まない。
選ばれし者であるはずのキャラクター、ミントは、一歩も足を進めない。
「……ここまでやって今さら、止めるなんて言わないよねぇ。何が起こるか分からないしさ。君の家にも、それから……」
画面の端で少年パークが、転がる岩の罠に潰された。
「さっきから死ぬ以外のことができてない僕の身にもな!」
紫苑が彼女の力を必要としているのは確かだった。他に協力してくれそうな知人を、彼は彼女の他に持っていないのだ。
「いいじゃん、助けてよ。友達だろ?」
画面では、霊体と化した蘇生魔法待ちの彼が、ぎこちない動きでふらふらしている。
舞夜はうなだれて、腹底から深い溜め息を吐いた。
「……このゲーム全部がダメなんやと思ったんやもん。お兄ちゃんが危なかったら嫌やし、だってシオンくんもさっき、」
「僕は、君の家には無いのかって聞いただけだろ? 勘違いしたのはそっちじゃないか」
「せっこいなぁ……」
舞夜はふー、と息を吐いた。
「なんで家に持ってくんのー。もー。こんなん嫌に決まっとるやんかー。自分とこでやってよ、ゲーム機くらい
近くのショッピングセンターの名を挙げながら舞夜は文句をつけた。
ここは舞夜の自室だ。普通の人間にとっては、心安らぐ唯一無二の場所である。そこにこんないわくつきの物を持ちこまれて、不快にならないはずがない。
他に家族も住んでいるのに、と弱りきった彼女の様子も気にせず、紫苑はへらへらしている。
「一人で遊んだってつまらないだろ。それに僕のこの腕じゃ、ちょっと進めるだけでもどれくらいかかるか分からないしさ。協力してよ。哀れだと思って」
「それ目当てなんやろ、もー。手伝ってって普通に言ってくれたらいいのにさ、なんでこんな押し売りみたいなことすんのー」
「頼んだら協力してくれた?」
「分からんけど、シオンくんが言うなら多分したよ、多分」
「ふーん。来るのが面倒臭くなって止めたりしない? 怖くなって途中で逃げ出したりしない?」
「面倒くさくなっても約束したらちゃんと行くよ! 逃げるのはあるかもしれんけど、でももっと信用していいよ! ほんとほんと」
なんて言いながら顔をキリッとさせているが、それでも今一歩信用しきれないのが柊舞夜である。紫苑はそんなことを思いながら、はいはい、と頷いておいた。
舞夜も紫苑も、互いをいまいち信用できていないという点では同様であった。
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