第29話 テレビゲームしてるだけ

 こうして二人並んでゲームのコントローラーを握っているというのは、いささか不思議な感覚である。

 互いにそんなことを思いながら、紫苑の要望によりオープニング等は飛ばしてさっさとゲームを開始する。舞夜も兄とともにこのゲームで遊んだことはあるので、特に文句もなかった。

 まずはプレイヤーキャラクターの選択だ。男女それぞれ数種類の外見からどれを選んで遊ぶのか決めることができる。適当に選んだら名前を入力するのだが、


「あ、一応自分の名前を使うのは止めといて」

「別にいいけどなんで?」

「なんでも」


 絶対なんかある、と舞夜は思ったが何も言わず、とりあえず説明書に載っていた名前を使うことにした。男主人公はパーク、女主人公はミントというらしい。

 それはいいのだが。


「『ク』はそこやよ」

「分かってはいるんだけどねー」


 紫苑の操作が、非常に遅い。まだ新しいゲームコントローラーであるため、反応もよく、カーソルの動きも滑らかなはずなのだが、紫苑の指の動きのせいでそれもぎこちないというレベルではなかった。

 本当にコントローラーに触れたことすらないらしい。いや舞夜もそれは知っていたが、それにしても戦慄を覚えるくらいに酷い。

 開始数分、すでに不安しかない。



 次に、自分に加護を与えてくれる武器を一つ選択する。剣、斧、ハンマー、槍、弓矢、ロッド、ヌンチャク、グラブ。

 舞夜は少し迷って結局弓矢を選択したのだが、ふと紫苑を見ると何故かヌンチャクを選んでいた。


「待ってシオンくん待って、なんでそんな難しそうなん選ぶん?」

「適当に止めたらこれだった。この村って沖縄?」

「ゲームやから現実は関係ないで。ファンタジーファンタジー」


 ヌンチャクは素早い動作は魅力だが、操作が複雑な上に使いこなしても大した火力はないといった上級者向けの武器である。

 遊んでいて楽しいので舞夜も気に入っているのだが、紫苑には頼み込んで剣に変更してもらった。盾さえ装備すれば防御力も高くなるので、安定感があるのだ。

 そしていざ始めるぞ、となった時点で紫苑がいきなりコントローラーを置いて、


「これ持ってるの飽きてきたんだけど……」


 なんて言い出す。まだ始まってすらいないのに。

 舞夜は既に彼とゲームをするのをやめたくなっていた。



 このゲーム内の主人公達は『聖石』と呼ばれるこの世界の信仰対象――の欠片とされる岩の傍にある村で暮らしている。その不思議な岩により、プレイヤーキャラクターはそれぞれの武器から加護を得ているという設定だ。

 全員――今回はパークとミントの二人であるが、彼らは選ばれし者として日々戦う訓練をしてきた。村では『聖石の子』と呼ばれ、家族含めた村人全員から、その成長を温かく見守られている。


「つまりこの村ではこの……パークとミントと、この煩いのが一番強いってことだよね?」

「ランドな。仲間になってくれるし、いい奴やよ。オートやから弱いけど」

「三人でこの村の覇権を取ろうとか思わなかったのかなぁ。だってこの閉鎖された空間の中で、周りのあらゆる人間が自分よりも弱いんだぜ? それこそ殺せるくらいに。いいなーどんな気持ちなんだろうなー」

「うんそれよりシオンくん右、森行くからそこ右に」

「オッケー」

「右!!」


 いい返事をしながら、紫苑操るパークは目的地と正反対の方向へふらふら進んでいく。

 自由な旅を、とゲーム内では言われるが、これは少し意味が違う。ここまできたら寧ろ嫌がらせかもしれなかった。

 舞夜は自分の操作しているキャラクター、ミントでパークの背中をぐりぐり押しながら、これは一日でどれだけ進むものかと真剣に算段立てた。



 それから二人はライバルというよりガイドキャラである喧しい少年、ハンマー使いのランドに導かれ(振り回され)ながら、村はずれの森へと足を踏み入れた。ここで戦闘に関するチュートリアルをこなしていく――のだが、やはり紫苑はあまりにも戦力外だった。

 五秒で死ぬ。雑魚中の雑魚にぼこぼこに殴られ、初歩の初歩といった罠には引っかかり、挙句アイテムの使い方を間違えて自爆する。これは酷い。

 ゲーム内のノリで言うと、村外れの朗らかな森を楽しく探検! ――のはずなのだが、ミントの傍らには死んで霊体と化してしまったパークが突っ立っている。ゲーム序盤で選択された際、かっこよく剣を振り回していた面影は微塵もない。

 とりあえず舞夜は無言のまま、拾ったばかりの蘇生用アイテムでパークを生き返らせた。


「シオンくん、ゲーム下手やねぇ……」

「…………」


 紫苑は自分でもびっくりです、といった顔をしていた。


「大丈夫大丈夫。コントローラーの使い方に慣れてないからやって! 伸び白的なのがあるし、うん。次のスキルで蘇生魔法取るからちょっと待ってな。あ、回復の方がいい?」

「また死んだんだけど」

「えぇー。とりあえず手でも振っといて」

「うわ、何これ。何の意味があんの。ウケるんだけど」


 霊体のできる唯一の行動が手を振る、である。意味は特にない。

 とりあえず五秒で死ぬ彼は置いておいて、舞夜一人で進めることにした。スキルポイントが溜まったら真っ先に蘇生魔法だ。それ以外はない。



 森を奥まで進むと、パークとミントとランドは、仮面をつけた奇怪な衣装の人物を目撃する。「ここで何をしていたのか」と問うが結局戦闘になり、そして負け必須のイベントであるため倒されてしまう。


「なにこれ、これで終わり?」

「そんなわけないやろ……」


 しばらくしてキャラクターたちが意識を取り戻すと、景色が一変している。村に戻るがそこには誰もおらず、気絶している間に時間が大きく経過していることに気付く。あれやこれやと話し合った結果、彼らは村から離れて旅に出ることを決意する。

 紫苑はへー、と気の無い声をあげた。


「で、これでこのゲームはどれくらい進んだってことになんの? 半分くらいいった?」

「え? まだチュートリアル終わったばっかやけど」

「マジかよ。とりあえず終わりまで何時間かかんの?」

「裏エンド抜きやと、んーっと、24時間くらい?」


 他にもやりこみ要素や二週目、サブイベントもあるが、順調にこなしていけばおおよそその程度でクリアすることができる。


「ゲームソフト一本で丸一日分の暇を潰せて云千円か……。評価の分かんないうちに買うのってかなりの博打だね」

「そうやなー。よく知らんのとか会社の評判によっては、買うのはちょっと待った方が安心かもしれん。ひどいのもあるし…。でも新しいのを発売日にやんのも楽しいよ? 予約とかしとくとめっちゃワクワクするし」

「へー」


 生返事に舞夜が紫苑の顔を窺うと、彼は思いの外冷ややかな笑みを浮かべていた。一瞬馬鹿にされたのかとも思ったが、それにしては口数がいやに少ない。


「……ん、何。どうかした?」

「えっと、ゲーム楽しい?」

「割りとね。でも飽きた」

「んーどうしよ。なんか面白いこと言って」


 僕が?

 胡乱げな紫苑に問いに舞夜は頷いた。「今少し買い物の厳選で忙しい」とのことだが、紫苑には彼女の言葉はいまいち理解できなかった。

 舞夜も舞夜で、紫苑には操作にだけ集中してほしいため、無駄な情報を与えないよう説明しなかった。


「んーそうだな……。………普通にしていれば霊の見えない人間でも、振り返るとか些細な仕草を挟むだけでふと見えたりする」

「そういう日常生活に支障をきたす系のやつ、いかんやろ」

「適当だからいいんだよ。ほら次なんか喋れよ」

「ええー。うーんとなぁ。えっと……あ、あの『御札』って何?」

「札――ああ、あれか」


 舞夜がネムレスとの別れ際に握り、藤原七々子に化けた子猫と対峙したときも握り締め、色々とお世話になったあの札のことだ。


「めっちゃ強いから変やなーって思って。猫ちゃんの時とか、ネムレスの時も持っとけって言われたし」


 今もクリアファイルに挟んで、学生鞄の中で他のプリントと一緒に大切にしまいこんである。

 紫苑はあいかわらず慄くほど手酷い操作をしながら黙っていたが、やがて口を開いた。


「なんていうか……僕、探してる物があってさぁ」

「うん、そーやったね」


 舞夜もその事は既に思い出しているので頷く。

 しかし紫苑が森で鏡を割って、それから先のことは未ださっぱりなわけだが。


「君、あれから記憶戻ってないんだよね?」

「うん」

「その、探し物の途中で間違えて手に入れたのがそれ。僕には少し……要らない物だからさ」

「なんで?」


 持っているだけで相手を一発で倒してしまうほど強力なのに。こんなに手軽で便利なのに、と舞夜が素直な疑問に首を傾げると、紫苑は唸った。


「要らないっていうか、ほら、僕は無くても負けないってことだよ。君はそうもいかないだろ? 単純だけど強力だし、所持しておくだけでもいいから――まあつまり、身を守る手段として舞夜に譲ってあげるってこと。分かった?」

「分かった! でもそれほんとなん?」

「ほんとほんと」

「そうなんや、ありがとう!」


 軽い返事。しかし彼の発言が信じきれないのは今さらだし、と舞夜も軽く流すことにした。そんなことよりゲーム内の買い物である。

 一方の紫苑は、これだから今でも彼女と友人でいられるのだろうな、となんとなく思った。


「どういたしまして。というわけでゲーム、頑張ってね」

「おっけー任せろー。あ、シオンくんも頑張るんやよ? 次はいざ! ダンジョーン」


 少しは操作に慣れてほしい、との思いを込めて舞夜が床に置いてあったコントローラーを押し付けると、紫苑ははいはいと頷いた。

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