四章:テレビゲームしてるだけ

第28話 『聖石物語』

 帝釈紫苑はゲームソフト片手に部屋の中で胡坐を掻いていた。

 巨石に武器が突き刺さった絵のパッケージも、内に収められているディスクも、まだ新品そのものだ。新しいハードウェアのために出された、そのソフトの評判は悪くない。


 とはいえ幸か不幸か、紫苑が今いる家にゲーム機の類は一切無い。

 彼としても今さら、高い金を払って買う気もなかった。ゲーム自体にろくすっぽ触れた記憶がないため、その娯楽に値段程の価値があるかも分からないからだ。


 しかし紫苑はどうしてもこのゲームで遊ばなければならなかった。

 ならばどうするか。

 誰かのゲーム機本体を借りるのが一番早い。


「……」


 しかし誰か・・なんて言ったってよく考えるまでもなく、柊舞夜以外に友人もいないのだから、他に選択肢もなかった。


 というわけで。


「や、コンニチハ」

「……なんで来たん? なんかあった?」


 玄関で紫苑を迎えた舞夜は、心底怪訝そうな顔をしていた。インターホンで名乗ったときなんて、「本物?」とまで聞かれたほどだ。

 彼女はサイズの大きなスエットパーカーにジャージのハーフパンツと、完全に休日用の格好をしていた。部屋でくつろいでいる時に、何一つ約束していない友人がいきなり訪ねてきたのだから、困惑するのもしかたないだろう。


 内心断られるかな、と思いながら紫苑はやたらと膨らんだ鞄から、ゲームソフトを取り出した。


「ゲーム持って遊びに来た。この前言っただろ?」

「そんだけ? ほんと? えー、そういうの、先に言っといてよ………。んっと、とりあえず上がって」


 と、そのまますんなり通された柊家はしんと静まり返っていた。誰か家族の一人くらい居るだろうと茶菓子まで携えてきたのに、無意味だった。


 ソファに座らされテレビのリモコンを渡された紫苑は、そんなことを考えながら舞夜の方を見たが、彼女は既に二階へと上がっていくところだった。


「リビングおってな。お部屋片付けてくるで、ちょっと待ってな」


 独り取り残された紫苑は、しかたなしにテレビの電源を入れた。既視感しかないサスペンスドラマの再放送がやっていたので、とりあえずそれを眺める。

 そういえば何故美人女優犯人はだいたいの場合、「死ぬしかないんです」と最後に自殺を試みようとするのだろう。好感度の問題だろうか。


「……」


 掃除をしたばかりなのか、いつもこのような状態なのか、リビングは綺麗に片付けられていた。紫苑の目の前にあるテーブルに出されているのも、新聞とティッシュペーパーの箱ぐらいだ。

(なんだこの状況……)

 他人の家――いや、友人宅のリビングにぽつんと一人残されるのは、紫苑にとって初めてのことだった。慣れない空間に、なんとなく場違いであるような感覚を覚える。

 そもそもこの家の危機管理は大丈夫なのだろうか。いきなり押しかけた自分が悪いのかもしれないが、信用しきって一人放置しておくのは止めてほしい。後々家で何か物を失くしたとき、自分のせいにされたら困る。

 紫苑がぼんやり考えていると、舞夜が二階から戻ってきた。


「シオンくん終わったよー……どうしたん?」

「アリバイ作りについて考えてた」


 首を傾げる舞夜に紫苑がかくかくしかじか説明すると、彼女はごめんと謝ってから「シオンくんて大変やねぇ」と他人事のように呟いていた。

 こいつ絶対に微塵も反省してない。




 舞夜の部屋はなんというか、いたってシンプルな、普通の内装だった。強いて言うなら、物が少ない気がする。紫苑は同級生の部屋なんてろくに知らないので多分だが。


 紫苑は通されたまま、とりあえず置いてあった座椅子に座ったが、舞夜は何も言わなかった。

 目の前の炬燵テーブルの上にはノートパソコンと、図書館から借りてきたらしいミステリ小説だけが置かれていた。横を見れば古典から漫画までよく言えば幅広く、悪く言えば雑多に揃えられた本棚に、正面には紫苑の目当てのテレビにゲーム機と、どうやら彼女はインドア生活を満喫しているらしい。


「あ、そのゲームPSXなん? お兄ちゃんとこで借りてくる。テレビつけといて」

「だから、知らない奴を貴重品がある場所に一人に、」

「三分で戻るから。ゲームするんやろ! あ、シオンくんも来る? お兄ちゃんおるよ」

「いるのかよ……。じゃあ、挨拶くらいしとこうかな」


 舞夜の兄、彰冶あきはるの部屋はすぐ近くだった。しかし数度のドアのノックにも返事はない。

 舞夜は溜め息を吐いた。


「お兄ちゃんまだ寝とんの。夜更かしするの駄目って言ったのにな」

「不健康だね。もう昼もとっくに過ぎたってのに」

「うーん。まあいっか。ちょっと待って」


 舞夜はそっと彰冶の部屋のドアを開けると、静かに、だが遠慮なく足を踏み入れていく。さすがに入るわけにもいかず、紫苑は外で待機だ。


 舞夜はベッドの傍を通り過ぎる途中、掛布団を蹴ったのだろうか、剥き出しになった彰冶の足を隠しておいた。頭はすっぽりしまうくせに、こういう点は不思議だと彼女は常々思っている。

 目当ては、テレビの前に堂々と設置されたゲーム機だ。電源タップに刺さったいくつものコンセントには、それぞれどの線が何に繋がっているのかが示されている。こういったところではマメだった。


「お兄ちゃんゲーム貸してー」


 声をかけると、被った布団の中からくぐもった返事が聞こえた。肯定しているらしい。

 それより寝かせろといった感じだったので、舞夜はそれ以上何も言わず、ゲーム機とコントローラー一式を抱えるとそのまま彼の部屋を後にし、足裏でドアを閉めた。


「えーっと。君のお兄さん、まだ寝てるんだね?」

「うん。お兄ちゃん、いっつもお布団蹴って足出しっぱなし……どうしたん?」


 形容しがたい顔をしている紫苑に、舞夜は首を傾げる。彼はなんでもない、と呟いたあと、


「ずいぶんよく寝るなーと思っただけだよ」


 とだけ言って舞夜の部屋に戻っていった。舞夜もいそいそ、その後を追った。




 舞夜がさっさとゲームの準備をしている間、紫苑は訳が分からんとただ眺めているだけだった。彼女の部屋のテレビの前には、まるで当たり前のようにいくつかのゲーム機が置かれていた。紫苑は手持無沙汰にそれらをざっと眺めていく。


「なんでこんなにコントローラーあんの?」

「んー、それはなんか貰ったやつと、こっちは近所の人のやつ」

「溜まり場かよ……」


 違うよ、と舞夜は笑っていたが、どうだろうか、と紫苑は内心疑っていた。自分をこうも容易く受け入れたのは、この家に人の出入りが少なくないからなのではないか、と。


「あのさーシオンくん」

「なに?」

「準備できたけどさぁ」

「じゃあ早くしよーぜ。はい、これ」


 紫苑は机にゲームソフトを置いたが、舞夜は背を向けたまま見ようともしなかった。代わりに、ぽつりと呟く。


「……そのゲーム、ほんとに大丈夫なやつなん?」

「何が?」

「普通の、大丈夫な・・・・ゲーム? なんか怖いバグとか噂とかない?」

「もちろん、ただのゲームソフト。一から百まで全部デジタル。データの塊」


 紫苑は頷いたが、舞夜はそれでも手すら伸ばそうとしない。


「ここまで準備までしておいてさ、今さらそれはないだろ? もしかして、僕がまた厄介事でも持ってきたと思ってる?」

「うん。だってそうやろ? 絶対そうやろ? な、別ので遊ぼ? これな、中入っとんのも面白いよ。あとこれとか」

「折角このゲームを、一緒に遊ぼうと思って持ってきたっていうのにひっどいなぁ。――舞夜の家にはないの。これ」


 とんとんと指で叩く音に、舞夜はようやっと振り返った。

 紫苑が掲げるのは、巨岩に細身の剣が突き立てられたイラストのパッケージ。


「……『聖石物語』」


 比較的最近発売された、今話題のアクションRPGだ。飽きのこないよう練られたテンポよく楽しいアクションに、バリエーション豊富で耳に残る音楽、美麗ながらくどくないグラフィック云々……と、発売前からずいぶんと話題になっていたゲームソフトである。

 高名なスタッフが集って制作された夢のような存在だとか、舞夜も彰冶に嬉々として語られた覚えがある。


 まあつまるところ、当然、舞夜の家――彼女の兄の部屋にもそれはあるわけで。


 舞夜は肩を落とした。

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