第3話「VS勇者部」
地面に打ち付けたクラクの実を速やかに放り投げる。狙いはディーナが戦っている場所に駆けつけようとしている護衛達だ。
放物線を描いて飛んでいき、走る男たちの足元に転がる。それを見た男たちはぎょっと目を剥いて足を止めた。
「うわやべえ!」
一拍置いて、強烈な破裂音が響く。予想よりも結構大きな音で、目の前で破裂されてはたまったものではないだろう。一番近かった男は耳を押さえてひっくり返っていた。
「グッジョブ」
マスターからお褒めの言葉を頂き満足しつつ、二投目の準備をする。その間にマスターは再び銃を構えてディーナと交戦中の男を狙い、撃った。違わず足を撃ち抜き、一人倒れる。
人数が減った分、ディーナがさらに勢い付く。もはや上半身裸の斧男――恐らくは彼が『デスバンデット』だろう――も倒されるまで時間の問題と言ったところだ。
俺も調子づいていざ二投目、と思った直後。何かがひび割れる轟音が空気を揺らし、何事かと視線をやる。音の発生源は閣下の突撃していった方向、つまり隊商の馬車がある方だ。
そこでは信じられないことが起こっていた。地面が、カッチカチに凍り付いている!
「な、なんだアレ!?」
「『氷河』の得意魔法、アブソリュートゼロ。いかなるモノをも凍てつかせる氷魔法の極致。学生の身であれを使えるのは養成校広しと言えども彼一人」
少しだけ不機嫌そうにそう言うマスター。そういえばマスターが初手で狙撃したのが『氷河』だったか。戦闘に参加しているところを見ると一撃では倒れなかったか、防がれたのだろう。
機嫌が悪いのは先制攻撃を防がれたのが尾を引いているのだろうか。
「なにそれ凄い……じゃない! 閣下は!?」
流石にあれを食らったらマズイなんてもんじゃない筈だ。絶対零度なんて人間が耐えられるものじゃない。だが焦る俺の尻目にマスターは銃による援護を再開した。
「世界がひっくり返りでもしない限りは平気。――そう言ったハズ」
「いや、でも……」
「さむーーーーーーーーいッ!!」
聞こえてきたのは気の抜けるような閣下の叫び声。立ち上るモヤの中、凍り付いた場所で両腕を抱えながらガチガチと震えているのが見える。
「閣下って人間なんです?」
「……本人に聞いてみるといい」
マスターは半眼で言いつつ、パンと一発銃弾を撃ち放った。ディーナと相対した男がまた一人倒れる。その隙を逃さず、ディーナが一気に攻め込み、半裸男の頭部を剣の腹でしたたかに打ち付けて倒した。
続けて閣下の威勢のいい叫び声が聞こえてくる。どうやら無事氷河を撃破出来たようだ。
紺色のローブを着た男がネコのように首根っこ部分を掴まれて持ち上げられている。ぐったりしているが生きてはいるようだ。
しかし俺以外のメンバーの早業たるや鮮やかと言わざるを得ない。俺まだクラクの実一個しか投げてないんですけど。
「ふはははは! この隊商は我々学園征服部『デスネコ団』が乗っ取ったー! 勝ち鬨をあげろー!」
まだ数人無事に動ける護衛が残っているのだが、もはや大勢は決したと言ってもいいのだろう。その残りの護衛も腕を振り上げてやんやと騒ぐ閣下を見て、流れを悟ったのか武装を解除して降伏し始めた。
というかこれは勝っても良い戦いだったんだろうか。盗賊役が勝利とかかなり酷い結末だ。訓練だから良いのか。
とりあえず閣下の元に俺を含めたメンバーが集結し、勝利の余韻を分かち合う。といっても露骨に喜んでいるのは閣下だけで、マスターは相変わらずだしディーナも相変わらずだし俺は微妙な表情だしで分かち合い感ゼロだ。
「まったくお前らときたら! 勝ったんだから喜んどかなきゃ駄目だろ~? いぇーい!」
「いえーい……えっと閣下、それでこの後はどうなるんです?」
「ああ、少し待ってれば担当の先生が評価を出してくれるから――」
閣下の言葉を切るように、閃光と爆発。突然の強烈な光と轟音に俺は尻もちをついてしまった。濃い煙も発生し、周囲の状況が不明になる。
「え、え? 何が……いったい……」
「失礼します」
耳元でディーナの声が聞こえた気がした。こんな状況でも相変わらずのゆったりした優し気な声だ。だがそのすぐ後、急に俺の体がふわりと宙に浮かんで混乱する。
いや、浮かんだのではない。持ち上げられたのだ。滑る地面が持ち上げられたまま移動していることを物語っていた。
煙の中から脱出し、視界が確保できたところで地面にそっと降ろされる。隣に立っているのはやはりディーナだ。俺もまだ子供とはいえど、仮にも男を軽々と持ち上げて移動するとは流石は暗黒騎士、なのだろうか。だとしても、ちょっとショックを受けてしまうのは仕方ないところだろう。うん。うん……。
「えっと、今どういう?」
「敵増援による不意打ちかと。恐らくは炎魔法による攻撃です。当たったのが閣下で良かったですね」
良かったです。
ディーナの柔らかな表情からは閣下を心配する素振りは微塵も窺えなかったので、やはりそういうことなのだろう。
それを裏付けるように、すぐに煙の向こう側から閣下の元気な声が聞こえてきた。
「やったなー! 熱いだろこのやろー! けほ、けほ!」
「ちっ、やっぱ効かねえか。ホント相変わらずワケ分かんねえ頑丈さだな! 『チビボス』!」
ぶっきらぼうに宣いながら現れたのは、まるでチンピラのような男だった。原色の塗料をぶっかけたかのように真っ赤な頭髪を風に揺らして、口には煙草のようなものを銜えている。制服もかなり着崩しており、防具の役目を果たすのか疑問なところだ。
「油断するなよ、ベイン。いつ何処から突っ込んでくるか分からないぞ、アイツは」
チンピラの横に立ち、警戒を促すのは一転して随分な色男だ。サラサラの金髪に透き通るような碧眼、そして長身。微笑みの似合いそうな甘いマスクに女はメロメロだろうか。苛ついてきた。
「ここで勇者部ですか……少し面倒ですね」
ディーナが僅かに眉を顰めながら言う。勇者部とはこれまた、分かりやすい部があったものだ。
ベインはともかく隣の色男は確かに勇者と言われれば納得してしまうオーラを放っていた。
「はっ! いつ何処からって? んなもん決まってら。『今すぐ』『真っ直ぐ』だよ! それ以外あるか!?」
吐き捨てるベインに苦笑で答える色男。スラリと美しく輝く剣を抜き放ち、構える。
果たして、閣下は来た。
「お返しぱーーーんち!」
弾丸の如く猛スピードで突っ込んできた閣下はその勢いのまま色男に向かって拳を打ちこむ。それに応えて躊躇うことなく剣を振る色男。拳と剣が火花を散らして打ち合った。
閣下と色男は至近距離で不敵に睨み合う。お互い一歩も引かず、いい勝負の綱引きのように拳と剣は前にも後ろにも動かない。
「またレベルを上げたな、勇者ジーク!」
「卒業までには君に勝っておかないと、大手を振って故郷にも帰れないんで……ね!」
色男ジークは言葉尻に気合を込めて同時、強烈に踏み込んだ。大気が爆発し地面が放射状にひび割れ揺れる。閣下はたまらず拳を引き、バックステップ。だがその隙を狙っている者がいた。ベインだ。
「燃え散れ!」
パチン、と指を鳴らす。瞬間発生したのはこぶし大の火の玉だ。それがいかなる力が働いたのか、急激な加速を持って閣下に向かって襲い掛かった。だが着弾間際にディーナによって切り払われ、火の粉を散らして消えた。
「私をお忘れなく」
「『あんこ剣士』がうぜえぞ……!」
『チビボス』だの『あんこ剣士』だの酷い二つ名だ。ベインだけが呼んでいるのか他の人もそうなのか気になる所だが。
――今は戦闘中なので仕事をしようと思う。
「『銃士』の狙撃には注意しろよベイン」
「煙が晴れる前に数を減らしておきてーな」
ジークが前に、ベインがその後ろに。前衛の剣士と後衛の魔法使いに対してこちらは閣下もディーナも前衛だ。早々に相手の前衛を潰せればいいが、それが出来ない場合は厳しい戦いになるかもしれない。
「エルルさん、恥ずかしながら私、そろそろ時間切れでして……」
「あーそっかー、じゃあ一発だけ勇者ジークを相手出来るか?」
「いけます」
小声で伝え合い、二人は速やかに動き出す。
ディーナが先行し、そのすぐ後ろを閣下が追う。それを見たベインが火球を放つ。二人は迎撃せず左右に別れてこれを回避。ジークが閣下を狙って飛び出すが閣下はそれに付き合わず空高くジャンプして見せた。本当に高い、二十メートルは飛んだのではないか。
はは、と苦笑めいた声を出しながらも、ジークは剣を腰だめに構えて目を細めた。
ジークの構えている剣が不思議な光に包まれる。白く淡い、だが見る者に畏怖を与えるパワーを持つ光だ。
その狙いは明らかに閣下だったが、空高くに居る相手に届きうる何かがあるということだろうか。
対する閣下はジークには目もくれず、後衛のベインに狙いを定めて力を貯めていた。閣下の両腕が不気味な黒いオーラに包まれる。
狙われたベインは堪ったものではないとばかりに、迎撃の為の魔法を生み出す。だがこれは悪手だ。なぜなら敵は閣下一人ではないのだから。
「活命に背きし邪剣の神髄。命を以って命を断つ――割命剣!」
己の剣に己の血を纏わせ、禍々しいオーラと共に剣を振りぬく。暗黒騎士ディーナが放った鮮血の一撃は違わずジークを捉えた。
ジークは慌てる素振りもなく、素早く狙いを閣下からディーナの放った技に切り替える。
「守護精霊よ、我が剣に邪悪を払う加護を与えたまえ! 白光神霊剣!」
振りぬかれた白の剣が血の剣閃を打ち砕く。尚も力を保った白光はそのままディーナを襲い、轟音と共に彼女の姿を土埃の中に隠した。
「ベイン、退け!」
ジークが叫ぶ。
「うるっせえ、今更間に合うかよ!」
ベインは吐き捨てながら、こぶし大の火球を一度に五つも生み出して見せた。苦悶の表情を見るに、大分無理をしているのかもしれない。
空中の閣下はニヤリと笑うや、両腕のオーラをさらに大きく輝かせて見せた。それはまるで羽のようにも見えて。
「ギフト『ドラゴンパワー』の一端を味わうと良い! いくぞぉー、ド・ラ・ゴ・ン――」
前傾姿勢になり、腕を振り上げて。ベインはすでに火球を全弾放っていたが、意にも介さず叫ぶ。
「ウィーーーーング!!」
両腕を羽ばたかせて、閣下が飛ぶ。いや飛ぶというか落ちる。超高速というのも憚られる呆れた速度で、迫る火球すらかき消してベインのすぐ手前の地面に激突した。
爆発と轟音と地震がただ眺めていただけの俺の方にまで襲い掛かってくる。
「わわわ」
慌てて顔を伏せ、地面に丸まって逃れる。こんこんと小石が頭や背中に当たって痛い。
少し落ち着いてから顔を上げ確認してみる。土埃で不鮮明な為、確かなことは言えないが、ゆっくりと立ち上がる閣下の傍にはベインの姿が見えない。恐らくはあの勢いで吹き飛ばされたのだろう。普通ならまず間違いなく戦闘不能だ。
だが、まだ終わってはいないのだ。
「『竜女王』エルル!」
ジークが駆け、白光に輝く剣を振りかぶる。鋭く綺麗な歯を見せて笑う閣下が右手に黒いオーラを纏わせて相対する。
「白光剣!」
「ドラゴンクロウ!」
白と黒が激突する。二人はお互いの力に弾かれ、地面に跡を残しながら離れされた。閣下は再び接近戦の為に飛びかかろうとするが、ジークはどっしりと腰を落として力を貯め始めた。
「よう、よくもやってくれやがったなチビボス」
閣下の後ろから声を掛けたのは、信じられないことに無傷の状態で立つベインだった。
流石の閣下もこれには驚き半身振り返ってしまう。
「魔力の半分を込めた分身が一撃とはビビったが、これでチェックだ!」
パチン、と指を鳴らして。先ほどまでのこぶし大よりもさらに二回りは大きい火球が瞬時に生成される。
そして当然のように、ジークも呼応して攻撃を繰り出そうとしていた。
このままでは閣下は挟み撃ちだ。だが、どうやら敵二人は閣下に夢中になってすっかり忘れているらしい。この場には、まだ彼女が居る。
『戦闘員、今』
俺の頭の中に、マスターの声が響いた。だが俺は驚かない。そう、実は四人が本格的に激突する前にも声は届いていて、その時点で俺は一つの仕事を任されていたのだ。
――『召喚獣であるアナタの目と耳は私の目と耳。そのまま戦闘の推移を観察し、合図をしたらクラクの実で煙を飛ばして』
その通りに、両手に握り込んだクラクの実を地面に叩きつけ未だ残っている煙の中に放り込んだ。
爆発する。激しい音と共に煙が吹き飛び、隊商の馬車の姿まで露わになる。果たして、その横には立て膝で銃を構えたマスターが居た。
パン、と渇いた音が響いた。直後、ベインが肩を揺らして呻く。見事な一撃だ。だが、ここで問題が起きた。生成された火球が制御を離れてあらぬ方向へと飛んでいったのだ。ああいや、あらぬ方向というかこれは。
「俺じゃん?」
目の前まで迫る火球を見ながら、困った俺はとりあえず頭を庇った。
覚えているのはそこまでだった。
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