16話 その覚悟(はた)あげて



「聞こえないの? 『負けてあげる』って言ってるのよ」




 その言い放つ声に……一切の感情を感じられない。

 冷たく言い放つその言葉を、目開いたまま……ただ茫然と。


「冷静に考えれば誰だって見たって他に動かすべき駒があった。なのに貴方は『全く意味を持たさないナイトを動かした』。この意味がわかる……?」


 その言葉に。全く言葉など返せないまま……白子は耐え切れず、下を向いていた。


「そうよねそうだった。わかるわけないわよね? ――だって貴方は心底『弱い』傭兵だもの。初心者でもミスするわけがないその手を本当にやるなんて……呆れを通り越して寧ろ笑っちゃうわ」


 ははっ……はははっ……。

 その微かな声に力など感じられるず。

 瞳に覇気などない。それはまるで……無気力な笑い声だった。


「ハッキリしなさいよ傭兵。どうするの? このままその見窄らしい戦術を続けるの? それだったら」


 バンっ! ……と。

 握り拳を震わせ……その盤上に叩きつけた手を乗せ。

 強調するかの様に彼女は。

 
































「私は降参するわ――決して、貴方の様な愚王なんかに決められたくない」





























 虚ろ目で向けるその彼女の目。

 それはまるで……何かに諦めた様な感じにも捉えられ。

 

 白子は何も――何一言も、返せる言葉が見つからなかった……。

 

 でも……それはいいんじゃないか? と。

 無理に戦う必要などなく。ただこのまま『お願いします』と言えばいい話。

 争う事もなく、白子にとっては平和的な解決方法だと言えるだろう。

 …………なら。答えは簡単はだった。ただ一言だけ……。

 

「…………お願いします」

 

 だって。

 そっちの方が――平和に終れると思ったから。

 

 すると……ヒメは瞳をそっと閉じ。

 彼女は今、黒駒のキングに手を掛けそのキングは今呆気なく……コトンっと。

 ――ゆっくりと、盤上に倒れその音が響くと同時。

 

「『た……対局終了ぉッ~~!? ななな、何が起きた大将席っ? まさかの圧制していヒメ王様がキングを倒し自ら降伏の選択を選んだ~! これによって大将席の勝者は奇皇帝高校の白旗少女――葉田白子の勝利が決まったァァァァ~~ッ!』」


 そうだ。これで良いい。

 

 そう。勝った事には変わりない。

 どの道あのまま続けば敗北は免れなかったのは確か。それを彼女は勝利を譲って……事実上、争わずに勝った。 

 なら……こんな結末でも別にいいじゃないか。

 『白子は敗北しなかった』。この事実が変わる事はない。

 そぅ、この結果ならあの人も納得してくれるはずだ。

 そうきっと。きっと束花先生だって喜んでくれて――………………。

 





























「せん……せい?」

 

 ふとっ。後ろを振り返り、そこで白子の顔は……雲行きが暗くなる。

 そこに束花は、ただ突っ立て。

 …………俯いていた。

 もぅ一度、その名前を呼ぼうと口を動かそうと……した時。


「――白子。お前そんなので嬉しいか?」


 聞けばすぐ不機嫌だと感じ取れる声音。

 一向に白子に顔を向けず淡々と続ける。


「あーそうだな。勝ったよお前は勝ったよ試合にはな? ……でもよ――」


 訳がわからず……ただ呆然とする白子。だが、その瞳に気付いた時に白子は言葉を失う。

 酷く――冷たい眼差しを向ける束花を見て。






























「負けたんだよお前は。お前の心弱さに、甘ったれたその気持ちに……な」 



 静まり返る会場内の中心……チッと、舌打ちする束花の音が。

 茫然と立ち尽くす……白子の耳に酷く響く。

 

 ――なぁ白子。

 

「もう一度聞くぞ白子。――お前、そんな勝利で喜ぶ女だったのか?」

 

 その視線は冷たく。その言葉が酷く……胸に突き刺さる

 ……その瞬間。

 胸を抉る辛さが……今、白子の心が悲鳴上げたと感じる。

 

 『敗北』、そんなのいつもの事。それが白旗少女にっとって当たり前な事のはずだ。

 

 

 

 なのに……なんだろうこの気持ちは……?

 勝ったのは事実。結果がどうあれ私はこの試合に平和的に勝った。それが一番……平和な解決方法だった。

 でも……わからない……。

 何故だ。何で私はここで涙を流す? 

 

 何で――――こんな涙を流しているの――――。 

 

 地面を濡らす程の涙は……何粒も、何粒も零れ落ちる。

 

 ねぇ……誰でもいい……教えてよ?

 

 何で私は泣いてるの?


 誰でもいい誰かでもいい誰だっていいッッ! ねぇ……教えてよ……。

 

 この涙は――何の涙なんですか? 


 ねぇ。教えて下さい。

 ……誰でもいい。誰でもいいからお願いします……。



































  この涙は   何の   何の涙なんですか?











































『 敗 北 確 定 』





 ☆ ☆ ☆

 

































「ふぅーん意外。ヒメちゃんってそんな事言うんだね」


「えっ。何のこと?」

「いや、『うるせぇ』って……ヒメちゃんそんな汚い言葉使う印象が全くないから」

「だよねー。ヒメちゃんのイメージってそんな感じだったんだ……ちょっとガッカリ」




 ――――。




「気のせいじゃない? ヒメ、そんな口悪い言葉嫌いだから、絶対言わないよ?」

「そっか! そうだよねー、ヒメちゃんそんな汚い言葉言うわけないもんねー」

「あっ。この前出来た超甘いショートケーキ屋あるけど、今から皆で行かない?」

「賛成~! 甘い物、ちょうど食べたかったんだ~。ヒメちゃんも甘い物好きだよね?」







 ――――――――。








「……うん、美味そうだから私も行こうかなっ!」

 






























 下手糞な嘘だな、私。





 ふとっ小学の頃の記憶を思い出しそんなセリフが出てくる。





 ――なんて心底吐き気する記憶だ。





 ☆ ☆ ☆


 何で『ここ』にいるんだよ。


 本棚にはゲームソフト、漫画本、エロ雑誌と乱雑に並ぶ。

 その中に、『チェス』に関する資料すら棋譜本もあるわけない。

 傍から見れば……そこに一人ポツンと座り。

 相手などいない。一人対局をする……私がいた。


 中学生になれば多少なりと環境が変わると甘い期待をしていたかも知れない。

 

 

 突然、勢いよく引き戸を開けスタスタと歩いてくる男。

 金髪に染めた汚い髪。いつ見ても……吐き気がする。


「ちょりぃぃぃぃすヒメちゅぅわぁ~ん! 彼氏の帰りまってたん~~?」


 肩に手を回し、馴れ馴れしく体に触れてくる。気持ち悪くて虫唾が走る程なのに……。

 



「あんっれぇ? ヒメたん何チェス盤の前で座ってんの? そんなつまんねー物体見てても時間の無駄だし退屈っしょ」

 ふとっ、肩に妙な違和感を感じた。

 そいつの顔を死んでも見たくもない私は顔を振り返らなかった。だが……彼は、恐らくその手を徐々に滑らせ。



 肩より下を……触れようとしている。




「ねぇ、俺と楽しい遊びしようじゃん? ――これマジで」

 

 心底吐き気がするセリフだった。

 それと同時。怒りが一瞬にしてこみ上げ、自我を無くしそうにもなった。

 その入れ混じる感情の最中、私が強く思った事と言えば。

 『殴りたい』

 このヘラヘラと女を物としか考えてないド愚野郎に、何発も殴りたい。
































 そう思った…………でも。




「……部長さん。女性と遊ぶより、チェスで遊ぶ方がきっと楽しいはずです」


 これが。中一の私にとって精一杯の抵抗だった。

 決して奴の片腕一色の刺青に怖れたわけでもない。

 




 私が……きっと恐れたのは……。




「あっそ。姫ちゃんそんなに俺とチェスしたいの? 女遊び止めて欲しい?」

「部員として言ってるんです。先輩はもっと、チェス部の部長として自覚を持つべきです」

「へ~そうのぉ~? んっじゃぁさぁ」

 






























「ヒメた~ん―――




「……あの、言ってる意味が分からないんですが……」

「だ~か~っっらァッ!」

 突然。先輩は力一杯に蹴り飛ばしテーブルは乱雑に吹っ飛ぶ。

 ……そこは見るも無残な光景が広がり。

 床に転がる『白』と『黒』の駒。その駒を……。

 バキっ! と、力強く踏み壊した。


「キスしろって言ってんじゃん? お前体と顔しか取り柄内ないくせに調子ノんじゃねェオイ。テメェは黙って男の俺に従ってればいいんだよォ!!」


 何を選択すれば正解だったんだろう。

 

 ――なんで殴れなかった?

 そんな疑問文がずっと……。

 ……ずっと頭の中で流れ。

 一段と私の心が苦しみを上げた。


 先輩が怖かったから? 

 あの金髪に怖れたから?

 それとも本当はあの男の事を……?

 

 でも。きっと全て違った。

 そんなどうでもいい事で恐れる程もない。それ以上に怖れ怯え、弱い私は『それ』を守ろうと必死だったんだ。




 でも 『それ』って何?



 

 その理由は今も分からない。

 




 そんな曖昧で。何一つ答えが出せずまま、気づけば。

 私のファーストキスの味は……ヤニの味を覚えされ奪われていた。

 































 制服もセーラーからブレザーに変わり、私は高校生になった。

 


 自然とあの男との関係は自然消滅で消えた。聞いた噂じゃ暴行事件を起こし木更津を飛び出し関東周辺を逃げ回ってるとか。

 そう……もぅきっと関わる事はない。

 入学した高校は然程有名校とも言えず、ただ何処にでもある普通の高校だ。

 でも、近所ではそこそこ勉強が出来る子の大半が行く所でもあって別に親達からは反対される事もなく、寧ろ。


「何かあってもすぐ迎えに行けるから安心ねっ」っと。


 母は呑気にそう喜び。食卓の席で言ってた記憶は微かにある。

 別に何処高へ行きたいと言う気持ちも特になかった為、結果的にこの高校を選んだと思う。

 そう……別に特にここを選んだ理由など。

 ――なかったはずだ。

 



 「むほっ! よよよっ、ようこそ我らチェス部へ。こんな男しかいない部にこんな……美人さんが来てくれるなんて嬉しいなー!!」



 入学して二日経った頃。

 壁に『チェス部』と書かれた札を見て軽くノックしただけ。

 現れたのは……なんとも気色悪い見た目した大デブの男が現れた。

『部に入りたい』と。相変わらず取り作った笑顔で言ってやると「ぶんっひぃぃぃぃぃ! メスがぁ! メスが部に入るぶひぃぃぃ!!」と吐気する雄叫びを上げ喜んでいた。



 ハッキリ言って……心底居心地の悪い場だった。



 部員も5名程度。何故ある程度生徒数がいるにも関わらずこの少なさなのか……言わずしてもわかるだろう。

 アニメグッズで覆い尽された部室。気色の悪い見た目にも関わらず+αで喋り方も独特。『チェス部』にも関わらずチェス盤はたかが一台のみ。

 ハッキリ言えば……ただのオタク部だった。

 女性に関わらず普通の人ならこんな生ゴミ置場の巣窟など、窒息息を止め窒息死した方がまだましに思える。

 こんな部だと即知れば『退部届』の10枚20枚でも書き叩きつけてやりたい。それ程にも居心地の悪い空間だ。

 ……けど何故だ。



 何故、私は黙って……ここで二週間もチェスをしてるのだろう。




「むふーー! ヒメたん強すぎぃぃぃ! もぅチェックメイトなんて、ヒメたんチェスの才能あっあっあっ、あると思うお」

「俺もそう思うわー! ヒメちゃん、超強くて憧れちゃうよー」

 

「……一つ、お聞きしてもいいですか?」


「むふぅ!? 僕、かかか彼女なんていないよ? でもぉ~、ヒメたんがもし告白するなら~」

 聞いてもいないそんな回答を無視し、なるべく……声音を張らない事を意識して。

 その問を。彼らに問い質す。

「部長さん。いえ、部員の皆さんにお聞きしたいです――

「おろ? 何を言うんですかヒメちゃん。部長さんも、これでも本気で……」

「いえ。本気で戦ってるなら、キャッスリング捨ててキングe3に無理して運ぶ意味がわかりません。皆さんもそうです、まるで『キングなんて捨て駒』みたいに、無防備な手が目立ちゲームとして成り立たない手が多すぎます。失礼ですが、このままではあまり練習になりません……出来れば実戦を踏まえた対局をお願いしたいです」


 率直な、私の思いを彼らに打つけた。

 ……どうしてそれを聞いてしまったのか分からない。

 けど、大切な事だと。

 どうしても。それを言わなければ私の心が、気が済まない気がしたから。





 

「えーっと……ヒメたん、そこまで真剣にチェスに向き合ってくれるのは嬉しいだお……でもね」




































 ニヤニヤと、気色悪い笑みを浮かべ。

 そいつは……チェス部の部長はハッキリと言い切る。

 









































「僕たち、正直チェスなんてどうでもいいだお」




 なんの躊躇ちゅうちょなく。

 そいつは当たり前の様に。まるで改めて現実を付けつけられる。

 そうだ。端から分かってたはずだった。今この部室に……真面にチェスと向き合おうと考えてる者はいない。

 頭の隅で。理解していたはずだったのに。


「ここ、ただのオタクサークルだお? ただ『部の名前』借りてる程度で、部で活動すれば冷蔵・テレビ・電源も完備。ならって、幽霊部だったチェス部をちょっと借りてオタク活動してるわけだから……むふっ。そんな気真面目に、そんな詰まらないチェスなんてやってられないだお」



 だから、



「ヒメたんも、なんてしてないで、僕達ともっと楽しい遊び見つけようよ。そっちの方が断然幸せだお」




 無性にも、この気持ちが湧き上がる。

 何故か今の発言に。一瞬にし頭が真っ白になった時。




「…………取り消せよ」




 バンッッ! ……と。


 勢い良く立ち上がり、自分でも息も声も荒げていた事だろう。










「今の発言ッ! 取り消せっ……て…………」












 何でだよ。

 何でそこで冷静になる。

 そぅ、冷静にならなければ。こんな驚愕される光景を見ずに……

 聞きたくもなかった……その言葉を聞かずに。






 済んだのに。

 









「ヒメたんって――そんなタイプだったっけ?」





 ……ッ!!






「何で怒ってるか僕には理解できないけど……ヒメたんはそんな野蛮な事、言うタイプじゃないよね?」






「だって、僕達のヒメたんって」








 やめろ。









「優しくて。上品な性格で」












 やめろ……やめてくれ……ッ。































 今の私に。その言葉を。
































 そこから先を言ったら……私は……私はまたッ!






























「本当――お姫様な女の子なんだおねっ!」





 ――――。




 どん底へ叩きつけられる。そんな錯覚に陥る程。

 奥深く。その暗闇へ溶け込んでいく時には。


































 いつもの様に……私はお得意の作り笑いを浮べていた。









「ごめんなさい。最近、勉強とかストレスが溜ってしまって」


 嘘だ。


「私を悪く言ってる様に聞こえた気がしましたが……多分、幻聴だと思いますので、あまり気にしないでください」





 嘘だ。そんなの……嘘に決まってるのに。






「だだだ大丈夫ヒメたん!? もぅ~僕ったら、そんなヒメたんの疲労に気付けないなんて部長失格だおね」

「お気になさらず。私は平気なので……では、そろそろチェスを」

「そうだ! これ、ヒメたんに、ににに似合うと思って買ったから。良かったら今付けてみてだお」

 前触れもなく、その糞汚い汗ばんだ手で……私の手にそれを渡す。

 汗で滲み……正直、汚く触りたくもなかったそれが。



 『青色の輪ゴム』が手に……二つ乗っていた。



「ツインテールのヒメたん超可愛いと思って、そそそれで、僕達の為につけて欲しいなって思って……大丈夫だおっ! ヒメたんの体型なら可愛らしいイメージに合うし自信もって付けて欲しいんだお」


 一瞬、同じ人間なのかと疑ってしまう。

 人の気持ちも知らず、よく平々凡々とそのセリフが言えたものだ。

 誰がそんな子供っぽい髪型しなきゃならない? 何故、お前等の理想に私が付き合わなければいけない?

 思えば思う程。歯を食い縛る程の悔しい感情が襲う。




 ……けど。




 けど私は……私はまたそれに恐れた。

































 

 その日を境に……長年気に入ってたロングヘアーから、嫌いなツインテールへと変わる。































 

 ――『ヒメちゃんはそんな事言わないよね?』――

 


 何回も聞かされたその言葉。

 

 勝手なイメージを押し付けて、合わなければ好き勝手に言うお前等のお決まりのセリフ。




 ……なぁ教えろよ。


 分かってるんだろ?


 お前らのイメージは何なんだよ。

 





 ――『ヒメちゃんはそんな事しないよね?』――

 





 どれだけ言われ事だろう……。

 その戯言を耳にする度、私は何回諦めてきた? 

 



 食べたかったラーメンだって。

 乗りたかったあのジェットコースターも。

 遊びたかったゲームセンターさえも。





 それも全部……全部全部、諦めてきた。

 




 たかが『その一言』で……私は何回歯を食いしばったかなんて分からない。

 





 高級って名だけで苦手な甘いケーキを食べた事も。

 人気の名だけで好きでもない観覧車に乗った事も。

 綺麗ってだけで退屈なお花畑に連れて行かれた事も。

 



 全部全部全部っ。なんでお前らの言葉に踊らされなきゃいけない?

 でも……どうしてか。





 漆黒に包まれた鳥籠の中で。

 

 お姫様はただずっと。

 

 ただずっと。


 その『答え』は出せずまま。今日も、うずくまった手の隙間から。



 鍵で閉ざされたその『扉』を。
































 その『問』を……睨む事しか出来なかった。

 

 ☆ ☆ ☆

 




 敗北の未来。


 その未来を見た時、ヒメには降参を求めず対局は続行していた。

 観客達が見守る中、すかさずヒメはナイトを盤上へ冷静に置く。

「……」

 頭の中は真白で埋め尽くされる。

 もはや何を考え。何をすれば。どうすれば……平和な解決ができるんだろう。

 俯くままに、白子はただ……黙る事しか出来ない。

 


「ずっと下向いてちゃ分からないわよ。貴方、まだこんなお粗末な戦争を続けるつもりなの?」

「……ごめんなさい」

「何で謝るの? 意味がわからないわよ」

 無気力した声。きつく言い放つ言葉を耳にするたび……胸が引きちぎられる衝動が襲う。



「今日はね。私は心の何処かで楽しみにしてた」



「……」



 僅かに震え怯える体を抑え。白子はふとっ、ヒメに顔を向けていた。


「今迄にない、対局もした事のない、一体どんな強い人と戦えるのかって。こんな生温い戦いじゃない……もっと真剣に、ワクワクして対局出来る人が私の目の前に座ってくれるって! 





























 ……それが、何? 席に座ってみれば初めて一か月の初心者で戦略もボロボロの相手だった

 ……そんな私の、今の気持ちを言ってあげるわよ」

 



 そのツインテールを……靡かせ。

 一言だけ、少女はその言葉を口にし。

































 舌打ちの音が、酷く耳に伝わる。





「本当 がっかりだわ」





 冷たく投げつけられる言葉。けれど……何も返す言葉がない。

 きっと傍から見れば目力も薄れ、背を丸め戦意も感じない少女に見えてるだろう。






 ……けど、置かなければいけない。






 道なんてそこにない。

 看板も見当たらない。

 地図も知らない。

 『答え』も『ゴール』も見えない道をただ進むしかできない。

 けど思ってしまう。



































『この置き進む道に、ゴールがなかったら』って。





『この置き進む先に、答えがなかったら』って。































 そぅ思った時、自然と足は止まっていた。

 白紙の上でただ突っ立つ……そこで私は思う。


『ここ』に。


 ……こんな『場所』で、何処に正解があるのだろうか。


 ……何処に、『ゴール』があるのだろうか。


 何故だ。


 何故……こんなに頬へ涙が辿るんだろう。


 ――『  』――ッ!


 この感情は何だよ。


 ――『  』――ッ!


 私の中で『  』って叫ぶ声が。

 そぅ叫ぶ声が聞こえている気がする……でも。

 その気持ちは聞こえてこない。

 今この虚な私に、その言葉は聞こえない。

 

 




 徐々に周囲の声も。

 駒の音も聞こえなくなった頃。






 何処からか……ぽつりっ、そんな声が。


 私を問い質す。そんな言葉が……突き刺す様に。































 

 答えろ。
































 その気持ちは何だよ。

































 歯を食いしばる程のその気持ちは――なんだよ。
































 誰か  この「  」を教えてくれ。





































 この気持ちは  なんの気持ちですか? 

  



























































「――悔しかったんだろう」




 そんな素っ気ない声が。

 今、俯く白子の背中に当たった。




 静まり返る空間で。その声を耳にして。

 誰もが黙り、ただ会場の誰もが彼女を見詰めていた。

 そしてその人は言う。

 ……余裕顔で。まるで嘲笑うかの様に。


「始めてだったんだろ、あんな負け方すんの。そりゃあ黒子と戦って勝つなんて無茶な話だぞ? なんせ『日本で最も∞ドルに近い男』なんだからな」

 真っ直ぐ。ただ白子を力強く見つめた眼差し。

 でも何処か、いつものその……余裕な表情を見せて。

「そうだな……うん、あれはボロ負けだったな。どう頑張って逆転しようが藻掻いて思考巡らせようが――ボロっっっっっっっっくそ弱い白旗女じゃ無理な話だったんだよ」

 




 その時、ピィィィィっとホイッスルの音が。






「奇皇帝高校の顧問さん。対局プレイヤーへ助言・話しかける行為は禁止行為、及びイエローカードの対象になります。以後言葉を慎む様に」

「ただの教師の独り言だー。誰にも話しかけてない独り言もイエロー取るなんて、ルール記載には載っていない」

 





























「……いや、そもそもイエローカードなんでどうでもいい」


 その人は。はぁー……と、頭上を見上げ。

 軽く溜息を吐いた後。


「白子ー。お前チェス好きか?」


 淡々と、彼女はそう口にする。

 恐らく束花の視線に白子以外の者は映っていない。

 周りなど眼中なく、ただ真っ直ぐ見つめ。

「『好き』か『嫌い』でいい。ただ一言でいい……一言でいいから自分の口で言え」




 ……僅かに。

 重い口を動かして……それを口にする。

































「私は……チェスが嫌いです」



 自らの口から。

 そう零した。




「嫌いですよ…………こんな争い道具の何処が面白いんですかッ! 勝ちが決まって負けが決まってしまう、そんな平和じゃない物で戦う遊びの何処が楽しいんですか!?」



 争いの道具にしか過ぎないこのゲームが。

 まして、大金を賭けて戦うこのゲームの……何処が『楽しい』って言うんだ。

 心底嫌いだ。

 こんな……争いを生むゲームの。

 こんな……平和を壊すゲームの。

 




 何が『楽しい』んだよ。




 何が『悔しい』んだよッ!

 



「私は……私はっ! チェスなんて大っ嫌いなんですよッ!!」






























 …………そうか。































「じゃあ、さ――その涙は何だ?」

 

 …………ふとっ、頬に触れる。

 生暖かい雫が何粒も、何滴も流れている。きっと頬も真っ赤で、くしゃくしゃな顔で……白子は泣いていた。

「本当に『チェスが嫌い』な奴にそんな涙は流せないし、そんな唇震わせて泣く奴に『嫌い』なんて言葉を吐く奴は大抵嘘って決まってんだよー」



「……そんなの……先生が勝手に決めた」「思い込みかも知れねーなー」



 言葉を被せる様、束花はあっさりと。

 何も否定せずに言い放つ……でも。


「でもよ白子。掃除の時間は嫌でも出来る、ただ箒振り回してればそれで終わり。嫌な上司や先輩に挨拶するなんて簡単だ、挨拶すれば一瞬で終わる。そぅ、思えば日常にある大抵の『嫌な事』なんて我慢してやれば案外早く出来て終わる物ばっかりなんだ。

 




























 チェスはよ――それが出来ねぇんだよ」

 



 ……。

 




「何で一々こんな駒動かして、計算して、考えたくもねぇ相手の思考も考えて、ゴールも答えも程遠い道を目指して……そんなストレス溜るちまちましたゲームの何処が楽しいんだよ! 私だって思うさ!! 

 ……普通の、一般人なら思うだろうなぁー。


『コントローラー握ってゲームしてた方が楽しい』ってな。


 でも、そぅ考えた奴は、決して駒を持とうなんて行為は出来ない。

 進めない。考えられない。盤面も観れない。でも……それって普通の、一般人なら普通の事だ。

 それを簡単に出来る奴って相当の変人だな。こんなゲームを『好き』って思う変人じゃ到底できない行為ばっかさ。


 そうだ。チェスは『好きな奴しか出来ない』特別なゲームなんだよ」


 そぅ、束花は言って。その指先を少女へ指し。

 ……いや。主に、私が持つ駒を指差して……。



「……でも、お前は今ここまで駒を動かしてきた。いやっ、もぅその玉座に座ってる時点でお前はよっぽどの変人だ。キッカケは『私の強要』で最悪な形で確かに『嫌いだ』って言う理由もわかる、でも嫌なら逃げるチャンスは沢山あった……いや、お前の友人に『やりたくない』と言えば簡単に逃げ出せたはず。

 でも、お前はその選択を選ばずその席に座った。 































 それって、さ
































 『やりたかった』 んじゃねーの? 心のどっかでよ。


































 こんな――変人がやるゲームをよ」




 ……無茶苦茶な理論だ。

 相変わらず、なんて強引な理論を述べてくる事だろう。なんの証明も出来ないそんな無茶苦茶な理屈で頷く方がどうかしている事だろう。

 





 でも何故だ。






 なんでだろう……何度も。

 何度も何度も。

 何度も……何故、私は。





























 ―― 唇を震わせて頷いてるのだろう? ――。

 


「……なぁ白子。その涙、なんて言う名前か教えてやるよ」


 気付けば、手では追いつけない程。

 何粒の暖かい雫が。

 今、白子の頬を覆って。





「――好きなもんで敗北した奴だけが流せる、胸糞カッコイイ涙なんだぜ?――」






 力強い眼差しを向け、束花は今ビシッと。

 その指を。その力強い目で。でも何処か……余裕な笑みを見せ。

 大粒の涙を流す――白旗少女に送る。

 



「だから安心して置いて来い白子。お前だから、お前しか置けない、お前だからこそ置ける葉田白子のチェスをやってくればいい」




 ――だから。






























「だから白子――『お前の好き』を――全力でぶつけて来いッ!」

 






























 …………どくんっ。


(何だろう)


 どくんっ。どくんっ。


(この胸騒ぎはなんだろう。このワクワクはなんだろう)


 どくんっ。どくんっ。どくんっ。どくんっ。


(この胸の高鳴り、もうモヤモヤさえ今の私には感じない)


 そう―― こ の 高 鳴 り は ッ !


「お、おい……あの白旗の子、俯いて……なんか変じゃね?」

「それに変な声が聞こえるぞ。よく聞こえないが、なんて言ってるんだアイツ」

 ざわめき出す会場は、全員が大将席を見ていた。

 信じられない目線で見つめる一人の女子高生は……口にする。

 

「まさか……笑ってるの?」

 

 


 ☆ ☆ ☆

 



 私の目がおかしいのか?

 いや。もしこれが昨日の夜通しで飲んだツケで可笑しく見えるなら私だけが驚いているはず。

 なのに会場は皆……彼女の空気に飲まれていく。

 おかしいのは私じゃない……白旗の、あの少女が『おかしい』のだと確信した。

 

「なな、なんっすかアレ? 俺あの子を見てると息がし辛いって言うか何て言うか……」

「カメラ回して」

 ……何よその目?

 明らか『頭おかしくなったのか?』なんて目で見ちゃって。

 まぁ安心しなさい。そんな野暮ったい映像を……貴方のカメラで撮らせる気はないから。

 

「何ぼさっとしてるの。早く回して! 急いであの子を撮りなさいッ!!」

「えっあ、は……はいっ!」

 

 報道歴10年僅かの私の本能がそう叫んでいるのかも知れない。

 直感に過ぎないかもしれない……

 

 この映像は――後に伝説となるだろう。


 カメラを抱える彼も息を飲む音が聞こえた気がした……当然か。私も今、その目に写る光景を信じられず、身体の武者震いが止まらない。


 今そこに座る少女は、もう白旗など抱えていない。

 その瞳に写る先に、盤上の駒達しか見えていないだろう。

 

 




























 鋭い眼光から、光を放つ――その姿を――。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 



 そうだ――。


 好きだったんだよ――私はこのゲームを。

 こんな見るに堪えない盤面だって。勝ち目など風前の灯火とも言えるだろう。

 なのに。

 ここから逆転できると思えばワクワクが抑えられない。

 『チェスが嫌い』だって?

 ならこの高鳴りはどう説明する? いや――説明する必要なんてないじゃないか。

 そう。もうここで迷う理由はない。

 この気持ちはきっと嘘じゃない。だって今! この白紙の上で!!


 

 その棋譜が示す道が――私を一直線に導いてくれてるのだから――ッ!

 

 

 今からでも遅くない。

 

 ぶつけて来よう。私の『好き』を。

 私の大好きな想いを――この『盤上』に――。


 ――この『盤上ばしょ』にッ!――

 

「【おウマさん】をb4にっ!」


 そんな『声』が。今会場の誰もが耳にした。


 無邪気で、子供を思わせる――そんな幼女の様な声が。

 白子は躊躇なく、古びたナイトを。



 ……今、黒駒のクイーンの真横に叩き置いた。



 一瞬。ヒメは茫然とする……けれど。



「舐めてるのアンタッ!? そんなあからさまな戦術が効くわけ」



 ――ッ!?



 遅れて数秒後。ヒメは……盤面を見渡し。

 して、その数分迷いの果てに。


「くっ……ルークをここに」


 動かすと同時、それは一つの駒が宙を舞い去る。

 それは。白子の古びたナイト……それが今、無残にもヒメに取られる。

 状況は更に悪化し、白駒も残り6駒と……逆転不能とも言える状況に観客も実況も黙り込む。
































 …………だが。

 


「 当った 」



 コトンっ と。

 その瞬間、黒駒のクイーンが盤上を去った。

 今。そこに聳え立つ奪ったナイトがある。

 そう……ナイトはただの捨て駒。





 もしもの話をしよう。






 もし。


 もしもヒメがもしナイトを取らなければ――たったクイーン一つの犠牲では済まなかっただろう。


 もし。


 もしも後の盤面を観てなければあと8手目までゲームは終わっていた事だろう。




』――そんなありえるはずない結末に。

 




 無邪気な笑みで……ただ盤面を。

 白黒のマス見渡した後に、それは力強く頷き。

 そして……ヒメを見つめる。




「名前」

 白子の問に。額に汗を垂らしヒメは前を向く。





 その表情には……『この世の者とは思えない』……そぅ思える程の驚く表情で。

 今。その白旗少女の瞳が――、

 



 その鋭い眼光が――――ヒメを捉えていた。

 





「君の名前って、なんて言うの?」





「森央……森央ヒメよ」

「ヒメちゃん…………さっきの『負けてもいい』なんて、もう二度と言わないで」

 




 今思い起こせば全てが考えられ、それら全てに意味があったんだ。

 開始直後、真っ先にナイトを差し出したのも。

 わざと無意味なポーンを取った事も。

 ヒメの中で思い描いた内容が……全て開始から全てぶつけて来てくれたのだ。

 なのに何だ?

 私はそれに答えてあげられていたか? ただ漠然と置き進む事しか出来なかったくせに、あの子の本気に答えてあげられていたか?


 いやっ! 何も答えられなかっただろう!

 

 ならどうする? 何もせずこのまま無様に敗北に屈するのか? たかが『勝利』の形だけ求めて土下座して負けてもらうのか?

 

 そうじゃないだろ葉田白子。

 

 選択なんて。


 ――――もぅ決まってるじゃないか。

 

 さぁ今からでも遅くない。

 その答えを今、この駒達と共に返してこようじゃないか。

 

「戦おう――ヒメちゃん」

 

 見開くその鋭き眼光は――全てを物語っている。

 

 チェス対する想いも。

 目の前に座る強者に挑む覚悟も。

 私が勝とうと誓った。その決意を。

 さぁ見せて行こうじゃないか――白旗少女の全力をッッ!

 






























「私も本気で戦う。だからここでは決して――私の白旗は上げないっ!」

 




 高らかと響き渡る。その宣言と同時、白子は駒を持つ。

 そのボロボロの駒を……クイーンを今掴みっ!

 その盤上へと叩き込むッ!

 




「【シンデレラ】をh7――チェック」

 




 白駒のクイーンが相手ナイトは今――盤上外へと逝く。

 僅かに空いた隙間に入れたクイーンが聳え立つ。その衝撃の指し手に。


 次第に……会場内のボルテージが大声援へと変貌していた。

 

「『ななな何だなんだぁぁ!? 現在大将席から異様な空気とプレッシャーが漂うこの感じ……一体白子王様プレイヤーに何が起こっているのでしょうか……っ!?』」


 ☆ ☆ ☆


 頭が回らない。

 何故……どうして頭が回らないっ!?

 あんな初心者当然の駒運びで駒が取られるはずがない。

 

 それが今は何だ?

 駒運びは間違っていない。着実に前に押し出し、駒を奪い続け圧倒的に優位に立っていた。



 それが今じゃ接戦状態。



 いや違う。完全に……駒の流れまで奪われている。

 何故。

 何故にあの白旗女が今この……優位に立っている!?

「ピエロさんをa7に!」

「(何訳分からない事言ってんじゃないわよッ……でも)」

 何故だ。

 的確に置き、空いた隙間へ着実に攻めているのは事実。

 それも全部……私が苦手とする手ばかり。

「(何してんだ私は? こんな事、想像も考えたくもない結末になっちまうだろうが)」

 この私が――たかが初心者に敗北する?

 もしそうなった今までの事が何だったのか。糞ヤンキーのキス我慢してしたのも、気色悪い奴らのこの部に入った事も……全部無駄にするつもりか!?


































 ……待てよ。


 無駄ってなんだ?

 どう思考を巡らせばそんな考えになる?

 別に好きだからチェスをやってる訳じゃない。かと言って、∞ドル欲しさの為に戦ってる訳でもない。




 ……じゃあ何だ。



 この訳分からない気持ちは……一体。

 




























「何をヒメちゃんは恐れてるの?」



 突然。その駒を持った少女は言った。

 誰だろうと見渡さなくても、その者が言った事には間違いないだろう。




 あろうことか……あの白旗の女がそう口にして。



 ……『恐れる』?




 何を誤想した戯言を……私は別に。



「ヒメちゃん。何に恐れてるか私には分からない。けど、これだけは言えるよ」

 強張った口調。だが何処か包み込む様な柔らかい口調で。

 その少女……白旗の女子高生は言う。

 





























「私には――――それだと一生勝てないよ?」





























 ……今。時が止まる。


 手も。思考も。息さえも止め。ただ目を丸くし前だけを。

 ただ……見つめ。































 込み上げる。






























 煮えたぎる程の――『憤怒ふんぬ』が。


















 ――――――――。

 


 ……その時。少女はふとっ、顔を上げた。

 膝を抱えていた状態からそれをほどき。

 溢れ出す『感情』が止まらない。ただ、無意識に歩き出し。

 真っ直ぐ。ただ前を見つめていた。

 




 深緋ふかひ色に染まる――その瞳で。





























 

 そうだよ……怖かったんだ。

 


 そのイメージに従えない。なら、それは私自身の存在全てが否定されように感じていた。

 『否定』されない事にとにかく必死で。ただ必死で。

 自分の存在を。周りから『否定』されるのに……私は恐れていたんだ。

 怖くて……ただ怖くて……。

 































 でも今はなんだこの気持ちは?




 たかがその程度の恐れ。それが今はあかの渦へと飲み込まれ沈んで逝く。

 冷静など保てない。それ程の『怒り』……いやそれ以上の心が。

 計り知れない『憤怒』が私の心を、すべてを染め広がって。

 





























 覆い尽されて入って行く。
































 ――どうしてか、それは今思いだす――。



 ――懐かしい。幼き頃。公園の一角で泣きじゃくる私が――。



 ――盤上を挟む。その同い年の少女にして勝者の者に――。



 ――幼い声でも、力強い声を張り上げて言った――


































 ――そんな決意がこもる言葉を――






























「わたしっ……わたしプロになる! プロになって……プロチェスプレイヤーになってアンタなんて泣かしてやるッ! 悔し涙で泣かしてやるわよォッ!!」

 






























「なるんだ……わたしは大好きなチェスで、プロプレイヤーになるんだァッ!」

 




























 ――あぁそうか。


 ――もぅいいか。


 ――そうか。


 ――なら行くか。

































 ――全部を。       ぶっ壊しに。































 少女は立ち上がり、そのまま錆び朽ち果てたドアの前で立ち止まる。

 そして。

 鳥籠のドアを――力強く蹴り飛ばす。




 何度も。


 何度も。


 何度だって。

 



 その『自由』が目の前で待っているなら。

 

 して――そのドアをぶっ飛ばした先に……光が差し込む。

 今迄ずっと。それを手にする事はないと思っていた。

 煌々と光るその先に、それがある。

 恐る恐ると……その少女は……森央ヒメは。

 

 今。その『自由わたし』に――手を差し伸べていく。




 ☆ ☆ ☆



「――――ふっっッざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァッッ!!」

 

 響き渡る怒号。

 唐突の叫び声。その声する方へ人々は目を向ける。

 ……その矛先で俯く一人の少女は荒く息を切らし。

 傍から見れば、それは怒りを超えたまさに憤怒を宿し。





























 今、光輝く――その緋色ひいろの瞳がそこにある。

 































「おい聞け傭兵ランク外。いい度胸して発破かけるなんて面白い事言うじゃないの……私にナメたセリフ吐いた覚悟は出来てんでしょうねェッ!?」


 目の錯覚か。はたまた私の目がイカれたか分からない。

 薄暗い雰囲気に、その鋭い眼光が光る瞳。

 そぅ。確信した事がある。

 私は今、未知なる者と戦うだろう。

 その戦争に勝利するか敗北するか……まぁ後者が妥当か。

 『私には一生勝てない』? だろうな。それは間違いなく真実だ。

 全力で挑んだ所で無理だってわかっている。

 しかも脳をフル回転してでも歯が立たなかったのは事実……無謀の挑戦とも言えるだろう。





























 そうさ。どう粘ろうが勝てなかっただろうな。































 ――――な。



「ビショップをf4にッ!!」


 っタンッッ! っと。

 その乱雑で。乱暴な置き捌きで、チームメイトどころか……観客に来ていた人達も目が点となる。

 それもそのはずだろう。





























 何せ。その一手は……































 お上品だ? 華麗だ? お美しいだ?

 そんな上っ面な綺麗ごとは当に捨てきた。

 綺麗な盤面展開をして完璧な防御布陣を作り上げていたのは観客の誰もがわかっていた。


 それが。たった一瞬にし――守りを捨て攻めに転じた。





 ――『何故この選択を取ったか』って?

 




 それを今ここで証明する。生憎、お前らの理想に付き合ってる時間はもぅ捨てた。

 今この戦場で座るのは『お姫様』なんて可愛い女じゃない。

 本当は口悪で。

 本当はズボラな。

 本当は性格なんて最悪の。
































 ヒメなんだと。

 































 私は『姫』じゃない――『森央ヒメ』なんだと!































「一人で勝手に盛り上がるんじゃないわよ――バケモノが」

 

 何を思ったか。目の前のバケモノは……ニコっと笑みを浮べ笑ってやがる。

 本当、腹正しい。

 その余裕の笑みもあと数分の命だ。

 

 

 お前はここで。


 私の全力を持って。





 ――――!!

 




 して、白旗の少女は手を伸ばした。

 正に今。

 この一手から始まる激戦の合図をしようと。

 盤上へと駒が置かれようとしていた!  
































 が、その時。

 































『――王様プレイヤーの皆様、中断をお願いします』

 


 ……その冷たいアナウンスの声が。

 私達の戦場を。今その声で止まった。

 



「『たった今、王城ラベンダーのチェックメイト決まりました。上代皇絶の勝利を含め『卯三草うさんくさ高校の逆転不能』と見なし――奇皇帝高校の勝利を決定します』」 


 淡々と言葉を述べた後。残った対局席の私達に向け。


「『対局中で申し訳ありませんが、その対局を中断し速やかに駒の撤退をお願いします』」


 冷たく言い放つ審判の声。

 ……盤上を見渡し、見れば見る程……思ってしまう。

 




























 『まだ戦えた』と。

 

 駄目なのか?

 ここまで来たのに……片付けろっていうのか?

 私は……。


 ……私は……。
































 ――コトンっ。

 

 強く。その音は響き渡る。


 前を向くその光景に目を丸くしていたかもしれない。

 その者も。

 まだ終わっていなと示すかの様に。その鋭い眼光はヒメを捉えている。

 その瞳に……言葉がなくとも、そぅ聞こえた気がした。





























 

 ――『決着はまだ着いていない』――と。

 

「はは……ははは! はっはっはっはっ! そうだそうだよ! こんな呆気なく終わる戦争じゃ満足できるわけない! そうだよな――――傭兵ランク外ッッ!」

 そうだ。奴は待っている。

 置けばすぐさま繰り出す次の一手を出す。そして、すぐさまヒメの命を狙ってくる程の殺気。 

『ならば』と。ヒメも今その手に取るポーンを。



 ――笑って。その盤上に叩き込んで行く。

 


 ☆ ☆ ☆



「ちょ……貴方達、結果はもう出ています。直ちに対局を中止し」

 ……駄目だ。あの王様達、全く聞く耳を持たない。

 これは全く予想外だった。

 審判である、試合で誰よりも決定権を所持する者。王様プレイヤー達は決してその指示に従わなければいけない。

 ……そう、そうでなければいけない。

 だがこの状況は何だ? この王様プレイヤー達は従う所か聞く耳もない。

 それどころか。夢中に手を指し、周囲を置いてけぼりにして進んでいる。

 このままでは……審判として私の立場が……。


「対局中の王様に警告。審判の指示に従えないならこれを『審判への侮辱』及び『迷惑行為』などの項目に該当し両チームにレッドカード。つまりは両者敗北扱いにします。直ちにこの対局中止にしなさい!」


 ……だが。それでも対局が止まない。

 堪忍袋の緒が切れるとはこの事かと……今、そう感じた時。


「……わかりました。これを迷惑行為、及び審判への侮辱と見たし両者学校を敗ぼ――」

 




























「もぉう♡ 可愛い体型して生真面目な事言っちゃってぇ~、でもでもそんなギャップがナイスJKだよぉ♡」

 




























 なんと言う事だろうか。

 審判(※制服姿)の女子高生の後ろでガッツリとハグする。

 その人は……『ニヤニヤ』と笑みを見せ。それは傍から見れば……。

 赤いジャージ姿のおっさん(?) が、抱きついている地獄絵図だった。

 

「『きぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!! 消えろ消えろッ! 死ねぇ! 死ねぇッ!』

「ちょっ、まっ待って落ち着いて? そんな必死に股蹴ってもないっないから! 男の急所ないからそんな全力で何度も股蹴るのやめぐっほォ!?」


 ……ハアハァ……っと息を切らし。

 告流こくるは一応、もう一度踏みつけ……。


「待つんだ告流! その暴力は止すんだ!」

「はぁ~!? バカ兄貴はこんな変態痴漢変質者の人生ドロップアウト野郎の味方するわけ? 見損なったわよ!」

「馬鹿はお前の目だッ! お前……その方の顔に見覚えがないのか……ッ!」

 

 未だに意味が分かっていない告流を置いてけぼりに、伝流つたるは覚悟を決め。


 それは息を飲む程に。


 その女性に……恐る恐る問う。

 






























「――『嵐子あらしこプロ』――ですよね」


「「「ッ!?」」」

 


 その時、誰もが自分の耳を疑う。

『気のせいか?』『聞き間違いか?』『でも今確かに』とざわめき出す観客達……もはやパニック状態に等しい状況だ。

 告流も驚きを隠せずまま……。


嵐子あらしこって……あの毎日テレビ出てる……?」

「そうだ。高校入学と同時にプロ入りを果たし、プロ入り後は『国内で未だに彼女へチェックメイトを決めた者が存在しない』と謳われる程の絶対王者。誰もが弟子を志願しようが門前払い、誰一人も後継者を作らないで有名だ。して、そのあまりのプレイスタイルと嵐をも思わせる強引さ、その破天荒な戦術で結果を塗り替え続けた末、又の名をこう呼ばれる由来となった……」

































「『日本一強引な駒捌き』と謳われる――東風ひかぜ 嵐子あらしこだと」





























「ちょっとちっょと若僧、そういう解説ってのはJKに言わせて? イマイチ私だけ盛り上がれないじゃんかよ~」

「申し訳ありません嵐子プロ! 思わず長年の知識を暴走しまいがちで……本来はこう言う解説担当は探流さぐるの十八番のはずなんですが」

「おっ♡ 探流って誰かな? 妹かな? 姉かな? JKかな♡」

「弟ですね」

「ぺっ!」

 このプロ、マイクに向かって吐きやがった。

「いらねぇー超いらねぇー。お前の妹のこくっちは超キュートなJKなんだからあと10人妹か姉ぐらいのJK居てくれよ……そうだっ! お前とその探流で結婚しろ。最近の技術なら男同士でも子供が出来るし性別関係なく生まれるからそれで可愛いJKを3桁あたり産」

「キモイ発言禁止ッッ! レッドカぁぁドォ!」

 ……痙攣を起こし。告流のダイレクトレッドカード(※パンチ)によって嵐子はノックアウト状態だった。『可哀そう』など思わない。

「……一つ言い忘れた告流。嵐子プロは少々『女子高生が大好物』と独特な趣味をお持ちだ……以降気を付けてくれ」

「そんな歩く18禁を野放しにしてる日本社会どうなってんのよ!? 警察ちゃんと仕事してるの!?」
































 ……ハッ!


 告流は自分の審判としての使命を思い出し。

 キッ! と、また鋭い顔つきに戻り。


「悪いですが。貴方がプロだからと特別扱いはしません。これ以上無意味な戦争は時間の無駄と

 判断し、即座にこの対局を終了させます。例え――警備員の力で強引に止めてでも」

「おぉ♡ 今更威厳を見せようとキッとした感じになる必死な告流ちゃんも200万点可愛いな~……けど、そのお願いはちょっと聞き入れられないかな~」


 告流の目線を外さない。

 必死な告流に対し嵐子は……鼻で笑い返し。

 



「いいのかい? ――この伝説に残る対局を潰しちゃって?」

 



「……わかりました。警備員を呼びますので、そこでお待ちを――」

 そこで、告流の言葉が止まった。




 金色に輝く……を片手に。




 嵐子はそれを……見せつけるように見せて。

「審判試験を受けたなら、このバッチの形には見覚あるっしょ? ん? どうしたよーこくっち? そんな河童でも見た顔してるとJKだって食べちゃうぞ~♡」

 見覚えも何も……何故だ。

 その物を、何故それを手にしている……

 

 告流が試験を受けた時だ。

 厳しい審査だった事はよく覚えている。

 

 その中でも、審査委員が着けていたアレを忘れられるわけがない。

 

 筆記・実技・面接において常に険しい表情で睨み。唯一その人物が「不合格」と言える権限を持っていた。

 受験者の誰からの目で見ても。その者が『只者ではない』とは思えただろう。 

 そして。その者こそが。

 この『ワールド・チェス・グランプリー・日本予選』の全ての総士官にし、この大会全ての権限を持つ最上級クラス。

 日本でたった3人しか持たない……黄金の『金ナイトバッチ』を付けていた。































 …………それが。




 何故今、この女が持っている?

































 こんなただの……ただの変態女が!?



「一応、余り大っぴらに見せるなとは言われてるが。悪いけど、あのJK達の気持ちを無碍にしたくない。戦う意思がある者たちの邪魔は私がさせない」

「ですが! それでは大会契約に反する事にっ……いやっ、しかし……」

「ハッキリしないなー。んじゃあ、戦う理由があればいいんだろ? ならテキトーな理由つけて戦わせてやってもいいんじゃないかい?」































 そう――――例えばさ~。

































「『』とかなぁ!」











 ……。

 ………………。

 ………………………………。

































「「「「…………はぁ~ッ!?」」」」

 


 予想を反した爆弾発言。

 その言葉に誰もが本当に自らの耳を疑った。 

 先ほど言った通り彼女の情報に誤りはない

『弟子は作らない』で有名でもある彼女。

 それが何を意味するか……そう。 

 その発言を耳にした観客達は冷静でいられるわけがなく……もはや大パニック状態の渦だった。




 ……茫然と。ただこの変態を見つめ……告流は改めて思う。




 嵐の如くまるで好き放題に発言し好き放題に大会を無茶苦茶にする。

 例えそれが……たった二人の少女の為であろうと。



 そう。これが生きる伝説。

 


 今この目の前にいる人物こそ。このチェス業界に嵐をもたらす最強のチェスプロプレイヤー。

 




























 ――――『伝説レジェンド』だと。



「あなた……何者なのですか?」

「ん~? 可愛いJKちゃんに一言で表すなら……そうだね……」

 ゆっくりと、嵐子は頭に向け指を指し……そして。

 ニコっと。イタズラ笑みで彼女は言う。





























「――通りすがりのプロプレイヤーさ」

 



 して、おもむろに自ら吐いた唾が着いたマイクを手に取り。

 キィーンと鳴り響くマイクを片手に、会場内に嵐子の声が響き渡る。

「『と! 言うわけだそこのJK達。もう、お前らの対局を止める者はいない。その王冠を奪い取るまで戦争を続けろ。思う存分と楽しめ――そして私達を楽しませろっ!』」

 ニカっ と。

 ガキ大将の様な。それはとても不敵な笑みを浮べ。

 ――高らかと宣言する。

 




























「『 さぁ王様よ――再び戦華ゲームを始めてくれ 』

 




 ☆ ☆ ☆





 試合開始から一時間を超えた辺りか。


 激戦は途切れを知らず。両王の駒も残り数個になろうとも……勢いは更なる高みへ増し。

「【おウマさん】をg5へ!」

「クソっ! ……クイーンをa4にッッ!」

 爆風をも感じる。それ程の衝撃が会場を更に賑わせる。

 互の思考と感情を叩きつけ合う攻防。思い通りに行かない戦場に……ヒメが口を開く。

「はぁっ……はぁっ……いい加減その低脳も疲れて来たんじゃない? 降参するなら今が潮時よ傭兵ランク外

「ヒメちゃん言ったはずだよ。私はもぅ……ここでは上げないと」

 僅かな思考を巡らせ瞬時にビショップをb5までスライド。

 息を切らし体力も限界に近づく……でも、それでも白子の心には『白旗はあげない』と言う決意がある。

 それだけが。その覚悟だけで精一杯の思考をまだ動かせる。


「こんなにワクワクする程。ここまで楽しい対局を渡り合ってくれた人に……そんな白旗上げて幕を閉じる事なんて私は望んでない」































「何度でも言うよヒメちゃん。私は上げないよ? ――必ずね」






























 その光放つ眼光を見て……ヒメは乱雑に、髪を掻き乱し。


「うっせェうっせェうっせェうっせェうっせェッ……っ! さっきからゴチャゴチャ意味不明な事言うんじゃねぇーわよォ!!」

 っ!?

 そのナイトが置かれた僅か一瞬。



 ――白子のキングに『チェック』が宣言された



 即座にキングを逃がす白子。

 だが次もビショップで『チェック』。

 再びキングを逃すも……白駒のポーンが取られまたもや『チェック』。

 そして『チェック』。

 またも『チェック』。

 次も『チェック』。

「『おおぉぉとォ! ここでヒメ王様は連続でチェックを宣言! そのまま駒達を前に! 前に! 前に押し出してッ……こ、これは……一気に全戦力で白子王様の王を奪いにきているのかぁぁぁッ!?』」

 その盤上に……もう逃げ場はない。

 『チェック』の撃襲をくらい続け……残り白駒は。

 ――わずか4個。

 ボーンも全て消え去り、キングを守る駒など……もぅここにはない。

 対して相手黒駒はポーン4つ、キング・クイーン・ナイト・ビショップがそれぞれ一つ健在。合計にして8個もある。

 誰が見たとしても。

 黒駒の優勢は変わらない。





 

 勝機など――この場面には存在しないだろう。
































 ………………………………でもなぜだろう?

 



 圧倒的に不利だと、『もぅ勝機など失せる』とも思えてしまう。

 誰が何処から見たとしても。そこに『逆転できる』と言う文字は浮かばない。




 なのに。私は今楽しくて仕方ない。

 



 だってそうだろう? この逆転不能の盤面を見てもなお。

 きっと――私の口元は。

 



 ――笑ってるのだから!

 



「【シンデレラ】をc4へ」

「クイーンをc4に!」

 差し出したそのクイーンをノンストップで奪う。

 そして、すかさず。

「【おウマさん】をd4へ」

 ナイトの置かれた……その目先。

 ヒメは信じられない様な瞳で、その置く先を見ていた。

 恐らく、観客席の誰もが……それは信じ難い視線で見ている様だった。

 

 当然だ……クイーンの隣にそのナイトを置いたなら尚更だ。

 傍から見れば、いや、誰の目で見てもそう捉えられても仕方ない。

 もし。それを言葉で現すなら……そう。





























 『 取れるもんだったら取ってみろ 』と。




「この程度で…………挑発してんじゃないわよこの傭兵ランク外がァッ!」

 空宙に今、その物体は綺麗に舞う。

 投げ出された駒は宙を回って地面に落ち。

 それは正に。ナイトが今、盤上を去る事を現す。

「さぁ次だァ! 次でチェックメイトだ! これで、お前を倒せッ……………………」

































 ――――だが。































 まさに今その光景を目に入る時……ヒメは言葉を失う。


 






























 既にある。少女の手にそれは掲げられていた。

 今、この盤上を征するたった一手が置かれようしている。

 ほんの僅かだった。 

 ヒメがその誘いに。挑発に乗らなければ未来など無かっただろう。

 ほんの一握りの希望に賭けた未来。それが今、手に入ろうとしている。

 ならそう、置く場所は既に決まっている。

 



 さぁ置いていこう。

 今その場所に導き出した答えを。

 私が勝った証を。

 私達が戦った証を。




 今――ここに残そうじゃないか。


 その駒が今。

 ルークを手にする手。それが今、その場所へと指し伸ばされる。

 そうだ。もっとだ。

 光が覆い待つその奥へ。

 もっと奥へ。































 最も深い      その奥へッッ!!































 ――――その駒が今――――光の中へと溶け込んでゆく――――。


 ――――――――――――――。

 

 ……静まり返るその空間。


 その勝者の後ろに立つ……黒衣こくいを翻すその人は、きっと余裕な笑みを見せ。

 そして。

 束花から微かな声が聞こえた気がする。


「言ってやれよ。白子」 っと。

 

 だから少女は……いま、無邪気な笑顔を浮ばせ。

 それはまさに――勝利の宣言を口にする。

 





























「 バックランクメイト 」

 





























 相手エンドラインに聳え立つルーク。

 その駒はもぅどの駒からも奪う事さえ、邪魔をされる事などない。

 相手キングも逃げる場所などなく……つまりそれは。


 白旗少女の勝利が決定した瞬間であった。


「き……決ィィィィィィまったぁぁぁぁ! 逆転の逆転っ! 想像をも超えたクライマックスを征したのは白旗の女子高生・葉田し――」


 バンッッッッ!!


 その実況の興奮をも遮る強く叩きつける音。

 先程まで。真剣に戦い、互いの死力を尽くして対局した者。

 その人は……俯いたままだった。

「――名前は?」

「はい? えーっと……今の総理大臣の名前ですか?」

「じゃねぇーよ!! アンタの名前を聞いてんだよ」

 ドスが効いたツッコミで縮こまってしまったが……白子は恐る恐る。

 素直に言った。「白子です。葉田白子って言います」と。

「……次は泣かない」


 涙と鼻水でボロボロな素顔など気に留めない。

 ただ真っ直ぐ。

 歯を食いしばって。その者に決意を示す。

 










「次は白子っ……っっっっ次は泣かすッッ!!」

 














 なんて眩しい瞳だろう。

 敗北を期しても。その闘志は消えない……いや、更なる決意を示してるに等しかった。

 その想いに、白子も答える様に。


「うん、やろう。またチェスやろうね」


 瞬間――会場をも揺らす拍手が響き渡る。

 彼女達の雄姿に。

 二人の激戦を称え。

 今、会場内からは祝福の拍手が二人を包み込む。

 『もぅ頃合いか』と、一人。また一人と拍手を辞め。

 徐々に。

 徐々にと拍手が小さくなる……。





























 だが…………ただ一人になっても、拍手を辞めない者がいた。

 






























 ……ぱちっぱちっ♪

 

 ぱちっぱちっぱちっぱちっ♪

 

 ぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっ♪

 

 沈黙を破り。その拍手がパチパチと鳴り響き続ける。

 ふとっ、白子がその音先へ眼を向け……目を疑った。

 それは観客も。

 実況も審判も。

 嵐子も束花も。

 

 誰もが……その少年に目線を向ける。

 

 その席に。一人ただ立ち上がって……拍手する黒髪の少年。






























「あはっ♪ 暇つぶしに来て正解だったよ。まさか……君が本当に勝っちゃうんだもん」


 聞覚えのあるその人を小馬鹿にする声……いや。

 そもそも人を人だと思わない。人は駒だと考え持つ。

 忘れる訳がない。いや、忘れる事なんて出来ないだろう……そいつは白子をただ見つめ。

 傾く。その首を戻し……ニコっと笑みを。

 








「本当――面白いね白子お姉ちゃん♪」

 







 不気味な笑みを浮ぶ――――黒子がそこにいた。

 

「く、黒子ッ!?」「何だ何だこの会場……こんなんプロ達の集まり場じゃねーか」「きゃぁ~! クロ様こっち! こっちを見てクロ様~!」

 驚き。疑問。歓声。各々の観客達からこぼれるその言葉に微動せず。

 堂々とした態度。まさにそれは王者の風格をかもし出し。

「あはっ♪ 精々その無駄な才能を使い尽して戦い続けなよ。君の無様な敗北を見届けてあげるよ。この僕。いや……この俺、黒子様がなぁ♪」

 またそれは。不敵な笑みを浮かばせ、まるで自信に満ち溢れたオーラにも感じる。

 いや、それ以上に。

 彼を包み込む『闇』が更なるプレッシャーを放ち、立っている事すら危うい状況だ。

 






























 でも何故だ。


 黒子に目線を向けた途端。何故、こんなに言葉が詰まる。

 

 そして……ふとっ、その原因に気付いた時。



「……黒子くんっ、私……」

「さてっ。 僕はそろそろ帰るとするよーー♪」

 まるで子供の気転がコロっと変わる様に、黒子はヒョィと席を降り。

「あはっ♪ この後は僕の大会があるんだーー。代表者が対局しなくても来なきゃいけないって面倒くさい規約だよねーー。まぁ、そういう事だから♪」


 

 その過ぎ去り行く背を呆然と白子は見ていた……けど。



 心の何処からか聞こえた。




『今それを言わなければ後悔する』。


『ここで黙って見ていたら、お前の願いは叶わない』。


『その想いは偽りなんかじゃない。それは正直な想いのはずだ』



 無数のそんな言葉が頭に入って来る。

 そして。

 黒子の足音が……遠ざかって行くと、今そぅ感じたその時。





















『悔しい想いで終わるつもりか? 葉田白子』





























 

 そぅ思った瞬間――たった一言の想いが。

 今、溢れ出す。

 

 

「 遊びたい 」


 ……ピタっと。

 その足音が止む時、黒子は足を止め……立ち止まる。

「 遊びたい 黒子君ともぅ一回 もぅ一回あの盤上で あの盤上で戦いたいっ!」

 そこから先は気持ちを抑えられなかった。

 一度溢れ出した想いは止まらず。

「戦いたい……もう一回戦いたいっ! 黒子くんとまた……あの戦いの続きがしたいッ!」

 静まる空間で白子だけの声が響き渡る。

 たった一人の少女の発言。『もう一回戦いたい』と言う言葉に。

 それぞれ顔を見合せ、会場内はざわめきで覆い尽されている。


「今度こそ……今度こそ最後まで対局したいから! だからッ!」「あはっ♪ 黙れよ白子お姉ちゃん♪」



 ……だが、それも一瞬。

 その少年の一言でざわめきは消え、冷たく張り詰めた空間が漂う。

 黒子はただ。白子を見下ろし……。

「あのさ――傭兵ランク外が何を言ってるんだよ?」




 呆れた様子で、「はぁ~」とあからさまに深く溜息をついて。

「見た限り最後は相手ミスの誘発誘って偶々勝利したクセによく僕と戦いと言えたね? 少なくとも今の実力じゃ赤ちゃんと対局するもんだ……そんなお遊びして俺が楽しめると思うか? ――否、あり得ないよね?」

 淡々と。その正論を述べ。

 見下ろした瞳を浮ばせ、黒子は失笑する。

 













「それでも――まだ『戦いたい』と言うかい? ――白子お姉ちゃん♪」

 










 ……確かに、黒子の言う事は事実だ。

 現に今のまま。あんなジリ貧の力で挑んだ所で勝敗は目に見えている。

 名も無いただの白旗女子高生が挑んでいい者じゃないだろう。

 そんなの。誰だって。私だって理解している。

 






 黒子と言う最強と渡り合えるには――到底無理な事だろう。

 





























 だが。



「……じゃあ」



 しかし。



「…………私が負けなければいいんだよね?」




 ――たかがそんな理由で『戦わない』選択を取る程白子は愚かじゃない――。




 薄暗いその会場内。

 そこで……誰もが白子を注目する。

 

 その鋭い眼光が――瞳が光っているのなら――。

 

「私が――私が黒子君と戦う場所まで行ったなら――戦ってくれる?」

 

 その静かなる。覚悟が燈った声が……黒子に届いたのか。


「あっははははっ! いいよいいね最高だよ。また僕の未来に反した言葉を言うとは……君は本当に……本当に君は面白いね白子お姉ちゃん♪」

「あはは♪ あっはっはっは♪」と、ただ一人の少年が異常に程笑う声が。

 その瞳に……光はない。

「あはっ♪ あはははははははははははははははははっ♪ あっっっっはっはっはっはっはははははははははははは♪」「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははっははははははははっっ♪」

 死んだ瞳で。高笑う少年はただ笑っていた。

 ただ笑ってるだけ。

 

 ……それなのに。


 心底。身を震わせる不気味さが――白子達への心を襲う。

 


「…………………………………………旗を上げろ」

 



 黒子はただ一言、そぅ言って。



「白旗を上げろよ。白子お姉ちゃん」

「……旗……?」




 その思いもよらない発言に戸惑うが。

 白子はその言葉に対し。一瞬躊躇しながらも、だがその物に手を伸ばす。


 ――突き出すかの様、その白旗を揚げていた。


 すると、腰から取り出した『それ』を、今黒子も掲げる。

 ……黒子が握るその右手。

 真っ黒な――黒旗を棚引かせて。

 天井に向けて……二つの旗が掲げられた。

 





























「僕……いや、この俺黒子はここで宣誓する。この掲げた旗が下りるまで、この旗が棚引き続けるまで勝ち続ける事を、そして――俺様の前にその旗が掲げる者がいたならば、何があろうと戦ってやる事を宣誓する。

 この駒共の前で。決して嘘偽りない誓いをここに断言しよう♪」



「私も約束する。黒子君とまた遊べる所まで、遊べるまでこの旗は降ろさない」




 そうだ。この想いに嘘偽りない。

 ヒメとの対局で渡り合ったからこそ分かり気づけた事がある。

 ……どうやら。私は相当このゲームを愛してしまった。

 初めて『何かに夢中になれた』物。それに出会えた事が嬉しくて堪らない。これから先、負けなければ沢山の人と遊べると思えばワクワクが止まらない。


 そして。

 負けずに進んだ先には彼が待っている。

 今度こそ決着を着けたいと強く思った彼が。


 だからこそ今。胸を張って言える。






























 

「ここから先は決して――私の覚悟はたは降ろさない――約束だよ黒子くん」




 

 そして、その覚悟を聞いた黒子は。

 ……不気味な笑みを浮べ、鼻で笑い返す。

「来てみろよ傭兵。俺の所まで、俺と対立する盤上まで……もし来れたならご褒美に二つのプレゼントを渡してやるよ」

 ……プレゼント?


「あはっ♪ そんな真剣に考えんなよ。大したプレゼントじゃないし期待しないで欲しいなぁ♪」

 

 



























「――『不思議な力が生まれる秘密』なんて、さ♪」


 ――ッ!?

 

「それと――もう一つ♪」

 


「  『何故君が、身に覚えのないチェスを知っているのか?』  なぁんって♪ そんな秘密なんて興味ないよね」


 今……なんて言ったの?

 この子は何を……何を知ってッ!?

「……どういう事なの? 何を知ってるの? 黒子君はっ……黒子君は私の何を知ってるの!? ねぇッ! 答えてよォ!」

 冷静にはいられなかった。いや、冷静にいろと言うのが無理だ。

 何十年間もずっと謎だった『この力』も。

 そしてもぅ一つ耳を疑った一言。

 何故『白子がチェスを知ってる』のかも。

 その全てを――――彼は持っているんだ。

 

 だが。

 

 踵を返し、黒子はただ一言。


「楽しみに待っててね白子お姉ちゃん。プレゼント欲しいなら、また盤上で、また僕と遊ぼうよ」

 

 ……気づくとその死んだ瞳に――光がある。

 だが。ただの光なんてモノじゃない。

 ドス黒く――『』を放つ瞳が。


 嘲笑うかの様に……私を見降ろし。

 

「――――ねっ♪」

 

 その一言だけを残し、今度こそ彼は背を向け。

 振り返る事なく。

 会場出口からスタスタと出て行く後姿を。

 ただ……ただただ空しく。


 白子は……見つめる事しか出来なかった。

 


 こうして波乱の一回戦は終了する。

 無事に奇皇帝高校は一回戦突破を果たし、ついに∞ドルへの道へ今一歩踏み込み始めた。

 だが。

 この時、誰も知らないだろう。



 白子も。


 皇絶も。


 ラベンダーも。


 穂希も。


 そして――束花も知る余地もない。

 

 後に、この歴的勝利が。

































 全国を騒然とさせる事態になる事も知らずに。 

 


♖ 次回は11月26日に更新予定です(※間に合わない為、27日に変更します) ♜

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