15話 押し迫る選択


 ――不穏が漂うこの空間……張り詰めた空気の中。


「っざけんな…………『俺が負けた』だ? ……ありえねェンだよ絶っ対なぁぁッ!!」


 耳を塞ぎたくなる程の怒号を上げ。また、皇絶はチェス盤を勢いよく蹴り壊していた。

 床に転がるは……駒。

 乱雑にかけてしまった白黒の駒達の残骸が、あちらこちらと広がっている。

 





 帰って来て早々コレだ。





 

 あの三人に完敗したらしく、しばらく放心状態のまま彼らは立ち上がれなかった。

 想像絶するダメージだったのだろう……そのまま無言に、帰宅しようと学生鞄に手をかけようした。

 



 ――なのに。
































「お前らそのまま部室に来い。来ねぇ奴はそのまま退部扱いにする――いいな?」




 本当に、何を考えているんだと。


 この状況下でよくそんな事が言えると思う。この先生は一体何を考えての発言だったのか?

 結局。全く考えが読めないまま……白旗を抱いてここに来てしまった。

 ――誰も。

 ――誰一人も。

 ――なんの一言も声を発さない……生き苦しく、胸を締め付ける程の苦しみだった。






































 

 

「………………………………無様だ」


 その深い沈黙を。たった一言で破った彼は。

 私達が目線を向けその矛先に彼は居た。

 定位置の。たった一人座れる程度の畳の上で胡座を……かき。

 ……俯き。背を丸めうなだれた彼が……項垂れている様にも見える。


「『無様』だ? ……誰に向かって言った? ……俺様に言ったのか――俺様に言ったのかって聞いてんだ絶対。ほらっ……もぅ一度言えんなら言ってみろよッッ!?」


「無様ッつって言ってンだろォがァァ!? 無様なンッっだよォ!! 俺様もッ! クソババァもッ! テメェもッ!」






 俯くままに放ったその怒号。

 畳に向け、勢いよく拳が一つ。







 強く。打ち付けられた。


「――無様に負けただろォがァァッッッッ!?」


 ……。

 …………。

 ……………………。


「クソガキがァ……それェぐれェわかれ……ッ」


 ふとっ、穂希の右手に目を向け時だった。

 強く拳を震わせ畳にねじ込むその手先。そこには畳に滲込んで行く……血色が広まっていた。

 食い込む程の爪を握り締めた影響だろうか。

 それがどれ程悔しかった事が……鈍感な白子でもわかる。


「煩いなーーガキ共、喧嘩するなら外に行ってくれないと私のお昼寝タイムが満喫できないだろー」


 ……この人は何で平然とその単語が今言えるんだ……。

 殺気漂うこの空間にも関わらず、平然と言えた事に正直唖然した。お凸に『よく言えました』とハンコを押してあげたい。


「……はっ。この下級共と話して絶対わかったが、まずこれだけは絶対決まりだ」


「そうぉざますね。こんな愚民共と仲良く一緒に戦うなんって反吐が出るざます」





 言葉など出さなくともそれはもはや暗黙の領域とも言えるだろう。

 確かに……このメンバーで団体戦は無理がある。

 元々気が強き王様達の集まり……誰か一人が足を引っ張る様なら内戦は免れない。

 なら。

 そっちの方が……いや、断然と平和的な答えだろう。




「お前らさー。まさか『団体戦は捨てる』とか面白いジョーク言い出すんじゃないよなー?」


「その『まさか』ざますよ。団体戦など仲良しごっこの戦争など興味ない」


 続いてラベンダーは、


「私の目的はあくまで∞ドルを掴む事。少なかれ、こんな平民共と共に戦った所で取れる物も取れないのは明確ざます。なら、私の実力が十分発揮できる最も高い個人戦に出る方が勝機はあるざます」

 

 そう悠長ゆうちょうに語り。どうやら全員の意見は一致していた様だ。

 各々もそう感じていたなら話は早い。残り何回の団体戦があるかは分からない。

 だが。周りなど眼中にない、チームワークなど皆無なこの集まりでそもそも『仲良く一緒に戦いましょう』がそもそも論外な話だ。

 そぅ。それが一番正しい選択に変わりはない。






























 その、はずなのに。

 


「……分かった分かった好きにしろー。あーそうだな欲しいよな∞ドル、いい歳した大人だって欲しいんだお前達も欲しい理由もわかる。まー精々頑張る事だなー」 


 ――まぁ、個人で挑むなら――






























「 お前ら底辺の能無し共が∞ドル取る以前の話だけどなー 」

 

 



























「――もう一度言えよ。駄教師」


 ドンっ! 

 躊躇なく束花が座る机を、足で踏み……怒りに身を任せる皇絶が睨み。


「今の言葉……今すぐ撤回しろよ絶対なァ?」


「はーぁー? 撤回しろだぁー? 無理っ無理っ~本当の事を何で撤回しなきゃダメなんだー?」


 詫びる様子なども伺えない。

 いや、むしろ。


「周りなんて見る余裕もねー自分だけしか見てない弱虫野郎共だろー? そんな奴らが『∞ドルを手に入れる』だぁ? ……笑えないジョークだなぁー」


 瞬間、乱雑に束花の胸ぐらを掴み上げ。

 その舐め腐った態度に。束花に怒号を上げようと……した。

 

 だが。その後数秒待っても怒号が上がることはなかった。

 いや、上げる事すら出来なかったのだろう。

 ――真っ黒な瞳で見つめる。その綺麗な瞳を見たのなら尚更……。

 

「チェスってさー。『如何に広い目を持つ事が命より大事な事』なんだ。目先の盤面だけしか頭に入らねー奴なんか未来なんざ決まってる。『見えないモノをどれだけ見れるか?』がこの世界じゃ常識で勝利には超必須の力なんだよ」











 





















「お前らさ――それが出来てねーんだよ」


 静かな怒りにも感じる。

 ハッキリと。冷徹な声色が……こんな広い部室にも関わらず、響き渡るかの様に。



「辛うじて展開先の盤面が見えてるのは褒めてやる。だが、所詮それだけのこと……たかがそれ程度しか見えてねー奴等が勝とうなんて0歳児が世界チャンピオンに挑む様なもんだ。いやーーー滑稽すぎて笑えるわー!」



 ……それは、耳を塞ぎたくなる程の音だった。

 今。皇絶はチェス盤を足蹴り一発で……粉砕した。

 その目つき。今迄以上に……怒りに満ちるモノを宿らせ。


「笑うのはこっちだ駄教師。俺の実力を知らねーからそんなペラペラ文句が言えるんだろ。案外、この部で一番目がねぇーのは駄教師なんじゃねーのか絶対よ?」


 そう言葉を張り上げると同時。掴んでた胸ぐらを乱雑に離し。


 ……荒み切った瞳が。その真っ直ぐと見つめる束花を見下ろし。





「『ジャパン・ジュニア・チェス・トーナメント』。チェスやってんなら当然知ってて当たり前だよな? その日本一の学生を決めるその大会で、俺は小一から中学三年まで全て連続準優勝した伝説残してる俺になんだその態度。そんな実力者様によくそんな糞生意気なセリフが言えたな駄教師? 謝罪なら今ここで土下座なら許してやっても構わないぞ? ……聞こえねぇのかぁ? あぁ!? ほらっ……謝罪の一つも出来ねぇのかよ駄教師がぁぁぁぁッ!?」

 





































 「無様だな。お前」

 

 冷たい一言。

 絶皇の自信満々と語った成績は……哀れな瞳を浮ぶ束花に見られていた。


「何だその自慢? たかが一番でもねぇーのによく意気揚々と低学年大会のたかが二位如きを自慢出来たな。これは物分かりいい先生でも驚きだわーーーー……だからお前はあの一位に勝てないんだよ」






























。いくら挑もうが勝てないんだよお前は」「黙れェェェェェェェッ!!」





 喉を引き裂く程の、彼の怒号が響き渡る。

 その目に。怒りに満ちた瞳を浮ばせ。

 今まで見たことのない……握り拳で震わせる皇絶がそこにいる……。


「俺はッ……あの駄女を姉と呼んだ事も姉と認めた事もねェ! 二度とあの女を口にするな絶対なァッ!!」


「お前がそんなクソどうでもいい自慢するから合えて言ってやったんだ。いつも人を黙らすぐらいならそんぐらい知恵と理解と機転して頭回せよ。あとそれと」

 

 張り詰めた空間。それは更に緊迫を増したようにも感じる。

 何故そうなったか? 

 原因がそれなら即答えは出る。


 ……束花のその。黒い瞳が。皇絶を睨み付けていたから。

 





「『自分の実力を口に出すほど弱い奴はいねーよ』――それぐらい覚えとけ」







 だがその時、嫌な予感が脳を駆け巡った。


「随分と容赦なく言ってくれるなぁー駄教師」


 して、それを言い終える前。

 躊躇いなく振ったその拳が……束花の顔面目がけ、一直線に殴りこまれようとした。



 ――だが、寸前。



「ダメだよ皇絶くんッッッッ!」



 ――――ガタンっ!

 間一髪で間に割り込む。して、その衝撃と勢いのままテーブルへ突っ込み倒れ込む。

 ……頬は赤く腫れ、口からは血の味が染みる。

 怒り任せの皇絶の拳を食らった尚のことだ。

 だが……それ以前の問題に。


「束花先生もっ! 皆に煽る様な事しないで……もっと部員の事を。皆の気持ちを考えて……」


「『考えて』だー? 我儘愚王共のクソガキの持ちなんて考えてやるとか無理だわー私。有り難く現実を言ってやったぐらいは感謝して欲しいもんだがなー」


 煽りに更に煽りを重ね、その発言に……。

 白子を除く皆の殺意の眼差しが束花を挿す。

 だが。束花はそんな殺気にも動じず。パンっパンっと軽く手を叩き。


「白子。そしてお前ら愚王共に良い知らせをしてやる――明日。お前達にはラストチャンスの団体戦に出てもらう。正真正銘――お前らが∞ドル獲得へ残された最後の地獄行き切符だ」



 すると、いつの間にか束花の手にそれは握られている。

 ……たった一枚の紙っぺら。

 そこに記載されたデカデカとした文字が真っ先に目が入った瞬間……自然と、白子は言葉を零す。



 「…………『∞ドル獲得へのラストチャンス』……っ?」


 「正確に言うなら『ワールド・チェス・グランプリー・学生団体部門』のラストチャンスだー。逃せば残るは『個人部門』『大人の部門』だけだが……まぁ、お前ら愚王共が残された唯一の道は事実上ラストチャンスだなー」

 



























「そして、だ……今からこの団体戦のチーム代表及びリーダーをここで任命する」


 高らかに。その振り上げた手はその者を指す。


 皇絶も。ラベンダーも。穂希も。その振り向く先にいる者に驚愕した表情を隠しきれない。


 真ん中で、茫然と突っ立つ。

 
































 ――――白子に向けられていた。

 




「――やれるな? 白子」


「冗談が過ぎるざます!! 勝機ざますか? 何故私でも野蛮猿達でもなく……まだ初心者当然の人をリーダーにするなんて可笑しいざます」


「可笑しいー? 何処も可笑しい所なんてないはずだがー?」



 すると束花、うろたえるラベンダーに迫り近づき。

 ……軽く、自分の髪の毛を掻きむしる。



「一番適任を選んでやったんだ。感謝の一言二言ぐらい貰いたいぐらいだー、いやー流石私ちょー優しいー。自分でもこんなデキる女性いたら抱きしめたくなる程エラいな〜〜私」


「お黙りなさいッ!! 先ほどから何意味不明な事をベラベラっベラベラと……こんなの納得なんて出来ないざます。私達がそんな事を納得する分けない……それぐらい貴方の頭で考えられなかったのざますか!?」


「じゃあやめろよ」






























 それは突然。

 声色を変え、聞き覚えのないドスが聞いた声が胸に響く。

 それは正しく……あの束花が……。


 ――怒りに満ちた瞳で、睨んでいる。


「納得できねー奴は挙手しろ。今すぐここで退部届の紙いくらでも出してやるよ。名前誤字ったっていくらでも正しく書き終えるまで紙出し続けて受理するまで待っててやるから安心しろ、心優しい私が何時間何日何年でもここで仏様になったつもりで笑顔作って待っててあげますよーーーー……」































 ……だから。



「金が欲しければ黙って納得しろ。負け犬以下の愚王供が」

 


 ……それから一分近く。

 短く。でも長く感じ、息を詰まらす程の初めて味わう空間。

 あまりの辛さに、白子はただ俯く事しか……出来ない。


「白子。お前が争いを拒む奴だって事は私も知ってる。勝つなんて以ての外、正直明日の大会なんて出たくも対局したくもない……それがお前の本心だって事は十分承知しているー」


 気づけば……再びその瞳を見た。

 その眼光の奥先に。真黒の瞳を浮ばせた色が放つ。

 息をも殺す瞳が。まさに今……そこにある。





 

「 甘えた願望は捨てろ。明日、お前には意地でも勝利を手にしてもらう 」

 





 冷たく。でもどこか強く放った一言に。周りの誰も。

 誰一人も口出し出来なかった。

 




「お前が決める道を――明日決めろ」

 



 真っ直ぐに向けられたその瞳。

 頭の中で。何も……答えなど出ない。

 その言葉の後に、白子が白旗を上げる事は……なかった。



 ☆ ☆ ☆

 

 会場に着いて。ふとっ、会場入り口の時計塔に目を向ける。


(……うん。ちょっと早すぎたかな~……)


 他の人達はリムジンやらマイカーなどで来るだろう。よっぽど渋滞など事故が無ければ時間通り来られる事だろう。

 一方、白子とやらは車など、ましてやリムジンなど無縁の存在。このご時世では珍しい久留里線とバスを利用して来なければいけない。

 まぁ……遅刻しない様、早く来ようと碌に時間を気にせず着いた訳だが。






 流石に入場の一時間前に着くのはちょっと慎重すぎたと思う。






(一人で待つのは寂しいけど、たまには心落ち着いてゆっくり待つのもいいよね。こんな所に騒がしいあの人達が来ても無駄に体力使っちゃうだけだし。特にあの人でも来たら倍で体力減っていくだけで一日体力持たないよ……
































 そぅ……特に鐙先輩とか)

 

 ひっっひひぃーんっっ!! と。

 当然の様に馬から颯爽と降り、こんな早朝にひざまづいてバラを差し出す彼。

 何故か……鐙騎士が目を輝かせて目の前にいた。


「おぉマイプリンセス! まさか今日の最初の出会いが君だったとは……やはり僕たちは『恋』と名の運命で繋がれた恋糸で結ばれた二人だったと再確認されるよぉぉ!!」




 …………なんでこう言う時に敗北の未来が見れないんだよ。




 こんな早朝にハイテンション声で挨拶されても頭に響くから、なるべくテンション抑えて喋って欲しいけど。

 ――無理なんだよな~この人には……。


「あれ? 今日は鐙先輩も大会に出る予定でしたっけ? 確か……来週の……」


「うん、そうだね。Dブロックの僕たちは来週の出場だ。白子ちゃんの記憶で間違ってないよ」



 ……え。




「じゃあ……こんな早く来て何しに来たんですか?」


「おぉ~~~~マイプリンセスよぉ! そんな決まってるじゃないかッ!!」


 すると。騎士はなんの躊躇なく額に何かを巻き始め。

 白鉢巻に書かれた。その英語を……よぉーく直視し。
































「あい……らぶ……しろ……こっ……」

 





 赤文字で堂々と書かれた文字を……直視した。

 




 I Love Shiroko  と。

 




「白子ファンクラブ会員番号2番としては後席で応援など笑っっ止ッ! 最前列一番前、どの誰よりも白子ちゃんの雄姿を見届ける……それが僕の今の使命だからね!」






 マーーーージで今帰ってくれないかなーこの人。

 




 色々ツッコミたい部分はある。あるけど、さ……まず会員番号2番ってまさか1番がいるってこと!?

 その非現実的に軽い目眩がしてきた……てか先輩? さっきから両手でサイリウム振ってるけど、それ大会中やるの? チェスの対局やる気なのそれ? やったら今後二度と口きかなくてもいいですよね神様?


「……それじゃあ私もぅ会場に入りますね? ごめんなさいまた来年よろしくお願いしまーす」


「ちょちょマイプリンセス!? 急に冷めた感じになってどうしたんだ。何か原因があるなら言ってくれ。即座に対処しようじゃないか」


 本人に言って対処出来るなら最初からやってるんだけどなー……。

 まぁ。そんな小さなツッコミを入れた所でこんな苦痛が消えるわけがないので、ここは黙って待機室で待っていた方がましだ。

 そぅ考えて。階段を登った先に……ふとっ、それに目が入った。

 会場入り口前。その手前にある電光掲示板。

 目に飛び込んできたその内容に……白子は、思わず立止めてしまう。


「おや? 白子ちゃんはこの掲示板見るのは初めてかい? チェスの大会会場とかには大体設置されてるけど……てっきり白子ちゃんは見てると思ってたよ」


「……この票数って……」


「パソコンやネット。その他にもアポなしで通行人に募集をかけるとか様々な方法で人々に聞いて票を入れて貰ってるんだ。

『持ち点は一人10000ポイント』で、このポイントは好きなように振り分けられるから……まぁ、どっかのお偉いさんが面白半分でやってる事だ。あまり気にしなくていいよ?」


 



 その。上位に刻まれ表示される名前を見た時、改めて痛感された。

 やはり、彼は本物だったと。

 この日本。いや、世界をも征するかもしれないその実力者。

 彼の強欲な強さが。今まさに。

 この――掲示板が物語っている。





【∞ドル獲得候補王様プレイヤー ランキング上位・ベスト3】

 ※匿名、及びハンドルネームの希望王様はその表示でお届けします。


 





























 

 第3位 霜触 心美 獲得票数/1憶1100万ポイント

 

 






























 

 第2位 火風 嵐子 獲得票数/1憶8300万ポイント

 

 






























































 

 第1位 黒子 獲得票数/3憶7200万ポイント



  

 ☆ ☆ ☆



 ざっと見渡すだけで200人ぐらいだろうか。まだ予選だけと言うのにこれだけの人が集まる事に信じられない。 

 ……それ程にも、人々のこの∞ドルへの注目が熱い事を表しているのだろう。



「『会場の皆様! 長らく、大っっ変長らくお待たせしました。只今より【ワールド・チェス・グランプリ・学生部門】の予選ファーストラウンド、午前の部……ついに開催いたしますッ!』」

 


「『実況は私! 奇皇帝高校より放送部、宝道伝流が務まるので。皆さんノリノリのビックウェーブをよろしくっ!』」



 それに応えるかの様。

 会場内は盛大な拍手と歓声が今、この会場に響き渡る。





「『それでは早速王様のご紹介。まずは白駒側――成績不明、実力不明、そして戦略不明! 謎に覆われたベールが今、ここで剥され様としているッ! 注目するは勿論彼女。常に白旗を掲げ怯える少女、なんとわずかチェスを始め一ヶ月も経たない初心者――そんな彼女が今、大将席に座っているッ! 

 この選択が【希望】か。はたまた【失望】か……その答えを俺達に見せてくれ!

 奇皇帝高校より、上代皇絶・王城ラベンダー。大将席は葉田白子が座る名も無きチャレンジャー達だーーッッ!」






 響く歓声の最中、その者達を照らすスポットライト。

 一人は足を組み、ペッと唾を吐き。

 一人は優雅に紅茶を啜り。落ち着いた眼差しを前に向け。

 一人は……肩を縮ませ、怯えた眼差しで前を向いていた。

 たった一つの……愛用の白旗を抱えて。





「『そして黒駒側――男。男。男。部員の9割が男性で占めるその中で、たった一人の美少女が率いる異色のチームのご登壇だッ! 大会出場は全てなんと一回戦負け弱小校……しかぁし! それは全て、彼女がいなかったから。勝利の女神がいなかったからとも言えるでしょう。

 今ここで。その女神自らが――彼ら達に、初の勝利を送る事でしょう!

 卯三草うさんくさ高校より、小豚三四郎こぶたさんしろう木喪居翔きもいつばさ。大将席は森央もりなかヒメが座る二人の戦士と女神が戦場へと今踏み出したぁぁーー!!』」





 歓声が上がり、会場内のボルテージは最高潮に達しているにも感じた。

 辺りを見渡し。若干サイリウムが見えた気がしたが無視して、反対を見渡しても観客達の声援が響き渡る程。

 ……今更だが。ここで対局すると思うと……どうしても胃が痛くなってくるのは普通でしょうか? 普通の人なら仕方ない事だろうと思いたい……。





「貴方、随分と余裕そうね。対局する相手じゃなくて周りを見るなんて」




 ぼけーっと。周囲に気を取られていた白子を呼び、ふとっ、顔を戻す。

 目の前で『良い』目では見ていない。まさに今これから対局する少女へと向けて。



「ごご、ごめんなさいごめんなさい! 普段こんな人前で立つような人間でもなくてむしろ隅の方で草むしりしてる方がお似合いな人間で日を浴びる様な大層な人間でもないわけであーなんでこんな所でいるんでしょうね可笑しいですよねーあははごめんなさいすみませんごめんなさい」


「……貴方さ。何で大将席に座ってるの? そんな気弱な姿勢で挑むなんて無謀にも程があると思うけど?」





 それが分かってるなら涙目でここにいないよ……。




 いざ控室出ようとした瞬間に「あー言い忘れたが、大将は白子なー」なんて出前の注文言い忘れた感じで言い渡されて、未だに困惑状態のまっ最中。

 そんな状況で冷静な回答など……できるわけがない。



「ととととりあえず! 私、全然まだ初心者レベルですが……お手柔らかに、平和に戦いましょうそうしましょう~! あ、あはは……よろしくお願いしますね」


「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いするわ」


 ニコっと。笑みを浮べるが……ふと。

 僅かに、俯いた顔で。その少女は。

 ただ……目の前の盤上を眺め。






























 

「――またつまんない奴と戦うのか……私は……」

 





 観客の歓声で消え去る言葉。でも、微かに聞こえたその言葉。

 普通なら傷つく所だ。

 けど……それ以前に思う事があった。

 一瞬。何処か一瞬……その口元が歪んだ様にも見えた気がした。

 その瞳もまるで、そうそれは。

 

 何処か  狭苦しい様な色を浮ばせて。

 



「『両者共々準備はよろしいでしょうか? 各思考時間は5分。ただし制限時間は無制限一本勝負でいかせてもらいます……それでは会場の皆様! 皆様の熱い熱気と共に掛け声をよろしく!』」

 
































「【 それでは王様、戦争ゲームを始めてください 】」


















 盛大な掛け声が会場全体に響き渡る。その中で一つ、また一つとポーンを淡々と置き進む。

 皇絶もラベンダー、そして相手側も素早くそれに対応し淡々と盤面を展開して行く。



「『さぁさぁさぁ始まりました午前の部初戦の一回戦目ッ! 容赦共々、真剣な眼差しで駒を着々と置き進めていますが……告流さん、一見どちらのチームが勝つのでしょうか?』」


「『……普通審判に聞く内容じゃないでしょ? それ』」


「『まぁ~まぁまぁ! あくまで予想なので、ここはぶっちゃけた感じで発言しちゃってください。本日残念ながら解説の探流が高熱で不在で実況一人で盛り上げるのは心細いので~、ここは残念な口悪妹の告流に是非会場のボルテージを上げる発言を所望したい!!』」


「『口悪妹って何よ!? 普段まるで悪口言ってる様なイメージ勝手に付けないでくれないっ!?』」





 ……まぁでも。


「『真面に置いた奴が勝つんじゃない? 勝負の世界って案外そういうものでしょ』」


「『ごもっともですッ! さぁ絶妙な返答を貰ったところで一体どちらの王様プレイヤーが勝つのか。もう目が離せませんッ!』」




 盛り上がる会場内。



 観客達の増していくボルテージの最中に。白子は……ふとっ。

 まさに今対局している相手。彼女の手捌きに注目した。

 チェス素人の私が目で見ても分かる。それは……綺麗だった。

 美しく整って指先で次々と駒がまるで花を置くかの様に。

 戦術もきっと美しい駒運びをしている事だろう。現に、その証拠に。


「ねぁ見て。あのツインテールの子、いい駒運びしてるわね」


「お人形さんみたいで可愛いけど、プレイスタイルは結構お上品な手を指してるわね。このままいけばあの子勝てるんじゃない?」


「今ここでナイトじゃなくてポーンb5を指すとは……綺麗な手を指す子だねあの子」


 それは観客達が見惚れる程だった。


 必死で思考を巡らせ答えとなる手を指しても、彼女は即答で答えの手を返す。


 ……『残酷な一手』と共に。




 して、駒が動き始め僅か10分経つ頃。



「ポーンをa4に置きます」


「……ビショップをf6に」



 考えた末の判断だろう。

 ヒメは。白駒のナイトに的を絞りビショップで標的を捕らえに構えて来た。





























 ならば。



「ナイトをe4に」


 盤面を見通してもまだ余裕はある。

 ならここは守りよりも、今は自軍駒を前に押し出して圧をかける。

 まだ序盤の最中。だが……ここで一気に攻めに転じる。

 そぅ、このまま攻め手に入り込めば勝機は私にある。

 まだ彼女が様子見のこの段階。今奇襲をかけるなら……ここしかないだろう。







 さぁ――一気にこのままルークをっ!!


 





























「何も見えてないのね、貴方」





 ……えっ?





「私はビショップをh3に」


 たった一瞬の間だった。

 まるでそれは矢で射抜かれた様に、躊躇なく華麗に起き放たれた黒駒。

 同時に。そこに置かれていた駒が……。






 h3――ルークが取られていた事を現す。






 今……白子はその現状を目の当たりし、愕然とし顔が上がらない。

 誰がどう見ようが、あそこで動かすのはナイトじゃない事も……冷静に今思えばそうじゃない事も白子だってわかる。

 思えば思う程……襲い掛かる重い後悔が。

 今、酷く。白子の体に伸し掛かった様に感じてしまう。


「何よその顔? 何か言いたげそうね貴方」


 冷たい雫。嫌な汗が頬を垂れ流れ……そのミスした盤面を直視する事が出来なかった。


「別に『待った』って言ってもいいわよ。『間違えました』『戻したい』『ごめんなさい』でも言えば気が少しでも楽になるんじゃない?」
































「――まぁ。それを『どうぞ』なんて吐気する言葉は言わないけどね」




「……ごめんなさい。大丈夫……です」


 その謝罪を入れ……た――瞬時。

 ――すぐさま、その駒は盤上を去った。

 その駒は。たった先誤って置いてしまったそのナイト……それは呆気なく。

 無様に――盤上を去っていた。



「『おおっとぉ!? 白子王様一体どうした事か~! 中盤に差し掛かった所でまさかのミスプレイッッ! これはヒメ王様、一世一代のチャンス到来を掴めるか~!?』」 



 白熱する会場内。だが、そんな声も聞いてる余裕など……今の白子にはない。


「じ、じゃあ! ビショップをf5に置いて」


「クイーンをb5に」


「ッ!?」


 情なく置かれたその矢先。

 額から流れ落ちる雫など気にしてなどいられない。その現実と、これから始まる絶望の流れを告げる宣告が。

 淡々と。その無気力な声で今――ヒメからわたされた。





「チェック」  っと。





「『おぉぉぉぉッとヒメ王様プレイヤーここで初のチェックを宣言!! 先制を奪い主導権を握る一手を今、この盤上に示す~~ッ! 次の一手は白子王様プレイヤー、キングを逃がすか自軍駒で防ぐか相手クイーンを奪い取る三択に狭まれてしまったぁ! この予想外のピンチ……どぅ乗り越えるかァ!?』」



 観客のどよめく最中で。白子はただ俯き……早まる心拍数を落ち着かせるに必死だった。

 乱れる心の奥底……ただ後悔が押し寄せる。

 






 とんでもないミスをした と。

 





 チェスの対局に置いて、最も盤上を征し有利に動かす手段がある。

 それが――『チェック』だ

 『チェック』を許すとは……もはやそれは【どうぞお好きに攻撃してください】と許し無防備状態そのものだ。

 ……して、その行為を白子は許してしまった。


 同時に今。白子のチェックメイトへのカウントダウンが――開始した事も現す。





























 ……どうすればいい……? 



 この危機的状況。これを出来なければ敗北は確定だ。

 何故だ?

 何故か今……吐き気がする程の言葉が頭を廻る。


 ――『またあの白子のせいで負けた』――。


 いや! そんな言葉なんて考えるなっ! 

 この状況の脱出……先ずはそれが優先のはずだ。

 

 だがどうすればいい。


 ――何を動かせば勝てる?

 ――何を触れば正解なんだ?

 ――何を読んで何をすれば

 ――何を……――何をすればいいんだ?――

 ――何をしたら何を動かせば何をして何をすればッ! ……何がいいの?――

 

 ――何をどうすれば――





 ――何を……何をどうすればッ――!

 



















































「負けてあげるわ」




 ………………っ?

 彼女は今。何を言った?

 怯え汗ばむ顔を上げ、白子は再び彼女の瞳を見る。





 そこに。変わらず熱意などない。

 




 冷めた眼差しを向けて、ただ前を見つめ。


「聞こえないの? こんな退屈な『戦争ゲーム』をするなら――負けてあげるって言ってるの」

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