14話 天と底
『弱肉強食』と言うこのワード。
いつぞやの誰が言ってた様な言ってなかった様な気もするが今それは置いとくとして。
……確かに、人間社会も弱肉強食の世界だと改めて思う。
弱い者は泣き。強者に踏まれ、歯を食いしばり我慢。
一方で。
強い者は笑い。弱者を踏みつけ見下し嘲笑い余韻に浸る。
別にサバンナで負けた者は食われる心配はない。だが、この世界・ザ・日本も『食う』か『食われる』側に分かれるのも事実。
実に残酷な世界――しかし。
そんな世界をも美しい――と、言う人類が多いのも事実なんだろう。
……さて。
何故に今、こんな私が弱肉強食理論を語り始めているか疑問に思う事だろう。
だって……
「敗者が自己勝手に下向くな絶対。チェックメイトだ。よくこの光景を見に覚えとけよ絶対なぁ!」
「ぐぅっ……ぐ、ぐぞぉぉ……ッッ!」
……目先の地獄から逃避したかったから……。
見渡す限り50人弱だろう。その殆どの学生は泣き倒れ。蹲る。して、すすり泣く声。
何人者の敗者達の鳴き声が……体育館に響き渡り心底胃が痛い。
体育館隅に目をやれば。体育座りでぶつぶつ何か呪文を唱える人。
その隣を見れば……やはり彼女もただ手で顔を隠し、ひたすら泣いてて可哀そうだった。
あと今、ラベンダーの丁度15勝ぐらいが決まった辺りだろうか……あれで15戦15勝と有り得ない数字を叩き出し平然といる事も信じられないが。
……流石お嬢様。肝も兼ね揃えてらっしゃる様で。
「た……対局……ありがとうございま」「あー結構ざますよその敗北者のセリフ」
ラベンダーは紅茶をすすり、全く敗北した彼女に目もくれない。それどころか……。
「敗北した雑魚の『感謝』『お礼』『挨拶』程信じられないものはないので無理しておっしゃられなくて結構ざますてよ? ほらっ、さっさ敗北者は席を退きなさい―― さ っ さ と ざます」
「グっ……ンっグ……ッ!」
これチェスだよね?
紳士的なスポーツは何処へやら、先ほどの彼女なんてクチャクチャな顔して去っていたけど。
少なくとも……このお三方にマナーは無用の様です。
「お前何平然と私と一緒にボーっと眺めてんだー? おーい白子ー? お前さんも対局するんだぞー?」
アーアー。聞っかないふり聞かないふり!
座り込んでもぅ知らないフリをするで精一杯。こんな場違いな空間で戦うなんて死んでもごめんだ。
おおよそ見積もってあと一時間弱で練習試合も予定通り終わるのはわかっている事。
なら簡単だ……一時間ずっと聞かないフリして過ごせばいい。
そうすれば無理して戦う事も全くなく平和に終われる……なんだ簡単な話じゃないか!
決まったなら早い、そう決意し白子は俯き目の前の生き地獄から目をそらした。
そう……たかが一時間だ。
どんな応答でも……私は決して返事なんて返さない!
「……………………あと5秒無視したらお前の腹タイキックすっから覚ご」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ! こんな私が無視なんて調子乗った事すいませんごめんなさいごめんなさいだからタイキックで腹だけはご勘弁をッッ!!」
2秒も持ちませんでした……。
床だから~など関係ない。
すぐ様土下座を決めて、白旗を掲げ降参モードの白子を見詰め……束花はため息を吐く。
「あのなー白子? 人殺してこいなんて内容じゃないんだぞー。気楽な気持ちで椅子座って目の前の相手と対局してくるだけでいい、そんで終わったら笑って挨拶して終わりだ……な? 簡単だろ?だから――
お前も一発泣かせて来い」
これチェスですよねェッッ!? 。
ただのボードゲームなのにそこまで殺意高めで挑む必要があるんですか……?
「うっ! ……お腹が……痛い」
「今度は仮病かー?」
「違いますよ本当に胃がっ……うっ、ごめんなさいごめんなさいもぅ限ッ界ッ!」
飛び出すのは一瞬だった。
わき目もふらず教室を脱出しそのまま腹を抑え小走りで旅へ出たのだ。
――トイレ――と、言う名の楽園を求め。
「あーこれはお仕置き確定したなー。後で激辛ヤキソバでも強引に食わせるか……あっ、そうだ」
思い出したように、束花は。
「おーい。そこの部長いつまで泣いてんだー? ちょっと質問があるんだが」
「ぐっ……ぐすっ……なんですか? 『敗北の味は美味いか?』って聞きたいんですか?」
「(どんだけトラウマになってんだよ……)……違う。今日招待された高校はこれで全部か? こっちも明日の予定があるんだ……一通り対局したなら早めに帰らせてもらうぞー」
「いや……あと一校だけ来てないですけど……
恐らく来ませんよ」
……?
「おい待て。どういう意味だ? そんな強豪校の奴らも呼んでたのか?」
「強豪も何も、本来サプライズゲストとして皆さんを驚かせ様とご招待したんですが……
まぁでも。ダメ元で送っただけですから彼ら達が来たなら凄い事ですよ」
「だって…………」と。
それを聞いた瞬間――束花は声を荒げ問いかけた。
『何故奴らを呼んだんっだ!?』と。
『呼ぶ必要なんてなかっただろう!? なんで呼んだ!?』と、そう言おうと彼の胸ぐらを掴んだ。
瞬間……だった……。
ペタンっ――ペタンっ――。
背から伝わる……そのプレッシャー。
その足音。
そのオーラ。
その……不穏な空気に、一斉に誰もが振り返った。
三人組の。学ランとセーラー服を着た男女が、ただ前を眺め。
なんの前触れもなく――ただ、一言だけ。
「
―――――。
緑に囲まれた渡り廊下を歩き。
辺りを興味深々と見渡し、白子はスッキリとした表情で歩いていた。
(いいな~この学校。人通りも少ない、自然に囲まれて孤立されたこのザ・田舎感! ……私もこんな学校に行きたかったよ)
……これが率直な感想だ。
生徒でも聞いてれば「皮肉か?」と言わんばかりの感想。しかし、正直それが白子の気持ちだ。
……まぁでも。
(貧乏人に『公立』なんて話、無縁なんですけどね……)
……やめよう。考えた所で待っているのは私が凹む未来だ。
帰る場所の地獄から逃避したいからって、下手に考えない方がいいと改めて思う。
きっと。あの顧問さんも勝手に向けた事に苛立ってると思うし。
さて……どうやって謝罪して入ればいい事やら……。
まだ。そんな些細な悩みを抱き、白子は古び腐った木材の道を渡り進み。
先ほど通った道とは違い。逆の道から来た途中。
今。体育館前に着く辺りで……。
ただ、そこを普通に横切ろうとしただけ。
ただ普通に、皆の所へ帰ろうとしただけなのに。
ただ、たまたまその道を通っただけのはず
ただ……偶然に、その道を来ただけ。
……だが。そこで白子は立ち止まる。
どくんッ……!
唐突に。白子の鼓動は……スピードを上げ。
その細い路地を恐る恐ると通り……体育館の裏へ向かっていた。
わけが分からず、『何故ここに来たか?』と問い質されれば……こぅ答えてしまうだろう。
――誰かが。私を見ていた――っと。
自然豊かな細道を抜け……まだ奥にあるその物の存在に気付く。
廃棄物らしい物が。古びたテーブルに段ボール、そしてイスなどゴチャゴチャした物が積み重なって……恐らくただのゴミ置き場だろう……だが。
どくんッ!
――――いる。
そこに――――誰かがいる。
体育裏。その細道を辿った奥先に。
ゴミ捨て場の本の一角。遠い僅か先に見えたのは……。
あの少年が居る。
自販機前で、あの疑問に思える捨て台詞を。
脳にこびり付かせ残した彼。
地面でしゃがみ込み、こちらに目もくれず。ただずっと俯き……何かを見ているのか?
そう探って。ただ見つめていた。
………………だが、その一瞬。
グルリ。
黒眼とした瞳が……こちらに目線が向けられていた。
茫然と見つめ。その気味悪さに後退ろうと。
今、ほんの少し足を動かした――――瞬間。
真正面に、彼は居た。
「っ!?」
息が止まったかと。そう予感させる程に圧迫感に襲われ。
大量の冷汗がただ流れる。
「――あはっ♪ また君に会えて嬉しいなーー♪」
白子の両手を嬉しそうに掴み、有無も言わせずに握手する少年。
近くで改めて見ると、その少年がニコニコと笑うその瞳。
そこに……『光』などない。
その光景が更に不気味さを増し……背筋が凍る感覚に襲われる。
「もーー♪ そんな怖がるなよ♪ 初めて会うんじゃないんだから、そんな化物見る目で見ないでよ……ねっ、白子お姉ちゃん♪」
「ごめんなさい。ちょっと疑問に思うんですけど……」
少々申し訳ない程度に。だが、先程から気になって仕方ないその疑問を。
恐る恐ると、問いかける事にする。
「えーっと。私達って……兄弟? じゃないですよね? いや別に『お姉ちゃん』って言葉が嫌ではなくてただ違和感があるというか何というかごめんなさいそのぉー……えーっと……」
「あはっ♪ おもしろいね白子お姉ちゃん♪ そんなどうでもいい事なんて一々気にするなって。そんな事より――さ」
「ねぇ? 僕と遊ぼうよーー♪」
……はぃ?
「僕が思うにね、パっと君を見てから普通の子とは違う魅力を感じたんだ。きっと君は僕を楽しませてくれる。きっとワクワクさせてくれる……あはっ♪ つまり白子お姉ちゃんは僕の理想の相手なんだよーー♪」
いやぁ~待って待って。待って下さい。
もしかして……これ、ナンパ?
きっと彼も。どっかの変態騎士の様な物好きなのだろうか? いや、きっとそうに違いない。
……ならば、と。白子の返答は決まっている。
「あのぉ~ごめんなさい。そろそろ~……体育館に戻ろうかな~っと思って」
「んーー? あんな捨て駒達の集まり場なんて行かなくていいよ。そんなところで遊ぶより僕とここで遊ぶ方がきっと楽しいよ」
バラバラっ……と。
乱雑に、その学生鞄を逆さまにした口から出てくる……ドス黒い黒駒。
そして……真っ白な白駒が目に飛びこんだ瞬間。
「この『盤上』で――さっ♪」
……まただ。
また。その不気味な笑みに……未知の恐怖を感じた。
ボロボロのイスで座り待つ彼。いつの間にか、二つのイスが用意されていた。
一つは私が座るであろう席。
一つは。その上に並べられた盤上を置くため。
白子による選択権は、ほぼ無に等しかった。
有無も言わず白子はそのボロイスに座り。
目の前に広がる駒。
そして……目の前の対局相手と目が合ったその瞬間。
「それじゃ――『
体育館裏のゴミ捨て場で。その小さな戦争が始まった瞬間だった。
☆ ☆ ☆
先手は白駒側から始まるのがルール。
つまりは白子からの一手から開戦される。
「……私はポーンをd4へ置きます」
「そこに置くなら……うんっ♪ じゃあ僕はナイトをココにっ」
序盤は落ち着いたスタートを切る両者。
ポーン。ビショップ。ナイト。ポーン……着々と駒を真ん中に集中させ、白子も少年も『攻めよう』と動きは見せない。
特に何も起きないまま中盤戦に差し掛かる当りに入る。そこで……。
「白子お姉ちゃんさーー、攻めて来ないの?」
と、少年は首を傾げそう零す。
まるで拍子抜けた様に。
肩の力を落したようにも伺えた。
「折角先手のチャンス与えてどんな攻めをするかワクワクしてたけど。ミス手も作ってあげたのに全然攻めてこないから、少ーし期待外れかな……まぁ♪ それも白子お姉ちゃんらしくていいけどねっーー♪」
嘲笑うかの様に。少年の小馬鹿する言葉を耳にした……直後。
「だったら――僕からステップを踏むよ♪」
瞬間、漆黒の黒駒が自軍陣地へ飛び入り。そのナイトは。
今……白駒のビショップを的に絞った。
「わっ……私はビショップを」
だが。すかさず『逃がす』選択を取る白子。
それは決して間違った判断ではない。この盤面においてビショップを失うのは、後半戦を考えれば最善の判断だ。
普通の手なそうする。いや、するしかないだろう。
……だが。
……しかし。
もし。一つ間違いがあるとすれば。
後半戦など甘い長期戦を――彼は微塵も思っていない。
「クイーンをb6に♪」
「っ!?」
気軽に、さり気なく置くその一手。
漆黒を纏うクイーン。その駒が颯爽と、その白駒陣地へ。
――喰い殺しに飛び込んで来る。
しかし。その手は別に何も怖さを感じない。
率直に考えれば。別にその駒を動かせばいいだけ……なら。
「それだと……ならナイトをb6へ。クイーンを奪います」
「おっ、ラッキー♪ 見落としたね白子お姉ちゃんーー♪」
……それは今、無情な一手が差し放たれる。
空中へと葬られたナイトは、力を無くし地面へと転がり落ちる。
「ポーンをc5へと動かせば……そうだね。まだチャンスの糸は繋いでたのに勿体ない駒の動かし方するんだねーー白子お姉ちゃん♪」
「……けど。まだ一手だけ、一手だけのミスだよ」
思わず。その黒子の発言に反抗する様に、白子は俯きながら返す。
「これぐらいのミスで……もぅ勝ち負けを決めるなんて……そんなのっ」「あはっ♪ 面白いね♪」
戸惑うその言葉を遮る様、ヘラヘラと嘲笑う声が聞こえる。
ニコニコと……不気味な笑みを浮べ。
「面白い。やっぱり面白いねーー白子お姉ちゃんと遊んでると♪」
ベラベラ独り言を述べ始めた時……ふとっ、その違和感を感じゴミ置き場を見る。
瞳に映り込むその異様な光景……いや、現象とも言えるだろうか?
「あーーそぅ。気づいてないんだね白子お姉ちゃんは。なんっにも――なーんっにも、ねーー?」
そのゴミ山が――黒く、塗潰されていた。
奇々怪々な光景だった。
まるで『絵具』で塗潰された様な。ドス黒いその色で殴り潰された様な。
あり得るはずないその『不思議な現象』を見て、再び白子は……少年に目線を移した時……。
――おぞましい程に、『黒い絵具』が覆っていた――。
――少年の――。
――ニコっと笑みを見せた、その後ろで――。
「 終わるよ? もぅこの
コトンっ!
容赦なく置き放たれ、その現実に脳が追いつけない。
それはまさしく……『チェック』。
言い渡されたその死の宣告を。今、目の当たりにし。
白子はいく通りの指し手を計算した後……衝撃が襲った。
なにせ。その後どんな動き、手を指したとしても。
その現状を、打破する手段がないのだから。
「きっ……キングをa3にッ!!」
けれど、それでも置かなければ進まない。
逃げる選択を取り続ける。いつかもし、打破できるチャンスが訪れる……そんな甘い期待を込め。
……しかし、現状は変わらなかった。
ふとっ、気付けばいつしかチャンスを狙う思考は遠の昔に捨て去り。
その『黒』から。逃げる事に必死で駒を動かしていた。
逃げなきゃ。
逃げなければいけない。
逃げるんだ必死で。
心の何処か奥底で、そう呼びかける生命本能が働き。考えられる思考を巡らせ『逃げる』選択を取り続けた。
何故なら――この戦争に敗北したなら――。
――本当にこの世から、消えてしまうと感じたから――。
して、それは現実になる。
数分前までの、自由に小鳥が飛んでいた青空。
いくつ物の廃棄物で山積みにされたゴミ山。
そして……葉も水も、自然豊かに見えていた景色は。
全て……たった一色の『黒色』で塗潰されていた。
理解が出来ない。この現状を言い表すにはそれしか言葉が出ない。
まるで。一枚の富士山の絵に、べったりと黒で。それも絵具の様な、二度と落ちないその液体の様に……まんべん無く塗潰されていた。
あまりの恐怖のせいか……自然と涙が溢れ出て。
手。足。体。全てが異常な程に震え……残る力を振り絞り。
……白子は、少年へと顔を向ける。
「あはっ♪ 面白いね。女の子がそんな顔しちゃダメだよーー♪ 見てるこっちが萎えちゃうじゃないかーー。ほらっ! 笑って笑って~! 最後に僕の拍手でお届けしてあげるよ~~!」
ぱちっぱちっ。
ぱちっぱちっぱちっぱちっ。
ぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっぱちっ。
そして。少年の、不気味な拍手が終わった。
「……それじゃあ、もぅお別れしよっか♪」
――――黒駒側、39手目――――。
その駒が。
その一手が。
その終わりを告げるクイーンが置かれた……その時に。
目に映る全てが塗潰され。ただ、先の見えない黒い景色に覆われて行く中で。
……ポツリ。ただ少年の一言だけが。
その言葉を最後に、白子は今……意識が途絶え。
【 死の世界 】へと――葬られた。
「バイバイ――白子お姉ちゃん♪」
【 敗 北 確 定 】
白子は――その未来を見た――。
「クイーンをb6に♪」
「っ!?」
気軽に、さり気なく置くその一手。
漆黒を纏うクイーン。その駒が颯爽と、その白駒陣地へ。
――喰い殺しに飛び込んで来た……その駒が瞳に映り込む。
白子は悟った。この
一歩もし間違いを起こせばまたあの現象に、辺りが『黒』へと塗潰されて逝く異様な世界へと向かってしまうだろう。
まるでそれは――死後の世界を思わせる場所へ――と。
初めて味わう『死』への恐怖心が襲いかかると同時だった。
考え無しに、ただ自然とその生存本能が働いてか?
今、その駒を手に取り……白子は宣言した。
生きる為に。助言通りにその駒を……。
「……ポーンを、c5に」
その駒を……守る前提の選択を選んだ。
そう――ポーンを動かした。
…………「えっ」。
指せば即に返って来た嵐の攻め。
それが何故か。
少年は……一向に指さず、ただ茫然と見ている。
白子が差し出したそのポーンを。目開いた状態で。
「…………………………なるほどねっ――あはっ、あはははっ」
突然。静かに笑い出す……そして。
「――――あっははははははははっ! あっははははははははははははははははっ!」
……今も。その大声で笑い続ける彼。
ケラケラと、まるで壊れた人形が大口広げ。
奥底から見られるその黒色の、まるで【黒】で殴り塗りつぶされた絵の具の色を思わせる。
――暗黒色――。
その黒き目線は……戸惑う白子に向けられ、その恐怖に震える足が止まらない。
「じゃあこれは? これは何処に動かすの白子お姉ちゃんっ!?」
g5。そこに置かれた駒は……黒駒のルーク。
その。駒が目に飛び込んできた……瞬間。
【 敗 北 確 定 】
白子の頬に。今……冷たい雫が垂れ流れる。
今見た未来を冷静に考えた。
『黒のルークを取った事で空きになった場所へ黒駒のクイーンでチェックメイトされてしまう』と言う未来。
こうも連続で敗北の未来を見る事に異状を感じる。
続けざまに。しかも二手連続で未来を見るなど普通はありえない。
……だが、それ以上にもう一つ。
何故か。少年はワクワクとした瞳でこちらを見ている。
例えれば。それは遊園の存在を初めて知った子供かの様に。
それはメリーゴーランドで回る馬を見るような。
もしくは上空を走る自転車トロッコを見上げるような。
はたまた観覧車の上から下を見下げる恐れ知らずのような。
そんな――無邪気な瞳で。
でも何処か、違和感を感じる。
影があるにも伺える『闇』のような。
つぶらなその水晶に……『黒で塗潰された』様な瞳で笑って。
少年は待ち遠しそうな瞳で見ている。
次。私が出そうとしている――その一手を。
「……わ、私は……ビショップをf4に」
「あはっ♪ やっぱりそうかそうだったんだーー♪ ははっ、笑いがこみ上げてくるよーー♪」
その黒く見つめる瞳から。白子は目を逸らしてしまう。
何を考えているかもわからない……その目線を向け楽しそうに。
この空間を凍り付かせる一言を今――残す。
「白子ちゃんも見えるんだねーー 『未来』が♪ 」
えっ。
思いも寄らない発言に、白子は瞳を丸くし茫然と少年を見つめた。
当の本人は。軽く鼻で笑って。
「だってそうじゃない? 君は本来、ナイトをb6に置いていた。その空いた穴から攻め込まれて敗北する……そう、僕の勝利は確定していたのにね」
「……なんで」
ガタっ! っと。
勢いよく席を立ち、呆然とその少年を見て……その疑問をぶつけた。
それはあの自販機から始まった、底知れぬ恐怖を感じた今ままでの疑問を。
「なんでそんな事がわかるの? 私がb6にナイトを置くって、どうしてそれが断言できるの?
どうしてッ! どんな理由で私がそこに駒を置くことがわかるの!?」
冷静にはいられない。
ここまで不気味に当てられ。まるで『敗北の未来』が見られているかの様に……細かく全て的中している事となれば慌てるのも当然。
慌てた白子の表情を見てか……少年は再び笑って。
「あはっ♪ 面白いねーー♪ 僕が出す答えなんて、もぅ決まってるよーー……」
「見えるんだよ。僕も――その未来がさ」
……突きつけられる現実。
言葉が失う程の。その答えに……脳が追いつけなかった。
この力は保育園の頃、まだ幼少期の白子が気づいた時には持っていた。
そして、小学生の頃になると明確にその力の存在を理解し始め、『敗北する未来』だけが必ず見える事にも、幼かった白子でもわかった。
『その力は特別な物』。
それを悟った時。親友の夕陽以外には秘密にしよう、どんな辛い事が襲い掛かっても隠し通そうと誓い、高校生になった今でもそれは守ってきた。
そして、現に今。
何年も守ってきたこの秘密を。必死で生きてきたその白子に対し……「面白いねっ♪」と言葉をこぼす。
「僕にはね? 『自分の勝利確定した5分後の未来が見える』力を持っている。簡単に言えば……君とは真逆の力を僕は持ってるんだよーー♪」
「何を言ってるの……真逆の力って、そんなの私……」
「『知らない』なんて大嘘はつかないでよーー? ここまでの言動、そして僕の『勝利確定の未来』を避ける方法なんて一つしか方法はない……まぁ♪ あくまで推測にしか過ぎないけどさ」
何を感じたか。ふとっ、白子は俯く視線を今……恐る恐ると少年へと向ける。
ニコニコと。
その不気味な笑みを……最高の笑顔を作って。
「『敗北の未来が見える』――そうだよね、白子お姉ちゃん♪」
その言い当てられた言葉に……白子は何も。
何も…………言い返せずに俯いてしまう。
「あはっ♪ 的中って感じかなーー♪ 自販機の時から思ったけど、つくづく嘘を着くのが下手だね白子お姉ちゃんって♪ まぁそういう所を含めて面白いんだけどねっ♪」
自らの頬に指を当て、黒子は「でも」っと。
「やっぱ世界の『駒』達を手にしするのってそう簡単じゃないか。この力さえあれば∞ドルなんて楽勝っ――♪ ……な~んて考えてたけど、君を見てちょっと考えを改めた方がよさそうだね」
「……何を言って……」
【 敗 北 確 定 】
突然。その未来を白子は見て押し黙ってしまう。
「悪いけどさーー。白子お姉ちゃんと遊ぶのすっごく楽しいよ? でも、もぅ未来も見るのもめんどくなってきたよ……だから」
気付けば、その駒を掴み上げ。
不気味な笑みを……ニコっと見せる。
「この未来通りに――『
コトンっ! っと。
その駒が……黒駒のルークが。
それが白駒のキングに『チェック』を宣言されたと同時だった。
青く広がり、その綺麗だった空模様達は今。
『黒色』の絵具の様に――殴り潰されていた。
考えたくもない。見たくもない。そんな予感が頭を占め始め……。
「きっ……キングをa3にっっ!」
「じゃあ僕はここに置くね♪」
「っ!?」
すぐ様に置かれるそのビショップ。
斜め線上で的を狙い定めたさの先、その駒がある。
……白駒……キングが……。
「キングをっ……キングを…………a2に」
気付けば。それは……その未来通りになってしまっていた。
ルークが一つ。キングが一つ。虚しく残された白駒はたったそれだけ。
正しくそれは……焼野原の光景が目に飛び込む。
(まただ……またっ……世界が黒く……広がって)
遠退く意識の最中で、段々と視界の全てが黒く潰されて行く。
そして、今。
少年が最後の駒を。黒駒のクイーンを手に取り。その駒を白駒のキングの真横に置こうとしていた。
「バイバイ――」っと、言葉を聞く瞬間。微かに意識が遠退いていく感じを悟り。
景色が……。
黒くなりかけ、た…………。
「――やめろ」
その声と同時。
バンッッッッ! っと。
蹴り飛ばす音と同時、駒達は乱雑にも地面へと散った。
……転がり散る駒を眺めていると……。
「束花……先生……?」
そこに、いつもの余裕顔がない。
切羽詰まった様にも感じる。それ程に……慌てた表情を浮ばせ。
「白子ッ! ……今誰と相手してるのかわかってて対局してるのか?」
未だに思考が追い付けない白子を悟ったのか……更に束花は声を荒げ。
「私の話聞いてなかったのか。今……お前が今ここで対局していた奴はなッ」「やめろよ先生」
その言葉を遮り。動揺を隠しきれない束花を黙らし。
ヘラヘラとした素振りで、少年は笑っていた。
「あんまり白子お姉ちゃん責めるなって。まだ自己紹介もしてないんだから仕方ない話だよ。……まぁ♪ 見ず知らずの人とホイホイ対戦した白子お姉ちゃんも、ちょっと悪いかもねーー」
ヘラヘラとした態度で、でも何処か凄まじいプレッシャーを放つ。
異様なその空間の中で、黒い瞳を浮べ少年はまた笑って。
「僕はねーー♪ ……いや。俺様はこの紅桜高校の一年生にし、この駒達の王様にしてチェス部の総部長に立つ者だ」
人格が変わったかの様に、その少年は真実を告げる。
そう。その【日本で最も∞ドルに近い男】はこう言った。
名前は――そう。
「―― 黒子だよ ――よろしくね白子お姉ちゃん♪」
ニコっ♪ と、その不気味な笑みを見て息が出来なかった。
背筋が凍るかのような、強者の余裕が伝わる
これはあくまで予想にしか過ぎない。
もしくは直感にしか過ぎないかもしれない。
……だが、その表情・余裕・オーラで察するに……これは本当の事だと思う。
あの対局で――黒子は一度も本気を出していない。
その現実を肌で受け止めると同時、底知れぬ恐怖が一気に体を纏った様だった。
愕然の差に、全く言葉も表せず。ただずっと……ずっと……顔を上げる事も出来ず。
「黒子さーん、勝手にホイホイ遊びに行かないでくださいよ。県知事の息子に労力させるなんてソレ、国内問題にしちゃいますよ?」
砂利を踏む音。その音先に、白子は目を向ける。
いつの間にか……そこに、3人の学生が並び立つ。
片手をポケットに突っ込む彼。長身で細高く、肌も『お化粧したか』と思わせる程綺麗だった。
学ランの胸ポケット。何故か、そこに小さなバラを飾らせ如何にも『キザな男』と思ってしまう程の外見だ。
先ほどの。活き活きと喋る声の主は、見た目から察するに彼だと断言できる。
一方で。
「お探ししました黒子様。ご命令通り雑魚駒共を殺し『あの中では』少々毛が生えた程度の駒共も皆殲滅してきました――そして、同時に我らの勝利が決まった事をご報告します」
深々と頭を下げ黒子に報告する彼。
首と両手。それはとても高級そうなネックレスを輝かせ
髪も金色と黒が入れ混じり、傍から見れば近寄り難い不良の様な男。
「あはっ♪ さすが僕の駒達だーー♪ 呆気なく処分してくれ様で安心したよーー」
「まさか――『チェック』なんて論外な指し手されてないよな?」
ぽとっ……と。手元から落とした缶ジュース。
拾う事もなく。それを……周囲に黒い液体が飛ぶほどに、力強く踏み潰し。
「俺様がさー? 命令したのは『完封で決めて来い』と言ったのは覚えてるな? 『チェック』なんて甘い手を許したつもりはない」
「で? されたの? されてねーの? どっちか答えろ駒共が」
「黒子さん、僕は『チェック』はされてない。まぁ僕って? 県知事の息子だからそんな疎かな手なんて指されないさ。だから、実質、この三人で『チェック』された奴なんっていな……」
「リコがされました」
表情は一切変えず、ただ淡々と……その名前を口にする。
「耳に入ってきた程度ですが。微かに……リコの対局相手から、そぅ宣言されたのは聞こえてきました。それに関しては間違いありません」
「ふーーん。そう。そうなんだ。流石俺の忠実な駒だけあるな、今後も期待しててやる」
「ありがたきお言葉、謹んでお受けします」
「それに比べて……お前なんだよ? 駒のくせにして俺様の命令一つも聞けないのか?」
「…………」
ロングヘアー。長さはひざ元まである綺麗な黒髪の少女。
高校生にしてはまだ幼い面影が残る顔立ちだが、普通の女子高生としては異状な程の透き通った女性にも感じる。
……ただ、表情は一切変えない。
無言のままに。ただ茫然と黒子を見つめているだけ。
その姿は……本当に駒の様な。感情が無いようにも捉えられた。
「――駒が突っ立つなよ。駒は駒らしく、俺の指示に従えクソ駒が」
「…………」
無言。ただ無言のままに。
黒子の鋭く。その威圧する姿勢にただ黙って聞いているだけだった。
……けど、そこまで言って。流石の白子も黙っていられなかった。
「『駒』って……その言い方はないと思う」
誰だって『物』扱いされ良い気がするはずがない。
チームで戦う仲間同士のはず。それなのにそんな呼ばれ方じゃまるで道具として見ている様なもの。
そう思うと、言えずにはいられなかった。
「その子達は黒子君の仲間だよね? そんな『駒』なんて言わないで、ちゃんと名前で……」
「ねぇ~白子ちゃん♪」
ぽすんっ、と。
肩に手を乗せる瞳に目を向けた――時。
「 壊すよ? 詰まんない事言ってるとさぁ 」
その今。
放たれる威圧感に……白子は言葉を失った。
その姿は先ほどとは違う。
たった一瞬だった。
表現の仕様がない――ドス黒いオーラが。
黒眼の瞳が。睨んでいた気がした。
……だが。
「あはっ♪ 面白いね♪」
くるっと回り。すると再び。
「思わず涙が出そうなぐらいさーー。君って……本当に面白いね白子お姉ちゃんーー♪」
即。あの不気味に笑う顔へと戻っていた。
心臓を抉られたかの様な錯覚。気づけば……白子はその場で力が抜け座り込んでいた。
「あはっ♪ 何で一々駒の名前を呼ばなきゃダメなのかな? 駒は等しく平等だ。つまりは同じ物だーー……そんな何処でもある様な駒共に名前で呼ぶなんてめんどくさいよ」
すると、先程散らかった駒達の方へ。
今ゆっくりと歩みより。そして。
黒子は躊躇なく――踏み潰す。
「この顔ならこの名前。この髪型でこの顔ならこの名前。この服でこの髪型でこの顔ならこの名前……そんな覚える暇があるなら棋譜でも戦術の一つ二つ覚える方がまだ有意義な記憶の使い方だーー……それにっ♪」
踏み潰された駒は無残に砕け散っていた。その光景を……眺める黒子は。
ニコっ♪ 不気味な笑みを浮べ。
「――やがてこの世界の『物』は僕の『駒』になる――そぅ思うと名前なんて覚える程馬鹿馬鹿しい行為なんてしたくないかなーー♪」
……何を言っている?
『この世界が黒子の駒になる』?
訳が分からない……白子はその続きを聞こうとした。
だが。
「黒子様。30分後に予選一回戦目が始まります。お話の途中で申し訳ありませんが……そろそろ」
「うーーんそうだねーー♪ 準備運動も出来たし白子お姉ちゃんにも会えたし――そろそろ向かおうか♪」
淡々と申し。深々と頭を下げる彼の真横を黒子が素通りする。
そんな彼に目もくれず詫びる様子もなく。
白子達の前から。今、去ろうとした……その時。
「あーーそうだ。まだ気付いてない様だから言うけど、こんな所でぼーっとしてていいのかな?」
…………?
「君のお仲間かな? 多分壊れちゃってるから、後片付けは任せるよ♪」
――ッ!!
態勢を崩しながらも駆け足で、真っ先にその場から去る。
白子はわき目も振らず。その場所を……体育館を目指す。
居ても立ってもいられない。あの人達はプライドだけは一流の我儘王子達と王女の集まりだ。
そんな人達がもし。
見ず知らずの、突然現れた人達に勝利を奪われたらどうなるかなんて……決まっている。
「皆ッっ!! 大丈……ぶ………………」
体育館に入り真っ先に映り込む光景に言葉が失ってゆく。
信じ難いものだった。
――椅子の上で力尽きた……彼ら三人の姿。
『異様』。
正に例えるなら、そう表現しか表せず。
ポツンと……気迫のない声で皇絶がこぼす。
それに対し。白子は何も、何かを返す事も出来ず。
ただその空しく広がる中心の中で。茫然と立ち尽くすしかなく。
「…………ありえるかよ……絶対に…………」
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