12話 日常と地獄絵図


 

 あぁ神様。どうか……どうかこのお願いを叶えてください。

 

 頭上を見上げた先。そこは晴天の青空が広がり雨一つ降る予感も感じないザ・真っ青な空。

 人工芝で作られた高級グランドの上で。その少女はただ、見上げたまま立ち尽くしていた。

 他の女子生徒達が一つのボールを追いかける最中茫然と、ただそこで白旗を両手で抱え。




 ――こう、願っていた。

 




























 今 す ぐ 大 雨 降 れ ……っと。

  





 朝のHRが終わってから12時を目前とした時間帯まで続き、他の生徒達も疲労が出始める時間帯。

 『奇皇帝高校のレクリエーションは命懸け』とは聞いていたが、「そんな大げさな」っと数日前の私はそう思って呑気に過ごしていた。

 ……戻れるなら数日前の自分を殴り倒したいぐらいだ。

 何なら。自ら殴って怪我させて一日入院させた方が案外平和だったかもしれない。

 少なくとも……こんな罰ゲーム紛いを行わなくて済んだはず。思わずため息が出てしまったが……このまま何事も起こらなければ何でもいいが――、

 

「葉田さん捕って! 今そっちにボール行ったよ!」

 

 ポスンっ。

 

 気のせいか……今何か足に当たった感触が。

 恐る恐ると足元に視線を移すと……「ひっ!」と声が出る程。

 

 なんという事でしょう――サッカーボールがそこにあるじゃないですかー。

 

 ……遂に神様にも嫌われてしまったらしい。

 

 いや落ち着け……落ちつこう私。

 最善の『平和的解決』を○×方式で答えを絞ってみたが。

 簡単な話、さっさとこの白黒球体を蹴ればいい。

 前に蹴り出そうとボールを蹴ろうと足を振り切ろうと――




「おっっっっそォいぞ鈍間ァッッ!」




 した、瞬間だった。


 何処からそんな声が聞こえたか分からない。

 気づいたら見える景色は反転し、青空が地面にありビルが逆さま。

 どうやら……白子は宙を回っていたことを今知った。

 その証拠に。



「いっっ痛ぃぃ!?」



 頭上から落下した衝撃、流石に頭を抱え大惨事。

 悲痛な声を上げグランドでもがき苦しむ白子。その姿を……仁王立ちで見下ろす一人の少女。



「遅い遅い遅い遅すぎるぞ鈍間ァ! 『弱肉強食』のこの人間社会でスピード対応が出来ない者は社会の闇に飲まれ命を無くしていく。そォう! スピードがある者こそ人間社会で生き残り、栄光を掴めるのだ。わかったかこの鈍間ァ!」

「あ、あはは……いい社会勉強になったよ」



 まさか人間社会をこんなレクリエーションで、しかもサッカーで教えられるとは想像もつかなかったけど。

 このやたらと早口な彼女……私、葉田白子が入学当初から三番目に関わりたくなかった子だ。

 ――高野鳥鷹子こうのとりたかこ

 突如女子サッカー界に姿を現し、その少女の活躍が今話題を呼んでいる。

 その素早い計算・トリック・足の速さが『神の足』と評価され、今全世界が彼女に注目する若き新星だ。



 ……そんな子が。何故サッカーのレクリエーションやるのもどうなの? 



 と、心で密かに思ったが言わないでおこう。(※自分の命を考え)


「おっと時間も残せばあと5分。流石に0点でドローなど詰らない結果はさせない。鈍間ァはそこで見てろ――5対0と言う絶望を与え我ら一年五組が優勝するのだからな! ハッハッハハッハッハっ!」

 っと、そんな高らかな笑い声を上げ気づけば遥か遠くまで走り去って行った。

 ……まぁ、個人的には取られて安心したけどね。

 あんな白黒玉を持って狂騒した女子達に追われるなんて……考えただけで恐怖を感じる。

 ならいっそのこと。ここで棒立ちしていた方が平和なんじゃないか?

 そう……クラスとしても私にとっても平和的で安全な解決方法だろう。

 答えは出た。なら後はこのフィールドの隅でボーっと立ってよう。そう! それがきっと平和的安全な解決方法のはずだ。

 そぅそれが一番! やる気がない私なんてコートの隅に居た方が一番平和で安全……




 

「葉田さん、やる気ないならコートから出てくれない?」





 どうやら私の心の声が読まれてたかも知れない。





 気づくのが遅かったのか、傍に二人組の女子生徒がいる。


 ……見るからに不機嫌そうな空気だと言う事はわかる。



「アンタさ? 今決勝だってわかってる? 優勝すれば『一年間学食無料権利が貰える』ってのに。そのやる気無さは何?」

「ハッキリ言えばチームとして、マジ邪魔なんだわお前が。あ、『存在』含めてって意味だから勘違いするな」

「ちょ! お前本音言い過ぎぃー! マジナイス~な発言♪」



 ……今なんとか苦笑いで押し通しているけど正直やっとだった。

 これでも精一杯の笑みを作るが……長くは持たないだろう。

 白子は知っている。

 常日頃。白子が一人になった瞬間を狙い彼女達はいつも陰ながら嫌がらせの数々を仕掛けてくるクラスメイト達だ。

 午前中の休み時間。私が一人トイレから帰って席に戻れば毎回お弁当箱をチェックする。

 それが空箱だったら――それはアウト。(ああ……やられた)と。 

 教室の隅。そこに諦めた気持ちでゴミ箱を覗き込めば……そこは地獄。

 明らかに私が入れたウインナーやポテトの残骸があったりと、週に2回以上はこの光景を目の当たりする。

 最初は笑って自分を誤魔化していた……けど。

 



 流石にメンタル的にも疲れてきたのが本音だ。 


 そんな確信犯の……私の二番目に苦手な人達に、今こうして絡まれるのも胃がヒィヒィと悲鳴を上げているわけで。




「ぼさっとしないでくれますかねぇ? 突っ立てねぇーで今仮病でも何でもいいからコートから出る手段でも考えろ。なんならさぁ……」

 バシィ! と。

 両拳を叩きつけ。あたかも……それは脅迫とも捉えられるご様子で。

 

「腹パン一発で本当に退場してもらうかねぇ~~?」

 

 ああ……あの目は本気だ……。

 彼女は冗談を言うタイプでもない事は分かっている。

 きっと本気で……私の腹を打ち抜いてくるだろう。

(さ……流石に腹パンは……)

 スッ、と。気づけば土下座体制だった白子。

 そのまま……そう、いつもの流れで。

 今、頭を下げようとした――瞬間だった。

 





「ンっああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ああっ足がっ! 私の足がああああああぁぁぁぁぁぁ……ッッ!」

 




 その叫び声がグランド全体に響き渡り言葉を失った。

 声の元を辿ったその先……鷹子が倒れている。

 右足を抱きしめ、痛みに苦しむ鷹子の目には涙が……。


「『神の足』も案外脆いわね。もぅただの『足』になったけど」


 そんな悪党の捨て台詞を言い残し彼女はボールを踏んでいた。







 誰がどう見ても『悪魔』と思えてしまう彼女






 赤橋夕陽あかばしゆうひが、怒りに満ちた目で鷹子を見下ろす姿がそこに……。



 ピッピー!!




「ここ、コラッ! 我が校の特待生にして未来あるサッカー選手を、鷹子の足をどうしてくれるんだ夕陽ッッ! 謝って解決すると思うなよ……どう責任を取るつもりだ? あぁ!?」

 

 審判でサッカー部の顧問でもある教師。

 夕陽の胸ぐらを掴み上げ、更に声を荒げ。



「お前などレッドカードすら生ぬるい……退学だ退学! お前の様な暴君など退学だって言ってるんだよ」






「はっーーーーーーーーーーーお前持ってたんだレッドカード」

 遠すぎてぼやけて見ずらい。だが、ガシっと夕陽は審判の手を掴んでいる様子が見える。

 恐らく……いや、十中八九脅しに掛かっているのがわかる。

「私の白子があんな宙を回って吹っ飛ばされてさ、そいつにはレッドカードを出さないって可笑しい話ね? 見てませんとか知らなかったとか通用すると思うなよお前がばっちりボールを見てたのは私も見てたからな?」

「っ……あーいやっ……アレはあれだ。えーっ」

「『あー』でも『アレ』とか『あれだ』じゃねーよ。逃げの言葉探す余裕があるなら白子に対して謝罪の百や千ぐらい考えなさいよ」

 ビシィ! っと。

 指差した場所に……夕陽は言う。

「おい教師。あそこ見ろ」

「何だ? ……って、ただの木じゃないか。あんなの何があるって――」

 ドッゴォォォォォォンッッ!!

 ミシっ……ミシミシミシッ! 

 騒音と共に、根本から真っ二つに木は地面へと倒れ込み。

 そして……ドスンッッッッ!

 その恐ろしい光景に……誰も口が出せず。ただただ呆然と折れた木を眺めて。

 ……。

 …………。

 ……………………。

「おい」

「あっ! えっ、は、はいぃぃッ!!」

 恐る恐る。教師が顔を向けた先……その時の夕陽の目は。

 ――鋭い目つきが、そこにあった。

 まさにそれは殺意に満ち溢れた瞳。人一人ぐらい殺したかの様に感じ取れても仕方ない。

 それぐらいの恐怖感を覚えた審判に向けて……夕陽は。


 ポツリ、そう言った。

 

「お前の人生――たったサッカーボール一発で終わりたくないよな?」




 …………。

 ……………………。

 …………………………………………。

 




























「お前レッドカードなっ!? な!? あんっな女を吹っ飛ばしたお前が悪いからな。少し保健室で頭冷やして出直せ! いいな!? な!? っな!?」

 担架で運ばれる彼女の気も知らず。

 痛みにもがき苦しむ鷹子へレッドカードを押し付けたまま、そのまま先生達は校舎の中へ入って姿を消した……。

 

 審判不在。最強サッカー少女不在。

 鷹子の存在は別に気にしなくていい。そもそもいる時点でゲームバランスが狂ってるので、これで両チーム五分五分の状態になった事は良しだ。

 ……審判不在は大丈夫なのか?


 つまり。



 仲介の立場がない=無法地帯になりえる状況なのは確か。

 と。そんな不安をよそに……。



「ナイスだ夕陽! そのまま私にボール渡せほら早くっ」

「ぼけっとするな! そのまま私達に渡せ。ほらっだから早く――」

 ドンッ! ドカンッッ!

 …………。

 芝仮の上。そこに……横たわる二人の女子生徒。

 息を引き取る様に倒れ込むその姿。ピクリとも動かない。

 それもそうだ。

 容赦なく、二人の顔面にボールをぶつけたのだから。

 それは明らかパスなどと言う領域じゃない……殺意に満ち溢れたシュートだ。

 

「白子に腹パン? そんな事してみなさいよお前達の胃袋打ち抜いて食道ひねり出してそこから『※自主規制※』して『※超自主規制※』してやっからその体で覚えてなさいよこのクソミジンコ共が」

 

 華やかな女子高生が言ってはいけないワード連発し、そして……。

 彼女は動く。

 そう……軽いドリブルを始める。

 だが、ただのドリブルなんてものじゃない……。ゆっくり歩き進み、そのボールを蹴って一歩ずつ進む。普通で可笑しくもない行為のはずだ……なのに。

 

 まさに……それは地獄タイムだった。

 

 敵も襲いかかりしない。だが味方も「ヘイパスっ!」なんて軽い発言さへも許さない。

 まさに……恐怖的空間が、このグランド全体を支配していた。

 転がる音が更に怖さを増し、

 中には足が崩れ座り込む女子生徒が多発する程。

「まぁ……大体この辺ね」

 そう言い突然立ち止まり、夕陽はそこで進むのを止めた。

 

 ゆ~らりと。私の後ろを……振り向く。


 その表情は――――超ウキウキだった。

 

「さぁ来なさい白子! 重要ポジションの最後は主役が決める……そぅ! 私達のエース・ザ・白子が決めるのよ! その『神と呼ばれた右足』でこの生ゴミ共を驚かしてやりなさい!」






























 敗 北 確 定









 あぁ……始まった。

 『敗北の未来』を見た私だからわかる。

 私の憂鬱な気持ちも知らず、彼女は元気いっぱい両手を振って誘ってくる。

 まさにそれは……天真爛漫なご様子で。

「夕陽ちゃん。私……足は左利きなんだけど」

「どっちでもいいわよっ。白子の体は全部『神』で出来た体なんだから問題なんてあるようでないものよ」





 ……どぉいう事????





 親友の意味不明発言に顔を傾けてしまった。

 ……が、当の本人は気にする様子もなく。

「兎に角ほらっ! 早くそこでボーっとしてないでこっちに来て、この人間共に見せつけるのよ……白子が放つ必殺シュート――ファイヤートルネードをッ!」

 いつ何処でそんな超次元サッカー技を私が覚えたの?

 あと……『人間共』って……私も一応人間なんですけど。

 その口ぶりだと私達『魔王』側の人間扱いだよ? ……魔王は夕陽ちゃんだけで充分だよ。

 





 ……しかし。そんな脳内ツッコミをしていても時間の無駄。なら……諦めるしかない。

 若干重い足を上げながら、芝生を踏み進み始め……夕陽が立つキーパー前に向かっていく。

 




「ゆっ~くりで大丈夫よ。そんな小走りで来なくたって誰も邪魔させないし命欲しい奴らの弱者達しかいないから安心しなさいよっ♪―――― そ う だ よ な ゴ ミ 屑 共 ?」

 




 嫌だこの暴君ちょー怖い。

 もはやこの空間は恐怖的政治……いや、恐怖的人間社会でしかないだろう。

 ほらっ、あそこのチームメイトなんて泣き叫んで四つん這いで逃げ出してるって……恐らくあまりの恐怖感に幼稚化してしまったんだろう。

 

 して、そんなこんなでツッコミ入れてる合間に……既に夕陽の横隣まで来てしまったわけだが。 

 

「あのぉ……ごめんね夕陽ちゃん? すっっっっごぉーーーーい大事な質問だけどね……『私』が蹴るんで間違ってないよね?」

「変な質問するわね。それじゃあ白子が蹴らないって意味に聞こえちゃうじゃない」

「あ、あははそうだよね! そうだよね変だよねそんな事ないよね普通よぉーし蹴るよ蹴っちゃうよー一年一組葉田白子蹴りまーーーーーーーーす!」

 もぅ一気にこの流れで蹴った方が早い気がした。


 だから今。


 振りかぶった。


 左足を。


 それを勢いよく振り上げ。






「え……えぃぃや!!」































 ――――ちょこんっ。と。

 あろうことか。ボールを空ぶった……………………が。

 遅れてわずか0.01秒後。









 ドッゴォォォォォォォンッ!!











 真後ろから響いた轟音。その後勢いよくボールはネットを貫き。

 呆気なく。ゴールが……決まっていた。


「すっごぉいじゃない白子っ! 流石私のパートナーいやっ、マイ・ベストパートナーよ」

「あは、あはは……そう、だね。ナイスシュートだったね……」

 主に後ろから殺意満々シュートしてくれた幼馴染が。

 朝の予選から全試合。何でだろう?

 全部蹴っても空振りで終わってるのに、ミットを貫く勢いで入ってるって不思議だよねー。

 そして。もっと理解に苦しむのは……。











 何で私が全試合約50点以上を毎回決めてる扱いになっている事だよ。










「『決まっったぁぁぁぁッッ~! キーパーも恐れ怯える渾身の一撃ッ! 再びネットを貫く神シュートを放ち決勝初点数を入れていくぅ~っ! 流石一年一組の怖れられた閻魔後衛、赤橋ゆぅ――』」


「 し ろ こ の シ ュ ー ト よ ね ? 」





























 …………。


「……ナナっナぁぁぁぁぁイスシュ~ト白子選手ッッ! チェスだけに飽き足らずサッカーでも最強の名を欲しがるのかぁ!? さぁこれから白子選手! レクリエーション歴代最多得点をどこまで塗り替えていくか注目ですッ!」


 ごめんなさい実況さん生死に関わる二択をさせてしまって。


 察しの良い方はわかる通り初戦からこの調子だ。

 残り5分を切ると、毎回呼び出されその度にシュートを決める繰り返しを何回やった事か。


 準決勝も50点


 その前の二回戦目も50点


 一回戦なんて初っ端から58点ゴールを決めた。


 それも全部…………世界一のスポーツ音痴の私が決めている…………ハハハ。

 そりゃあ苦笑いの一つしたくなるわ。


 して……呆気なく私達のクラスは優勝を果たしてしまうなんて誰が想像した事か……。
































 約100人の女子生徒達の前、そこに不服した表情で校長が溜息を吐き。

 ……怯える小鹿並に体を震わす、白子に賞状を読み上げる。

「あー……ごほんっ。表彰、一年一組。このレクリエーションにてチーム団結し、フェアプレー精神を貫き見事最優秀成績を残した事をここに表する。校長より」

 ……見事に何処も当てはまって無くて涙が溢れそう。


 もはやその場は事件現場だった。


 この中に優しい目線など皆無。『恨み』『妬み』『憎しみ』の三つの『み』が合わされ息苦しい視線を感じる。

 恨みの炎とも言える。それぐらい視線が一気に白子に集中……例えるならこの状況、火事とも例えられる。

 思わず目を閉じ密かに願った。

 あぁ、誰かいないか?

 今この火の海で。その中心だがまだ助けられる可能性はある。

 望みも0じゃない。1%でも可能性が残っているなら誰か手を差し伸べてください。






 誰でもいい。







 誰でもいいです。










 誰か……誰か助け――っ!































「おめでとう! おめでとう白子!  よくこんなゴミ屑共の前で負けずに戦ったわ。さぁ受け取りなさい! 糞ゴミクズ共の前で、『ゴミ共に屈しなかった』その証を白子! 私の前でしっかり見せるのよぉぉぉぉ~っ!!」





 火事に油ばら撒いてどうするんだこのベストパートナー。




 あの子は呑気に言ってるけど。皆の目、さっきより殺気が尋常じゃないからすっごく殺意感じるから。

 どうしよう。今日私殺されちゃうじゃないの? ……って、思ったが止めよう。

 さっさと校長先生から受けっとて退場しよう。それが今一番の解決方法だ。


 白子は今。小刻みに、異常な程揺らす両手を。

 今……伸ばし……。


「あ……」


 ジィとーー。


「あ、ありが……」


 ジィとーーーーーー。


 ……その女子達の見るからに『良く』思っていない負の視線が、とても体に突き刺さる。

 だが、それでも。

 やっと今その表彰状を手で……掴んだ!






























「あっ……あっ……ああありがとうござゲっんボボボボうぇっっ~~!」 

「しろこぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~っ!?」

 

 こうして、夕陽の声が空彼方まで響くと同時。

 初のレクリエーション――それは色々歴史に残る形で終わった。

 

 主に……黒歴史を残して。








 ☆ ☆ ☆









 生徒達が食っちゃ喋る教室。

 壁にかけられた時計に、流し目で向け。

 そして再び、今この状況に目を向け。

「……はぁー」

 机に突っ伏し、夕陽は本日2度目の溜息を洩らす。

 

 うっさい生徒の声がざわつく中、私達はゆったり昼休みモグモグタイムを満喫している……はず。

 何故『はず』と付けたのかだって?

 それはその……教室の一角で。

「ビショップをここに」

「じゃあポーンをここで」

「うーん、じゃあポーンはここにして」

「そうしたらルークはここ……かな……?」

「ならキングを~……」




 …………はぁー。





「あのさ。いい加減やめなさいよアンタ達」

「えっ。何を?」

「『何を』って……食事の真っ最中に目の前でチェスの対局見せられてる私の身になりなさいよ」

 三人で机を囲んだ席で、食事も忘れ二人仲良くチェスをしているなら注意の一つはしたくなる。

 ……しかも。保育園から今まで一緒に歩いてきた友人の前で。

 あんっっっっっっっっなぽっと出の奴と仲良くしてるなんて信じたくもない。

「ごめんね……持ってきた私が悪いよね。……だから白子ちゃんあまり怒らないで夕陽ちゃん」

「何平然と『ちゃん』付けで呼んでるのよアナタはっ」

 思わず席を立ち上がり。その女に睨みつけてやった。

 その顔を見て……ペッとわざとらしく唾を吐いてやった。(※勿論ベランダ側の外に向けて)

「黙って見てれば何? ワタシの白子とイっチャイチャイっチャイチャイチャイチャして手を触れあってカップル気取りですかバカップル気取りですかえー泥棒ネコさんよぉ~?」

「え……えぇーと……そもそもチェスで手が触れ合う事ってあまりない思う気が」

「黙れこの泥棒マンチカンが!」

 ドンっ! と、その机に脚を着き怯える灯に……チッ、と舌打ちし。

「聞けこの金撒き女。どんな手を使って白子をたぶらかしたか知らないけど、白子と傍に居ていいのはこのワタシ。このワタシなの。ワタシがベストフレンドでアンタはセカンドフレンドの立場なのわかってる!? この格差は一生埋まらないし一生埋まらせないわ」

 一度噴火した感情は止まらず。下から覗き込み、灯に憎しみ込めたガンをつけ。

「わかったなら……さっさとチェス盤片付けて出ていきなさいよ。今スグ」


「ユ・ウ・ヒ・ちゃ・ん?」


 ギンッぐっ……。

 私に似合わず、思わず擬音だらけの言葉を発してしまった。

 振り向けばそこに……頬をプーっと膨らませ『如何にも怒ってます』雰囲気を出す白子が……可愛らしい顔がそこにあった。

「まだ灯ちゃんだって学校慣れてないんだよ? それでも勇気出して私達の所に来てくれたのに、そんな態度はヒドイと思うよ」

 あと。

「まだ短い私の人生で二番目にできた大切な友達だよ。夕陽ちゃんは私の友達まで傷つけるひどい事なんてしないよね?」

「ぐぬっ……!」

 驚いたわ……まさか私の人生で『ぐぬっ』なんて言葉を使うなんて……。

 遡れば保育園。白子とはその時から常日頃から一歩も離れず共に歩いてきた親友だ。

 その永遠のパートナーから、まさかのお𠮟り。

 正直、過去一番で相当のショックを受けた気がする。

「あと。もし灯ちゃんに次ひどい事言ったら……」

「い、言ったら何よ?」

 ……プイっ、と。

 白子はそっぽ向いて予想を反する、悍ましい宣告を告げた

 

「――もぅ寝る時、『おやすみ』の電話してあげないからねっ!!」

 

 がぁーーーーーーーーん!!


 なんっ……だと……ッ?

 流石は私のベストパートナー、交換条件がえげつないものを差し出してきた辺り容赦ない覚悟を感じる。

 その毎日のお楽しみ時間がどれだけ幸福の祝時か……白子、アンタはわからないでしょう。


 ……なのに?

 そんな幸せハッピータイムを?

 たかがこの泥棒マンチのせいで奪われる? 失われるの? 無くなるって言うのか?

 ……ひと昔だったか。

 かつて、こんな歌詞にワンフレーズがブームにあったわね。


 僕は嫌だッ!!


 ガシっ。

 有無も言わせず。満面の笑顔を灯に向けた。

 ――強引に口角を上げてやった、その顔で。

「コ、コレカラ…ナカヨクシロナ……? 灯サン」

「ひぃ……っ!?」

 よぉーしとりあえず和解は成立した。

 若干怯えた様にも感じたが、そんなのはどうでもいい。今は無理矢理でもこのマンチ女には仲良くしてもらわないと困るんだ……主に白子との関係が!

「あー良かった~。夕陽ちゃんと灯ちゃんの気が合うか不安だったけど、あまり心配しなくてよかったねー。いやーよかったよかってェあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 立ち上がった白子の叫びが教室に響き渡り。

 ……辺りが。静まり返る……。

「……白子ちゃん? どうしたの急に立ち上がって……?」

「ごめんね灯ちゃん。ちょっと私。どうしても挑まなきゃいけない試練があるの」

「し、試練……?」

「ごめんね詳しい事は部活の時言うからっ……二人とも本当ごめんね」

 そぅ慌てて言い残し、白子は席を立ち。

「ってちょっと白子何処行くのよ!? せめて場所だけで……も……」

 いや。出て行くの早すぎだろ。

 気のせいか。ワタシに対しては目向きもせず立ち去った気が。

 ……。

 …………。

 ……………………。

「あ、あのぉ……夕陽ちゃん?」

「ちゃんで呼ぶな名前で呼ぶな。……で、何よ?」

「ちぇ、チェスとかやらないの? よかったら私と」

「一人で壁でもやってなさいよこのマンチカンが!」

 

 ☆ ☆ ☆


 奇皇帝高校の昼休みは大変だ。

 一年生だけでも約3500人近くの生徒が溢れかえる程。そんな中で生活する等もはや一つの都市で暮らしている錯覚に陥る事もある。

 昼休みとなると、もはやそこは渋谷に近い人混みの多さに吐きそうだ。……渋谷は行った事はないけど、テレビで見た限り然程違いはないだろう。


(えーっと確かここにあったはず。体育館の近くだからきっと…………あった!)


 階段を降りたすぐ傍、ガラーンとした人気が無い空間。

 そこに――自販機があった!

 ……いや、仕方ないじゃないですか。

 本来なら一時間ぐらい探し回っても見つかるか怪しかった。それが昼休み終わる10分前に見つけたんだから、今日は運がついてる!

 よしっ。

 昼休みも残り僅か……なら、さっさと例のブツを手に入れ密かに帰ろうじゃないか。(※オレンジジュースの話です)

 ではでは、

 さぁ――記念すべきそのワンコインを入れ……。

「……あれ?」

 

 それが……なかった。


 一応自販機を隅々まで確認した。でも、それはなかった。

 いやいや。それはないだろうっと思い必死に探した。

 ……だが。それでも本来あるはずの、アレが……ない。


 そう  小銭投入口がない。


 ……どっかから「お前の目は節穴か?」なんて哀れな目でツッコまれた気もするが、残念ながら本当なんだ。

 あっれーおっかしーなー小銭処か札入れる所もないなー、どうやってジュース出てくるのかなー。

 

 …………何この自販機ぶっ壊れてるじゃん。

 

 いやいやそんなはずないっ!

 必死で横、下、表。全神経を目に集中して確認する……が、お金の出入り口一つも確認できない。

 そんな事を繰り返してい……た、その時。

「おっほっほっほっほっ! 見なさーーい下僕達。今このご時世で現金を見るなんて――なんって滑稽に見える事でしょうか!」

 高らかに聞こえたその声。嫌々ながらも、白子は後ろを振り向く事にした。

 両腕を組み、並程度の胸を自信満々に突き出す彼女がいた。

 後ろに三人の取り巻きを抱え。加え、あたかも主張したいその七色のダイヤを見せつけるそ

 の手。

 一通り見て、相変わらずのボンボン様……緒蝶々富士魅が今日もふてぶしぃ態度でいる。

「おはよう富士魅ちゃん。今日もその、元気があっていいね」

「お世辞なんて結構ですてよ。貴方の様な下民から言われても微塵も嬉しくないので」

 ……はぁ。

 聞いてわかる通り。彼女は相当私を嫌っているらしい。

 富士魅は入学当初。私に目を付けた途端……結構な確率で嫌がらせ行為が始まった。

 

 ただ一回。花瓶が私の机に置かれた時だっただろうか。

 轟音のスマッシュが轟くと同時、花瓶を打ち砕いた後に1年1組はガチギレした夕陽によって監禁され。

 『花瓶置いた犯人が出るまで一人づつ顔面にスマッシュを打つ』

 ……と。教室乗っ取って1時間拷問した時は(……この人正気か?)って、思わず真顔になったぐらいだ。

 そして。


 一人。

 二人。

 三人……と。


 黒板前に立たされ。軽く夕陽の問いに答えたのちにバコーッン! と。

 毎回顔面スマッシュを受け気絶する生徒。その度に響き渡る女子の悲鳴。

 教室は真っ赤に腫れた人で埋め尽くされ……どこぞのホラー映画よりもホラー現場だった。

 そして、ついに生贄が13人目に差し掛かった辺り。

 小刻みに……震える手と、涙と鼻水をすすりながら富士魅が挙手した。

 結局、最後は富士魅に二回顔面にスマッシュボール受けて泡吹いて気絶し、『悪夢の花瓶事件』はそれで終息した。

 その事件以降。流石に富士魅からの嫌がらせは多少なくなった気もしなくはない。

 しかし。あくまで『夕陽が気づかない程度』の嫌がらせは未だに継続中なので。

 残念な事に。根本的な解決はまだ至ってはいない。

 だから……。


 ガコンっ。

「ふーーん? よくこんなミカンの残り汁を絞った味の何処が美味しいのか。貧民の味には理解苦しみますわ」

 ブラックカードを片手にジュースを軽く口に付け。

 ぽいっ、と。

「ちょっと! 富士魅ちゃんまだジュース残って……」

「はい? こんなお粗末なジュースなんってゴミ箱に飲ませた方が数倍ましですわ」

「「「さすが富士魅様~! 上品な舌が唸りを成してますわ~!」」」

 後ろでコーラスかの様に。

 取巻き3人が美声を合わせ、富士魅は白子に目線を向け言った。

 とっても憎たらしく、見下ろす形で。

 

「本っ当。ゴミのお味が好きな貴方にはピッタリですわね――葉田ゴミ子さん? おーーほっほっほっほっほっ!!」


 ビュンっ!! っと、僅かコンマ単位。


 それ程の。目に見えない弾丸が……今、自販機の中央を貫いた。

 ……ガコンっ。

 ……ガコンっガコンっ。

 ガコンッガコンッガコンッガコンッガコンッガコンガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!

「見ろぉ! オレンジジュースが滝の様に! 滝の様に湧き出始めたぞ!!」

「あれが何億年に一回だけしか見れない奇皇帝高校の名所……『オレンジ川』!! まさか在学中に見れるなんて……アンビリーバーだわ!」

「水泳部なら誰でも泳ぎたいオレンジ川がぁ……今……今目の前にあるぅぅぅぅぅぅっ~!」


 ……野次馬のノリ良すぎません? てか、湧き出てないし……。

 っと。そんな軽いツッコミを入れてる隙……そこに彼女は仁王立ちの構えでそこにいる。

 その堂々たる姿。片手には愛用のラケットを肩に担ぎ、先程自販機を貫き転がって来たであろうボールを踏み。

 ただ一言ズバっと! そのヒーローの様な捨て台詞を今――ッ。


「やったわ白子一か月はタダ飲み確定よ! ほらっこんな日に備えてビニール袋三袋は持ち歩いてたから早く詰め込めるだけ入れてほら早く!」


 台無しにしてどうする……。

 日頃の貧乏くせが滲み現れ。もはや隠す気もないご様子。

 相変わらず親友の行動に諦めの眼差しで見つめてしまった。

 

 だがしかし、その光景を若干一名の。

 白子達を快く思っていないその者が。今にも吠えそうな顔で睨み……。

「~~っ! このっ赤橋夕陽! よくまぁ清々しい顔で私の前に現れましたわね。奇皇帝のエースだからって少し天狗でもなったおつも――」

 ビュンッ!

 ……っと。コンマ0.1の速さ。

 その速度が今、富士魅の真横を通ったか。そんな曖昧な答えしか返答できない程の速さで青空の彼方へ消えて逝った。

「私の一球を真横で受けてちびんっなかった事だけは褒めてやるわ」

 ……だが。

「お前。一度私のボール顔面で喰らったの忘れた? なんなら今さっきのサーブ顔面に打ち込んでその憎たらしい顔をグッチャグチャにしてやっても構わないのよ? 命が欲しけりゃ白子に関わるな――この球拾い」

「た、たまっ……一年生は普通球拾いからやるんですのよ! 何処かの野蛮人種さんの様な体験入部でレギュラー選手ぶっ倒してエースを強奪した方のほうが異状なのですのよッ!」

 ごもっともな意見だ。

 「それにっ!」と、富士魅は食い気味に。

「言っときますが私、余り自慢と言う言葉がお好きじゃないの……けっどぉぉ! 言わせてもらえば!? これでも中学時代は不動のエース、貴方なんか到底及ばない唯一無二のエースでしたのよ!!」

「球拾いの?」

「なわけあるかぁっ!!!! テニスのっ。テニス部のエース!」

 傍から見れば一目瞭然。

 もぅ完全におちょくられバカにされてる始末だった。

 それはもぅ……哀れな程に。

「どんな恐喝したか存じませんが。この緒蝶々富士魅にはそんな見栄っ張りの恐怖に負けませんわ。実力だったら……私が断然上なのは明確なのですからっ!」

「あーそう。じゃあそこま言うんだったら決着着けようじゃないの。アンタとワタシが……」

 

「どっちが『エース』で『球拾い』かを、さ」

 

 一瞬。静まり返る異様の空間。

 だが、それを待ってましたとそう言わんばかりに。

「ほっほっほっ……上ぉ等ぉですわこの野蛮人種さん。いい加減その王様気取りの態度に呆れを切らしていましたの――コートでお待ちしてなさい」 

「あぁ私も待っててやるよ――泣きっ面でボロボロ姿で逃げ去ってくテメェの滑稽な姿をな?」

 

 二人の殺伐する顔を。キョロっ、キョロっ、

 と見比べ……「はぁ~」っと、憂鬱な溜息交じりの諦めを漏らし白子は思った。


 どうしましょう。死人が出てしまうかも知れない。

 

 ――――――――。

 

「おっほっほっほっほ! さて、改めて確認させて頂くわ。『私が勝てばテニス部での貴方とのポジション変更。つまりは私がテニス部エースになり赤橋さんが球拾いと草むしり担当になると』

 ……本当にいいのですね赤橋夕陽?」

「面倒くさい奴だなお前。良いって言ってるからココに立ってるんでしょ」

 午後の授業も終わり放課後のテニスコート。

 今。そこは正に……『譲れない女の争い』の場がそこにある。

 そんな情報が学園中に瞬く間に広がってか。

 今……フェンス周辺は野次馬共でほぼ埋め尽くされ熱気に包まれていた。

 だが、周りなど眼中なし。

 本人達は今、目の前の相手に闘志を剝き出し今にでも戦争が始まる雰囲気。

 ラケットを回した後。互いのポジションに着き。そして。


 いよいよ今、その決戦が始まろうとしていた。


「おっほっほっほっ。貴方の全力を倒してこそこの私が一番輝く瞬間……さぁサーブ権利は譲ってあげましたわ。最初から手加減なしで全力でかかってきなさい赤橋夕陽っ!!」

「一々フルネームで言わなきゃ気が済まないのアンタ? 言われなくたって最初から全力で叩き潰してやるから待ってろ」

 

 いつもの余裕な表情を見せ。

 ラケットを握りボールも地面にバウンドさせ。

 今、ボールを天に投げ――――

 

「っと。そ の ま え に 」


 どっっっっスンッ!!

 

 ……。

 ……爆風と爆音のハーモニーを全身で浴びた。

 恐る恐る。と、その広がり映る光景。

 その異様の光景を一言で表すなら、ただ一言。

 

 コートに……穴が空いていた。

 

 地面にスマッシュした勢いで露になったその光景。

 不自然な事に、夕陽側の一面だけが穴ぼこだらけになってる事。

 人の足がすっぽり入る程度の穴が、人口芝コート内一面を穴と言う穴が埋め尽くし状態。

 こんな量の穴ぼこ……一体誰が空け、


「「「わ……私達の…………単位を犠牲にした時間が……こんなあっさりと」」」


 ……今思えば、この三人午後の授業いなかったな。


「――さて」

 そう言って顔を上げ、夕陽のその表情に富士魅、観戦している生徒も後退った。

 背筋を凍らせる程の笑みを浮かばせ。その表情はまさに――『閻魔後衛』の彼女がいた。

 もはや夕陽に対し『悪魔』などと可愛いもの。

 『閻魔』……まさにその名が一番相応しい。

 

「さ。お嬢様? アンタのお望み通り手加減はしねーよ。だから安心しろ……」

 

 コート外の網から見る私でもわかる程に。

 


「心置きなく――天国ぐらいは行かせてやるから覚悟しろ」



 ……して、審判の合図と共にゲームは開始された。

 恐らく審判も、野次馬も、そして傍から見る私も聞き逃さなかった。

 涙も。鼻水垂らして。

 富士魅が微かな声で零した――その言葉を。




 あぁ。死んだわ私。


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