エンドステージ 鏡へ




 

 差し込む光に、照らされる一人の少女は鏡を見つめていた。





 

 髪は綺麗に切れ整えられ、前髪は少し目にかかる程度で……今は目元も見える。

 鏡には、華やかな制服姿が映り込む。

 高校二年生にして初めて着た制服の感触に未だに慣れない。

 ……それと。制服姿の自分の姿に、少し恥じらいが隠し切れていない。


「お似合いでございますよ、灯様」

「そうは思えないな……ほらっ、スカートもやたらとヒラヒラしてるし……なんだか、もう行く自信があまり」

「灯様はもっとご自信を持ってください。私の目からでも、とても輝いて見えます」

 ぽんっ、と。

 両肩を叩いて、その手から……暖かい温もりを感じて。

「灯様は世界一可愛いお嬢様です。どうか、ご安心を」

 鏡の中で……ネ子の微笑む顔が写って。

 優しい言葉で、ネ子はそう言ってくれる。


 ……「だから世界一は言い過ぎだって」と、私も鏡の中で笑っていた。


「もう行ってくるよ」

「かしこまりました。それでは、お車の準備が――」

 ううん、っと。

 灯は横に顔を振った。

「今日だけは歩いて行きたい気持ちなの……お願い」

「かしこまりました。運転の者に、そう伝えておきます」

「ごめんね。昨日の内に言えばよかったのに」

「何を仰いますか。灯様のお考えになり決めた事なら否定する理由などございません」

 何年ぶりか、ネ子とそんな何気ない会話を交わし。

 学生鞄を持ち、最後に身なりを整えた事を確認して。 

 最後、ドアノブに手をかけた――。










「――灯様」

「――なーにネ子ちゃん?」 






 振り向くと……言葉が上手く出なかった。

 いつも無表情で、時に笑ったりするネ子を見てきたつもりだった。

 それ以外の表情なんて、見たこともない。



 けどさ……今そこにいたのはね。



 ――――私に微笑んで、大粒の涙を頬に流すネ子の姿が。



 ――――とても眩しかった。




「行ってらっしゃいませ……灯様」

 

 




 

 ☆ ☆ ☆

 


   


 朝日を浴びながら、灯は見慣れない道を歩く。

  


 靡くロングヘアーがサラサラとしながら、この坂道を進んでいく。

 その彼女が通る度に、サラリーマンも男子高生も振り向き……誰もが頬を少し赤くしていた。

 学校が近くなっていく度、何故か不安が押し寄せてきて。

 歩く速さが……だんだんと弱まって来るのが感じる。

 



 やっぱり……やめようかな?

 私が行ったところで、一年間クラスに入った事もない人が来ても変な目で見らそうだ。

 そうしたらきっと……また、嫌な思いをするだろう。

 聞けば騎士とはクラスが別らしく、私が知っている人はいない。

 完全に知り合いにいない、初めて会う人達の中へ飛び込むのが……正直怖い。

 

 誰とも話せなかったらどうしよう。




 周りから変な目で見られたらどうしよう。



 またイジメられたらどうしよう。




 と、頭の中でそんな不安事がグルグルと回っていた。











 また、ともぼっちって言われるのかな?

 

 

 


 

 そう思った時、その進む足を……止まりかけ。

 


 立ち止まろうとしたその足が、今――。



「おーい! 灯! 早く来ないと遅刻するぞ!」


 その声で、私は歩くのを止め。目を丸くして前を見つめていた。

 

 だって……そこに彼がいたから。 


 ――騎士が手を振っていたから。


 数メートル先の校門前。

 そこで数人の生徒達が、大きく手を振る姿が遠くから見えた瞬間。

  


 走った。



 できるだけ早く走った。



 『早く行かなきゃ』と、私の想いがそうさせた。




 けど。



 

 次第に……その足が止まってしまった。



 

 頭には包帯。目には眼帯……腕も包帯を巻かれたその子は。

 車椅子から、やっとの思いで立ち上がって。

 そして……何度見たかわからない、その表情を。

 暖かい笑みが――そこにあった。


 

「おはよう――灯ちゃん」

 


「その怪我、大丈夫なの?」

「お医者さんからは、無理しなければ来週中には完治するって聞いてるよ……でも」

「おおマイプリンセスよっ無理はしないでおくれ! もし怪我が悪化してしまったら……僕は生きた心地がしないだろうっ!」

 そんなやり取りを交わす……白子が少し羨ましいな。




 マイプリンセス……か。




 いつか私も――ナイト様にそう呼ばれたら……。



 ふとっ、彼女達に目が合う。

 二人とも……どこか見覚えのある顔だが、名前までは知らない。


「話すのは初めてよね? 私は美香。中学の時一緒だったと思うけど」

「あぁ……覚えてるよ? いつもきし君の後ろに引っ付いて歩いて、きし君の取り巻きしてた二号ちゃんだね」

「二号ちゃんッ!? 私、裏でそんな事を言われ……って、取り巻きって何よ。そそそ、そんないつもキシとはベッタリ一緒にいた覚え何て……」

「ぷっ! 二号ってあんた……ミカっちにはちょういいニックネームじゃん!」

「あ。アナタも一緒だったんだね一号ちゃん」

うっちーが一号なの!? そんっっなに、きっしーの後ろベタベタ歩いてないし……っつーか、一号じゃなく七色って呼んでまじぃで!」

 

 案外、この二人とはすぐ打ち解けたようで安心した……。

 


「――さて、これで揃ったな。僕達のチームが」


 

 騎士は言っていた。


『最強の4人を揃えて大会に挑みたい』と、そう言って騎士は灯が来るまで大会は一度も出ずに待っていてくれた。


 そう。今ここに、騎士が一年待ち続けてくれた――最強の4人が揃った。


 このメンバーで挑むんだ……優勝賞金∞ドルを目指す戦いへ。


 

「ここに4人の騎士が揃ったんだ。チーム名は……『フォー・Knightナイト』と名乗ろうじゃないか」

「まじぃ? 捻りまったくないの? ださっ」

「国民的アイドルの私がいるんだから『ミカンちゃんS』って名前でも私はいいと思うけど」

「そこは…………正義の騎士戦隊 キシレンジャーにして皆でマスクをかぶるのは……?」

「お前達。せっかく揃ったのだから少し団結力を意識してくれ」




 キーンコーンカーンコーン♪ キーンコーンカーンコーン♪


「しまったッ! こんな所でチーム名決めている暇はないんだった……僕は先に行くぞ!」

「ちょっ、うっちー置いてくなってっつーの!」

「ふわぁ~~……昨日撮影終わったの深夜だし、もうこのまま部室直行で寝ようかな」

騎士と七色は慌てて走り出し、美香はのんびりと歩いて門をくぐって。


 そして。



「私達も行こうよ――白子ちゃん」

 

「――うんっ!」



車椅子を押して進んでいく……彼女と一緒に。






 ふとっ、何故かあの時の言葉を思い出す。







 鏡よ鏡さん――三つ教えてください。




 

 


 




 

                 『わたしは、ココから歩け出せますか?』












 門をくぐり、桜が散る中を駆け抜けて。







 灯は今、白子と一緒に進んでいく。






































                  『わたしは、前を向いて進めますか?』
































 その車椅子に乗る女子高生は、楽しそうに笑っている。



 



 私の中の、永遠のライバルだ。




 私の敗北はじめてを奪った最強のチェス少女だ。





 




 今度は負けないよ――と、静かに誓って。





















  

 


 








                   『わたしは――また笑えますか?』




































 急な上がり坂を少年少女たちは進む。






 桜並木が散る中を、ただ駆け抜けていく。





 灯は気づかない。









 四年も閉じ込めていたその素顔を、自然と出していることに。

 

 








 その笑顔はもう奪われる事はない。









 だって。

 
































 

 心から笑い合える――『本物ともだち』がいるから。

 













 おわり

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