第10話 軋めく心





 左を見ても右を見ても、どれもこれも高級品の絵画ばかり。

 メイドに案内される事約5分近くだろうか、螺旋階段を上がりレッドカーペットを歩いて高級品の数々が目に写る。




 

 そして、足音が止むと同時。

 一つの扉の前にメイドが立ち止まる。







「ここです。――ここが、灯様のお部屋になります」








 そこは……なんとも普通のドアだ。

 よく見るとドアに飾られた看板の様な物がぶら下がっており、そこにはこう書かれている。


ともびの部屋』


 どうやら、ここが本当に灯の部屋で間違いない。

 もっと仰々しい巨大で豪華な物と想像していたが、予想を裏切るほどの至って普通のドアだった様だ。

 豪華な所と言えば、控え目に備えられた金のドアノブがあるぐらい。

「では。私はここで失礼させて頂きます」

「えっ? 一緒に入らないんですか?」

「入室をお許しになったのは貴方様です。過去5年、私共メイドは入る事はお許しになっておらず、今後とも入る事はないでしょう」

 無表情のまま。そのメイドは冷たい言葉を言うが。

 ……でも何処か……面影を残して。








「では、ごゆっくりと」











 一度頭を下げ、スタスタとそのメイドは廊下の奥の方へと去っていってしまった。

 一人置き去りにされ少し戸惑っていたが……白子は意を決して。


 コンっコンっ。


「し、失礼します……っ!」



 ノックをして返答はないものの、思い切ってドアノブを握り。

 その扉を……開けたその先は。

 

 ――暗闇だ。


 見渡す限りは何処も暗く続く。

 部屋の真ん中辺りに来た所で、あまりの恐怖で立ち止まってしまった。

 (こ、こんな暗闇に……本当に灯先輩いるのかな……)

 不気味な空間で、足元すら見えない状況だ。

 正直、本当にいるのかすら怪しくなり。少し疑ってきた……その時。

 












「…………………貴方が、お客さん?」













 え?

 何処からか女性の声が聞こえる。

 今の若者ならスマホとやらの『ライト』機能で懐中電灯代わりにするだろうが、白子にはそんなスマホすら持ちあわせていない。

「あのっ、ごめんなさい暗くてどこにいるか……ひっ!」

 思わず心臓が止まるかと感じた。






 ……スマホの画面に照らされて、一人の少女の顔が照らされていた。






 しかし、あまり暗すぎてよく顔がわからない。

「あっああの、初めまして灯先輩……と言いたいんですが良かったら電気付けませんか? 暗くてあまり、灯先輩の顔が見えなくて」

「……………………………………………………つかない」

 ……はい?

「………………………………電気は、つかない………………………………2年前から」

 2年間!? こんな暗闇の中を2年も生活していたのか?

「それじゃあ、メイドさんに頼んで電気を治してもら――」

「いやだ」

 即答ですか……。

 メイドを入れないと言う事は本当の様だ。

「えっーと……じゃあ、少し待っててください」

「………………………………………………………………?」

 慌てて部屋を後にし、灯は首を傾げたまま眺める。

 ……それから数分経たず。





「私が治すよっ!」





 っと、意気込んで小型はしごを抱えて電球を持ってきた。

 暗闇に目が慣れてきたのか、薄く見えるため。

 はしごを上り、案外早くに電球は交換できた。

 一応、家の電球はいつも私が変えているから、こういう事は手慣れてたりする。

 ……今更だが、この部屋が普通の電球変える物で良かったと思う。

 これがシャンデリアとか見たことない照明だったら、触った事ない貧乏人の私じゃ出来なかった事だろう。

 最後までねじ込み終わると。階段を下り、試しに壁のスイッチを押して……。

 ピカンっ!

「よかったぁ~! 灯先輩、これで不便なく明るく過ごしやすくなったはずです……よ……」

 目線を下に向けた……その光景に、白子の言葉は止まった。

 部屋の隅。そこに目を疑いたくなる程に、体育座りでいる一人の少女の姿が伺える。

 長く伸び切った髪からは素顔は伺えない。

 でも、毛先はジグザグに切られ不自然な跡が気になる。

 よく見ると。制服姿でいるが……切られた跡や、絵具で塗られた所が変色していて。



 正直に言うなら……見るに堪えない醜い姿だった。













「…………………………帰ってどうぞ」




 ボソっと、その少女が口に出す


 

「変でしょ……こんな姿…………見るに堪えないでしょ……正直に言いなよ」

 顔を振り返らず、スマホ画面を数回タッチして。

「メイドなら直ぐに呼べる……帰りたいでしょ? …………………正直に言いなよ」

 その声に力は感じられない。

 投げやりに感じる言葉で、そんな吐きセリフが……何処か寂しいそうに感じとれる。

 


 

 ……ふとっ、白子はある物に気が付く。

 




 鏡の前、そこに乱雑で置かれた一足の上履きがある。

 絵具、それとマジックペンで落書きされ異様さを物語っていた。

 汚く濁った色混ざり、上履きの原型を留めていない。






 『消えろ』







 と、荒く書かれた文字が……くっきりと。

「…………それじゃあ、メイドに連絡するから待っ」


 ――っぽすん。


 その行動に驚いたのか、灯は固まっていた。

 灯の横に腰を下ろし、平然と白子が座って。

「自己紹介が遅れてすみません。私、奇皇帝高校の一年生……葉田白子です。同じチェス部員ですよ灯先輩」

「……そんな事を聞いてない…………………………どうして嫌がらないの? 無理に隣に座ったって気持ち悪いだけ…………どきなよ」

 ううん。

 『そんなことない』と、首を横に振って白子は否定した。

 確かに見た時、最初は驚いたが……『近寄りたくない』とは思わなかった。

 白子の中で嫌がる理由なんてない。そもそも『気にしていない』と言った方が正しいかも知れない。それよりも……

 

 

 この人となら、きっと仲良くなれると思う――と、そっちの方が真っ先に思った。


だから、私はなるべく穏やかに笑って答える。


「少しだけでいいです。迷惑かもしれませんが……もう少しだけ、ここに居てもいいですか?」



「…………かっ…………勝手にすれば」



 ポチポチと画面をタッチし黙り込み、灯が一瞬動揺した様に見えたのは……気のせいかもしれない。

 そう。この調子で接してれば、いつか心を開いてくれるかもしれない。

 そう期待に込めて、静かに見守って行こう。


 …………………。

 ……………………………………。




 ……って、黙ってどうする。




 何もせず沈黙したままじゃダメだ。これでは話も一向に進む気配もない……ここは一つ、何かしらの話題を……を?

「……」

 相変わらず灯の瞳は、片手に握るスマホ画面に夢中の模様。

 手元の方へ眼を向け、悪いと思いつつ……覗き見た。

 スマホ画面に映るは――『チェックメイト』と、勝利を示す表示が点滅を続けている。

「……何?」

「あっ、いや、ごごごめんなさいぃっ! その……いつも、そのゲームをしてるんですか?」

「…………貴方に関係ないでしょ……別にさ、無理に話題作らなくていいから黙ってて」


 うわードライー……。


 私現役女子高生だからね? まだ悟りを開くには早いわけですよ。

 まだ何も開いてない状態でそんな辛い言葉受けちゃうとね……涙の一つ出したくもなる。

 

 その後も、なるべく話題を作り出さうとしたが……長くは続かない。

 「別に」「知らない」「そうだね」とこの三語だけで会話は終了してしまうし、挙句の果てはついに無言……この時点で(今日は撤退しようかな……)と、決定した。

 まだ最初のコンタクトなんだ。これから徐々に、慌てずゆっくり話して行けばい……それが正しいと思う。

 

「じゃあ灯先輩、今日はここで失礼しますね。よかったら是非、も仲良くしてやってください」

「…………待って。何堂々と明日も来る気でいるの?」

「えっ? ダメなんですか?」

「…………………はぁ~」

 っと、明らか深い溜息を一回し。

 待つこと数秒……まるで観念したかの様に。

「……来るなら10時頃にして。朝早く来ても迷惑だから……私にも準備とか見た目を整える準備とかあるから」

 と、髪の毛ボサボサ状態+制服姿と混沌に包まれた人が見た目を整えると仰ってるが。

 ……正直、明日も何も見た目が変わってそうには…………。


「――何か言いたげな顔ね?」

「い、いいえっ! そうですよね、灯先輩の準備もありますし……」


 ふとっ、壁に飾られた時計を見ると。

 ……既に5時過ぎだった。

 人の家に遅くまで居ても失礼と思い。

「じゃあまた。明日はそのゲームタイトル教えてくださいね」



 最後に明るく白子はそう言い。



 その言葉に……灯もどこか躊躇った表情を浮べて。









「…………………………気が向いたらね」

 









 その言葉を最後に。

 初めて言葉を交わした、今日の灯との会話は終了した。

 








 ☆ ☆ ☆

 


「…………本当にまた来るとは思わなかった」

「はい? すみません何かいいましたか?」



 聞き返すも無言……灯はスマホ画面と睨めっこの最中だ。きっと気のせいだと思い、白子も画面を覗こうとする――が。

「………………他人のプレイ画面を覗くなんてスカートを中覗くと同じよ」

「うっ。ご、ごめんなさい……じゃあせめて、タイトルだけでも教えてくれませんか? 私、昨日から気になってて」

「…………そんなどうでもいい事聞いてどうするの?」

「知りたいんです。どんなゲームしてるのか、どんな内容のゲームをしてるのか……話は合わないかもしれないけど、それでも、少しでもそのゲームについて話せたら灯先輩も楽しいんじゃないかな~~……って、すみませんすみません! 迷惑な話ですよね? すみません私はここで白旗を揚げて黙ってここで――」

「…………いいわ。教えてあげる」



 って、あれ?



 気が変わったらしく、どうやら教えてくれるようで。

 そして――そのゲームタイトルはっ!




「……『レレレ』よ」




 ――うん?

 何故だろう。どこか聞き覚えのあるその単語……恐る恐る、白子は聞いてみる。




「えっーと。もしかしてそのゲームは『平凡なおじさんが「れれれのっれー!」って言いながら箒を叩いて、過去に家族を奪った銃を振り回す悪のお巡りさんに立ち向かう愛と感動の物語』って言うあのRPGゲームですか?」


「…………これ、そもそもRPGじゃないから。あと何そのゲーム? 物凄くやりたくないんだけど」



 えーそうかな……20年前ぐらいに発売した過去のゲームだけど面白そうなのに。

 そうなると『レレレ』とは、一体どんなゲームなんだ?

 と、疑問な顔をしていたのか、呆れたように灯が説明してくれた。


「レディ・レジェンド・レコードの略だから。見ればわかるでしょ……チェスをしてるの」

「あぁ! 灯先輩もやってるんですねそのゲーム。私のクラスでもやってる人沢山いて、皆さん暇さえあればそのゲームしてるんですよ」



 ……数秒待つが返答は来なかった。どうやら私の話には興味ないらしい。



 灯の目線し再びスマホに向け……画面には『チェックメイト』と表示される。

「また勝ったんですか……? そんな毎回勝ってるなんて灯先輩は強いんですね」

「まぁ…………これでも【十天王じゅうてんおう】の身だから、ある程度は戦えるよ。…………ちょっと何頭を抱えてるの?」

 ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!

 

 いや、もしかしたら聞き間違いかも知れない。そう、そんな軽々と世界ランク十位以内の人が身近に二人もいるわけが――。

「トップ10位でも面倒でさ、対局が終わればすぐ次の対戦しないとランキング落ちるから大変で」




 あーどうやら本物のようです二人目の【十天王】様がここにいました。




「そそそそうですか……いやー、世間は本当に狭いって改めて思いますハイ」

「……何をさっきから慌ててるか知らないけど、そんな十天王なんか凄くないから」

 ――と。10億人の頂上に立つお方がそのように言っております。

 まぁでも。

「十天王になるなんて灯先輩は凄いですよ。――好きなゲームをしてる時って楽しいですもんね」

 










「………………『楽しい』? これの何処が楽しいと思うの?」














 スマホを持つ手を震わせ。

 その声は少し怒り気味だった。

「勘違いしないで。このゲームを……そもそもチェスなんかを楽しいと思った事なんて一度も感じた事なんてない――好きでこんなゲームをしてるわけじゃない!」

「けど……何で好きじゃないゲームを毎日やって」



「……………………【十天王】になる事が目的だった」



 俯いたままに言ったその言葉。

 でも……その言葉から並ならぬ覚悟を感じて。


「…………【十天王】にならきゃ、意味がなかったんだ」

 

 理由を聞こうにも灯はまた、スマホ画面に集中し。

 ……さすがに、とても聞く状況ではなかった。


 会話はそれ以降交わす事が出来ず。

 気まずい空気のまま……今日の灯との会話は終了した。









 ☆ ☆ ☆

 









 灯の家に通う事――4日目。

 

 今日はあのカップ麺を灯にもこの味わってもらうため。昨日買い込んだ物を食べお昼タイムを満喫していた

「……この麺、独特の味ね…………」

「ブー麺ですよ。もぅこの味を知ったら最後……ッ! 毎日食べたいほどになっちゃいますよ」

「うん……………そうね……………これは……中々…………」

 夢中で麺を啜り、さらには汁まで飲み干して。

 気付けばあっという間に完食してしまい、満足状態だった。

「…………………………これ、もう一個ないの?」

 どうやら灯もこの味の中毒者になってしまったらしい。

「ごめんなさいっ! 今日は金銭的にも二個しか買えなくて……明日、母におこずかい貰えるか聞いてくるのでそうしたら」

「…………お金の心配はしなくていい…………これさえあれば何でも買えるから…………」

 そう言うと突然、灯は大型テレビの後ろをゴソゴソあさり始め。

 腕を震わせ、なにやら重そうな物を持ち上げて何を持ち出そうとしているのかと思えば。




 出てきたのは――巨大ゴールド。




 両手で持つほどの……巨大ゴールドを引っ張り出してきた。

 目が点になっている白子は気にせずに。

 息を切らし。それでも真顔で灯は口にする。



「……………………コレで段ボール一個分は買えるよ?」

「おばさん気絶しちゃうからダメッ!!」



 それにそこまでブー麺高くないから……それだと五年分のブー麺来ちゃって置き場所困っちゃうから。



 まだ壁が少しあるものの。

 こうして気楽にワイワイと白子と話せるようにまで仲になった。

 最初に比べれば大きな進歩で、この調子でいけば……学校に来れる日も近いと思う。

 私も少し、灯との会話も慣れて。

 だんだんと、彼女と会話する事が楽しくなってきて……。





 そして、気付けば時間はあっという間に経ち。

 




 灯に挨拶してから、そのまま屋敷を飛び出し急いで駅前に向かって白子は駆け足で走る。

 その時は急いでいたから分からないが。

 



 ――ちょっぴりと、嬉しさで笑みを浮べていたかもしれない。

 






























「これはこれは……良いものが見れたとは思いませんか? お前達」



 他の二人はニヤニヤと笑い、白子が帰る後ろ背中を見て。

 黒い影に、その女達が居た。

「ふふっ……さて、では今日は帰りましょうか。まずは今日の宿題をおわらせて」

 ……「遊びは明日からで」と、付け加えて。

 その女が見る先。

 豪邸の家の……灯の部屋を眺めて。






「では、また遊びましょう――ともぼっち」

 






 ☆ ☆ ☆

 







 灯の家に通って6日目のある日。

 





「……本当、変わり者ね貴方」

「えっ? そ、そうですか? 何か服装とか可笑しいですか?」

 自らの制服姿を引っ張り、白子は確認している。

「だって、こんな毎日私の所へ遊びに来るなんて変わり者しかいない……やっぱり変よ」

「変じゃないですよ。嫌々に来てるわけでもありませんし、むしろこうやって色々話が出来て楽しいですよ」

 ……「本当変わり者ね」と、言い残し。

 再びスマホ画面に目を移し、ゲームを再開する。





 それから数分後。

「…………………………白子はチェス部の部員…………なんだよね? 強いの?」

 珍しく、今日は灯から質問をされた。

 少し戸惑いながらも。

「そうですね一応は……でも部の中では一番弱いですし、先生にも部員達にも迷惑かけてる感じで……実力はまだまだですよ」

 それから……。




「私は、

「えっ…………………………初心者だったのね……そう……なんだ」

 


 それから何か思い悩む顔でスマホ画面を見つめている。

 首を傾げ、白子がパタパタと揺らし遊んで……沈黙が少し続いた時。



「…………………………今度、対局しない?」

 俯いたまま……少し恥ずかしそうに、体をもじもじさせて。

「…………………………たまにはリアルでも、対局したいなって思って……近いうちにやりたいなって思ってて……ダメかな? め、迷惑……かな?」

「迷惑じゃないですよ」




 実力の差は遥かに違い過ぎる。灯が戦っても、あまり面白い対局にはならないかもしれない。

 けど……今、灯は誘ってくれた。

 声を震わせ、勇気を出して言ってくれたんだ。

 灯なりに頑張って誘ってくれたんだ……断る理由なんてない。




「是非、対局お願いしますねっ!」

「…………………………うん」




 相変わらず、灯はそっぽを向いているが。

 どこか嬉しそうに……そう感じとれるようだった。

 

 時計を見れば既に5時過ぎ。

 母親に疑われない為にも、もぅ帰らなければいけない。

「ごめんなさい。そろそろ家の事もあるので、今日はこれで帰りますね」

「えっ。あー…………うん」

 

 

 白子が「それじゃあ」と、ドアノブに手をかけた――。



「……待ってよ!!」

 が、その言葉に手が止まる。

 振り返る先には……彼女が。

 灯が……白子の事を見つめていた。

 





























「………………………また明日……ね」





 微かに聞こえた声。

 何故だか、その言葉を聞けて……つい嬉しくなって。

「はいっ! また明日一杯お喋りしましょうね!」

 それだけを言い残して、白子は灯の部屋を後にし。

 ……少しだけ見れた、灯の笑った顔を見て、心を弾ませながら。

 



 ☆ ☆ ☆

 




 ふと気になった私は、壁に掛かる時計に目を向ける。

 時計の針は、もう既に16時を過ぎていた。

 閉まったカーテンから、薄っすらと黄金色の光が差し込みこの部屋を照らす。





(こんな時間まで来ないなんて……珍しい日もあるんだ)

 






 でも。またスマホ画面に戻って……ゲームを再開。

 冷静に、クイーンを動かし。

 すると画面が切り替わって……見飽きた文字が表示される。

 



 ――チェックメイト――you win。

 




 これで……今日も連続5勝。

 ノルマを達成して、今日の対局はこれで終了だ。 





 ……ランキングページを見た。

 




 トップ画面には……1位~10位のプレイヤー名が表示される。





 世界ランク2位――プレイヤー名 ダークホース。

 

(やっぱり強いな……きし君は)


 彼は今も。4年前からずっとそこで、この順位を守り続けている。

 下がる事もなく。

 上がる事もなく。

 憧れの――私が好きになった彼は、遥か上で戦っているんだ。

 もっと私も頑張るんだ。そして、その順位に近づいたら……その時に明かすんだ。





 ここまで頑張った証を――きし君とここまで近づけたよって。






 そうしたら、きし君は私の事を認めてくれるかな?

 私に、振り向いてくれるかな?







 ……その為にもまず、こんな所で負けちゃダメなんだ。

 

 世界ランク10位――プレイヤー名 ペガサス。


 今こうして……『ペガサス』と言う仮の名前でここまで来たんだ。

 誰が相手でも、必ず勝ち続けて行くんだ。

 いつかその近くまで行ける所まで……頑張るんだ。

 引きこもりの私にとって、今頑張れる場所はここでしかないんだから。









 コンっコンっ。

「灯様。白子様から、お封筒を預かっております」

 ……封筒?

 ネ子がそう言うが……何故、白子がわざわざ封筒を?

「…………………後で取るから、そこに置いて」

「かしこまりました。また白子様がお見えになりましたら、すぐにご報告いたします」

 ……少し合間が空いた頃。歩き出す足音が聞こえるも、やがて時計の針が進む音に消されていった。

「うん」や「わかった」の返事を返さないのはいつもの事。

 もはやネ子と私の間では暗黙のルールとなっていた。

 ドアを開けると……。

 地べたに置かれ、真っ白な封筒があった。





『ともびさんへ』





 と、ご丁寧に綺麗な字で書かれた封筒。

 持って見ても、重みもあまりない。

 でも、やけに厚みがある。



(プレゼント……かな? 直接渡せばいいのに)


 

 いつもの定位置……鏡の前に座った。

 袋も軽々と開いて、ごそごそとあさり……取り出す。


 写真だった。

 

 ただそこに白子が笑って写っているだけの写真だ。





























 ―――その隣に、騎士も笑った表情で。

 




 …………………………何で?






 何でアナタが彼といるの?





 無我夢中に封筒の中身を全て地面にぶちまけた。






 辺り一面に広がる……写真の山。







 一枚。二枚。三枚。四枚……。




 全ての写真には……白子と騎士だけが写る物しかない。




 手の震えが、心の揺れが収まらない。




 何故こんな写真を……誰が撮って……。




 ブルブル――ブルブルーー。


 写真の山の中……見覚えのある物が、振動していた。

 ――ピンク色の携帯電話。

 あれはかつて……彼女がいつも手に持っていた物。



 恐る恐る、それを手に取り。

 ――ボタンを押す。





「…………………も、もしもし?」

「――お久しぶりですね。灯さん」








「ッ!? あ……あっ……」

「ふふっ、忘れるわけがありませんよね? アナタの……いや。テメェにとって大切な友達だった一人だもんなぁ~~ッ!?」





 電話越しから笑い声をあげ、その聞き覚えのある声。

 忘れるわけない……その声は……アリナだ。



「どうよ私からのプレゼント? 最高にハッピーなプレゼントだろ? おらぁ笑えってトモボッチぃよぉぉぉぉ~~?」

「アリナちゃん……何これ……なんでこんな物を……」

「ハッ! 劣等生さんは相変わらずおバカなままなんだなぁ~?」

 はぁ~、電話越しでも聞こえる溜息が聞こえ。










「――お前、また騙されてるって知らないの?」










 っっっっ!?

「お前をなんとか学校に来させようとアイツは頑張ってんだよ。――そう、皆でお前を絶望させようとな」

「そんなっ……。き……きし君はそんなことしないっ! でたらめを言わないでよ!」

「あれぇれぇ~~~~? そうかなぁ~~~~!? アイツ、もう白子の事が好きだから何でも言う事聞くんじゃないんですか~~~~? お前の事なんて、もうどうでもいい女だと思ってるし」

「だからそんなうそをっ――」

「じゃあその写真は何だァよ? 決定的証拠だろォが!?」

「ち……違う……これはきっと……」

「おいおい……お前にあげる最後の善意を無駄にするんですか? アイツはお前の大好きな騎士を目の前でイチャついて……お前の絶望しきった顔を見たくてやってんだよ! ワクワクしながらやってる……じゃなきゃ毎日お前のきっっ汚い顔を見る為に来ないだろぉ~~?」








 違う……白子は……そんな事を。








 そんな事を考えるわけが……。









「現実を見ろよォ!」

「っ……!?」



「全部っ全部! あの白子って奴の作戦なんだよォ!! お前を騙す為に会って学校に無理矢理来させてお前を笑い者にさせようしている……アイツの娯楽にお前は付き合わされてんだよ」






 勢いある言葉……何一言も返せず。








 自然と……何故か涙が溢れ出し。










「お前なんてよォ――ただの遊び道具としか思ってないんだよィ!!」

 

 その一言を聞いた時……茫然と立ち尽くす。

 喋る気力も。

 言い返す気力もない。

「そうさ。お前はずっと変わらない」

 薄っすらと。

 アリナの最後に鼻で笑った声が聞こえて。








「いつまで経っても、お前はのままなんだよ」










 プツンっと。

 途切れる音と共に……灰色の様に、世界は染まった。

 またなのか?

 なんで私はまたひっかかるのか……。



 ガチャ。







 その音がする方へ……目線を送る。







「遅くなりました灯先輩! 今日はお土産に買ってきた物があるんですよ」

 何も変わらない。

 いつもの様に微笑みを向け、





 その笑顔が――憎い。






 何故『わらって』いられる? 




 私を騙すのがそんなに楽しいの?

 



 ビニール袋をぶら下げ、その中からお菓子を取り出す。

 ポテトチップスの袋。

 そこに見慣れたキャラクターが、バカにする様な目で私を見ている。

 やめて。

 ニコニコとわらって、アナタは何を考えてるの?

 ……やめろ。

 手に持つそれを見せるな……騎士君と仲良く選んだ物を!

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろ。













 その顔を――わらってコッチを――ッ!

 













「見るなぁぁぁぁあぁぁぁぁァァッッ!!」















 ☆ ☆ ☆










 な、何! 地震!?


 最初は小刻み程度の揺れで、そこまで慌てる様なほどじゃない。

 だが。突然グラッと大きく揺れだし、命の危機も感じるほどに、とても立っていられない揺れが白子達を襲う。

 パリーンっと。

 灯の前にある鏡は割れ、次にテレビ画面が割れ。窓ガラスからも割れる音が響き。

 部屋中にあるもの、割れる物も壊れる物が次々と壊れ行き何が起こっているか頭が追いつかない。

 しかし、そう長く続かなかった。

 数十秒近く続いた揺れは、何とか立てる程まで揺れが収まり。

 やがて何事もなかった様に揺れは消え去った。

『ただの地震』? 



 いや、それにしても不思議に思う事がいくつかある。



 僅か数十秒程度の揺れで何か所が壊れている。特に、あの揺れでテレビは倒れてもいない。

 それなに画面が壊れているのは不自然だ。これがまず一つ。



 そして二つ目が……スマホが粉々になっている。



 ただの揺れで、あそこまで粉粉なるのはありえない。




「な、何が起こって……――きゃ!」

 突然、体に強い衝撃が走る。

 目を開けると、一人の少女が座っている。

 白子の上に……馬乗りする形で灯が乗っていた。

 そこで白子は初めて目視する。

 髪で覆われ気づかなかったが、引きこもりとは思えないほど肌が整っており、それは綺麗に整った小顔だ。

 でも、瞳は大きく開きり。

 血走った瞳が……ただ白子を睨み続けている。

「お前もか……お前もあの人達と同じなんだ!! 私を苦しめる奴だったんだッ!」

「灯先輩! どうしたんですか……落ち着いてまずは話を」







 ……頬に手を当てる。ヒリヒリする痛みを確かめる様に。






 灯は息を荒げ……叩いた右手は、異状な程に震えている。

 




「正直に答えなよ……アナタは、なんで私を学校に連れて行きたいの?」

 




 最初はただ束花から「連れて来い」とお願いされ始まった事。

 『ただ学校に連れて行くだけ』と最初はそう思っていた。

 けど。騎士からあの話を聞き、壮絶な過去を知った時に……私の気持ちは変わったんだ。



 この人と……一緒の学校生活を送りたいって。



 だから。




「それはっ……灯先輩と一緒に、平和な学校生活を過ごしたいなって私は」

「うそだね!! そうやってまた私をダマそうとしたってバレバレ、騙すならもっと上手い事を言いなってっ!」

「そんな……でもっ」

「隠さなくていいよ……私で遊びたいんでしょ? 好きなだけボコボコにして泣いて苦しむ私を見たくて遊びたいって言いなって――言いなよッ!」




 再び……頬を叩かれ。




 白子は片方の頬を抑え……身体が縮こまる





「そんなに学校に連れて行きたいなら……いいよ。勝負してあげる」

 バンッ! っと。

 怯える白子の頭を挟む形で、勢いよく両手を床に叩きつける。

 その勝負内容を……言い渡す。














「チェスよ」













 

「明日、私とチェスで決めようよ? 貴方が勝てば好きな所へ連れていきなよ、何処にでも連れて行けばいいよ」


 だけど。


「私が勝ったなら…………もう二度とここに来ないで! 二度とその顔を見せないで……二度と私と関わろうとしないでッ!!」



 どうした……どうしたって言うんだ?

 昨日の見せた微笑んだ面影もない。

 そこに居るのは……怒りで我を忘れ、私を睨む彼女の姿。




「何があったんですか先輩……せめてっ、話だけでも!」 

「さっさと帰って」

 冷たく言うその言葉に、白子は言葉を失ってしまう。

「イジメを楽しんでる奴の顔なんて見たくもない! そんな奴は私の前から消えてよ……消えてッ!!」

 色を失ったかの様な空間。そこにすすり泣く声が……ただ空しく心に響く。

 見るからに。涙で、くしゃくしゃになった顔で、

「さっさと消えてよ――目の前から消えてよ白子ッ!!」

 彼女の、悲痛な声が……痛むほど心に響く。

 ……その時の白子は何も口に出すことは出来ず。












 空しくも。彼女の……泣き崩れた姿を見守る事しか出来なかった。

 











 ☆ ☆ ☆





 どうしたものか……。


 夕暮れの日は沈まぬまま、住宅街の道。

 いつも通るこの帰り道を、いつも通り一人で帰っていた。

 ただ『いつも』と今日は違うのは……そこを重い足取りで、白子は俯くまま歩いている事。


 ……恐らく灯を助けるには、このチャンスしかない。

 チェスで勝てば灯は有無もなく登校を決意してくれるなら話も早い、彼女にただ勝てばいいのだ。

 そう。プレイヤー数10億人の中の――世界ランク10位の猛者に勝てばいいだけの話……。



 断言する――無理だ。



 チェスを初めてまだ一か月も満たない初心者が戦えるかも怪しいのに、その相手に勝利するなど無謀にも程がある。

 そもそも、灯との実力の差が余りにも違いすぎる。

 

 かと言って、戦いを断れば灯と会うことはできなくなる。

 つまりそれは……二度と灯を助けられなくなる

 

 私は、どうすればいい?

 

 挑むのか――。

 それとも――。


「オォイ嬢ちゃんよォ……お兄さん達舐めてると怒ンぞぉゴラァ!?」

「ひぃぃぃぃごめんなさいごめんなさい!! 別に何気なく歩いていただけですが、お気に障ったならごめんなさい悪気もなく歩いててごめんなさい平然と地べたに足をつけて歩いてしまってごめんなさい、これからはローラースケート付けて歩くの……で……」

 と、綺麗な土下座&白旗を振るった先……チンピラが取り囲む形の異状な光景が目に飛び込む。

 その中に……ポツンっと、首を傾げ。

 一人の少女は――ボーっと眺めた後。

「もぅーお兄さん達? いくら私の『ないすばでぃ』が気になるからって気安く絡んじゃダメ~。お巡りさんに捕まっちゃうよ~?」


……少し、独特な雰囲気を感じる女の子だ。


「おいおい余り時間取らさないでくれるかな? 謝れないなら、少し腹に一発痛い思いさせちゃうよ~? いいのかな~?」

「おぉ活発的だね?」

「だろ? 俺達も無暗に力ない奴に暴力は振るいたくねぇんだ……じゃあ、言う事はわかってんだろ?」 

「だね~。じゃ『さようなら』」

「おいおいお嬢ちゃん~~? 少し自分の立場が分かってない様だなぁ?」

 帰ろうとした彼女にすぐさま回り込み、髪が濡れてた男は引きつった顔で、でもニコニコと笑顔を見せて。

「なぁお嬢ちゃん……謝る気があるのか『イエス』か『ノー』で答えろ。お前は今、俺にジュース缶ぶつけておいて残り汁で6千兆4億円の服濡らした事を、謝罪一つで許してやろうとしてんだぞ? それを、お前は謝る気があるんだよなァ!?」

 あー……うん。それはあの子が悪いのかな?

 仮にわざとじゃないとしても、

 彼女も俯いて……コクっと頷いた。

 どうやら謝る気になったか……と、思った矢先。

 バンザーイ! っと、両手を上げ。それは満面の笑みを見せ、こう答えた。


「ノー!」 っと。


「いい返事だぁお嬢ちゃん――ちょっと裏に来いゴラァッ!!」

 ちょちょちょ――待って。あの子手を掴まれてない?

 このままだと裏で何されるか……もしかすれば、命の危険だって……。

「ま……待ってくださいっ! その子の代わりに、私が代わりに謝りますからっ!」

「……あ? 誰だお前?」

 

 その質問などシカト、まったく彼らの顔と合わせず。

 いつもの態勢……土下座を決め、白旗を上げ謝罪体制は完成。



 ……ご。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」

「何……だよ。この女ずっと謝ってるぞ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっすみませんすみませんそしてごめんなさいっ!」

「オイオイ気持ち悪いぞコイツ……何回謝る気でいるんだ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっほんっっっっっっっっっっっとうにごめんなさいぃぃ!!」

「――あぁもぅいいッ! 帰るぞお前ら! こんな気色悪い奴ら相手してられるか」

「お、親分! 勝手にいかないでくれよ……」

 奇跡が起こり、不良達はそのまま立ち去り。

 無事に。大事身もなく平和的に解決し、けが人も出ずに済んだ。

 なので、別にもう謝る対象がいないのだが……。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! 本当にごめんなさいぃぃぃぃ!」

 我を忘れ、謝罪に命を懸けて呪文を唱える様に頭を下げている。

 ツンっツンっ。

「……おーい。もうあのボーイズ帰っちゃったよ?」

 ハッ! っと。

 慌てた素振りで辺りをキョロキョロと左右を確認。そこに、先ほどのチンピラはいない。

 …………「よ、よかった~」と、思わず口から出ていた

 無事。何とか殺人事件まで発展しなくて済んだ様で、一先ず心を撫で下ろせた。

「おー! よーくよく見れば可愛い子だね君~。こんな可愛い子に助けもらうなんてラッキー山脈だねぇ~ついてるよ~」

 ……当の絡まれた本人は、お気楽のご様子だが。

 ピンチ状態にも関わらず、顔色一つ変える事無くのほほんとしていた彼女が凄いと思う。

 ……ただ単に、状況を理解していなかっただけかもしれないが。

「あ、あの……さっき、腕を思いっ切り掴まれていましたけど……大丈夫ですか?」

「ん? あれぐらい慣れっこだよ」

「それ……一番慣れちゃいけないと思うのですが……」 

「のほほ~、面白い子だね君。……そぅぉだ!」

 ガシっ! っと。

 気づくと、手を掴まれキラキラした目で蛍は言う。

「今の時間帯ならね? なんといい所があるから一緒に来てよー」

「あ……いえ、誘いは嬉しいんですがちょっと今日は疲れたのでゆっくり帰りた――」

「そっか元気なら行くっきゃないよね! じゃあレッツゴー!」

 ……どうして私の日本語は誰にも通じないの??

 正しく断ったよね? 私、ちゃんと遠慮したよね?


 だが、そんな白子の断りも空しく。

 はしゃぐ彼女の手に引かれ、我が家とは逆方向の道に連れられて行くしかなかった。







 ☆  ☆ ☆

 






 名も知らずの彼女に連れていかれ、30分近く経った頃だろう。


 その『絶景ポジション』と言う場所に、着いて早々。






「き……綺麗……!」






 奇皇帝高校から近い距離の川沿いの場所。

 その川に写る程の、大きな夕暮れが私達の目の前に広がっていた。

「のほほ~。いいね! いいよ輝いてるぞ~君の目は」と、草むらの上でゴロゴロ寝転がる彼女は楽しそうだった。


「ごめんなさい……こんな綺麗な物を見せて頂いて……何をお礼したらいいか」

あかり

「はい…………え?」

「だから~。私、暗波 蛍って言うんだ。君みたいな可愛子ちゃんには、出来れば名前で呼んでもらいたいんだよ」

「私も……可愛子ちゃんじゃありません。葉田白子って名前です」

「いいね~可愛い名前だね白子ちゃん。のほほ~、まさか私に友達が二度も出来るなんてこれはまた奇跡だよ~のほほ~」

 ……さり気なく疑問に思う事を言った気がしたが、気のせいだろうか?

 けど、そんな不思議そうに見ていると……彼女と目が合い。

「お? 何々~、あなたも私の『ないすぅばでぃ』に興味がおありかな~? ふふ~ん同じ女として、お腹だけ触らせてあげてもいいよ~? 今なら特別タイムだよ~」

「い……いえ、遠慮だけしときます」

「いいの~? この『ないすばでぃ』触ればもう悩みなんて吹き飛ぶよ~『ないすばでぃ』なここを触って虜になろうよ~?」

 その言葉好きなのかな?

 きっと彼女の中では『ナイスバディ』が現在進行形の流行語なのだろう。そっとしとこう……。


「いやー久々だよ。こんなに話したのはトモちゃん以来だからね、可愛い女の子と」

 

 あれから20分近く話しただろうか?

 会話を交わす毎にちょくちょく出てくる『トモちゃん』と言う少女。

 小学5生頃に、ヒーローショーが始まる直前に。偶々隣に座った時、お互いマジカルレットの想いを熱く語り合い意気投合したらしい。

 それから一年間、近所のヒーローショーがある度に会うようになって。見終えた後もご飯や公園で遊ぶ程に仲良くなった……が。

 『おまじない戦隊 マジカルレンジャー』が放送終了し、必然的にヒーローショーからマジカルレッドがいなくなり。

 それ以降からはトモちゃんとは会う事がなかったと語る。


 ここまで聞けば何も変哲もない、私には関係ない話かもしれない。

 そう。蛍が何気なく言った言葉を聞かない限りは。



「でも可愛かったな~。トモちゃんも凄く可愛かったけどね? いつも付添ってたメイドさん! まさにザ・大人って感じのすんっごく美人だったんだよ~」

 

 その一言が……『もしかしたら』と、何回も頭に浮かんだ。

 

 そのトモちゃんがもしかしたら……彼女かもしれない、と。

 

 その思いが耐えられず……「あのっ!」と、蛍の話を遮ってしまっていた。。



「ごめんなさい……あの、そのトモちゃんって子の……本名ってわかりますか?」

 




「うーん? 確かトモビって名前だったよー?」




 ――――!




「名前なんて忘れるわけないよ。小学時代の頃一緒にイベントで遊んでた仲だからね~。でも、あの子は本当に可愛かったなぁ~。きっと今じゃ高校で誰もが憧れるマドンナさんになってるよ! 断言できちゃうよ~」


 のほほんと彼女は言うが……白子は笑えなかった。

 

 きっとこれは甘えかもしれない。

 結局、何も灯の力にならず見捨てる形になる……けど。

 平和に終るなら……灯を確実に助ける方法はこれしかないと思った。

 

 言うには迷ったものの……白子は、真剣な表情で。

 


「……少し、蛍さんに伝えたいことがあるんです」



 意を決して、白子は現在の全ての事情を話すことにした。

 期待したかも知れない。この人なら、灯の事を助けてくれるかもしれないと。

 そんな僅かな希望を期待して、知る限りの全ての事情を話した。 

 灯が学校に行っていない所から、過去にイジメられていた事も。

 そして……明日、その子を助け出す為の決闘をする話まで。

「――これが、今の灯先輩の現状です」

「ふーん……そっか」

 でも。蛍は、それ以上何も言わない。

 ただ夕陽を眺め、相変わらず寝転がったまま。

「あの……お願いがあるんです」

 思い切って、

 白子は……その頼みを言ってしまう。


「……灯先輩を助けてくれませんか?」

 …………。 

「正直、灯先輩の事はまだよく知らないです。蛍さんから聞くまで戦隊者が好きだって事も知らなかった……思えば、灯先輩の趣味も好きな事も気持ちもわからないままで……正直、助けられる自信がありません」

 ……けど。

「けど! 蛍さんなら、きっと助けて出せると思うんですよ。日が浅い私より比べて一緒にいた時間は蛍さんの方が多いはずです、誰よりも灯先輩の気持ちを知ってる蛍さんならきっと救えると思うから……だから」




「それは――君が助けるべきだと思うな」




 微笑みながら言った。

 蛍の目が……私を見て。

「私はただの『昔の友達』にしか過ぎない。私が直接会って話すことは出来るよ? 案外、決闘も取止めになって白子ちゃんの事なんてどうでもよくなるかもね」

 ……でも。

「『学校に行く』と言う、根本的な解決には決してならないよ? 私が『学校に行こうよ? 私が守るよ』って説得した所で、トモちゃんと学校が違う私が言っても無責任な話になる。だって『学校では守れない』からね」

 さらに蛍は言った。

「同じ学校に通う子で、同じ部活で話もできる、そして明日、決闘が出来る権利を持っているのは君だけなんだよ? トモちゃんを救える権利を、君だけが持っているんだ」

 立ち上がると同時。

 そっと、白子の手を……優しく握って、笑みを見せる。

「それが唯一助け出す権利を持つのが……白子ちゃんだけの特権だと思うな」

 ……夕暮れの日差しを背に、照らされる蛍の笑顔が。

 とても、眩しいと思った。

「未来の事なんて私にはわからないよ。けど」

 





「助け『られない』とか『れる』の問題じゃなくてさ、そんな先の事なんて考えても仕方ないし」

 








 それよりも。










「その子を『助けたい』か――そっちの方が早くて大事じゃない?」


 




 私は何を悩んでいたんだ。




 うん……そうだ。




 蛍の言う通り、そうなのかもしれない……いや、きっとそうに決まっている。


 なら、答えはもう決まっている。


 その答えを――明日に示そう、っと。

 白子のその決意した表情に……現れている。








「よしっ。可愛い女の子と沢山話せてハッピーな気分だし、明日の為にも帰宅しますか」

「ああ! ごめんなさいっ、時間も気にせずに話してしまって……明日、何かあるんですか?」

「うーん、知りたい? 明日は待ちに待ったね~……」











 ☆ ☆ ☆













 ピンポーン。

 

『……はい、ご用件は?』

「案内してください」


 時刻は9時を過ぎた頃だろう。

 間違いがなければ丁度に約束した時間通り。きっと彼女も、もぅ待っているに違いない。

 ……わかっているさ。

 今から戦う戦場は、酷な戦いになることなど。

 相手は10億人の中のチェス世界ランク10位――十天王の一人とされる強者。

 無謀にも。その相手にチェスを始めてわずか1カ月も満たないド素人の初心者が挑む、無茶苦茶な行為だって白子が一番理解している。

 勝つ見込みなど……0に等しいだろう。


 でも、だから何だ?


 相手が十天王で、世界ランク10位に怖れてどうする?

 そんな肩書に怖れて何もできないなら……絶対、灯の事を救うなんて出来ない。

 負ける事とわかっていて、何もせず灯を見捨てるのか?

 そのほうが……よっぽど敗北だ。







 こんな私に何が出来るんだろうと思う。

 けど……今の彼女を救えるのは私しかいない。

 彼女の壮絶な過去を知って、一緒に楽しく話して、決闘をする約束したのは私なのだから!


 ……なら、もう迷うことはない。


 さぁ、助け出しに行こうじゃないか。


 4年と長く続いた闇を、暗く閉ざした彼女の心を。


 黒いお城に引き籠る彼女の手を――掴みに!

  












「灯先輩と――チェスをさせてください」

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