第9話 無理難題

「ごごごごめんなさいっ!! 見てくださいこの白旗と土下座を!! 私が悪いのです全ての元凶です、ですから――」

「言わなくともお前が全て悪い事は知ってるわこの白旗がァ!」

「ひぃぃぃぃぃぃ!! ですからあのっ、その……本当にごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!」

 

 控え室のど真ん中。

 自主的に土下座&白旗を抱え、会心の謝罪を決めている最中だ。

 今の白子に出来る事と言えば……ただ謝る。

 もうしょうがない、どう考えても今回は全て私が悪い。

 許されるまで謝罪は続ける覚悟、いくらでも謝る。

 せめて部員達だけでも許してもらえるまで謝ろう。



 ……まず、この三方が許す事なんてあり得るのかは置いといて。



下婢かひ?  貴方の愚かな判断で私達が一回戦落ちと言う屈辱を味わう事になったのは、理解はしているざますよね?」

「はいぃ!! 大変申し訳ないことをしてしまったつもりでその……」

「ハッキリと仰りなさい下婢! 誰のせいで負けたのか誰のせいでこんな惨めな思いをしたか?  本当に理解してるのざますか」

「はいそれは大変承知で――」

「お黙りッッ!!」

「ひぃぃぃぃごめんなさい!?」

 どうやら私に回答権はなかったようです……。

 今回は「小さい」と言っておだてても、許してはくれないだろうと思う。


「おいアマ? 一応、俺はアンタ信じて送り出したんだ。……この責任、どう落とし前をつけてぇくれるんだい?」

「……すみません命だけは……命だけは勘弁してくださぁい! こんな若さで切腹はまだしたくないんです」

 穂希から本気で命奪われると焦り、思わず涙が出てしまった……。

 だってヤクザですよ? 極道ですよ? 命に関わる命令されそうじゃないですか普通……。

「ったく、めんどくさいなぁー。お前達いつまで白子怒ったって時間の無駄だろー」

「……この白旗を大将席に座らせた駄教師、お前にも責任があるんだ。それはわかってんだろうな絶対?」

 聞けばどうやら真剣に【大将が降参した時】の、ルールの事を忘れていたらしく。

 伝えていなかった束花にも責任があるらしい……が。

 そもそも降参した白子が結局全て悪い。なので、あまり白子本人も束花先生を攻めることなど出来ない……。



「そうだなー白子……んじゃあ一つ、私のお願いを叶えてくれるか?」



 束花先生の……お願い?

 いやいや、どんな地獄をお願いされるかわかったもんじゃない。

 下手したら想像つかない無理難題を押しつけられるかもしれない。本当なら断りたいところ。



 ……でも。



「はい……なんなりと」

 諦めるしかない。どんな願いだろうと、この場が平和に収まるなら仕方ないこと。

 諦めて、束花の言う事に従うほうが平和に終わるのはわかっていた。

 さぁ何を頼まれるか……「宇宙行ってこい」レベルなら素直に土下座で勘弁して欲しいと頼もう。

 そうして、そう思っていると――。




「――

 



 唐突に、束花はそう言って。

 そこには真剣な眼差しで……白子を見つめ。

 

「騎士達と同じ2年生の女子生徒だー。けど、そいつ入学してから学校に来ていない……言わば不登校ってヤツだなー」

「不登……校……」

 別に今の時代も珍しくない。

 何かしらの理由で登校を拒否で、家に閉じこもっている生徒も少なくない。

 この奇皇帝高校は特殊の制度があり、【学校に出席せずとも出される課題を家でやり、週一回に学校へ提出すれば単位がもらえる】と言うものがある。

 不登校の生徒達にとっては、これほど優しい制度はないと思う。

「悪いが彼女も色々事情がある子だ。本来、教師の私にとっちゃどーでもいい事だがなー。奴がいないと面倒なんだ・・・・・・特に、騎士がそれじゃあ出ないとかなんだでうるさいしよー」

 ……?

 その辺りの話はよくわからなかったが。

 けど。束花はさららに話を進ませ。

「早い話――その美底灯を2週間以内に学校へ登校させろ」

「に、二週間ですか・・・・・・あの、もう少し時間をもらっても」

「ダメだ。どんなに待とうが二週間しか待てない。理由説明しようにも面倒だし……まぁ、こっちも色々事情があるから気にするなー」

 そんなむちゃくちゃな。

「まぁ。これが聞けないんじゃあしょうがないーー悪いが貴重な一回戦台無しにしたし、チェス部を退部してチェス特待の話もなかったことに――」

「それだけは勘弁してくださぁい! 特待なくなったら今度こそ退学に……どうかそれだけは許してくださぃお願いしますお願いしますごめんなさいぃぃっ!!」




 白旗を掲げ土下座を続け謝罪を続けている。

 けど、白子は気づかない。

 束花の・・・・・・深刻な眼差しで見つめる彼女の姿を。

 



「――任したぞ白子。これが最後の希望だ」

 



 かすかな声で、そう言って。




 ☆ ☆ ☆

 



 月曜日。

 時刻は7時頃だろう……いつもなら夕陽と学校へ登校している時間帯の頃だ。

 (場所は……確かここ辺りのはずだけど……)

 だが今日は、学校とは反対方面の場所に来ていた。

 坂道を越え、住宅街の間を白子は歩いている。

 束花の話によれば、この道を進めば一目でわかる家があるらしいが……。



 そして、その家らしき前にたどり着いた。



「――玄関が、校門並にデカい」

 そびえ立つ巨大な門。軽く白子3人分でもあるんじゃないかと。

 家……? と、言うよりは外国並のお城とも言える巨大な屋敷だった。 

 戸惑っていても……もぅここまで来たなら仕方ない。

 

 意を決してインターホンへボタンを押す。


 ピンポーンっと、音が響くと……すぐ。

『――はい、ご用件は?』

 5秒も経たず、女性の声が返ってきた。

「あのっ私。奇皇帝高校の生徒で、1年1組の葉田白子です」

『はい、ご用件は?』

「えーっと……実は私、灯ちゃんと同じチェス部員でして」

『はい。で、ご用件は?』

「ですからその……灯先輩と、一緒に学校登校できないかな~っと思って……ですからあのそのぉ~」

『はい。わかりました』

「えっ!? じゃ、じゃあ一緒に――」

「申し訳ありませんが、お引取り願います」

 プツン! っと、音と共にインターホンからは声が消えた。

 まぁ普通そうですよね……。

 見ず知らずの学生から「一緒に登校しましょ♪」なんて不審者極まりない。

 ここは一旦、学校で作戦を立てることにして。

 また休み時間でも案を練り、また次の日に寄る事にして焦らずゆっくり距離を縮めて行けばいいじゃないか。 

 そうと決まれば早く学校へ行こう。

 まだ今から向かえば遅刻はせずに済むはず。

 今日はひとまず撤退を選び……明日から頑張ろう。 








 窓から覗き込む……一人の少女。

 白子の様子を伺っていた少女の存在に気付くことなく、慌てて白子は学校へ走り去っていく。









 ☆ ☆ ☆ 



 ……その異様な光景に、白子は顔が固まっていた。

 


 タクシード姿越しでもわかる筋肉をムキっと膨らみ。

 ピッチピチのタクシードを着こなし何食わぬ表情で堂々と校門前に待機している。

 生徒達が恐る恐ると横を通るも微動だしない、表情を変えず真っ直ぐ前を向くその姿はまさにターミ○ーターだ。

 

 

 ……何が怖いって、そんなターミ○ーターが目の前に6人もいることだよ。


 

 仕方なく、俯くまま横切ろう――と、した瞬間。

 ……明らかに、誰か目の前にいる……恐る恐ると見上げると。

 いつの間にかそこに、腕を組んだターミ○ーターが立ちふさがっていた。

「いきなりですまない……『葉田白子さん』ですか?」

「違います私は田中地味子ですヒトチガイデスヨーモゥー」

「……失礼、よろしければ学生証の提示を」

「ウソです全くのウソですごめんなさい葉田白子ですウソなんてついてごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!」

 そんな上手くいく事なく、無念の土下座&白旗を決めてしまった。

 そもそもこんな所で降伏を決めてる場合じゃなくて、時間的にそろそろ早く教室に行かないと遅刻――。

「すまないが、君をここから通らさせるわけにはいかない」

 ……はい?


「依頼人からは【白子が美底灯を連れてくるまで門を通すな】と言われている。君がその彼女を連れてくるまでは、この門を通すわけにはいかない事になっている」


 なにやってるンだよ先生ェ!


「そして依頼人から、君へ伝えるよう伝言を預かっている」

 すると、左に居るターミ○ーターから一枚の紙を受け取り。真ん中のターミネーターが広げる……とてもシュールだ。

 一旦息を吸い……そして、ターミ○ーターは言った。






「『灯を連れて来い』……以上だ」






 一々息を吸ってする準備必要だったかな?

 変に無駄な緊張しちゃったよ……。 

「先ほど申した通り、ここを通りたければ灯を連れてくることだ――だが。それでもここを通ると言うなら」

 と――次の瞬間。

 ピチピチだったスーツを……フンっ!。

 一瞬で破り裂けて、上半身真っ裸。

 ムッキムキの肉体美を、これでもかと言うばり引き寄せ。


 なんという事でしょう。

 

 六人の大男達がーーマッスルなポーズを決めて立っているじゃないですか。


「私達を――倒してから行け」

 


 ☆ ☆ ☆


 ピンピンピンピンポーンピンポーンピピピピピンピンポーンピンポーンピンピピピピピピピピピンポーンピンポーン。

「――はい、ご用け」

「お願いですなんとか灯ちゃんと一緒に登校できないでしょうか!? このままだとターミ○ーターのせいで学校退学になっちゃうんです!」

「はい。わかりました」

「えっいいんですか!? じゃ――」

「先ほど警察に通報しましたので、しばらくここでお待ちください」

 ちょぉぉぉぉ!? 待って待って完全に不審者扱いにされてるよコレ!

「別に私怪しい人じゃないんです普通の学生なんですっ! 見て、見てください。インターホン越しですがそれでも見てくださいこの白旗を! こんな綺麗で真っ白な白旗を持つ子が不審者なわけないじゃなですかですからお願いしますそろそろこの門を開け」



「コラぁ! 通報があった不審者はお前か!」

「来るの早っ!?」


 

 最近の警官アコ○並に早くて世の中も安心だね……じゃなくてェ!

 


「お願いです 私、灯先輩とお友達になりたくて……せめて会うだけでもっ!」

「結構です――灯様にご友人など必要ありませんので」

 ――え?

 その冷たい一言に疑問を感じ

「この女子生徒め……私達の功績の為、大人しく掴まれ!」

「そんなの嫌ですっ!」

 る。暇もなく、全力疾走で家を後にした。

 ……何だろう? 後ろからサイレンの音がってぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 

 待ってパトカーで追いかけて来てるの!? 反則だそんなのっ!

「『そこの女子生徒止まりなさーい。両手を上げて、大人しく私達に捕まり、功績を上げる生贄になりなさーい』」

「そんっな理由で捕まりたくないですぅ! ごめんなさいごめんなさい、見てくださいこの白旗をっ! だから――捕まえないでくださいぃぃぃぃ!!」



 ……こうして。

 大よそ約4時間の鬼ごっこが始まったのであった……。



 ☆ ☆ ☆


 男性教諭が主席番号を読み上げている。

「はぃ横永さんいますね、赤橋さんもいますね」

 ……そこで言葉が詰まった。

 

「えーっ…………葉田さん」


「はぁーい! しろこでぇーす♪ ピッチピチの――15歳だよぉ♡」


 …………。

 …………………………。

「あーれあれ? せんせぇダメだよ引きつった顔しちゃー。年相応の顔なんてに合わないよぉー? てか、皆も困ったさんな顔しちゃってどうたのー? もぅーしろこわかんなーい」

「お前の奇怪行動に戸惑ってるんだよバカ教師ッ!?」

 勢いよく立ち上がって思わず叫んでツッコミを入れてしまった。

 首を傾げ、白子(ニセモノ)は戸惑った表情を作り。

「えぇ~夕陽ちゃん冷たいなよぉ? そんなおこった顔してるとぉ~白子困っちゃうよぉー」

 全く困っている様には見えない。

「……おいバカ教師、白子の姿が朝から見てないんだけど? お前何か知ってるだろう?」

「え? おかしな事を言うんだね夕陽ちゃんわぁ♡ 今、目の前にいるのに――」

「お前みたいな年増が女子制服来てる方がよっぽとおかしいわァよぉ!? これは何か事情知ってそうね? ……言いなさい。白子が何故ここにいないかをアンタが知ってる事全てを」

「見て見て夕陽ちゃんっ♪ わたしぃ、もうこんなに夕陽ちゃんより胸が大きくなっ」

「私の白子をこれ以上汚すなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 一日の始まりを示す朝のホームルーム。

 晴天の空の中――夕陽の怒号と共に、窓ガラスを打ち抜くテニスボールが空を飛び。

 騒々しいホームルームからスタートした。

 


 

 ☆ ☆ ☆




 息を切らし、壁に横たわり一時の休憩。


 どうやら今日も警察官から逃げ切れた……今は胸をなで下ろし、逮捕されるかもしれない恐怖から脱出できた。

 ……さすがに。これが4日も続くと、少し精神的にも限界を感じてくるものがある。

 果たしてこんな調子で……しかも後一週間半で学校に連れて来れるのか。


 正直……無理に思えてきた……。


 まだこの段階で会っていない。いや、声すら聞かせてくれない状況下。

 あのメイドさんと言う大きな壁を越えない限り、灯に会うなんて無理だ。

 これからどうしようか……と、悩んでた矢先。

「どうやらお疲れのご様子だね? 僕のマイプリンセス」

 聞き覚えのある声にその呼び方。

 ぎこちなく、振り向いた先に。夕日に照らせて・・・・・・一頭の馬がそこに。





 白馬に乗った騎士が、涼しい顔でそこにいました。





 ……できれば、こんな疲労&ストレスMAXの時に会いたくはなかったかな。


「どうしたんだマイプリンセス!? あまりいつもと比べ反応がよろしくないが・・・・・・はっ! まさか疲労で呼吸困難になってしまったのでは? 安心してくれ、白子ちゃん今人工呼吸を」

「なぁぁぁぁに言ってるんですか鐙先輩! 私、こんなに元気ハツラツですよ? ほらっバンザーイしちゃうほどですよあはは~♪」

「おぉ! これはとんだご無礼を。それだけ体を上下に動かせるなら、あまり疲れていないようで安心したよ」

 ……なわけない。

 許されるならもう帰りたいです寝たいです涙流したいです。

 出来る事ならもぅこの道路で倒れ込みたいぐらい疲れが酷い。

 ……しかし。私の女性としての生存本能が、ここで元気を見せろと危機を告げている。そう、仕方ないことなんだと。

「そうだ白子ちゃん。こんな夕方で悪いが今、お時間はあるかい?」

「じ、時間ですか……? あの、できればもぅ家でゆっくり横になりたいので今日は」

「やはり疲労が酷いじゃないか白子ちゃん! なら今ここで横になれば人工こ」

「全っっ然元気ですし時間もあいてますよ~!! 元気すぎてスクワット10回ぐらいしちゃうぐらいですよ!」

 悲鳴をあげる体などもぅ無視。唐突にスクワットを繰り返し元気アピールを見せるに必死だ。

 何処かピキピキと聞いてはいけない音を聞いた気もするが……そんな事気にしちゃいられない。

「最近見つけたのだが、僕がいつも放課後に立ち寄るオススメの場所があるんだ。是非、白子ちゃんにも来て欲しい場所なんだ……安心してくれ、そんな怪しい場所ではないから心配しないでくれ」

 そう言い、中半強制的ではあるものの。

 仕方なく、騎士の怪しいお誘いを受け入れてしまった……。

 

 ☆ ☆ ☆


 住宅街の細道。

 そこをパカパカと……この田舎町では場違いの白馬に乗って進んでいます。

 慣れた手つきで騎士は馬を引き、白子は黙って騎士の後ろにジッと座っている。

 かれこれ10分近く乗って、そろそろ早く着いて欲しいと願うばかり。

 ……もし。万が一こんな所を夕陽に見つかれば……どうなるかわからない。



 でも、そんな心配を遮って。



「着いたよ白子ちゃん。ここが僕のオススメしたい場所だ」

 馬を止め、目的の場所までたどり着いたらしい。

 高級レストラン、高級デパートか、もしくはお城に案内されると思い。

 正直あまり乗り気ではなくて、少し億劫な気持ちでいた。

 ――目の前の、お店を見るまでは。




「だが……しや?」

 



 駄菓子屋は、子供の集まり場だった。

 何十年前ではごく普通に公園近くにあった。

 しかし、今はバブルの影響あってか……軒並みお店は潰れ、駄菓子屋の存在はもはや都市伝説までと言われていた。

 ――しかし今。

 その都市伝説と言われた駄菓子屋が……私の目の前にある事が信じられない。

 ボロボロの店内を入ると……そこはもう。

 見たことのない、カップ麺やお菓子の板。それに凧揚げの道具やら遊び道具まで飾られていて。

 まるで……そう。

 お菓子のお宝が眠る夢の様な場所に心が奪われた。

「いらっしゃい……おや? きし坊じゃないか。こんな老いぼれの所にわざわざ足を運ばなくていいんだよ?」

 店の奥から、よぼよぼとした足取りで。

 腰をまげ。一人の……ご老人が出て来た。

「また来ちゃいましたね。僕の食べたい物がここにしかありませんから……それに、おば様の元気な姿も見たいので」

「まっ♡ イケメンにそんな事をいわれちゃぁ嬉しくて涙が出ちまうよ……いつもありがとな、きし棒」

 暖かく笑うその笑顔に、思わずほっこりするほど。

 すると……そんな見惚れている白子に気づいたようで。

「ありぃゃ! きし坊~誰だいその子? いい彼女さん連れてきたじゃないかい~見れば見るほどべっぴんさんじゃないかい」

「そうですよね!? 見た目もスタイルも全てがグットでもう自慢の彼女――」

「 い い え ♪ 彼女ではなくただの 後 輩 ですよっ♪」

「白子ちゃん……」

 やめろ……寂しいチワワな顔でこっちを見るな。

「白子ちゃんと言うのかぃ? いや~こんな駄菓子屋を初めて20年で、こんな若々しい子達が来て幸せだよぉ」

「大袈裟ですよおば様。また、違うお友達も連れてくるので……お元気でいてくださいよ? あとこれ、ブー麺一個お願いします」

「ほいほいっ、じぃゃあ110円おくれ」

「100円っと。後は10円ですね……あれ? お、おかしいな……10円が確かここに。えっと、バックの中に入ってしまったのか?」

 カバンをあさるも結局出ず。慌ててポケットも探すも10円が見つからない。

 必死になって探し続け……やがて騎士の顔色が少し悪くなってように感じ。

 人の顔色が悪いところは。正直、見ている私も辛い……見ているこっちが耐え切れなくなって。

「あーあのぉ、10円なら私が出しますっ!」




「……え、白子ちゃん何で金銭を持って――」




「おばさん、これでお願いします」

「はいっ110円もらうよ。今お湯を入れてあげるから、老いぼれのことなんて気にせず裏のベンチで仲良く食いな」

 そう言うと。おばさんは棚からもぅ一つのカップ麺を取り、店内の奥へ消える。

 数分後……「はいどうぞ」と。

 湯気か立ち上る、出来立てホヤホヤの二つのカップ麺を差し出してくれた。

 ……けど。

「お、おばさん? あのぉ、カップ麺は一つしか買ってないですよ?」

「これはオマケじゃぁ。きし坊と仲良く食っておくれ」

「おば様……はいっ! 有難く、白子ちゃんと二人仲良くラブラブで食べさせて頂きますっ!」

 興奮する騎士はスルーしとこう……。

 でも。こんな優しい人に出会うなんて……久しぶりに感じた

 ……だから私は、精一杯感謝を込めて。


「ごめんなさい――ありがたく頂きます、おばさん」


 おばさんは……ニッコリと笑顔で。


 ――バッチグーと親指を立ててくれた。






















「先輩……なんのゲームしてるんですか?」

 ベンチに座って。ゆっくりブー麺を食いながら騎士はスマホを構っていた。

「『レディ・レジェンド・レコード』だよ。最近の学生ならやってるはずだけど、白子ちゃんはやってないのかい?」

「いや……やってませんけど話だけは聞いた事がありますよ? 大人気ゲームですもんね」


 レディ・レジェンド・レコードーー。

『今から伝説を残す者へ』と、言う意味を込めたゲームタイトルらしい。

 

 ゲーム内容はチェスで対局し順位を争う……至ってシンプルなゲーム内容だ。

 しかし、今やチェスは世界中でブーム。お手軽に家でも外でもチェスが出来、沢山の対局相手がいる事で評判も良く。

 更には世界各国の人々がやっていて、プレイヤー数も10億人を突破した超人気アプリゲームだ。

 教室の中でもやっている人はよく見る。

 隣の席の女子生徒達もやっていて、身近な友達と通信対局をして争っている。


 だが――このゲームはもぅ一つ注目される理由がある。


 『ただ対局したい』人は別に気にすることのない内容かもしれない。

 けど……ほぼ日々10億人のプレイヤー達がランキングを争い戦う理由がある……誰も行きたい場所を目指して。

 ――【十天王じゅうてんおう】。

 トップ10位以内だけが入った者しか名乗れない特別の称号と呼ばれ、プレイヤーの多くが入りたいと望む栄光の証として存在する。

 噂によれば、【十天王】に入った者には『海外旅行の無料招待』『特別記念品のチェス盤(純金製)』『世界一周の旅・無料招待』など豪華特典が貰えるらしい。


 更に噂になっているのは……あの∞ドルを賭けた戦いの『世界大会のシード権』も貰えると言う情報もある……本当か嘘かは知らないけど。

 

 しかし……【十天王】になるには実力が無ければいけない。

 

 ただ課金してガチャして戦って強くなるゲームではない。なんの運要素もカードもない、リアルのチェスと全く変わらない対局戦。

 アメリカで有名のプロチェスプレイヤーがやっても、それでも27位止まりと言う結末。

 上位陣は相当の実力者のことだろう……普通の人間が太刀打ちできない。

 そんな強者達の事を――【十天王】と呼ぶに相応しいのだろう。


 ……まぁ、そもそもスマホを持ってない私には関係ないことだけど。


「暇さえあればちょくちょくしていてね? よく挑戦も申し込まれるから良い練習台として活用しているんだ」

「部活でもないのにチェスをするなんて……先輩って勉強熱心なタイプですね」

「一応これでも部長だからね……部長が弱いってなったら、部もあまり盛り上がらないよ」

 そんな呑気な会話を交わしているうちに。

 ……ちょっとだけ、少し気になったので聞いてみる。







「ちなみに先輩って何位なんですか?」

「ギクっ!?」





 ぎく?

「あ。あぁ……白子ちゃん、順位なんて気にせずに今はこのブー麺を食おうじゃないか……どうだい? 味は気にってくれたかい?」

「もぅ最高の味で! 今度またお金を持って来て沢山買おうと思います」

「そうかぁ! それはよかった」

「で、何位なんですか先輩?」

「…………」

 あれ? 何故か……あまり見せようとしない。

 悪いからあまり聞かないでおこうかな。




 ……でも、やっぱり気になって仕方ない。

 きっとあまり良い順位じゃないから、あまり見せたくないのか……でもそれでも気になる。




「先輩……ごめんなさいっ、失礼します!」

「あぁ白子ちゃん!? そんな勝手に画面を押しちゃ――」

 恐らく、この『ランキング表示』を押せば出てくると思い試しに押すと。

 見事ランキングが表示され、画面中央。そこに表示されて――。

 











 現在の世界ランク――2

 













 …………。

 えっ、待って待って。

 そんなありえないって。

 プロチェスプレイヤーでも27位が限界なんだよ? 上位陣なんて化け物揃いのはずだよ?

 だから……この順位も信じられない……。


「……先輩って……まさか【十天王】なんですか?」

 恐る恐ると聞いたその質問に。

 それを聞いて、少し騎士は戸惑いつつも。

 ……どうやら、何か諦めてように……。

 





 頷いた。

 





「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? せせ、先輩凄い人だったんですね……っ! 少し、いや大分見直しました」 

「大分……なんだ……でも、白子ちゃんの好感が上がったなら僕はなによりだよ」

 聞く所によれば。この順位は美香と七色、そして束花のごく一部の生徒にしか伝えていないらしい。

 もしも【十天王】と世間にバレてしまったら……取材など対局申し込みが殺到し、街中がパニックになってしまうらしい。

 それ程にも【十天王】は珍しく偉大な存在なんだろう……と、改めて思う。

「といわけで、この事は内緒に頼むよ白子ちゃん」

「はは、はいぃ……誰にも、この秘密は守ります。墓場まで持って行きますはい」

 そんな楽し気な会話を交わして……時間だけが過ぎていく。

 ……何でだろう。

 ふとっ――あの言葉を思い出す。











 『灯様にご友人など必要ありませんので』

 









 その言葉を聞いた時……彼女に何があったんだろうと。

 どんな事があってメイドさんはその言葉を言ったんだろうと。

 ……そもそもの疑問。


 何で家に引きこもってしまったんだろう――と。

 

「鐙先輩……私、聞きたい事が――」

「灯のことかい?」

 ……先回る様に、騎士は口にした。

 まるで見透かされたてようで……いや、騎士がそのことを待ってたかのように。

「束花先生から話は聞いている。今マイプリンセスが……僕の仲間を救おうとしている話をね」

「……一つ。聞かせてください」







「――過去に。灯先輩に一体何があったんですか?」

 





 思い切って私はそう言ってしまった。

 ただ『引きこもり』と、彼女の情報はこれしか聞かされていない。

 できる事なら他に知る限りの情報を知りたい。

 彼女に……一体なにがあったのかを。

「僕が彼女に知り合ったのは……あの事件の当日の朝だ。その日たまたま寝坊して学校に向かう最中に灯と会って知り合った……まさか、その日そんなことがあったなんて知らずにね」

「事件?」

「そう。これは美香から聞いた情報だから間違いないさ……なんとも酷で胸糞の悪い事件だ」

 










 そう……吐き気がする程にね。

 












 ☆  ☆ ☆















 10月8日。

 

 トンっトンっ。

「失礼します。灯様、車のご用意が…………」

 ……暗い闇が、この部屋を包む。

 

 その空間の中……灯だけの姿が唯一確認できた。

 テレビの光に照らされる……その姿が、とても寂しそうに見えて。

「『良い子の皆! テレビを見る時は部屋を明るくして、なるべく離れて見てくれよな。マジカルレッドと約束だ!』」

 光もないこの空間で、少女は茫然と至近距離で画面を見つめる。

 3年前に放送が終わり。誰もが忘れかけているヒーローを……録画したもの何度も繰り返して。

 大好きなヒーローを、ただ見ていた。







「灯様」

「なによ」

 







 その時は、少し顔が俯いたままだったかもしれない。

 それでも聞かずにはいれなかった。

「私はこれでも長く灯様を見続けてきたおつもりです。朝から夜まで、灯様の事をお守り続けてきたつもりです……」

 唇を震わせ……ネ子は少し躊躇う。

 しかし。決死の覚悟で……メイドの立場を今は忘れよう。

 ――今、この言葉を聞くために。

 



「学校が……お辛いのではありませんか?」





「…………」

「髪の切れ方も、いつも頬を赤黒くして帰ってくるのも……誰かにイジメられているのではありませんか? 私の……世界一可愛い灯様の、そんなお辛い顔を私はみたくありません」

 



「もし……もしそうでしたら私はその方たちに復讐をッ!」

「あなたに関係ないから」

 



 その声は……冷たかった。

 昔の様な元気で無邪気な声とは違う。 

 まるで全てを諦めたかのような……その声に力を感じられない。


「あなたはただのメイド。私の事なんてどうでもいいから……アンタは黙って掃除してればいいのよ」

 テレビの電源を切ると。

 続けて……灯は言った。

「ただのメイドが――母親気取りにならないでよ」

 

 何も言えず。ただ、灯を見ていた。

 地べたに置かれた……学生カバンを手に取り。

 酷くやつれた顔で灯は……力なさげに言った。





「学校……行ってくるよ」














 私はともび。中学生一年生になった。











 あれから変わることなく……いや。中学になって少し人が増えて、まだ居心地の悪い空間が続いている。

 一人を除いて……今はクラス全員から嫌がらせの毎日を過ごしている。

 教科書はもぅ一冊もない。

 挨拶は顔パンで。

 トイレなんかに行けば……思う存分に暴力を振るわれる。

 そんな生活に少し慣れた気がしていた。

 













 でも……もぅ限界だった。


 心も。


 体力も。


 生きる気力も……。

 










 そんな時。昨日、たまたま担任と二人だけになる時間を見つけられた。

 少し……最初は躊躇したものの。







 今までの事を全て話すことにした。

 






 小学生の時から今日までの事を。

 誰にやられて、今の辛い気持ちを全て話して。

 

 離している最中。時々何度も腕時計を確認し、話終わると。

「なんとかしてやるから今日は帰れ」

 それだけを言い渡されて、私は教室を強引に出され帰宅した。

 先生にとっては……まるでどうでもいい話だったのかもしれない。

 でもそれでも構わない。


 もしかしたら、先生がこの問題を解決してくれるかもしれない。


 ……そんな甘い考えに、期待を込めて。私はいつも通りに席へ座った。

 

 数分後に、担任の先生が教卓の前に立ち。

 いつもと変わらない……『朝の会』が始まる。 

「朝の会を始める前に……少し、お前達に大事な話がある」

 唐突にそう話を切り出し。

 かったるそうに先生は――、

「面倒くさい話だが――どうやら美底がお前らにイジメられていると話を聞いた。……だから、今日はその事実確認をしたいと思う」


 その時……胸が張り裂けそうな感情だった。

 昨日のお願いした事を。大事な話を。

 そんな事を……何故ここで言うの?

 

 私の事をイジメる……集団クラスに向かって……。

 

「どうやら? このクラスの真音と捲子と他女子生徒に暴力を振るわれたと聞いた……正直、あまり大事にはしたくないのが先生の本音だ」

 そう言って……。

 先生は大きな溜息を吐いて。

「で。クラス委員長、お前の意見を聞きたい。このクラスの事件はお前が責任を持て……お前が判断して解決しろ」

 クラスの中心……クラス委員長の彼女が起立する。




 私の親友の……アリナちゃんが。




 もぅ周りなんて見れない。ただアリナちゃんの言葉を待つことしかできない。

 アリナちゃんの事だ……ビシっと言ってくれる。

 いつも悩みを聞いてくれて、誰よりも私の傍に居てくれた『ともだち』なんだ。

 きっと、私の為に怒ってくれる……助けてくれるって……。

 そう信じて――待つこと数秒後。

 




























「先生。これの何処に問題があるのでしょうか」

 






















 え。

 

































「――何故、イジメがいけない事なのでしょうか?」

 





























「私は思うのです。『どうしてイジメた奴が悪者扱いされるか?』を。どの時代でも世の中イジメた奴が悪いと世間が声を上げる……これは大きな間違いだと思います」




 アリナちゃん――何を言ってるの?




 脳が追いつかぬまま……アリナの言葉は続く。





「たった一人の生徒が原因で皆のストレスが溜り、クラスの輪が乱れてしまう……こんな悲惨な事はありません。クラスは……いえ正常な生徒達は常に団結してあってこそのクラス……友情だと思うのです! そして……私は一つの心理に至りました」













「そもそも――イジメられる原因を作り出した奴が悪者ではないか? ――と」














 耳を疑う言葉を……何度も口にして。

 アリナは続ける。

「そもそも『イジメ』とは、その原因を作り出した人に責任があります。原因がなければ周りの生徒達は何もしませんし問題が起こることなどありえません。しかし灯さんはその原因を作り出しこのクラス……いや、他の生徒達にストレスを与える害悪で迷惑な行為をしています。ですから……」









「――私達は灯さんを更生させようとして『イジメ』ている正義の行いなのですよ」













「うそだよそんなのッッ!」

 声を荒げ……静かで冷たいこの教室で。

 思わず立ち上がってしまった。





「うそ……だよね? アリナちゃん? アリナちゃんならそんな事言わないよ。いつものアリナちゃんならそんな事を口にしない!」




 だって。




「だって……だってだってだってだってッ! 私達はッ!」

「『ともだち』――と、言いたいんですか?」

 私に……冷たい視線で。

 今まで見たことのない、その表情を浮べ。

 

























「私、一度も貴方の事を友達と思った事はありませんよ?」






























 …………………………………………。

 ……………………………………………………………………………………。


「ほらっそう言う所ですよ灯さん。私の言葉を容易く信じて、自己勝手に私を『ともだち』と思って接してくる……なんて迷惑な話でしょうか。貴方には他人を疑うと言う心がないんですか? ……あぁ、なければそんな絶望しきった顔なんてしませんよね?」














「本当、全部私のしばいを信じてくれて――最高に傑作でしたよ」













 うそだったの?













 あの時、指切りした内容も?


 真音達に文句を言いに行ってくれたのも?


 トイレで髪を切られて心配してくれたのも?


 ――『友達になろう』と言ってくれたのも……うそだったの?














 全部――――うそだったの?












「先生! お聞きください……これは灯さんの為でもあるんです。大人になって、その原因で辛い思いをするのは彼女自身です。だから今ここで『イジメ』と言う正義の行いで、彼女の心を改めてさせようとしている……これは教師では出来ない、私達生徒でしか出来ない灯さんへの教育なのです」









 そっか。














 この4年間――――『ともだち』なんていなかったんだ。

 






「お分かりいただけましたか先生? これが――正しい行いであることを」

 






 ずっと騙され続けてきた――――私は一人ぼっちのままだったんだ。

 





「これが――灯さんへの教育であることをっ!」

 






 ――ドクンっ。

 




 嫌だ。

 





 ――ドクンっドクンっ。

 







 嫌だ……嫌だぁ!









 ――ドクンっドクンっドクンっドクンっ











 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!












 ――――――――――――――ドクンッ!


















「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッッッッ!!」






 ――突然、その叫びと同時。

 強い揺れが……教室全体を大きく揺らし。

「じ……地震か……なッ!? 教卓が崩れ……ッ」

 教卓だけじゃない。

 机も、壁も……がれきになって崩れ始める。

 ついには足元の床さえも次第に穴が空いていき。



「教室を出ろ! 逃げ遅れるな……早く出て非難しろッ!」



 生徒も先生も怒号と悲鳴が入れ混じって非難する。





 数十秒後……揺れは徐々に収まり。

 変わり果てた教室が……景色が広がる。

 何か所か、床に穴が開き。机もイスも数個が崩れ。

 傍から見れば……異様な空間。

 
















 その空間の中……ポツンと一人だけがいる。 

 

















「灯さん……この揺れ、貴方がしたのですよね?」

「ち、違う……っ! 私じゃないよ……これは地震のせいで――」


「黙れがッ!」

 


「この揺れは貴方が叫んだ時に同時に揺れた事は事実。地震なら、床も机も壁も、こんな不自然な崩れ方はしません……それも貴方が叫んだから」

 違うよ……話を聞いてアリナちゃん?

 いつも話す時にこやかに笑ってた……暖かく笑ってた、あの優しくて優しくて優しくて。

 何でも私の話を頷いて聞いてくれた……あのアリナちゃんに。





「灯さん――いやこの魔女めっ! 救いようもないお前は二度とこの学校へ来ないでください。二度と私達の前に、その不愉快な顔を見せないでください」

 アリナのその後ろには……何人者の生徒がいた。

 別クラスの生徒も……私を睨んで。









「そうだ。二度と来れないよう……皆さんで罰を与えましょう。思う存分に――この魔女にっ!」











「アリナの言う通りよこの魔女がっ、私がひっぱたいてやる」「誰か箒持ってこいッッ! コイツの口にねじ込んでやる!」「前から気持ち悪い奴だったからな……お前ら容赦するなよ!」

 数えきれない生徒達が、教室に流れ込んでくる。

 先生達もそこに居たはず……でも、誰も止めに入ろうとしない。

 教室の端で……私は縮こまるしかなかった。

 怖い顔をした……同級生達が私を見て。
















「「 魔女を逃がすな! 灯を逃がすな! 魔女を逃がすな! 灯を逃がすな! 」」










 悪夢のように、その掛け声と共に迫り寄ってくる。

 体が震え、逃げる場所は……もぅなかった。

 唯一。私が最後に記憶に残るのは……。

 

 その群衆の中心で……大切な友達だった人が。


 ――私を見て嘲笑っていた事だけ。

 














「「「「 魔女を逃がすな! 灯を逃がすな! 魔女を逃がすな! 灯を逃がすな! 」」」」

 

















 次の瞬間、髪の毛をわし掴みされた瞬間。


 私は悲鳴を上げ――その後の記憶は


 なかった。

 

















 ☆ ☆ ☆













「それ以降かな……灯が学校にも。僕の前にも姿を見せなくなったのは」

 俯くままに、騎士はそう言って話は終わった。

 表情が伺えないものの。その声質から感じる

 騎士も怒っているんだと、そう感じた。

 何故『も』を付けたかなんて……それは、白子も同じ気持ちだからだ。

 







 ……それじゃ、灯が可愛そうじゃないか。

 








「――白子ちゃん。僕の心からの、お願いがあるんだ」


「心を閉ざして、人を嫌ってしまった彼女に会うのは難しいとはわかっている……けど。もし、灯と会えたなら……彼女を先輩として見ないでやって欲しい」


 え?

 

 その言葉に、いくつもの疑問が浮かび上がる。

 『先輩として見ないで欲しい』……それは、どういう……?

「君だけなんだ白子ちゃん――あの子を! ……灯とっ!」









 ガシャン! 

 













 何処からか、言葉を遮る様にまるで機械が落ちたような音が耳に響き渡る。

 直後して、慌てたおばさんの悲鳴交じりの言葉が聞こえた。

「だ、誰だアンタ達っ!? い、いゃめておくれぇぇぇぇ……!!」

 耳を疑う声に、騎士が先に反応し。

「おば様!?」

 食べかけだったカップ麺を乱雑に置き。すぐさま騎士は表に向かって走って行ってしまう。

「あっ待ってくださいあぶみ先輩!」

 茫然と座ってなんて居られない。

 食べかけのアイスを置き。騎士の後を慌てて追いかけた。

 店内に入る……そこは先ほどまでの、暖かい空間は感じられず。

「なんなの……これ。酷いよこんなの…… 」

 辺り一面……酷く、無残な光景が広がる。

 アメも、煎餅も、おもちゃも地面に散らかり荒らされ残骸が目に飛び込んできた。

 よく見るとレジも転がって、辺りは小銭もお札もないがしろ。

 和やかに、暖かった空間はそこにない。

 ……張り詰める様に、緊迫した空気が流れる。

 白子達の目の前――そこに、三人の女子高生が鋭く睨みつけていた。



「うーっす騎士、なんだよそんな怖い顔して? そこにあったこの不味いジュースやるから落ち着けよ」

「真音ぇ~男の前ぐらい股隠せよぉ? 捲子達の品が疑われちゃうだろう?」




 挑発的な言葉を向けてくる二人は、商品棚に寄りかかり。くちゃくちゃとガムの音が聞こえる。

 見た目はギャルとも違い、きちんとした制服姿で別にチャラけている風には到底見えない。

 

 そして……もう一人の姿。

 髪は肩に着く程度の長さ。目元はメガネをかけて真面目そうな子だ。

 しかし。そんな外見とは裏腹に……。

 先ほどまで暖かく笑って、元気だったおばさん。












 胸ぐらを掴まれ、ぐったりとした姿で……変わり果てていた。











「そ……そこの人っ! おばさんに何をっ! ――」

「失礼だが、そのご老人から手を放してもらおうか」






 ……思わず、言葉がそこで止まる。

 今まで聞いたことない、騎士の静かな怒りを感じ。

 騎士も同じく、彼女を睨みつけていた。




「名前で呼ばないとわからないのかな――裏本アリナ」




 っ!?

 耳を疑った……その名前は先ほど騎士が話していた人物。


 そして――灯を不登校にさせたイジメの主犯格の名前――ッ!


「優等生様に気安く命令しないでください――この劣等生がァ」

 

 鋭い目つきで睨み返す。

 

「久しぶりだねアリナ……あれから何も変わってないようで残念だよ」

「仰る意味がわかんねーな。何? まだあの女の事で恨んでるんですか?」

 強く。機嫌悪そうに足で蹴り、棚からブー麺が無残にも地面を転がり。

「期待外れだよ騎士。あのままアイツに関わらなければ信頼も名誉も捨てずに済んだものの……哀れな男だよお前は」





 ――!







「……灯先輩のことを言ってるんですか?」

「はい? 誰ですかアンタ?」

「私は……白子です。葉田白子と言います……灯先輩の事は、全部鐙先輩から聞かせていただきました」

「あーーーーそ? で。何? アンタも怒ってるんですかー?」

「そんな平然と人を裏切るなんて……酷いですよそんなの。灯先輩は貴方を信じて頑張ってきた……なのになんで――」

「アッハッハッハッハッハッハッ!! なんっっっっだそれェ? そっかそっか~劣等生はさすがギャグも優れてんのな」

 腹を抱え笑うその姿に……言葉が詰まった。






 ……あのさ。








「裏切るも何もさ――最初から騙される劣等生の方が悪いだろ?」

 












「あんな見え見えの演技で騙される奴が悪い……優等生様のこの私が一ミリも悪くありませんから」

「どうしてそんな無責任な事が言えるんですか!? あなたのせいで……一人の女の子が家も出れないでいるのに……アナタはッ!」







「――口を慎めよ劣等生」







 その一言に、『恐怖』が白子の心を襲う。

 見えない威圧によって……何も言葉が出ずに。

「お前、私を誰だと思ってんの? 私立高飛者高校の二年生で生徒会長――このアリナ様に口答えするなんて……痛い思いしても知らないぞ?」

 おばさんから手を放し、ゆっくり……私に歩み寄って来て。





 次第に……白子の顔に。






 顔に……手が伸びて。





「――アリナ。一つ忠告してやる」

 けど……その手を強く掴み。

 騎士が鋭い目つきで、アリナに言う。

「白子ちゃんに……灯にこれ以上の手を出すなら僕はもぅお前を許さない」

 











「僕は心を鬼して、君を地獄に落とすよ――アリナ」

 












「あーだるいわー、劣等生と相手してもつまんなぁ~い……まく子達はこの後どうする?」

「これから真音と駅前のカラオケに行きますよ」

「マジ? じゃあ久々に私の美声で歌っちゃおうかな~♪ なら行きましょう、こっんなうす気味悪い場所いてもつまんねーからなぁ」

 ドア蹴り壊し……3人が外へ出て行く……。








 

「あーそうそう、忘れてたわ騎士。あの引きこもってる劣等生に伝えといてよ」







 思い出したようにアリナは振り向き。

 その表情は……なんてゲスな笑みを浮べて。

















「『二度とそのブスい顔で外に出るな』ってさ! アッハッハッハッ!!」
















 その心ない笑い声が響く中。

 自然と体を震わせ。

 気づけば白子は……拳を強く握りしめていた。

 








 ☆  ☆ ☆

 

















 ピンポーン。


「『……また、あなた様ですか』」

 明らかに呆れた声で、インターホン越しから聞こえた。

「……灯先輩を、どうしても合わせて頂けないでしょうか?」

「『お言葉ですが。そこまでして灯様とお会いしたい理由はなんでしょうか?』」

 その言葉に。威圧を感じ、少し言葉が出なかった。

 

 昨日の。あの話を聞いて気持ちが変わった。

 あんな辛い思いをして、今もその闇を抱えてこの屋敷で引きこもっているんだ。

 彼女を……どうにか助けてあげたい。

 だから……今の白子に言えるのは……これだけ。

 



「会わせてくれないでしょうか」

 




「『かしこまりました』」

「……じゃあ今すぐに」

「『ポストの中をご確認ください』」

 ……?

 振り向くと手の届く場所。

 近くにある、そのポストの中を開ける。

 そこに……中には一枚の紙がある。









 ――小切手が置かれていた。

 







 数えきれない程の0が書かれ。一番端に……1と書かれた数字。

「『貴方様宛に1000億円をご用意させて頂きました。お間違いがなければ、そのまま銀行までお持ちしてお金に換えてください』」

「……何ですかこれ」

「『それは1000億円でございます』」

「……何でこんな物を渡すんですか?」















「『失礼ながら。貴方はそれが目的でお近づきになりたかったのではございませんか?』」

 















「『貴方の事は全て調べさせて頂きました。どうやらご家庭は貧民のようで、辛うじて学校に通っているのですね。まぁ……貧民でしたら誰もがお金が欲しいみとでしょう。手っ取り早くお金を取るなら、灯様とお友達になられた方が早くお金を取れますでしょう? 灯様を騙し、お金を巻き取るお考えでいたことでしょう』」





 ――だから。





「『貴方の様な薄汚いドブネズミはここから立ち去りなさい。そのお金を咥えて、何処へでも行きなさい。――大切な灯様に、薄汚い友達など必要ありませんので』」





「『ご理解できませんか? ――その金を持って失せろと、仰っているのですが』」

 





「……いりません」

「ご謙虚なさらずに」

「謙虚じゃありませんッ! こんなものっ、全くいりません!!」

 躊躇なく、小切手を引き千切った。

 何度も。何度も。何度も引き千切って。

 ……地面へと、粉々の紙を叩きつけ跡型もなく消え去った。






「無理を言ってる事は分かってます。会った事も、話したことも、それ以前にお互い顔も知らない人と友達になりたいなんて……気持ち悪い話だと思います」










 ……けど!









「それでも私は灯先輩と友達になりたいです! 気持ち悪い話ですが……どうか……どうか……」








 インターホンに向かって地べたに膝を着け。








 土下座をして、深々と頭を下げてお願いをした。









「灯先輩と――少しでも話させてください。お願いしますっ!」

「『……お帰りください』」

「ごめんなさい。それだけは聞けません……今日が無理なら明日も来ます。明日が無理なら明後日も来ます……それでも無理なら毎日来てお願いをします」






 なんて馬鹿な行為をしていると自分でも思う。

 お互い顔も知らない。なのにいきなり友達になろうなんて、そんな事は無理に決まっている。

 ――だから。まずは最初の一歩から始めたい。


 人として最初のコンタクトを。











「……どうか灯先輩とお話させてください」

 






















 屋敷の窓に、一人の少女が窓に写り。

 ――今、そのカーテンを閉めた。




















「『ですからお帰り下さいと……何? 灯様が? なんと仰って……本当かそれは?』」

 インターホン越しから、他の女性の声が。

 恐らくメイドさん同士が話している……そして。









 数分後――ガチャと。








 大きな門が開いていく……。


 固く閉ざされていた……その門の先、玄関口で。


 礼儀正しく。一人のメイドが立っていて。


「お入りください」


 戸惑う白子に、さらに付け加えメイドは言った。






















「――灯様が、あなた様とお会いしたいと言っております」




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