第8話 開始一分後



 昼休みに入り、廊下でざわつく生徒達の中を通って行く。



 ……片手に、ラケットを持ったままに。



 今日はある目的を遂行する為、二年の校舎まで足を運ぶことにした。

 ターゲットの位置情報は廊下ですれ違った女子から聞き出したので、間違いはないだろう。

 『二年一組』

 どうやらここが奴のクラスだ。

 教室を見渡す限り……大勢の生徒が邪魔で、目的の姿は確認できない。

 仕方なく、ドアを――蹴り飛ばしてノックする。

「すみませーん。鐙騎士って奴います?」

 その言葉に。ざわざわしていた空間は鳴り止み、上級生達は夕陽の言葉で静まり返る。

 そして……窓側の隅に座る席にそいつは居た。

「ん? 僕に何か様かな? あまり見ない女子だね……ああ僕へのプレゼントなら放課後に渡してくれると嬉しい――」



 ドガァァァン! っと。



 耳を疑うほどの轟音が、教室全体に響く。

 夕陽の弾丸サーブが見事命中し、騎士の顔面にめり込んだ。

 その場で倒れる騎士を見せられた生徒達は唖然とし。

 そして――静まった空間から数秒後。







「「「テロだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 






 悲鳴の嵐が飛び交った。

 パニック状態の生徒が殆ど。教室では「テロだぁぁ! 命欲しい奴は早く逃げろォォォォ!」「騎士様が死んだぁぁ!」などギャーギャー騒ぎ声が飛び交う。

 耳障りの雑音を無視して、夕陽は冷静な顔を浮べ騎士の胸ぐらを掴み揺らす。

「まだ起きてるでしょ? ほらっ、オイ? 起きろよナルシスト」

 なんか唸っている様だが構うものか。

 今はそれよりも、コイツを叩き起こして言わなきゃ気が済まない事がある。安否を確認している暇なんかない。

「お、思い出したよ……白子ちゃんのご友人が何故僕の所へ来たか……伺ってもよろしいかな?」

「ほう、話が早くて助かるわ。単刀直入に言わせてもらうと……そうね」

 ――と。夕陽はネクタイを掴み上げ、騎士の顔を近づけさせ。

 恐怖心で言葉が頭に入らなかったのも面倒と思い。怖がらせず、なるべく笑顔を心がけて対応してやった。

「私の白子に、二度と関わるなって約束できる――よな?」

「あはは……強制かな? 選択の余地は与えてくれない様だね」

「分かったわよ。『白子と二度と関わらない条件にここで命を落とす』か『関わるならここで死ぬ』かの、どっちか選ばしてやる……ほらっ、さっさと決めろ」

「『死ぬ』言葉の表現が違うだけじゃないか……けど、強気な女の子は僕は嫌いじゃないよ――すまないその物騒なラケットだけは下してはくれないか?」

 殴り降ろそうとしたラケットはとりあえず控えた。

 このままでは時間の無駄、話を進める事を優先にした。

「アンタ何? 白子の事が好きなの? あんな女共の群れに囲まれてるんだから手を出すなら、その女共にしなさいよ。アンタにとっちゃ、別に白子じゃなくてもいいでしょうが」

「何を言ってるんだ君は……僕は『女なら誰でもいい』なんて、そんな浅はかな考えを持っていない。僕は真剣に、白子ちゃんと結婚したいと思っているんだ!」

「けけ、結婚ッッ!? 最っっっっっ低ねアンタの思考ッ! 高校生で結婚したいとか考えてる奴なんか『今が良ければそれでいい』とかろくに未来の事も考えてない能無しの奴と一緒の思考……このチャラ男が、二度と白子に関わらないでちょうだい!」

「君が怒りたい気持ちも分かる。しかし、僕の気持ちは本気だと言う事をわかって欲しい。それ程にも、あの素直に謝れて弱々しく白旗を振る彼女……その全てが可愛いと思ってしまった。

 ――その白子ちゃんを好きになってしまったんだッ!」


 それと。


「僕が白子ちゃんに関わるなって言われても、それだけは応じられないな」

 なるほど、つまり死を選んだわけね?

 これで……加減することなくボールを打てる。

 ラケットを強く握りしめて。

 そしてボールを天に投げ……至近距離のスマッシュを打ち込んで――ッ!

 









「だって――僕も、チェス部の部員なんだ」









 は?



「部活となれば、嫌でも顔を合わせる事にもなる。一緒に対局することも部活動の一環、『関わるな』っと言うには無理があるんだ」

 コイツ、何を言ってるの?

 白子が……こんなチャラ男と……チェスをしてる?






 ……なるほど。それなら話が早い。






「はは……ははは……あははははは! はっはっはっはっ! そうよ……最初からこうすればよかったんだわ」

 一人ブツブツ独り言を言う様に。

 その不気味な姿は……異様とも呼べる程だった。

 

 首を傾げる騎士にはわからないだろう。




 これから始まろうとしている……夕陽の恐ろしい、チェス部の廃部計画を。




 ☆  ☆ ☆




「ったく。ここも汚れてるだろうが白旗女」

「ごめんなさいっ、今拭きます!」

 すぐさま机の角をゴシゴシ。拭き忘れの場所を拭く。



 相変わらずラベンダーは放課後ティータイムを満喫し。

 こちらに身振りもせず、優雅にお茶の間の空間に浸っている。

 穂希も定位置の畳の上で瞑想に集中し、こちらの存在に眼中になく。

 何も疑問に感じない、いつもと変わらない日常だ。




 ……これが『日常』と思えている白子も相当異常だと思うが、気にしたら気が狂いそうなので……気にしないでおこう。

「レディーに向かって掃除を命令するとは……王様気分で命令するのはさぞかし嬉しいだろうな」

 気付くとソファーの後ろで……皇絶を見下ろす彼の姿。

 騎士が、冷たい目線を向けていた。

「『己より弱い者にしか命令できない哀れな愚王』……と、言ったところかな?」

「……好きな女が俺にこき使われて腹立つとか幼稚か? 俺に文句があんなら――」

 ネクタイを掴み引き寄らせて。

 荒んだ目は、見降ろす騎士に睨みつけるように。




「――表出ろよクソナイトが」

 



 まさにそれは……リアル戦争の勃発寸前だった。

 いやいや、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいっ! 喧嘩はヨクナイ!

「あわわわわわっ! いいんですよ鐙先輩、私この部の掃除担当なので全然嫌じゃありまんから。

 それに、掃除するの嫌いじゃなくて寧ろ好きな方なので問題なんてありませ――」

「健気だ」

「はい?」

 突如、白子の手を包み込むように。

 両手で……包み込まれていました。

「無理矢理に掃除をさせられているにも関わらず、」 

 皇絶の事など放りっ放しにし、もぅ眼中などないご様子で。

「こんな不行をされ、文句一つも言わない……あぁ、本当になんて可愛い子なんだ白子ちゃんはっ!」

 ……ああ、なんだろう。

 『可愛い』って……なんだろう? 可愛いの定義がわからなくなってきた。 

「すまない……こんな近くで見苦しい涙を流してしまい……白子ちゃんには迷惑だったかい?」

「あはは……迷惑じゃありませんよ先輩……多分」

 ちなみに、大分先輩の言動には慣れて今は手を握られても何も驚かなくなってきた。

 ……女の子が慣れちゃダメな事だと思うが。

 騎士にいくら言っても治る見込みはないと思う。なら、自分が慣れるしかないじゃなですか……。





 ――と、その時。何かの物体が直撃した。





 騎士の……脳天に直に。

「近づくなって言ったろチャラ男?」

 まさに超特急。

 先輩の頭部にめり込んだ事が分かると、黄色いボールが床に転ぶ。

 振り向くとそこに……扉の前で、彼女はいた。





 とても不機嫌そうに――夕陽が鋭い目つきでコチラを見ていた。





「白子? 今何してたの?」

「……あ、鐙先輩と話してて」

「その前よ」

「あー……汚れたテーブルを拭いて――」

 カランっ。

 ラケットが床に落ち……瞳には涙を浮かばせて夕陽は言った。

「命令されて雑用を任されて、それって……パシリじゃない」

 ………………否定はできない。

 良く言えば使用人で、皆の面倒を見ているようで。

 実際チェスをやったのはあの歓迎戦だけで、まともに今日はチェスの駒を持ってすらいない。

 確かに……夕陽の言う通り、パシリをやらされてる感は薄々わかっていた。

「辛かったでしょ白子~? 無理矢理皆の雑用に回され扱使われて。それでも我慢して偉かったわ……でも安心しなさい、もう。私は決めたから」

 天にラケットを掲げて、それは堂々と宣言する。

「チェス部は今日限りで退部決定よっ! 今日はそのために、この部をぶっ壊す為に来たんだから」

「……ぶっ壊……す?」

 何故だろう、何かとても野蛮な発言を聞いた気が……。

 しかし、そんな発言に茫然としていると。

「懲りないなよなーお前わー。ついには部室に乱入とは私も驚きだー」

 ……って、いつのまに居たの!?

 先程まで姿形もなかった束花が。

 今……白子の真後ろでダルそうに立っていた。

「ふふふっ……相変わらず随分と余裕ね? まぁでも、これから起こることも知らないのだから無理はないわね」

「はぁ? 何言ってるかわかんないなーお前。あとな、ここは部外者が気楽に入っていい所じゃねーんだ。わかったならさっさと出てけ――」

 ドガァーンッッ!! ……っと。

 束花の言葉をかき消す程の轟音と共に。束花のすぐ真横を一球のボールらしきものが過ぎ去り。

 そして、その打ったボールの行く先を見れば。




 ……チェス盤ごと、机が真っ二つに割れてるじゃありませんか……。




「どうしたの? いつもの余裕はないみたいだなバカ教師?」

 にやっと笑みを浮かばせ。

 それはまさに……悪党の様な悪い夕陽の顔がにじみ出ていた。

「言っただろ――『今日でチェス部をぶっ壊す』ってさ。……どうしたよ、さっきまでの余裕な顔は消え去ったみたいね」

 『どうだ。見たか』と言うばりにドヤ顔を決めている夕陽。

 ……けど。

 一方の束花は頭を抱え、まるで困惑したご様子で。

「……お前。まさか『部室を壊せば部も廃部』とか、そんな残念な思考で考えてないよなー?」

「今更気づいても遅いわよ! さぁ……白子を返すのなら今のうちよ。返さないって言うなら……この部を廃部にさせてあげる」

「……なぁ白子。一つ、聞いていいか?」

「えっーと……はい、なんでしょう?」

「お前の友人――アホだろ? 小学生レベルの考え方してるぞーアイツ」

「あー、時々ですけど。夕陽ちゃん何か一つ夢中になっちゃうと……ちょっと周りが見えなくなっちゃう性格でして。別にアホなわけではないと思うんですが……」

 勉強もそれなり出来ていて。

 スポーツは言うまでもなく、けた外れの運動能力は本物だ。

 けど……本当に時々おかしくなる時は白子でも止められない。

 長年の親友でも未だにその『おかしくなる原因』は、白子でもわからない。

「さぁその目で見てなさい。アナタの大切な高級家具もチェス盤も、何もかもが私に粉々に壊される瞬間を――ねッッ!」

 そして……またテニスボールが撃ち込まれ……窓が壊れ。

 次にはテーブルも。チェス盤も。シャンデリアも。

 加減などなく撃ち込まれる高級品が次々とテニスボールで粉砕されていく。

「まだまだよ! これだけじゃ私の大切な白子を奪われた気持ちは収まらないわっ! 何もかもぶっ壊して廃部確定にしてやるわよ! ……でも、その前に」

 すると……キョロ、キョロっと。

 まるで何かを探す様に辺りを見渡して。

「何処に行ったのよあの『クズ男』ッ! 白子に掃除を命令しておいて何? 自分はソファーでふんぞり返ってたら次は姿を消して……何様のつもりよアイツ!!」

 ……言えない。

『「煩い所なんて居る気がしねぇ」なんて言って帰ってしまった』なんて言えるわけない……。

 そんな事を今の夕陽に言ったら追いかけてリアル戦争が起きる事が目に見えている。

 そんな戦争が起こると分かっていて、言う事など出来ない。

「……ま。今はどうでもいいわアイツの事なんか。優先するのは……この部の破壊してからよっ!」

 また一つ、そう言って窓ガラスが一枚、二枚と割れて。

 夕陽が再び全力サーブの連発で部内は見るも無残な光景が見るに堪えない。

 テニス部に連れ戻す為と言う事もあるが、白子の為に思っての行動だと言う事はわかる。

 でも……これはやりすぎだ。

「夕陽ちゃん落ち着いてッ……部室壊しても意味ないから、ね? 落ち着いて話し合いでもして平和な解決を」

「安心しなさい白子。後五分もすればこの部は跡形も無くなって、白子もテニス部へ行けるようになるから、そこで大人しく待っててッ!」

 あ。ダメだ目がマジだ……。

 恐らく白子の声など届いてなく、完全に自分の世界へ入り込んでしまっている。

 もう……誰も止められない……と、思っていた。

 



「オイ聞け、そこのアマ」




 ドスの効いた低い声。

 その一角。畳の上で胡坐をかいて座る男が……こちらを見ている。

 鋭い目つきで睨む……穂希がいる。そして、これが意味する事は……。

「女子高生にしちゃあ、少しお遊びが過ぎるンじゃねーか」

「……生意気な叩くじゃないの?」

 とんでもない二人が関わってしまった……。

「誰か知らないけどさぁ、アンタも邪魔するなら容赦なくぶつけるけど? いいわね?」

「意気がいい女は、俺はあまり嫌いじゃーねぇなぁ」

「よしっ。コイツチャラそうだし至近距離でぶつけるか」

 ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?

 ストップ! お願いだからストップしてぇ!

 しかし……そんな白子の願いは届かず。

 歩み寄った夕陽はそのまま弾丸サーブを打とうと構え。

 確実に至近距離で放とうとした――が。

「うんなぁ珠一つ打ったところでよぉ、嬢ちゃんの気持ちは晴れねぇんじゃないかい?」

 すると……いつの間に出したかわからない。

 扇子を仰ぎながら、穂希の言葉にムカついたのか。

「ほぅ。良い度胸してるわねアンタ」 

 その扇ぐ腕を掴み。

 顔を近づけ至近距離で夕陽の睨んだ目が……穂希めを見て。

「アンタさ……いい加減にしなさいよ。余裕ぶってるのも今の内――」

「嬢ちゃん? 一つ俺の忠告聞けやぁ」

 

「女はなぁ……あまり気安く漢の肌に触れていいもんじゃあねェ。漢は馬鹿しかいねぇンだぁ――」

 そっと、恐れなく夕陽のあごに触れ。

 ……クイっとあげ、静かに口元だけを上げて。

 



「本気になっちまうだろうが」

 



 ――――。

 静まった様に、夕陽が大人しくなった。

 ……すると。何故か夕陽はその手を放し。

 そのまま引き戸までスタスタと歩いて……その直前で、足を止めて。

「気が変わったわ。今日だけ……ほんとぉぉぉぉぉに、今日だけ見逃してあげる。」

 よくよく見れば……後ろ姿もわかる程、耳が赤くなっていて。

 けど後ろは振り返らず。

「あ、あとぉ……」

 珍しくもじもじとした声で。

 夕陽は……小さな声で。

「アンタ……名前ぐらい名乗ったらどう?」

「人様に名前を聞くなら、自分から名乗るのが筋ってもんじゃねーかい?」

「ッッッッ~~!」

 ……。

 ……………。

 …………………。

「赤橋……夕陽」

「夕陽かぁ。……今度ぁ会うときは、ちゃんと部屋ノックして入って来いや」

「っっっっ~~二度と来ないわよこんなところッ!!」

 バンっ! っと。

 勢いよくドアが閉まった後……。

 ドアの外からもハッキリ聞こえる程に、「うわぁぁぁぁぁぁっ!」と。

 この……テニスボールで焼け野原状態の、部室に響き渡る。

「いやー見渡す限り酷いなコレは……お前の友人随分暴れてくれたなー。おかげで部室も見るも無残な光景だー」

「ごごこ、ごめんなさい束花先生っ! 夕陽ちゃんには後でちゃんと注意するので、だからあの……その……本当にごめんなさいっっ!」

 すぐさまに土下座を決め、白旗をパタパタ振らしている。

「ま。こんなのは校長脅せば職員共が治してくれるだろうから、白子は気にするな。それよりもお前は明日の事に集中して今日は早く帰れよー」

 またも先生は校長の権力で部室を治す気だ。

 一体束花はどれだけ校長の弱みを握って…………………明日?

「明日から重要な事だー。ゆっくり脳も体も休ませて、万全の状態で挑むようにしてくれー」

 このチェス部に、今の所は土日の部活動などない。

 だが。明日は土曜日……何もないはずだが。

「あのぉ~……明日、何かあるんですかね?」

「……あぁ。そう言えば白子にはまだ言ってなかったかー? 明日の事」

 何があるのだろう……まさか初の他校との練習試合? と、思っていたが。

 そして――その発言で、白子の思考は止まった。


「お前達のデビュー戦……チーム戦の∞ドルを賭けた大会明日だからよろしくなー」






 ………………は?






 思考が置いてけぼりのまま、さらに続けて束花こう言った。



「明日の一回戦目――お前が出るんだよ」




 ☆ ☆ ☆




 一回戦開始10分前のこと。




 大会受付で『出場メンバー』の用紙を出した後、黒いスーツを着込んだスタッフ達に案内され個室へ移動。

 次の対戦を控える王様プレイヤー達はこの待合室で待機され、他の違う王様達が終わるまで外に出れない形になっている。

 試合開始まで……残り数十分もない。



「よーしお前ら、準備はいいな? 記念すべき一戦目は全くの無名校だ……勝つ可能性は十分私達にあるー。ま、気楽に戦ってきてくれよー」

「何で先生はそんなに気楽なんですかっ!! 昨日になってこんな重要な事を教えるなんて……私、全くチェスの練習してませんよ!?」



 イスから立ち上がる勢いで。もう不満が積もり出してつい大声でツッコミをしてしまった。

 わずかチェスを初めて二週間。

 ルールもうろ覚え。

 戦術も未だに何一つもない。

 普通ならそんな戦力外の奴を……大事な一戦目に何故選抜したのか疑問だった。 

「落ち着け白子ー、気楽に考えろー……これはチーム戦だぞ? 別にお前がすぐに負けても何も問題はない、最悪他の二人が勝てば一回戦は突破になるから安心しろよー」

「ですから何で先生がそんな気楽な考えなんですかっ! これ、チェス部にとって大事な戦いですよね? 一生に一度しかない∞ドルを賭けた戦いですよね?」

 そして、もぅ一つ不満を言うなら……。

「上級者が3人も揃ってるのに……どうして初めて二週間の初心者を出場させる気になったんですか!?」

 一回戦目に挑むメンバーは皇絶、ラベンダー。そして……白子の三人が束花の勝手な選抜によって決められてしまった。

 それに関しては、穂希は文句一つも言わずに納得して。

 本心はわからないけど。どうやら……私の出場に関しては何も不満はない様だった。

 



 ∞ドルへ挑戦するには、まずは狭き予選を突破する必要がある。

 その予選には……二つの予選が存在する。

 


 年齢無制限、小学生から大人まで誰もが参加が可能。今年に、何回か開催されるトーナメントを勝ち抜いた優勝者のみが予選を突破できる――【個人戦】。

 

 そして、小学生・中学生・高校生だけが参加可能。仲間と協力して戦い、優勝チームだけが予選を突破できる――【団体戦】。




 まずは、このどちらかの予選を突破しない限り∞ドルは夢の話で終わる。

 今回。白子達は【団体戦】での出場を選んだわけだが……。




「駄教師。俺にも文句の一つ言わせろ」

「お前もかー皇絶? 一応、お前も出場するんだから何も文句はないだろー?」

「……穂希より俺を選んだ事はいい判断だ。別に、コイツを練習台として出場させるのは悪くない考えだ。俺が納得いかないのは……」


「何故。このチェスがド素人の白旗が――【大将席】に座らせる理由を聞かせろよ?」



 ……そう、それは白子も思っていた。

 何を血迷ったのか、【大将席】の席の欄に『白子』の名前を記入してしまったようで。

 嫌でも一回戦目は……チェス初心者の人間が座ることになってしまったのだ。

「駄教師、これが∞ドルを賭けた本気の試合だぞ? いくら泣いて謝っても敗北すればそこで終わりの試合だ……その大事な【大将席】を? コイツに託すのか? その理由の一つ二つ言わねーと殴るぞ絶対」

 それは……ごもっともな意見だ。

 『殴る』のは反対だが。けど、理由の一つは答えて欲しいのは同感だ。

 すると……束花は、加えていタバコを外すと。

「白子、この大会のルールを昨日教えたが覚えてるか?」

「えっーと……確か……『それぞれの先鋒・中堅・大将の同士たちが対戦する方式』ですよね?」

「そうだ。そして今回は……ただの勝ち数で競うものではない」


「『【先鋒】と【中堅】は勝てば10ポイント、そして【大将】の場合は10ポイントに加えその時奪った相手の駒の数×1+クイーンを取れば6ポイントが追加される』……つまりはポイントで競い合うルールって奴だなー」

「今頃ルール説明とはご苦労なこった……で? それでコイツが大将席に座られせる理由はなってねぇぞ絶対」

「おー? 皇絶は感が悪い奴だな。んじゃ、もっと簡単に言ってやるかー」






「――この中で、

 




「勝負の世界に何が起こるかわからない。どんなに勝てる可能性が99%でも、残り1%は負ける可能性もあるんだ。最悪……皇絶もラベンダーも二人負ける。その可能性が0%なんて有り得ないんだよ」

 その場の……誰もが黙る。

 誰も。その言葉を否定することなどなく……。

「その万が一が起きた時……大将席のポイント次第で逆転できる可能性も十分あるんだ。別に皇絶達が負けるなんて端から考えていない」

 ……けどな。

 そう言って、真剣な眼差しで……皇絶達を見つめて言った。

 




「――勝負の世界に、『必ず勝利』なんてないんだよ――」 


 ☆ ☆ ☆


 木更津にはいくつもの広い建物が存在するが。

『2000人近くの観客をいれるなら、木更津市内ではここが一番広い』とされ。ここ、木更津市民体育館が使われることになった。

 今の会場内は満席状態、今か今かと観客が待ち望む最中……。



 今、その時が来た。



『会場内の皆様、長らくお待たせしました。只今よりBブロック1試合目が始まります。出場チームは各卓への着席をお願いします』


 

 その観客達が注目するステージ中央には、いくつものスポットライトが照らすその先に。


 ――チェス盤が置かれた、三つの丸テーブルが設置されている。

 

 そしてその席に、一人ずつ着席をする。



 先陣席――。



 ふてぶてしく座り、その表情からは……。

 嘲笑う表情で、目の前の相手を見下ろし……少年は鼻で笑う。



 中堅席――。



 優雅に座ったと思えば、片手で持つティーカップを飲み。

 とても余裕の笑みを浮かべ……少女は紅茶を啜る。

 

 そして――残る席。

 弱々しく背中を曲げて歩くその姿は……怯えているにも見える。

 まるで何かを諦めたかのように、その子は溜息を吐いて。




 ――大将席へ、少女は座った。




『Bブロック一回戦目の王様プレイヤーのご紹介。白駒側は――今年にチェス部が成立を果たし。幼馴染だけで作り上げた部員は一年生だけの男の友情チーム。果たして初勝利となる栄冠を掴めるか――川並高校!』

『続きまして黒駒側――こちらも一年生だけで作り上げたチーム。こちらはチェス上級者が三名がいるなか……なんと、チェスを初めて二週間の初心者が大将を務める異色のチーム。果たしてその力は凡人か……はたまた天才か……今、ここで明かされます――奇皇帝高校!』



 実況の紹介が終わり、拍手が包まれる。



 これでも緊張感が肌に伝わる程……できる事なら逃げ出したいぐらいだ。

 ――そして、その緊張を更に上げる問題が起こる。



「……ったく、随分と大外れを引かされたな」



 突拍子もなく、天上を見上げる皇絶がそう呟いて。

 デカい溜息を。それは相手に見せつけるぐらいに、深い溜息を吐き。

「なんでこの俺が、こんな下っ端のザコと相手しなきゃいけないんだ? まぁ、一回戦は余裕の突破で済むならどうでもいいがな」

「……オイ。それは一々口に出して言わなきゃいけない事か?」

 その暴言に、やはり突っかかる相手さん。

 険しい表情を浮かべ……皇絶を睨むのを辞めない。

「『相手に敬意を払い紳士的に戦う』。チェスはその尊重だ。これから戦う相手に暴言を吐くなんて……君は恥ずかしくないのか?」



「 だ か ら お 前 は ザ コ な ん だ よ 」



 静まり返った空間、相手は黙り込み。

 それは傍からでも伝わる……とてつもないプレッシャーを放ち。


「敬意を払え? 紳士的に戦え? ――実に馬鹿らしい。勝負の世界でそれをやる奴ほど弱者なものはない、そういう奴が勝つ程この世界は優しい世界じゃねーんだよ」

 現実を叩きつけるかのこどく。

 止めに一言を……身体を震わせる、相手に告げる。




「そんな行儀よくやってろ――∞ドルなんて手に入るわけがない」




「――今回に限っては、野蛮猿に賛成ざますわ」

 紅茶を一口啜り、全くこの空気に動じる姿を感じられない。

「礼儀は確かに、戦う相手と一つのマナーざますね」

 でも。

「この闘いにマナーなんて関係ないざますわ。礼儀正しく戦ったとして、『必ず勝てる』ならしていいざますが。そんな保証はないざます」

「それに礼儀正しく戦い、結局負けた者は礼儀を忘れ愚痴やら物に当たる者が殆どざますわ。

 それが人間の本性……いや、日本人の生体ざますね」


 だからこそ。

 



「私は、そんな上っ面の謙虚で戦う日本人が嫌い――だから全力で倒し、その化けの皮を剥すのが大好きなのざます♪」

 



 気のせいか……ラベンダーの対局相手が体を振るわせ。

 また再び。ラベンダーは優雅にティーカップを口につける。



 とてつもない――プレッシャーを放ちながら。



「ま、そう言う事だ。礼儀正しく闘いたいならお前達の勝手だ、それで俺達に勝てたら拍手を贈ってやるから精々そのお頭をフル回転で挑んで来い」

 ……まぁでも。



「――

 


 ……何故、この二人は更に状況を悪化させるんだ。何? ワザとなの?

 相手も歯を食いしばっている様にも見える。怒りを抑えているのがわかる。

 対する白子の対局相手も、こちらに睨みつけていて。

 まずこの時点で……白子達が例え勝利したとしても、平和に終わる展開は見込めないだろう。

 胃が更にキリキリするが、そんな事は実況者が知る事もなく。

『制限時間は1時間。各一手の持ち時間は5分と設定させて頂きます。制限時間を過ぎた場合、その時点で残っている駒の数が多い王様が勝利になります』

 説明が終り、会場内が静かになる。

 それが意味するのは……戦争開始の合図がされる前触れ。

 息を飲み。怯えながらも白子は前を向く。

 目の前の対局相手に……不安な眼差しを浮かべながらも。

 

 そして――――その時が訪れる。




『 それでは王様、戦争ゲームを始めてください 』

 



「っ!! ナイトをg3へ!」

「ポーンをd5へ」

 皇絶は冷静にポーンを進ませ。

 優雅にラベンダーも駒を掴む。




 ――白子達の、初戦が幕を開けた――。




 ☆  ☆  ☆


「クイーンをc6へっ!」

 慌ただしく置く川並高校の生徒……だが。

 対する皇絶は……余裕にも見える表情で。

「どうした、息を荒げて落ち着かないか? なら、今楽にしてやる魔法の言葉を告げてやるよ」

「やや、やめろぉ……それだけはっ、こんな奴に俺がっっ!!」

 ……だが。

 その願いも空しく、皇絶の……g2置いたクイーンの黒駒がそれを告げる。

 ――残酷な一言を、淡々と。

 




「――チェックメイト――」

 




 それは今、黒駒のクイーンが勝敗を決めた一手。

 白駒のキングが逃れる術などなく……敗北を表していた。

「あっ……ああっ……」

「敗者が汚ったねぇ声出すな。耳が汚れるだろうが」

 皇絶の相手は肩を落とし、放心状態で目の前の現実が受け止められないのだろう。



 この時点で――奇皇帝高校は10ポイントを獲得する。



「あらっ? 随分とお早い決着だったざますね」

「お嬢様は随分と余裕だな。負けてれば笑い話だがな」

「御冗談を。まあ私も大会ということもあり、少々全力でお相手をしましたが」

 よく見れば、盤上の上に顔を伏せて。

 泣き崩れ、うつ伏している姿が伺える。


「――歯応えない戦いだったざますわ」


 これで皇絶に続きラベンダーも勝利を収めた。



 奇皇帝高校――これで20ポイントを獲得。



 事実上。これで奇皇帝高校の勝利は、ほぼ勝利が確定した瞬間だった。

 なんとも呆気なく一回戦突破を果たし、そう思っている皇絶は席を立ち。既に次の回戦に向けて早々に帰ろうとしていた。

「おい、お前も立て白旗。お前の勝敗は絶対関係なくなったんだ、次の試合の事でも考えろ」

「あっ……そうだねー」

「あら? ちょっと待つざます下婢」

 何かに気づいた様に。

 ラベンダーは不思議そうに……有り得ない盤上を見つめて。



 

「あなた……駒一つも動いてないじゃない?」

 


 

 白駒も黒駒も……何一つ動かした跡もなく。

 綺麗に整列したままだった……。

「いやっ、実は……相手の手番から始まりだったんだけど」

「……けど?」

 

 

「その、白旗を揚げて……そのまま降参しちゃったんだよね」



 は?



 ラベンダーも。皇絶も。そして何より、観客達が唖然として。

 白子のその爆弾発言に……誰もが開いた口が塞がらない。

 それは開始一分……いや、一分も経たずに降参した白子の行動に。誰もが信じられない状況だった。

「か……下婢? 何故に白旗を揚げたか、理由をお聞きしてもよろしいざますか? できれば私達がわかるように」

「えーっと。あまり『勝ち』とか『負け』とかで争いたくなくて……せめて私の試合だけでも平和に終ればいいなって思って……それに。きっとラベンダーちゃんも皇絶君も勝つと思ってたから……私だけ負けても、大丈夫かな~って思って……」

「…………それで、白旗を揚げたのかお前?」

 皇絶の、その問いかけに……。

 コクっと。白子は頷き……皇絶はそれ以上何も言わなくなり。

『……確認ですが白子王様。初手で降参したということですか?』

「そうです、ね……でも、駒一つも取られてないから負けた10ポイントだけで済むって」

『いえ、それは違います』

 遮る様に、実況が今大会のルールを改めて説明する。

 それは……白子にとっては聞き覚えのルールを。

『今大会のルールには【降参した場合において、現在残っている駒を全て取られた扱いとする】と、大会規定があります。これは事前に参加者皆様に大会ルール説明書の書類に記載されています』

 ……えーっと、つまり?

 あまり思考回路が上手く回らない。だが答えを出す間に、実況者が先に残酷な答えを告げる。

『ポーンを除く、ナイト、ビショップ、ルークの各2個。そしてキングとクイーンの1個が取られた扱いになります。よって――』

 

『勝利ポイントに加え、計31ポイントが川並高校に加算されます』



 え? ちょっと待って。いや待ってくださいそんな話聞いてな――。



『全試合が終了しましたので結果を発表させて頂きます。奇皇帝高校……20ポイント。

 川並高校31ポイント……これにより第1試合は川並高校の勝――』




「何してくれてんだァこの白っ旗がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ごめんなさいごめんなさいッ! く、首だけは! 首だけは絞めないでくださいぃぃぃぃ!!」




 勝利アナウンスも消し去る程の怒号が響く中。

 

 怒号を撒き散らし追いかけ、そのまま体育外まで追いかけてしまった。

 ……。

 イスにぐったりと座り込み、両手で顔を抑えている……束花。

 




 ――こうして。


 記念すべき一回戦を終え、白子達の∞ドルへの道は静かに幕を閉じるのであった……。

 

 

 


  

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